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おとなしさま かしかまはん


 「おい、しっかりしろ! バイトくん!!」

 「……こんな時くらい名前で呼んでくださいよ。大丈夫。なんとか生きてます」


 俺はまだしびれの残る体を引き摺り、遊園地の外へ辿り着いていた。

 そこで倒れて……ようやく今、神島さんと合流できた。


 「い、今は何時ですか? 真っ暗ですけど」

 「20時近いよ。キミらが遅いから園内を探索していたんだ。それで入れ違いになってしまったようだね」

 「まずいことになりました。すいません。東さんを守れなかった。彼女は警備員の老人に連れ去られて……」


 神島さんの顔に焦りの色が浮かぶ。

 それと同時に抑えきれない感情が溢れ出てきている。


 憤怒。


 神島さんは俺や東さんにいつでも温厚に接してくれていた。

 その顔に明らかな怒りの表情が浮かんでいる。


 「す、すいません。俺が弱っちいばっかりに……」

 「バイトくん。今、僕が怒っているのは自分に対してだよ。こんな形で後悔するくらいなら……。あの時、一緒に行動していれば……。情けない」

 「まだ、間に合います。彼女を助けに行かないと」

 「わかった。キミはここで……」


 俺は神島さんが言葉を言い終える前に、深い溜息をつきながら立ち上がる。

 膝はまだガクガクとヨタついてはいるのだが……。


 「ダメですよ。俺が先導します。どこに向かったかは、なんとなく見当がついてるんで」

 「無茶をしては……いや。ありがとう。とんでもないことに巻き込んでしまってすまない」

 「もちろんバイト代は、はずんでもらいますって。さあ、急ぎましょう。あいつは虚賂棄(うつろき)転輪(てんりん)を起こす気だ」


 なんで俺はこんな状況でカッコつけてるんだ?

 いや、こんな状況だからこそ、意地を見せる意味があるってもんだろ。

 それに……あの爺には一杯食わせなけりゃ気が済まない。


 俺は園内に戻るために振り返る。

 だが、それと同時に目の前の光景に戦慄する。


 全ての照明が点いている。

 しかも、それだけではない。

 コーヒーカップやメリーゴーラウンドが回り、園内に楽しげな音楽が流れていた。


 「……ま……いごの……お知らせを……いたします。東京都から……おこ……しの。……さん。至急……へ……下さい。おいで……さい。おいで……おいで……おいで……」


 機械的な音声で、迷子のお知らせが壊れたレコードのように繰り返される。

 園内のほとんどの施設に明かりが点き、崩れ落ちたアトラクションのモーター音が鳴り響く。

 なんなんだ……これは……。

 何が起きている?

 これも老人の仕業なのか?


 「こいつは惹神祭(じゃくしんさい)の代わりじゃないかな? 密議の最中にかしかまはんを惹きつけるためのお祭りのことだよ」

 「神島さん、かしかまはんを知ってるんですか? もしかして古文書を解読できたんですか!?」

 「全部ではないけどね。あれは誉響神代の教典だったんだ。祭事に関しての仕来りや禁忌が書かれたものでね。かしかまはんは巫女の頭部、おとなしさまは人体の部分に付けられる名前だよ。バイトくんこそ、なんで知ってるんだい?」


 俺達は遊園地を小走りで進みながら、これまでの経緯を説明する。

 地下通路のことや失敗作のおとなしさんのこと。

 発見した手帳の残りの部分に書かれた日記のことなど……。


 「確かに日記にもメリーゴーラウンドを夜中に動かしていたと読み取れる記述がありました。あれってどんな意味が……」

 「しっ。今は音を立てちゃダメだ。あそこ……メリーゴーラウンドをよく見てごらん」


 神島さんの言う通りに振り向くと、切れかけた電球を明滅させながらメリーゴーラウンドが回っている。

 首のもげた白馬の上に……女の頭。

 かしかまはんが長い黒髪をなびかせて一緒に廻っている。


 「音に……惹きつけられているんだろうね。かしかまはんは、音に反応して現れる厄介者だと書かれていた。だから密議の間に音を立ててしまうと、降ろす神の代わりに、かしかまはんとおとなしさまが重なり合ってしまう。そうなると密議は失敗して"静寂の呪い"が振りまかれると書いてあったよ」

