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首だけの神 首の無い巫女


 「東さん。いいですか?」

 「よっしゃ、いってみよか」


 俺と東さんは奇跡的に綺麗なままのテーブルに陣取り、撮影したデジタル映像を再生しようとしている。

 ――ここは廃墟となったフードコート。

 なんとか薄橙色の化け物から逃げ切り、俺達はここで休憩をしている。

 色あせたプラスチック製の食器やトレーが散乱してはいるが、屋内なために比較的荒廃を免れているようだ。

 入口はシャッターが降りており、裏側の厨房のドアからしか入ることができない。

 ここならばさっきの化け物も侵入してこれないだろう。

 広い通路の水族館と違い、狭い裏口からさらに狭い厨房を通り抜けるのは困難なはず。


 さて、肝心の映像なのだが……どうやら目当てのものは撮れてはいなかったようだ。


 「あっれ〜? おかしいな。逃げ出す直前までは、確かに撮影してたのに……」

 「何よそれ〜。あんた肝心なところで使えないわねぇ」

 「ぼーっとしてた東さんを抱えて走ってたのは誰でしたっけね……」


 まったく酷い話しだ。

 得体の知れない怪物に追い回されて、人生で最も激しく走ったっていうのに……。

 まあ、激しく揺れていたアレの感触が、まだ腕に残っているので良しとするが。


 しかし、直前まで撮影をしていた水槽の映像に何も映っていないとは。

 映像には、ぼけ〜っと水槽を見つめる東さんと、藻で薄汚れた水面が映っているのみ。

 そんなはずはないんだが……。


 「確かにここの藻のスキマに女の顔があって、スィ〜っと移動していったんですけどね」

 「どれどれ……。う〜ん、画像にはなんもないけどなぁ」


 東さんは座っている俺の肩越しからハンディカムの再生映像を覗き込んでいる。

 彼女は目を凝らしながら身を乗り出して画像を確認するが、一向にそれらしいものは映し出されてこない。

 むっ!? こ、この体勢は! 背中に彼女の持つ巨大な物体の感触が。

 少し汗ばんだ感じの暖かな重みが背中越しに伝わってくる。

 や、やわらかパラダイス……。


 「だめだねぇ。やっぱりなんにも映ってないよ。しかし、本当に女の頭だけの幽霊や巨大な怪物なんて出たの?」

 「いましたよ。クマまで出て大騒ぎだったんですから。そうでもなきゃ運動嫌いの俺が全速力で園内を走り回ったりしませんって」

 「ふ〜ん。でも、よく私を運んで逃げれたねぇ。ガリガリのひ弱くんなのに」

 「……追ってこなかったんです。しばらく気付かずに走り回っちゃいましたけど。東さんこそ、あの時いきなり棒立ちになっちゃってどうしたんですか?」

 「いや〜、それが覚えてないんだよね。水槽を見ていたら……なんだか悲しい気分になってさ。その後のことは……。気付いたらこのフードコートに運ばれてたんだよ」


 彼女は向かいの椅子に座り直し、あたまに親指と人差し指を当てながら、記憶を掘り起こしている。

 しかし、数分沈黙しても、何も思い出せずムダに溜息をつくだけだった。


 「しかしねぇ、せっかくのチャンスも収穫ナシだったとは痛いなぁ……」

 「命があっただけでも大収穫ですって」

 「まあ、そうなんだけどねぇ……」

 「ああ、そういえば。さっき水族館で拾ってたアレは何だったんですか?」

 「アレ? ……ああ、ビニールテープのヤツか」


 俺の言葉でその存在を思い出し、東さんはごそごそと作業バッグから黒いビニールの塊を取り出す。

 繁々と見てみると薄いノートの様なものに防水の分厚いビニールテープが巻かれているようだ。

 テープを剥がそうとしてみたが、経年劣化で粘着面が融解しており、無理に剥がせばこのノートその物を破いてしまいそう。

 そこで東さんが持っていたカッターナイフを使い、サイドからテープだけに切れ目を入れて開いてみる。

 ……うまくいったようだ。どうやらこれは手帳の一部らしく、背の部分から千切れてなくなっている。丁度半分くらいの分量だろうか。


 中には古い短冊状の紙片の塊がひとつ挟まっており、何やらその事についての走り書きが無数に書かれているようだ。


 「挟まってた紙束は何? ずいぶん古い物みたいね」

 「初めて見ますけどたぶん……これは古文書か何かですね。擡頭(たいとう)で書き出してる部分がある。なんで……こんな質素な文書に?」

 「ちょっと、バイトくん? それ読めるの?」

 「漢字の部分だけですよ。ただ、書式については少し知ってます。ここの部分だけ他より2文字分上から書き出されてるでしょ? これは擡頭といって天皇や神仏なんかについてを書く時に使われる敬意表現なんです」

 「ほ、ほう……。つまり、これは?」

 「内容がわからんのでなんとも言えませんが、おそらく宗教絡みの書面かと。さすがに天皇に差し出すものにしては質素すぎますからね」


 俺はその古文書の短冊をペラペラとめくり調べてみる。

 御……美海? なんだこれ? 神様の名前かなんかか?


