ルカの件
続いてどうぞ
思わず振り払ってしまった俺にルカは怒ることなく、不思議そうな顔をして首を傾げた。
そして怯える俺の手を引きそっと抱き寄せた。
「ごめん。びっくりさせたね?怖い思いをしたのにごめんね?でも僕が来たからもう大丈夫だよ。もう誰にもシルフィーヌを傷つけさせたりしないからね?」
優しい声で俺に囁き頭を撫でる。その温かい胸のぬくもりは生きている実感を俺に与える。思わず俺はルカに抱きついていた。
そして俺はルカの胸で泣き出していた。
ああ、シルフィーヌの大好きなルカお兄様だ。
俺は5歳の女の子らしくワンワン泣いた。
すごく恥ずかしいけど俺やっぱり怖かったんだ。すごく不安で寂しかったんだ。
人の体温は心を油断させる。でも抱きついて泣かずにはいられなかった。
そんな俺をルカは妹のシルフィーヌと疑いもせず一層強く抱き込み今度は背中を撫でる。
「大丈夫だよ。もう何も心配は要らないよ?僕の大事な可愛い妹」
ルカが嬉しそうな声で囁いた。抱きしめているルカの手がぎゅうぎゅうに背中を締め上げてくる。
顔がぐしゃぐしゃで息がしにくいうえ、ルカの胸に顔を埋めていた俺は手をじたばたさせて叫んだ。
「く、お、お兄様ッ!」
「あっ!ごめんごめん。あんまり可愛かったんで。大丈夫?」
大丈夫じゃないわい!死んでしまうやろ!
肩でゼーハーゼーハー息をしながらなんとか首を縦に振る。
笑いながらこんなことを平気でするこいつはやっぱり一番の敵じゃないのか!?
「人前で泣くとは何事ですか!」
開け放たれたシルフィーヌの部屋の入口に今度はブルネットで長髪のふわゆるヘヤのお母様が立っていた。
ツカツカと俺に突進してくる。
うわっ!!美人だし瞳が赤いので怖いんだけど!!
「貴族たる者、隙を見せては行けませんよ!」
お母様はきつい口調とは裏腹に俺の前で屈むと両手で俺を思いっきり抱き締めた。
「お母様、よくご無事で」
俺の中のシルフィーヌの記憶が嬉しさのあまり歓喜の声を出させた。
「貴女が無事で何よりよ」
お母様は目を潤ませて俺をさらに強く締め上げる。
く、苦しい~ぃ!!
「あっ、お母様。シルフィーヌ、死にそうなんですけど?」
ルカがお母様に言ってくれたから良かったけどまた三途の川が見えたわ・・・・
なんか愛重くねぇ?この家族。
お母様の瞳はルビーを散りばめたような赤のつり目だから見た目は冷たく見えるが実は家族大好きカリスマ侯爵夫人だ。
そう、ゲームの中の悪役令嬢のミシュリーナと容姿がそっくりなのだ。
やはり、俺だけがヒロインの容姿と入れ替わっているだけなのか?
しかしこの山賊襲撃事件でゲームの本編ではミシュリーナは母親を亡くす。そして兄のルカに「お前をかばったせいでお母様は死んだんだ」って言われて家族と一線を引くようになるんだ。
だから早く自分を侯爵家から連れ出して欲しくて王子に固執していくんだ。
おっ?
そう思うとやっぱりBADENDフラグ第一は折ってるよね?
これは俺が愛されMAXのヒロインだからか?
とにかく、家族には愛されているようだから王子との婚約破棄イベントの時にはルカだけでも味方でいてほしい。
そう、運命をこの手で変えてやるんだ!!
「シルフィーヌ!!」
一人で越に入っていた俺を後ろから抱き締めたのはルカをそのまま青年にしたような超ハンサム、アントワート侯爵、俺のお父様だ。
ギョワッ!!いつ来た!
「遅くなってごめんよ~!私の大事なシルフィーヌとお母様をひどい目に合わせたクズどもは抹殺したからね~!」
って言いながら嬉しそうに俺を持ち上げてグルグル回す。
や~め~て~吐く、吐く、止めて~!!うぇ~!!
「あっ!お父様、シルフィーヌ白目むいてる」
ルカの声が遠くに聞こえる。
俺にとどめを刺したのはお父様だった。
愛、重すぎるわ。この家族・・・・・
「シルフィーヌ、とてもスジが良くってよ」
只今、侯爵令嬢の嗜みとしてお母様から直々護衛術を特訓中です。
侯爵令嬢たる者、護身術のみならず護衛術まで必要とはいやはやなかなか凄い世界観です。
レディーファーストってやつ?身を挺にして夫を守るってやつ?まあ、王子と結婚しても婚約破棄されても自分を守る術は多い方がいいので一生懸命、頑張らせていただきます!