 「密議は御美海湧泉で行うって日記に書かれてました。普段はその泉にかしかまはんが泳いでいるんだとか」

 「だから密議を行う時には祭で気を引き、外に出して釘付けにするんだな。密議にかしかまはんは必要ないということか」

 「日記には頭も体もバランス良く存在していないと"おとなしさま"としての機能が保てないとありました。だから厄介者でも存在させているのか……。酷いな。自分達の神様だろうに」

 「かしかまはんは、御美海様ではないんだよ。"はん"って言うのはこの地域の方言で"(ヤツ)"って意味だ。神に連なる者に付けるような呼び名じゃない」

 「それで"かしがましい奴"と"大人しい巫女"なのか……」


 俺達は音を立てないようにメリーゴーラウンドから離れながら、お互いの情報を交換しあう。


 「僕の見解だと、この宗教は海外由来の伝承がベースなんじゃないかと推測しているんだ。バイトくんはミーミルって知ってるかい?」

 「確かヨーロッパの神様かなんかだったと……」

 「そう。ミーミルとは北欧神話の主神、オーディンの相談役だった神だ。主神すら相談をするほどの叡智を誇った神。その姿は首だけだったといわれている」

 「御美海様と同じ姿なのか!」


 比較神話学……神話の類似性の話しか。

 単眼巨人がギリシャ神話においても日本においても鍛冶を司る神であった話しなどが有名だ。

 ギリシャ神話ではヘーパイトスと共に鍛冶をしていたキュクロプス。一説ではヘーパイトスも蛭子で隻眼であったとも。

 日本では天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)天津麻羅(アマツマラ)

 一本だたらやダイダラボッチも隻眼で鍛冶に関係のある巨人だ。

 

 誉響神代の伝承も、なんらかの形で海外から神話が伝播(でんぱ)し、日本のこの地で土着の信仰となっていったのかもしれない。

 そう言えば東さんを拉致した老人は誉響神代に詳しかったな。

 もしかすると……。


 「警備員を装っていた老人はやたらと体が大きく、灰色の目をしていた。祖先が外国人だったのかも……」

 「灰の目の一族。それがこの誉響神代の教主を代々受け継いでいたそうだ。これでいろいろ話しが繋がったな」

 「やはり、あの老人。あいつが杜代(もりしろ)井泉(せいせん)だったんだな」

 「……いや。それはないだろうね」


 神島さんは、あっさりと俺の説を否定する。

 そして興味深い真実を語り始める。


 「警察に確認をしたんだよ。そしたらね……杜代井泉は警察病院で1年前に死んでいるそうだよ」

 「そんな……」

 「代わりにこんな話しもわかった。キミに言われていたTVスタッフが行方不明になった事件なんだけど、それは廃園直後のここで起きていたんだ。その時に容疑者に上がったのが杜代の息子。杜代(もりしろ)岳泉(がくせん)。その事件では立件できなかったんだが、父親の誘拐に加担していた事実が出てきてね。別件逮捕で有罪判決を食らって投獄されていたんだ。それが模範囚として出所したのが5ヵ月前……」

 「じゃ、じゃあ、あの老人は!?」

 「年齢から考えても井泉ではない。井泉だったら80歳くらいのヨボヨボの爺さんだ。息子の岳泉と考えるのが妥当じゃないかな」

 「井泉じゃないとすると……目的は何なんだ? 日記にあった虚賂棄(うつろき)転輪(てんりん)が目的じゃないのか? 父の遺志を継いで誉響神代を再興しようとしているのかもしれない。くそ……何がなんだかわからない……」


 冷や汗をかきながら立ち尽くす俺の肩を、そっと神島さんが叩く。

 そうですね……。今ここで悩んでいたって仕方がない。


 それよりも東さんを助けなければ。

 俺のせいで彼女が犠牲になってしまったら、この先巨乳を見る度に後悔をすることになってしまう。

 そんな残酷なトラウマなんてご免だ。

 絶対、あの爺にはこれまでの分の貸しを返してもらう。

 それも相当な利子を付けて。


 俺は目の前にあるドリームキャッスルを指差して神島さんにある提案をする。

 このパレードをするのには、それなりの理由があるはずだからな……。


 「神島さん。ここのドリームキャッスルの裏手に地下への入口があります。そこを降りると……」


 俺はこれからの計画を神島さんに説明する。

 彼は理解したようだが、まだ俺の身を案じているようだ。


 「話しはわかったが……この役目はキミがしたほうがいいのではないか? その体では銃を持った相手とは……」

 「大丈夫です。それにひ弱なうえに弱った俺では、鍵の掛かった地下室の扉は開けませんから。神島さんのガタイならなんとかできますって」

 「わかった。もう、絶対に無理はしないでくれ。僕がそっちに合流できるまで時間を稼いでくれれるだけでいい」

 「はは……最初からそれ以上のことは出来ませんよ。神島さんこそ気を付けて。事が済んだら真っ先に狙われるのは神島さんですから」

 「かしかまはんか……。それなら心配には及ばない。そうだ……。バイトくんにもこれを渡しておこう」


 神島さんはそう言うと、奇妙な箱のマッチを渡してくる。

 よく見ると箱の表面にビッシリと経文が書かれているようだ。

 なんだこれ?