 「御美海(おんみみ)様、所縁(ゆかり)持ちて……すれば……う〜ん……。誉響(ほっきょう)御恩寵(ごおんちょう)(たまわ)らん……」

 「誉響!? これ、もしかして誉響(ほっきょう)神代(くましろ)関連の書物なのか!?」

 「どうやらそうみたいですね。でも、これ以上は読めないです。もっとマジメに古文の授業を受けてればよかった……」


 俺は目頭に指を当てて一息つき、古文書をテーブルの上に置く。

 これは後回し。先に手帳のほうを見てみよう。

 ――とはいったものの。この手帳の持ち主は、とんでもない悪筆。

 こちらも古文書を解読するのと変わらないほどの集中力が必要そうだ。


 「手帳は他人に見せるもんじゃないから気にしていないんだろうけど。これは酷いな。バイトくん、貸してみ」

 「あははは……。東さんも悪筆でしたもんね」


 俺は手帳を東さんに渡して読んでもらうことにする。


 「うっさいよ。……え〜と、古文書の解読についてかな? 儀式? 成功しない? なんだか覚え書きとかメモみたいなもので、ちゃんと文章になってないな……えっ!?」


 しばらく読み進め、東さんがとあるページをめくるといきなり凍り付く。

 額に汗を滲ませながら、何かに見入っている。

 一体何が書いてあるのだろう?

 俺は東さんの後ろから手帳を覗いてみる。


 手帳には数枚のポラロイド写真が貼り付けてある。

 経年劣化のためか色飛びが激しいが、なんとか映っているものが何であるのか確認できた。

 そこに映し出されていたのは……肩から上の女性。

 しかし、どれにも首から上がない。

 切り離された頭はどこへ!?

 それに首の傷口であろう部分が平坦になって皮膚と同じ質感になっている。

 なんだ……これは!?

 突然、東さんが後ろを向いて嘔吐をしている。

 この手帳の持ち主とは……何者なのか!?


 「なんだ……こりゃ。これは何かの儀式なのか? 首を跳ねて何をするって言うんだ!?」

 「……わ、わからない。でも、こりゃヤバイよ。ちょっとそのままじゃ放送できないかも。だけど、わたしもプロだからね。簡単には引き下がらないわよ」


 東さんは眉間に皺を寄せ、まだ口を押さえながらも手帳を読み進める。

 彼女の説明を要約すると、こんなことが書かれていたようだ。


 この手帳の持ち主は誉響神代の密儀(みつぎ)奉海(ほうみ)来迎(らいごう)を行おうとしている。

 密議とは宗教的な儀式。来迎とは神がこの世に降りてくること。

 神託などを得て教祖としての資格を得るような、そんな儀式なのだろうか?

 目的や詳細は手帳からでは読み取れない。それを知るには、やはり古文書のほうを読み解くしかないだろう。

 手帳にはこの儀式についてと、実際に儀式をした際のメモが取られていた。

 メモを辿ってみると、儀式は何かが原因で失敗し続けていると書かれている。


 この密議、奉海来迎とは何なのか?