なんでこの間の山賊襲撃事件で俺とお母さまが助かったかって?
俺が頭殴られたことに大激怒したお母さまが自分専用携帯ムチで大暴れしたのだ。
そう、アントワート侯爵夫人であるお母様は若い頃はムチ使いで有名でこの世界にもコロッセオで行われた格闘技みたいなものがあるのだが女性にしてはかなりの上級者だったらしい。
お母様、結構やるね!!って言うかそんな設定、本家本元のゲームにはなかったわ。
家族旅行から急用で先に帰ったお父様とルカだけど帰路途中の山岳地帯にはいくつかの危険な場所があったのでお父様が用事を早く済まし、再度護衛を連れて迎えに来ていたんだ。けれどお父様が駆け付けた時にはお母様と家の使用人達で大方の山賊は片を付けていたらしい。ただ、一人だけ俺を殴った奴だけは取り逃がしたようでお母様、お父様が躍起になって探したが見つからなかったそうだ。
だから今、俺は護身術としてもお母様からムチを習っているのだ。
まさか5歳からムチを振るとは思わなかったけれど結構これ、楽しいのだ。
サイズが合ってるのか上手く手に馴染み、手の一部のようにしなるのだ。このヒュンヒュン空気を振動させて唸る様はなんだか俺を興奮させる。
うーん、俺ってサド?サドの気があるの?
転生悪役令嬢のお約束チートの一つなのか、俺はお母様が教える事を要領良くなおかつ迅速に吸収して行く。
「貴女は本当にムチに愛されているわ」
お母さまが目を細めて俺の頭を撫でまわした。
うーん、お母様、その発言は俺がマゾに聞こえるからやめて?まあ、それほどでもないし?内心はお母様に褒められて凄く有頂天だ。
えへへ、将来王子に婚約破棄されてもサーカスの猛獣使いとかにはなれそうだな。
あっ、ちなみにこの世界には魔法も魔獣も魔王様も残念なことにいない。俺としてはドラゴンとかハンターしたかったわ。
「お母様、よろしいですか?僕も一緒に練習をさせて下さい」
「よろしくてよ、ルカ。シルフィーヌにお手本を見せて上げて」
そうそう、ルカもムチはすごく上手いのだ。
なんか将来兄妹二人で猛獣使いって言うのも楽しいかも。
おお、イリュージョンの舞台が呼んでるぜ!!
ルカが練習用に用意した10本のロウソクの火を手に持った自分愛用のムチを唸らせ一振りで消した。と思ったら10本とも綺麗に横一列に真っ二つにずれて落ちた。
えっ?どうやったの?速すぎてわからんし、ムチってあんなに鋭角に物を切り落とせるのか?すごいな。立派な武器だな。ルカ、スペック高くない?恐るべし8歳。
おっ?なんかどや顔?もう、しかたないなあ~
「お兄様、かっこいい!早く私もお兄様みたいな立派なムチ使いになりたい!」
「うん、僕もシルフィーヌが早く上手くなれるよう一緒に練習するね」
俺は嬉しくってルカに抱きついた。頭は17歳なんだけど感情が5歳のシルフィーヌなのでとっさに身体の制御がきかなくてオーバーアクションぎみだ。
まあ、ルカも嬉しそうに俺を抱き締めてるけど。
「シルフィーヌを守るのは僕だけど今回みたいな時には護身術として身につけてほしいからね。逃した奴がいつ、またシルフィーヌを襲うかもしれないし。くそっ!」
ルカは襲撃を受けた時、自分がいなかった事をすごく悔やんでいるのだ。
「シルフィーヌは僕の物だ。誰にも渡さない」
ルカが俺の耳元で独り言のように囁く。
・・・・あれ?今のは・・・・?
・・・・・・ヤンデレ?
・・・ルカ、ヤンデレ設定でしたか?
あれ?あれ?ちょっとまてーいっ!!
アダルト版近親相姦ENDが今脳裏に過りましたよ?
いやいや、やめて?すっげぇ今、貞操の危機感じましたよ?
俺は天使のような微笑みで見下ろしているルカの顔を見つめた。
きれいな青い瞳が俺を見つめて揺れる。
あっ、魔王様ここにいました。
お読み頂きありがとうございます。
よければ次話も続けてどうぞ。