 「そいつはうちの爺さんのお手製でね。一応、代々神職をやらせてもらっている。それに火を付けると"護摩焚き"と同様の効果があるんだ。一瞬ではあるけどね。そのマッチには"敬愛法"が込められているから、敵対するような霊を鎮めて無害にしてくれるはずだよ」

 「う、胡散臭いですね……」

 「ストレートに言われると傷つくなぁ……。まあ、気休め代わりにでも持って行ってくれ。時間も時間だし、僕と離れると"出てくる"と思うから。じゃあ、お互いの成功を祈ってくれ!」


 そう言うと神島さんは猛ダッシュでキャッスルの裏手まで消えて行ってしまった。

 神島さん。取り繕ってはいたけど相当、焦ってるみたいだな。

 そうだよな。俺なんかよりも、ずっと東さんのことを心配しているはず。

 二度も期待を裏切る訳にはいかない。

 しかし、妙なことを言ってたな。

 出るって……なあに?


 突然、背後の暗闇から轟音と共に突風が吹き荒れる。

 ジェット……コースター?

 そんなバカな!?

 完全に朽ち果てていたはず……。

 轟音がした方向を目で追うと、ぼんやりと光る車体が見える。

 そこに乗っているのは……首なしの乗客。

 絶叫と共に頭や腕を飛び散らせながら、狂ったようにぐるぐると園内を巡っている。

 それにしてもスピードが異常だ。

 とてつもない速さでレール上を疾走し、首切りワイヤーでの惨劇の瞬間を何度も何度も何度も何度も……。

 理不尽な悲劇への怨念を滲ませながら、永遠に"その瞬間"をリフレインさせている。


 本当に出やがった……。

 俺は速攻でマッチに火を付けて握りしめ、ある場所へと足早に向かう。

 途中、何度も肩を叩かれたり背中を押されたりしながらも、黙々と歩き続ける。

 いちいち振り返ってギャーとか驚いてたらキリが無い。

 売店に人影とか、パーラーのテーブルに生首なんて見えません。

 見えないったら見えない。

 耳元で笑い声とか、呻き声も聞こえません。

 あーあーあーあー! 聞こえな〜い!!


 そんなこんなでマッチが残り数本になる頃に辿り着いたのは……。

 老人が警備員をしていたという保養所。

 神島さんの調べでは、俺と東さんが見たビデオの若者はここから地下室に入ったらしい。

 廃人のようになってしまった撮影者から直接聞いたと言っていたな。

 ここは元々、観覧車があった場所。

 この場所にまつわる噂は、廃観覧車のそばで「出して」という声が聞こえるという話し。

 建設会社も保養所を建てたものの、相次ぐ怪奇現象に悩まされ、実質放棄状態であるといわれている。

 そりゃそうだろ。出してという声はおとなしさんにされた被害者の怨念。

 俺の勘が当たりなら、観覧車があった頃からここには……。

 そして少しでも騒がしくすれば、かしかまはんがやってくる。

 保養所ではめを外すなというほうが無理な話。

 宴会でもしようものなら、彼女を呼び寄せるようなもの。

 慰安旅行の度に狂乱する者が続出していてもおかしくはない。


 俺は保養所の入口に手を掛けて押してみる。

 ……あっさりと開いてしまった。

 不用心? いや、老人の言葉が頭によぎる。

 「今日さえ過ぎれば、後はどうなろうとかまわん」……そう言っていた。

 彼にとって今日が何かの終着地点。

 だからこそ無計画で大胆な行動に出ているということなのか。

 玄関を抜け、非常灯だけが光る廊下を渡っていく。

 突き当たりの左側。その扉に違和感を感じる。

 誰かが立って……首にのっぺりとしたヘラのような皮膚と耳。

 おとなしさまが立っている。

 そして……その部屋の中に指差しをしていた。


 「なんなんだあんた。もう東さんはいないんだぞ。目的は果たしたはずだろ? なんで俺の前に現れる!」


 おとなしさまは何も答えずに煙のように消えてしまう。

 まだ……俺を導くというのか?

