そして天使は舞い降りるの件
よろしくお願いします!
あれだけ大量に降っていた雨は、今、ソロモンの前に髪飾りを突き出してそう叫ぶミシュリーナの頭上で渦を巻き宙に浮かぶ水龍に姿を変えている。
「我が用のあるのはお前が握っている『鍵』だけだ。〝たわけ″はそれを置いてサッサと帰れ。怖気づいて泣いたガキに用はないわ!」
「言ったでしょう!!ソロモン!このままでは誰も救えないって!!」
その水龍の背後は雨がやみ、落ちてきそうな星雲の煌きが戻っている。
しかし、その中には雨が降る前とは比べ物にならない程、大きく赤く膨れ上がった光が綺麗な長い尾をいくつか引きながら迫って来ている。
そしてミシュリーナの足首まで溜まっている雨水はその巨大な湖面一体を水鏡に変えていた。夜空に浮かぶ明るい星々を写し込みそれが足下に広がっている様はまるで宙に浮かんでいるような錯覚に陥らせる。
「笑止!!ミシュリーナ!!余の目的はただ一つ!!」
睨みつけるミシュリーナを鼻で笑うとソロモン王は自分が握っていた剣をハルクの喉から引き槍を投げるように肩に担ぎ直すと水龍に照準を定める。
「シルフィーヌッ!?シルフィーヌッ!!」
ルカが抱えているシルフィーヌの元に走って来たアレンは急いでシルフィーヌの顔を覗き込む。
その青い、雨に濡れて目を閉じた冷たい頬をアレンは撫で顔を歪ませる。
「嘘だろ・・・?お前!嘘だろッ・・?おいっ!!シルフィーヌ!!返事しろッ!!シルフィーヌ!!」
「アレン!フリードを頼む!ルカ、シルフィーヌの胸元を緩めて!早く!まだシルフィーヌは死んでない!まだ助かるよ!シルフィーヌは心臓震盪を引き起してるんだよ!」
「心臓・・・しんとう?」
「そう、ルカ。突然の胸への衝撃によって起こる心停止の事だよ。とにかく今から気道を確保して肺に酸素を送るから!」
「ああ!ああ!レクサス」
「あ、ああ!わかった、フリードは俺が。頼む、レクサス。助けてくれ!こいつはハルクの大事な弟なんだ。ハルクが愛するたった一人の弟のリョウなんだよ!」
「本当に・・・?本当にこのシルフィーヌが本当の佐伯亮だったって?・・・」
そう呟いたのはアレンの喉もとに背後から剣をいきなり当てたヘイワーズだ。
レクサスからフリードを受け取ろうとしたアレンが驚いて振り向く。
「お前!?ついて来たのか!」
「死んだ・・・?シルフィーヌが?・・・ヒロインは亮なのか?本当の俺の亮が・・・?なら、俺は・・?俺は?惑わされた・・・?グッ?!」
突然ヘイワーズは唸るとその場に崩れた。
「リードは僕が」
倒れたヘイワーズの後ろにはずぶ濡れのセルフィが立っていた。
その手に握る剣にはヘイワーズの血がついている。
「リード・・・」
レクサスからフリードを受け取ったセルフィはその場で屈みこむと水に濡れないようにその膝に大きなフリードの身体を乗せ、抱きかかえる。
折れた右手は小刀を添え木代わりにしてハンカチでキツく縛る応急処置をレクサスが施してある。
それを確認しセルフィは急いでフリードの右胸の傷口に剣をあてると剣についたヘイワーズの血を塗りつけて止血する。そして今度はフリードの右太ももの軍服の布を素早く剣で斬り裂くと右手を潜らせると自分の下唇をかみ切りフリードの唇に押し当てた。
自分の唾液と一緒に自分の血をフリードの口に流し込みながら、さらにフリードの右太ももにある『印』に触れて共鳴する。
そうする事により気を失っているフリードの心に必死でセルフィは呼びかけたのだ。
すると青い顔で苦しげに小さく息をしていたフリードの眼がうっすらと開く。
「っ・・・セ・・ルッ・・・」
「ん。お帰り、リード。僕の許可なく勝手に永眠しないでよ?起こすのに苦労するんだから」
「・・・お、まえ・こそ・・・」
「ん?」
「すご・・く・・・うるさ・・・・ぃ・・・」
「愛してる?僕を置いてかないで?一人にすると大声で泣いちゃうから?それとも他の人の所に行ってもいいの?かな?ん?どれが効いたのかな?」
「それ・・・ぜ、んぶ・・・死ね・・ない・・・」
「フフッ」
そう息切れぎれに文句を返すフリードの灰色の瞳がしっかりとセルフィを見つめ返したのが嬉しくて思わずセルフィはフリードの頭を胸に抱き寄せる。
「セル・・・ぃ」
「ん?何?キスもっと?リード?」
「・・いかげ・・ん・・・『印』以外・・・・を撫で・・まわすな・・ッ・・・!」
セルフィとフリードの隣では同じくレクサスがシルフィーヌに人工呼吸を繰り返しながらシルフィーヌの『印』に触れ共鳴し、心に強く呼びかけているが一向に息を吹き返すどころかピクリとも動かない。
「・・・・・」
「レクサス・・・?」
