アスラ3の件
や、やっちまった・・・!
い、痛くしてしまったヨーッ!
血も流れるヨーッ!
申し訳ないです・・!お食事中は回避願います!
大丈夫なそこのあなた!そう、あなたです!今日もよろしくお願いします!
「ルカ?」
ルカの胸のなかでシルフィーヌの顔色は徐々に悪くなっていく。
そう、自分の名を呼ぶ声も魅力的ではあるが相変わらず男のモノである。
ルカを見上げる黒く塗りつぶされた瞳は大きく見開かれクリクリと動いてはいるが見えていないのか両手を伸ばして顔を触って確認をしている。
そんな変わり果てた妹にせめて自分が迎えに来たことで安心して欲しくてルカは必死に語りかける。
「ああ、ああ、そうだ、シルフィーヌ。もう心配はいらない。帰ろう、一緒に」
「ルカで・・・いいんだよな?」
「ああ、そうだともシルフィーヌ」
しっかりとシルフィーヌの瞳を覗き込んで頷き返すルカに
「「名前を名乗ったお前は今から俺に喰われるがいいか?」」
そう、尋ねたシルフィーヌの声とハルクの声が重なった。
「「なんだって?」」
そう応えたルカの声にアレンの声も重なった。
再度、ハルクの口から発せられたその言葉にアレンはまたハルクの頭をガッシリと掴み直し、
「いいかッ!ハルクッ!!」
と凄い形相で怒鳴る。
その大声にヴァルナと化したハルクも感情が伺えない黒い瞳をクリクリと動かし、明らかに呆れ果てた声を出す。
「ああ!うるさい!うるさい!お前、いい加減にしろよ?さっきから俺の言ってる事、理解出来てるか?ひょっとして馬鹿なのか?」
「いいからハルクッ!お前こそ呼ばれたらすぐ返事しろよッ!」
「怒鳴るなって言ってるだろうがッ!頭に響く!ったく、やかましい奴だ。それに俺の名はヴァルナだ。そんな間抜けな名ではないわ」
「ハルク?ハルク!ハルク?!お前、さっきの攻撃で記憶ぶっ飛んだのかっ!?まさか本当に俺の事も忘れたのかよ!?」
「お前なんか知らないが?それに俺はヴァルナだ。いい加減覚えろよ」
「ハルク、いいか?オ・マ・エ・は・ハ・ル・ク!お・れ・は・ア・レ・ン!お前の相棒だ。ほら?よく見ろ、俺の顔」
「知らんものは知らんな。それより俺に喰われる覚悟は出来たか?」
「俺が本当に喰っていい奴かどうかお前の記憶に聞いてみろよ?ほら、しっかり思い出せ、ハルク!」
「知らんものは思い出せないだろう?馬鹿か?やっぱりお前・・・」
完全にあきれ返ってしまい、笑うしかないヴァルナはその手でアレンの頭を同じように掴み返すと二人で見つめ合う格好になる。
「ああ・・・ふうぅん?馬鹿のくせに綺麗な顔してるなぁ?ふんふん?どうするかなぁ?」
「じゃあ、耳の穴をよくかッぽじって聞けってんだッ!ハルク!いいか?お前はハ・ル・ク。ダグラス帝国の英雄ハルクで帝国軍第一部隊大将のハルク・ワズナーだ!帝国の鬼神、ワズナーだ!そして俺の一番の幼馴染で、大親友で、相棒で、俺の大事なハルクだ!!サッサと自分の立派な名前を思い出せてんだッ!ハルク!そして俺の事もだよッ!!」
そうアレンは言い切るといきなりハルクの手から頭を振り切って勢いよく後ろにのけ反らせる。
ガツッ!!
鈍い音が辺りに響く。
ヴァルナはその額に走ったあまりの衝撃に思わず膝を崩す。
「なッ!」
アレンから強烈な頭突を一発、お見舞いされたのだ。
「思い出したかーッ!!ハルクーッ!!」
一段と大きなアレンの声が辺りに響き渡る。
それもヴァルナの頭を思いっきり振りながら。
その言葉にヴァルナは直ぐに返事が出来ない。
ただでさえ、頭がぐわぁん!と大きく回ったのにオマケにシェイクされているのだからたまらない。
それに自分の額から頬にかけて生暖かいモノがドッと流れ落ちて来ている。
「まだかッ!まだ、思い出せないなんて!この、大間抜け野郎がッ!!」
ガツッ!!ガツッ!!ガツッ!!