 彼女の本心がわからない。この先に何があるというのか。

 だが、躊躇(ちゅうちょ)などしていられない。

 東さんを助けなければ!


 部屋の中に入り見渡してみる。

 倉庫のような作りになっているが、部屋の隅に土を掘り起こした跡がある。

 そこを覗くと……ここだ。

 鉄製の重々しい扉が開いており、ヒンヤリとした風が中から吹き出している。

 見た感じ、最近も使われている。

 おそらくここから老人と東さんも……。

 扉から階段を下りると地下通路へ出る。

 通路が明るい。ここにも電気が通っているようだ。


 それに……これは見たことがある。

 ビデオに映し出されていた場所だ。

 事務用机や様々な医療機器、その他にも用途不明な電子機器の数々。

 そしてそこかしこに草花が飾られており、不思議と何かの意味を持っているかのように感じてしまう。

 草花はまだ青々とし、最近摘まれたものなようだが……。

 今は気にしている場合ではない。

 部屋を数カ所ほど潜り抜けると、風を感じる地点に出る。

 なんだ? 風だと?

 風が吹き込んでくる方向に通路を進み、大きめの押し扉を開いてみると……。

 そこから先は巨大な地下洞になっていた。

 洞窟とは言っても手すりや階段、照明などが設置され、誰かしらがここを利用していたということが窺える。

 ヒンヤリとした空気に湿り気を感じる。

 この先に御美海湧泉があるのだろうか?

 洞窟の底まで階段で降りると、水の流れる音が聞こえてきた。

 やはり間違い無い。この先に……。

 そう確信したその時、視界に奇妙なモノが映り込む。

 洞窟の隅に藁や布団、カーペットなどが敷き詰められた一角がある。

 なんだ……人でも住んでいるのか?

 どれも小綺麗に配置されており、何かの意図があるようにも思える。

 その一角に足を踏み入れると同時に、あるものの存在に気付いてしまう。


 カーペットの上に横たわっていたのは……ピンク色の巨体。

 俺を突き落としたウラッシーか……。

 3mほどのソーセージのような体の先端には人間のような唇、末端には女性的な足が無数に生えている。

 この足でどたどたと歩いていたのか。

 よく見るとウラッシーは体中から体液が流れ落ち、息も絶え絶えのような感じ。

 俺は息を潜めながら辺りを見回し、火掻き棒のような金具を手にして大きく振りかぶる。

 今なら……俺でも倒せるかもしれない。


 「やめなさい!」


 突然、後ろから木の棒で殴られる。

 あれ……この声は?


 「あっ……バイトくん! 無事だったのね!!」

 「あ、あれ? 東さん!?」


 やっぱり。この声は東さん。

 検査衣を着せられた彼女が、木の枝を構えて立っている。

 す、すごい。

 はちきれんばかりの胸のサイズでサイドの紐がパツンパツン。

 し、しかも、ノーパン、ノーブラですと!? こ、これは……。

 その姿を見つめながら……俺はぶっ倒れた。


 ――数分後、気を取り戻し、東さんからいろいろと経緯を説明される。

 あの後、保養所の地下に連れていかれ、全裸にされて薬湯に漬けられたのだとか。

 その後、検査衣を着せられてここに向かう途中、ウラッシーの襲撃に合い、そのまま彼女はここに運ばれたということらしい。

 どうやらウラッシーは彼女を救うために体をはって老人を襲ったようだ。

 その時に体中に銃弾を食らい、今は瀕死の状態になってしまっている。


 「セツナはね、いい子なんだよ。あなたやわたしを追いかけてたのは、かしかまはんの存在に気付いていたからなの。私達より大きな音を立てて近づいて気を引いてくれてたのよ」

 「そ、それは……どうも……。でも、なんで俺を崖から落としたんだよ」

 「ああでもしないと逃げられなかったんだって。あなたはかしかまはんに狙われてたそうよ。でも、ちゃんと川から引き上げてくれたでしょ?」

 「そういえば……。岩の上に引き上げてくれたのか。ありがとうな……せ、セツナ?」

 「お母さんがそう呼ぶんだって。だからセツナだってさ」

 「お母さんって……おとなしさまのことか? 確かにあの息づかいは、そんな風に聞こえるかもしれないけど……」


 なんとも不思議な話だ。

 こんな生き物が見ず知らずの俺達の身を案じて行動していたなんて。

 それに……東さんの様子がおかしい。

 なんでウラッシーと……いや、セツナと会話ができるんだ?