「おいっ!レクサス!どうなってるんだよ?!何でこいつ、呼びかけにも反応しないんだよ!!」
「待って。アレン、ルカも。シルフィーヌの『印』は浮かび上がってる。そして僕もだ。だから間違いなく僕の呼びかけにシルフィーヌの『印』は反応しているんだ。・・それにシルフィーヌの気配は間違いなく感じるんだよ、ルカ。大丈夫。シルフィーヌはまだ生きてる。ただ・・・このままでは頭に酸素が行かない・・・どうすれば・・・」
「心臓に直接ショックを与えればいい」
気がついたフリードを抱きかかえ立ち上がったセルフィが青白くなったシルフィーヌの顔を見下ろし、そうレクサスに助言する。
「ショック?」
「ああ、胸を斬り開き、心臓に直接触れ、揉むしだくしかない」
「それでは出血がひどくなるしここでは処置しきれない・・・外部から心臓を動かす方法・・・圧迫?上から強く圧迫するしかないのかな・・?」
「なら・・・ああ、あれだ」
セルフィが空を見上げた。
「王子ッ!!レオリオ王子ッ!!バルト!!バルトもッ!!聞いてくれッ!お願いだッ!!シルフィーヌを!!シルフィーヌを助けてくれッ!!」
ルカがソロモン王の背後から二人にそう叫ぶ。
ルカの横には立ち上がったアレンが両腕を伸ばしシルフィーヌをその頭上に高く持ち上げている。
するとレオリオ、バルト、ミシュリーナの頭上の水龍がそのシルフィーヌを目指すようにうねりながら移動をはじめた。
「おいおいッ!!勝手に動くなッ!!」
咄嗟に頭上に迫って来た水龍にソロモン王は大きく振りかぶると剣を投げつける。
「トマッ!!」
それを見たミシュリーナが振り向いて叫ぶとトマが同じく弓の節のように反った剣を空に投げつけていた。
その剣はブーメランのように宙を舞いソロモン王が投げた剣と激しくぶつかり合うともつれながら落ちて来る。
そして後ろから駆け付けたトマにミシュリーナは髪飾りを投げつける。
「トマッ!!水龍に届けてッ!!」
それを空中でキャッチしたトマは更に助走し、大きくジャンプをすると水龍目掛け投げつけた。
すると水龍の透明な水の腹に溶け込むようにその髪飾りはうねりながら取り込まれてしまった。
「なんてことだッ!」
頭上の水龍を見つめそう叫ぶソロモンに今度は足下のハルクが掴みかかる。
「なッ!なんだッ?ハルク!いまさら、邪魔をするな!」
驚いてもがくソロモンの首元のチェーンをハルクは急いで掴むと力任せに引きちぎった。
「・・ッゥ!か、返せッ!」
その引きちぎったチェーンを握り締めハルクも頭上を移動する水龍目掛け走り出すと思いっきりジャンプをしてそのペンダントトップを投げつけた。
「なにをッ!!アイシスッ!!」
そのペンダントトップも水龍の腹に波紋を浮かべ取り込まれると心臓の鼓動のように光を放ちながら透明な水龍の中を生き物のように移動していく。
そしてその二つを取り込んだ水龍は今度はシルフィーヌの上空まで来ると頭を傾げアレンの手で差し出されたシルフィーヌを飲み込もうとするように頭部分の水を二つに大きく割る。
まるで口を大きく開けているようだ。
アレンの手からシルフィーヌが水に包みこまれるように水龍の体内に取り込まれると透明な水龍の喉を通過するようにシルフィーヌが移動して行く。
そうするとそのシルフィーヌの周りを先程のペンダントトップの光が回り始め、水龍も鎌首をもたげるように天を仰ぐと星空を上昇し始めた。
だが、いきなり凄い閃光と天を揺さぶるようなパリパリパリパりという破壊音が響く。
水龍に雷が落ちたのだ。
「「シルフィーヌッ!!」」
ルカとアレンが叫ぶ。
「亮ッ!!亮ッ!!」
「アイシスッ!!アイシスッ!!アイシスッ!!」
ハルクとソロモン王も叫ぶ。
しかし、水龍はその雷すら体内に閉じ込め、眩しく光り輝くとバチバチと放電しながら上昇して行く。
その水龍が向かう先には赤く燃え盛る火の球が空を焦がし初めていた。
!!!!!!
ッ!??????
な?
なんだッ!?
何か、ピリピリするぞ!?・・・?ん?あ・・・れッ?俺・・・俺?
あ、そうだ!兄貴!一馬!一馬!どこだッ!?俺、やり損なったからな!
って、え?・・・ここ・・・ここ・・・?ん?ンンッ?誰?
俺の目の前には長い黒髪の女性がキッチリ正座して頭を下げていた。
ああ、時代劇なんかで武家の妻が殿を玄関で迎える時に
「お帰りなさいませ」
って言う時にするあのポーズだな?三つ指つくってやつ?
確かに日本人ぽい?けど、着物じゃなくて真っ白なドレスだしな?
その女性は俺に伏せていた顔を上げるとニッコリと微笑んだ。
え・・・アイリーン?
なかなかハードな日常で更新が遅れてしました(反省)
それでも読んで頂いた皆さま、今日もありがとうございました!