「なッ!!、ガッ!!、ぐぅ!!」
アレンはそんなヴァルナの頭にあらたに頭突き三連発をくらわす。
「思い出したかッて!!聞いてるんだーッ!!ハルクーッ!!」
さすがのヴァルナもこれにはたまらず、力任せに相手の胸倉を掴み叫んだ。
「止めろッ!!アレンッ!!」
すると額をくっつけたままでアレンの動きが止まる。
「ハルク。そうだよ、アレンだ。思い出したか?」
怒りでギンギンに輝いたトパーズ色の瞳がそう言ってヴァルナを射ぬく。
しかし、美しかった面構えは額から幾筋もの血が流れ、見開かれた両目に流れ込んでいる凄惨なものだった。
「アレン、お前、血だらけだ・・・」
それでも瞬きもせずじっとハルクを見つめているその両目がスッと細められる。
「思い出したんだよな?お前。俺がアレンだって。なら!なら!お前は誰だ?ハルクだろうがッ!!なら返事ッ、さっさとしろよ!ハルクッ!」
そう声を荒げるとまた頭をのけ反らせたアレンにヴァルナは、
「ああ、わかった!わかったよ!」
と返していた。
その言葉に額同士がぶつかる寸前でアレンがピタリと止まった。
そして
「・・・・・よしッ!」
と答えると頭を掴んでいた両手の力が抜け、離されたと思った途端に目の前のアレンの体がぶっ倒れた。
胸倉を掴んでいたヴァルナはその重みに急いでアレンを引っ張り上げるがやはりグッタリとし、息が荒い。
「・・・おい、アレン?」
そう声をかけると
「この・・・石・・・頭め・・!」
と囁くように言うと完全に脱力した。
ヴァルナは自分の眼に入ってくる血を片手で拭き取るとペロリと舐めながら目の前でダラダラと血を流して、息絶え絶えなのになぜか笑っているようなアレンの表情を覗き込み考える。
こいつ、やっぱり馬鹿だったな。
・・・このままじゃ、こいつ死にそうだ。
・・・・・・
うーん、それは困るな?・・・と考え
何でだ?・・・と首を捻る。
死んだら喰い損ねるからか?
そう考えている間にもアレンの息使いがだんだん弱くなって来ている。
・・・どうするかな?
今から喰らうと宣言した相手が自分をギュッと抱き締め直した事にミトラは変な気持ちになる。
「ルカ・・・とやら。怖くはないのか?俺が」
「いいや。それよりシルフィーヌの体がそれで少しでも楽になるんだったら構わない。今、とてもつらいだろう?」
そう言ってルカが愛おしそうにシルフィーヌの髪を撫でる。
「つらい・・・?いや?見えないのと動けないだけだが・・・?」
「見えなくて動けないのは暗くてとても怖い事だろう?シルフィーヌ、すぐにでも助けてやるからな」
「助けるって・・・?俺をか?ふん、別に闇は俺達と共にあるからな?怖いと思ったことなどない。それに俺はミトラだ。名前間違えてるぞ?」
「だがお前、動けない今は正直とても不安だろう?だから私がお前をお母様のところに連れて帰るからな?安心しろ、シルフィーヌ」
「お母様?・・・お母様だって・・・?それは・・・いや、身体はお前を喰えばどうにかなる。ああ、いい加減撫でるの止めろよ?ますます身体に力が入らんだろうが!それにお前が俺をシルフィーヌ呼ばわりするたびに何か胸のあたりがチクチクする」
「・・・私を喰えばシルフィーヌでもあるお前の寿命は少しでも長くなるのか?」
そう言うとルカの手が勝手にまたシルフィーヌの顔を撫でまわした。
「だから、ルカとやら!顔!撫でまわすなッって言ってるだろうがッ!それに俺はミトラだって言ってるだろう!?ああ、凄く変な気分だ」
「シルフィーヌ、どんなお前でもシルフィーヌはこの世界でたった一人の大事な大事な妹だ」
「だから!ミトラって言って・・る・・ん・・・?」
ミトラの瞳にポタリと何かが落ちて来た。
「何だ?雨か?」
続けてポタリともう片方の瞳にも。
するとぼんやり霞んでいた視界が嘘みたいに開けると海のような綺麗な青の輝きがミトラの目に飛び込んで来た。
「・・・おッ?・・・綺麗だな?」
それは青く発光するルカの瞳でそこからは銀色の涙が溢れて、零れて、ポタリポタリと自分の瞳に落ちて来ていたのだ。
「お前、綺麗な青だな?それに綺麗な銀の雫のような涙だ?いいな?その瞳」
「シルフィーヌ・・・?見えてるのか・・・?」
「ああ、まるで海のようだな?・・・俺は海が好きだ」
「ああ・・・!何て事だよ!シルフィーヌ!お前の瞳に青天の空のような綺麗な青が戻ってきているよ・・・!なんてことだ、シルフィーヌ!」
「そう、なのか・・・?そうか?空のように・・・そうか、空は俺のモノだからな?そうか・・・今はお前みたいに俺も青いんだな?・・・そうか、そんなに綺麗なんだな?俺の瞳も・・・そうか、それなら見てみたい」
「ああ、シルフィーヌ!本当に・・・本当に良かった、本当に・・・!こんなに、こんなに嬉しい事は無い」
目の前でルカが泣いている。
ポタポタと大粒の涙をいっぱい流して顔をクシャクシャにして・・・
ああ、俺・・・また、何かしでかしたんだな?
ルカが泣くなんて・・・
また俺、大事な人、泣かしちゃったんだ・・・
「泣かないで・・・」
そう、シルフィーヌが自分の顔を撫でて言った。
その声にルカがハッとする。
「シルフィーヌ・・・?」
「泣かないで?・・・お兄様」
「シルフィーヌ・・・!お前、声も・・・!本当に、本当に私のシルフィーヌなのか・・・?」
「まぁ、いい」
そう言ってヴァルナは気を失ったアレンをしっかりその腕の中に抱き込むとその血の付いた顔面に顔を寄せた。
大丈夫でしたでしょうか?
痛くてすみませんでした。
基本、アスラ属は横柄で乱暴で怪力ですが、義理と情には弱い弱い神様です。
今日もありがとうございました!