 彼女は横たわるセツナと何かの言葉を交わしているが、俺にはまったく理解ができない。

 最初に出会った時に喋った、たどたどしい"日本語"ではなく、今は判別不能の音声を垂れ流している。

 これは誉響の秘術が込められた薬湯に漬けられてしまったからなのか……。

 それとも杜代が言う通り、彼女に巫女の素質があるからなのだろうか。


 「セツナはね、女の子なんだよ。とっても優しいの。ビデオに出ていたような肝試しの人たちを、かしかまはんに気付かれないように追い払ってたの。通路の草花の飾りだって、彼女が毎日丁寧に……」

 「そうか。それは知らなかったよ。まったく……どれだけ掃除しても無くならないはずだ」


 しまった。もう、気付かれていたのか。

 あの老人……杜代(もりしろ)岳泉(がくせん)が!


 「ふざけたマネをしてくれたな。化け物風情が。お前がおとなしさまの娘だと? そんな訳があるか! あの時の……くそっ!!」

 「や、やめて!!」


 絶叫する東さんの叫びも聞かず、横たわるセツナに銃弾を浴びせ続ける杜代。

 この野郎……いや、まだだ。まだ反撃のチャンスではない。

 杜代は息を切らしながら振り返り、今度は俺に銃を突きつける。

 くそ。やはりそうくるか。


 「お前は……やはり。完全な異分子。どうしてこうも入り込んでくる? この話しにお前の存在など入り込む余地は無いのだ。なぜ、ここにいる? 奉海来迎で読めぬ存在が、なぜ今ここに?」

 「知るかよボケ老人。お前のふざけた神様に聞きゃぁいいだろ、このマヌ……」


 言葉の途中、グリップの底でいきなり殴られる。

 額から血が滲むほどの衝撃。

 ……また貸しが増えたな。


 「今度こそ、ここで……」


 杜代は俺の額に銃口を押し当て、引き金に指を掛ける。

 それと同時に目の前に白い姿が現れた。

 おとなし……さま?

 なんで彼女が俺の前に……。


 「なぜだ? ……ふむ。もしかすると神託に無かっただけで、必要な存在なのか? まあいい。殺すのが少し先延ばしにされただけだ」


 俺達は再び銃を突きつけられながら地下洞を進む。

 道中も東さんは涙を流しながら、悪態をつき続けている。


 「許せない……多くの人を巫女と偽りながら虐殺し、人ともいえないような死ねない化け物にして……。そのなかに芽生えた小さな命さえもあなたは殺したの。セツナはねぇ……あなたの!」

 「黙れ! もうすぐだ。もうすぐ終わらせてやる。こんなこと、こちらから願い下げだ……」


 俺はその話に割り込んで会話を続ける。

 無理にでも話を延ばして神島さんの到着まで持たせねば。

 それに……個人的に、なんでこんなことになっているのか知りたくもある。


 「おい……。いい加減、なんでこんなことをしているのか教えたらどうなんだ。このまま殺されるなら、そのくらいの権利があってもいいだろ。なあ? 杜代(もりしろ)岳泉(がくせん)さんよ」

 「……そうか。そこまで辿り着いたか。いいだろう。探偵のマネごとへの褒美だ。いかにも私は杜代岳泉だ。井泉は私の父。父は若い頃に実家の倉で誉響神代の教典を見つけてしまってね。それまで地元で細々と続いていた信仰を復興させようと思いついてしまったんだ」


 ついに自分が岳泉だと認めたか。

 そして事件の真相にまつわる昔話をし始めた。

 俺と東さんのふたりはその話に聞き入っている。

 いや、ゆっくりと後ろをついてくるおとなしさまも……聞いているのかもしれないな。


 「私はそんな地元に嫌気が差し、東京の大学へ進学した。当時は70年代で学生運動の真っ直中でね。何かを求めていた私は誘われるがままに参加したんだ」

 「……へっ。誰かに与えられた熱狂で自分捜しか? お笑い種だな」


 杜代老人は俺の悪態に対して自嘲しながら、話しを続ける。


 「まさにその通りだ。オルグだのセクトだの……。挙げ句に自己批判だ、総括だと仲間まで疑い傷つけ合う始末。私はね……そういった場に居合わせて、心底愛想が尽きたんだ」


 老人の目に光る物が浮かんでいる。

 なんだ……この話しに何が隠されている?


 「そういった総括の暴力で死んだ若者たちがいた。その中には私の恋い焦がれた人もいてね。当時の私はその現場に居合わせながらも何も出来なかった。ただただ、彼女達が弱っていくのを見ているだけしかできなかったんだ」

 「なんで……助けてあげなかったんですか? 好きだったんでしょ? その人のことが……」


 東さんの問に老人は、より一層の涙を溢れさせる。


 「恐ろしかった。次に標的にされるのは自分ではないかと。(かば)えばすぐに総括の対象になっていた。私はね……恐ろしくて。そうなりたくない一心で、言われるがままに弱っていた彼女達を殴ったんだ」

 「爺さん……最低だぜ。そんなもん抜け出して警察に駆け込めばよかっただけだろ」

 「そうもいかなかった。山奥の合宿所は互いに見張り合う規則でね。抜け出すと山狩りで、それこそ処刑される。そんなおぞましい時代だったんだ。何を言い訳してもどうしようもない。事件が明るみになって私は犯人側のグループとして投獄された。初犯だったのと暴行に積極的ではなかったことが考慮され、3年ほどで出所して地元に戻ったんだよ」


 話しはここで終わらないか。

 そりゃそうだ。本題はここからなのだろうから。


 「地元に戻ると奇妙な話しが持ち上がっていた。なんでも父が先祖代々の山を売り払って遊園地を作る計画があると。明るい話題に私はなんだかうれしい気分になってね。疎遠になっていた父に協力させてくれと頼み込んだんだ」

 「そいつは……お気の毒に」

 「明るい活気のあるイメージは父の陰鬱な計画を知らされて脆くも崩れ去った。その後はキミらが読んだであろう父の手帳に書いてあった通りだ。人さらいが目的の遊園地。裏野ドリームランドの完成だよ」


 これが裏野ドリームランドの成り立ち。

 おぞましい宗教の密議を行うための狩り場だった。

 しかし、ここまではこれまでの調べでもわかっていること。


 「私はいつのまにやら計画の要にされていてね。教主の息子だ、話しに食い込めば逃げることなどできない。また私は流されるままに望まない誘拐を手助けすることになってしまった。それどころか密議を行うための"お外しの儀"は、灰の目の一族である私と父の仕事だったのだ」

 「お外しの儀? まさかそれは……」

 「そうだよ。19人の被害者から頭を外したのは私だ。どうしようもなく嫌だった……。それでも私には責任がのし掛かってきた。私の優柔不断な行いで、どんどん犠牲者が増えてしまう。私は途中から、この計画を妨害することに奔走するようになった。そんな時に見つけたのが……虚賂棄(うつろき)転輪(てんりん)だよ。何らかの条件が揃えば、密議は"裏返り"を起こし、誉響にまつわるもの全ての破滅と共に亡者が甦る地獄が現れると。誉響の教典にあるという死者を蘇生させる邪法を捜しているうちに偶然発見してね。私はこの虚賂棄転輪に心を奪われた。これこそが私が求めていたもの。心の自由を手に入れる唯一の道だとね」


 なるほど。

 井泉より先に虚賂棄転輪を知り、それを目指していたのか。

 しかし……狂っていやがる。

 何が自由だ。

 犠牲に犠牲を重ねて得るものなど、真の自由であるはずがない。


 「しかし……ある時、おとなしさんの一体が密議を成功させてしまった。私は焦った。このまま誉響神代が勢力を広げれば、もっと多くの犠牲者が出る。私の苦痛は終わりを迎えない無間地獄と化す。それで、なんとかしなければと最終手段に出たんだ。密議を終わらせるもう一つの禁忌。密議の途中にかしかまはんを呼び込んだんだ。夜中に動かしていたメリーゴーラウンドを止めてね。結果はご覧の通りだ。静寂の呪いは未だにこの地を覆い、一度呪った者達がどこへ逃げても見張り続ける。音を立てて気付かれたら最後。かしかまはんが現れるんだ」


 ……全ての話しが見えてきた。

 この場所をこんな恐ろしい呪いで満たしたのはこの男。

 だが……まだだ。

 まだ、これから何をしようとするのかが見えてこない。


 「さあ、着いた。ここが御美海湧泉。忌まわしい誉響神代の聖地だ」


 辿り着いた場所は地下に広がる広大な地底湖。

 他よりも一段と明るい照明に照らされて、エメラルドグリーンの美しい湖面を輝かせている。

 岸壁や湖の底など、そこかしこから水が湧き出して湖面を揺らしているようだ。

 豊富に湧き出る水が湧泉と呼ばれる所以か。

 ここが……聖地の泉。

 全ての元凶となる地。

 その幻想的で美しい佇まいからは想像も出来ない悲劇がここから生み出されている。


 「さあ、こちらへ来たまえ。終わらせてしまおう。こんなことはすぐにでも……」


 杜代は東さんに銃を向け、こちらへ来いと促している。

 どうやら密議は5mほどの高さの崖に設置された祭壇でするようだ。


 チャンスは今か……!?


 俺は低い姿勢でダッシュし、残っていたマッチを擦って杜代の顔の前に投げつける。

 銃口が東さんに向いていたため杜代の反応は遅れ、不意の閃光で体勢が一瞬崩れる。

 そこへ渾身の力を込めて足下にタックル!

 そしてそのまま崖から湖へ……。


 「なんだねそれは。キミは機転は利くがそれを実行できる力がまるでないな」


 180cm近い老人の巨体は大地に根が張っているかのように動かない。

 くそ……やっぱりこっちの手ではダメか。

 俺は再び、銃のグリップで何度も殴られて地ベタを舐めるように倒れ込む。

 老人はしばらく俺の頭に銃を向けていたが、気を取り直して俺の腕を後ろ手にして縛る。

 残念だが、やるだけのことはやった。

 あとは神島さんを待つしか手立てはない。


 「バイトくん!」

 「もう……神島さんといい、東さんまで。名前で呼んでくださいよ……」

 「いい加減に諦めたまえ。所詮はキミなどその程度の男ということだ。さあ、穢れの巫女殿……こちらへ来なさい」


 東さんは杜代を睨み付けながらも、ゆっくりと祭壇のある方へと歩いてゆく。

 そろそろ……かな?

 俺は杜代に向かって、最後の質問を投げかける。


 「これで本当に最後なんだ。そろそろ何をしようとするのか教えてくれないか? 全部……教えてくれよ」

 「あ、ああ……。1年前に……親父が死んでね。クソ。あいつはとんでもない罠を残していきやがった。誉響の神官職は代々血族で受け継がれていく。だから……ヤツが死んだら、次代は俺だったんだ。俺は静寂の呪いを受けたが、獄中で静かに暮らしていれば何の問題も無かった。だが1年前のあの日……牢獄におとなしさまが現れたんだ。俺はこの役目から逃げられない……そう悟ったんだよ」

 「それで……?」

 「ああ……なんだ? なんで俺はこんなことを喋っている?」

 「何をするのかを聞いているんだ。答えろよ」

 「う……虚賂棄(うつろき)転輪(てんりん)。その手法は傑作だぞ。奉海(ほうみ)来迎(らいごう)で聞いたんだ。親父は思いも付かなかっただろうな……はは……は……」

 「ちょ、ちょっと……バイトくん何をしたの!?」


 様子のおかしい杜代に、東さんが気付いたようだ。

 俺は彼女にわかるように、杜代の足下に顎を向けて視線を促す。

 そこにあったものは……地下室のおとなしさんの部屋にあった自白剤。

 その注射器が内股の大動脈付近に刺さっている。

 俺のタックルはアイツを押し倒すためじゃない。

 ヤツの血管にアトロピンを流し込んでやるための演出だ。


 「あ、あれは!?」

 「そうですよ。自白剤です。自分の力の無さは十分過ぎるほど知ってますんで。低い姿勢で足元を隠し、そいつを打ったんですよ」

 「く、くそ……アタマが。朦朧と……」

 「おい。肝心なことを話せよ。自白剤はうまく答えを誘導できないっていうのは本当なんだな」

 「ああ……巫女の素質がある灰の目の一族の血だ。それも穢れた……。奉海来迎の途中で、おとなしさまをその血で穢せば……起きる。虚賂棄転輪がなぁ!」


 杜代は、そう叫ぶと東さんの腕を掴んで引き寄せる。

 そして隠し持っていた広刃のナイフをかざし、一気に振り下ろした!


 響き渡る鈍い金属音。

 誰かが金属製の何かを投げて、杜代のナイフにブチ当てたようだ。

 後ろを振り返ると……密議用の飾り物を握りしめた神島さん!


 「その手を離せ。お前の目論見はさっきの自白ごと全部録音済みだ。観念しろ!」


 その声と同時に東さんが杜代の腹を蹴り、祭壇の場所から飛び退いた。

 しかし、その一瞬で足をナイフで切られて、うずくまったままになってしまった。

 俺は縛られたまま東さんの前に立ち、杜代を睨み付ける。

 今は……くやしいが、こんなことぐらいしかできない。


 「いいだろう。もう巫女の血は手に入った。これをおとなしさまに捧げて穢せばいいだけ。彼女は私の命令に逆らえない。虚賂棄転輪の邪魔はできないのだ!」

 「やめろ! 杜代!!」


 神島さんは力一杯、周囲にある飾りや法具を投げつける。

 しかし、杜代も銃を乱射して応戦する。

 迂闊には近寄れないか……。

 そうこうするうちに、杜代の隣におとなしさまが現れている。

 杜代は密議のための文言を短く唱え、ナイフを高々と振りかざす。


 「これで……終わる。やっと会える。私はずっとこの時を待っていた。私の贖罪の時が……」


 杜代のナイフは振り下ろされ、おとなしさまの胸に深々と突き刺さる。

 東さんの血が付いたナイフから……血だけが黒い(モヤ)となって漂い、祭壇の上にあった組み木細工に吸い込まれる。

 あれは? そうだ。おとなしさんの部屋にあった組み木細工?

 あれに何が入っていると……。


 組み木細工がカタカタと動き出し、勝手に開いて中から奇妙な物体が飛び出してくる。

 ぱらぱらと何かを振りまきながら蠢くもの……。


 それは指。

 10本分の指が中から現れてそれぞれが踊るように飛び跳ねている。

 そしておとなしさまの頭の部分にばらばらと積み重なっていく。

 組み木の中からは爪や髪の毛なども、ぞわぞわと湧きだし、さらにおとなしさまに絡み付いていく。

 しばらくすると全ての髪の毛や指、爪が女性の顔のような形になり、ゆっくりと……口を開き始める。

 しかし、ここからでは何を話しているのかわからない。

 杜代は涙を流しながら、その"顔"と会話をしているようだ。


 「なんなんですかあれ……」

 「わからない。だが……あれももう終わりだ」


 隣に移動してきていた神島さんが、預言のような一言を呟く。

 俺達の仕掛けた最後のトラップ。

 自分の身で確かめろ……杜代!


 泣きながら話しかけていた杜代の目の前に、あるモノがゆっくりと降りてくる。

 濡れた……長い髪の毛。

 その髪の毛が、おとなしさまの頭に形作られた顔を包み込み、ゴキボキと骨が折れるような音を響かせる。

 目を見開き驚愕する杜代。

 しかし、声を上げることはできない。

 目の前に現れ始めた"それ"は……音を酷く嫌うから。



 かしかまはん。



 その灰色の目を見開き、おとなしさまと完全に一体化している。

 崖の上で見た時と同じ……頭と体が重なり合ってしまった。

 人としての本来の姿に戻るということは、呪いを吐き出すための……。

 彼女"たち"は杜代の顔に両の手を当てて、顔をギリギリまで寄せ付ける。

 そして……一言。



 「お……とを……たてるな」



 その恐怖のためか、あるいは静寂の呪いのためなのか、杜代の顔からみるみるうちに生気が失われていく。

 その表情が幽鬼のように変わり果てた頃、ゆっくりとかしかまはんの顔が動き始める。

 ずりずりずり……およそ人の首の動きではない。

 奇妙なその動きから、俺達三人は目を逸らすことが出来ない。

 そういや……この後のことは考えていなかったな。


 顔が……こちらに向いてしまう。

 そうなれば……もう、為す術は無い。

 いや、もうすでに手遅れなのかも……。

 神島さんがいろいろな道具をカバンから引き出して何かをしているが、効果があるような気配は微塵も感じられない。

 ああ……これは。バッドエンド……。



 ――何かが、もの凄い勢いで駆け出して行く。

 あの色。薄橙色の物体。

 セツナ。

 突如、現れた彼女は杜代とかしかまはん、おとなしさまを巻き込んでそのまま突進。

 祭壇を破壊しつつ、崖の上から共に御美海湧泉の底へと落ちて行った……。



 俺達はしばらく呆然としていたが、我に返ってセツナを捜す。

 しかし、その姿は杜代も含めて、どこにも見つけることはできなかった。

 湖はしばらく濁っていたが、1時間もするとまた透明な色を取り戻し、何事も無かったような静けさを湛えている。

 ただ、洞窟内には東さんの絶叫にも似た泣き声だけが、いつまでもこだまを返していた……。


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