 首の無い女性のポラロイド写真。これがその答え。

 この憐れな姿こそが奉海来迎の秘儀であり、巫女として神に捧げられた者の末路。

 まず、様々な生薬を配合した薬草湯に巫女となる女性を約1日浸からせて痛覚を麻痺させる。

 そして御神刀なる刃物で頭部を切り離す。

 これだけでも十分に異常だが、ここからがこの儀式の異常さの真骨頂。

 頭部を外した首の患部を蜂ヤニなどを配合した特殊溶液で塞ぎ、この体を生かし続けるというのだ。

 蜂ヤニとはプロポリスのこと。ミツバチが樹液などの植物性物質から集めた樹脂混合物。

 古くから天然の抗生物質として知られ、ミイラを作る際の防腐剤などに使われたり、現代でも医薬品として抗菌、抗ウイルス剤などに活用されている。

 しかし、薬効があるとはいえ、首を切り離した人間を生かしておけるはずなど……。

 その後は切り離した頭部を御美海(おんみみ)涌泉(ゆうせん)と呼ばれる泉に泳がせる。

 こうする事で御美海(おんみみ)様と呼ばれる神の力の恩恵を賜ることができると……そう、書かれているとのことだ。


 この儀式において重要なのは切り離した頭部ではない。

 生かし続ける体の部分こそが神託の巫女となる本体。

 この体こそが……"おとなしさま"。

 誉響神代の信徒は、そう呼ぶのであると手帳には書かれていた。


 「お、おとなしさま!? じゃあ噂の"おとなしさん"と関係が!?」

 「巫女の儀式をするまえの女性……生前の巫女見習いをそう呼ぶって書いてある。なんなのよ……狂ってるわよ、こんなの。こんな儀式を近代までやってたってことなの……」

 「少なくともポラロイド写真が普及していた頃にやってるはずですね。となると、経年劣化の具合からして2〜30年前くらいか? 開園していた頃なんじゃないですか?」

 「そうだ……誘拐事件! ここって……」


 ――その瞬間、ガタンと音を立てて厨房からの扉が開く。

 そこに立っていたのは……警備員風の制服を着た初老の男性。

 歳は取っているが背は180cmほどもあり、白髪と顔の堀が深いためか外国人のようにも見える。

 そういう風に見えたのは、もう一つの特徴があったから。

 瞳の虹彩が珍しい。……灰色だ。

 その老人は団扇(うちわ)を片手に仰ぎながら、こちらを(いぶか)しげに眺めている。


 「……あんたら、どこぞのTV局かなんかか?」

 「あっ……ええと。よ、よくわかりましたね」


 老人はそう言われると、素っ気なく東さんの目の前にある業務用ハンディカムに顎を向ける。

 なるほど。こういう訪問者には慣れっこってことか。

 老人はしばらくジロジロ俺達を見ていたが、深い溜息をわざとらしくつきながら愚痴とも思える話しをし始める。


 「たのむよ〜。ここはさ、けっこう危険な場所なんだよ。事故があったら誰も助けてくれないよ?」

 「す、すいません! 勝手に入ってしまって……」

 「私もあまり口うるさくは言いたくないんだが、事故絡みは避けろと上からきつく言われていてね。なるべく回りに気付かれないように、大声を出さず静かにやってくれ。撮影が済んだら、さっさと帰ってくれよ」

 「えっ? 今すぐ出て行かなくていいんですか?」

 「肝試しに来た若者だったなら追い返してたよ。彼らは騒がしいからな。だが、キミらみたいなのは雰囲気を出すために静かに撮影をする。それに追い出しても日を改めてまた忍び込むつもりだろ? 昔、何度かいざこざがあって、それ以来は黙認しているんだ」

 「あ、ありがとうございます! すぐに終わらせちゃいますんで!!」


 警備員らしき老人の思わぬ反応に、東さんが満面の笑みでお礼を言う。

 ふうん。警備員ねぇ。

 俺は東さんに顔を向けたまま、少しカマをかけてみる。


 「よかったですね。理解のある警備の人で。こんなに楽に撮影許可が降りるなんてなぁ〜。ねえ、苑田(そのだ)さん」

 「ん? なんだよ。私の名前は……」

 「……苑田は私だよ。キミは察しが良いね。いいTVマンになれるよ」

 「そりゃどうも……」


 老人は胸ポケットに半分隠れていたネームプレートを引き出し、見える位置に付け直している。

 さらに俺は老人……苑田さんに質問を投げかけてみる。


 「ちょっと取材がてらの質問なんですが、ここら辺に宗教……え〜と、誉響神代っていったかな? そういうのがあるって聞いたんですが、何かご存じないですか?」

 「…………」


 一瞬だが質問に老人の顔が曇る。

 しかし、次の瞬間には軽い笑顔を浮かべ、興味深い話しをし始めた。


 「ああ、知ってるよ。この山一帯に蔓延っていた土着の信仰だそうだ。もう、随分前に信仰は途絶えたはずだけどな。確か明治の初め頃に一斉摘発されてね。それ以降は郷土の資料にすら残っていないそうだ」

 「そうなんですか。俺達はその誉響神代についても調べているんですが、これが謎だらけでして……。奉られている御美海(おんみみ)様とかって一体、何の神様なんでしょうね?」

 「……叡智の神だとか。知恵を授けてくれるっていう。なんでも、大昔に海を渡ってきたって話しだったな。そうそう。姿が変わっていてね。なんでも……頭だけの神様だって言ってたよ」

 「へぇ〜、よくご存じなんですね。郷土資料にも無い話しなのに」

 「ああ……うむ。まあ……」


 俺は意地悪そうな笑みを浮かべながら、老警備員に質問を投げ返す。

 苑田さんは口籠もりながらも、その答えをすらすらと話し始める。


 「いえね。実は私はこの土地の生まれなんだよ。まだ私らが子供の頃は、その宗教について知っている年寄りも多かったんだ。しばらくはここに住んでいなかったんだが、5ヵ月ほど前に戻ってきてね。この辺は産業も少ないもんだから、この施設の一角を取り潰して建てた建設会社の保養所の警備をやらせてもらってるんだ」

 「ああ〜なるほど。道理で詳しいはずです。でも寮の警備員さんがなぜここを警邏してるんですか?」

 「ここはうちの会社に用地売却されているんだ。そういう訳で私は定期的に見回りをすることになっている。さあ、お互い仕事を済ましてしまわないか? まだ馴れていないので手間が掛かるんだ。私は保養所のほうにいるから、何かあったら呼びに来なさい」


 老警備員は俺の質問に答え終わると制服の帽子を被り直し、踵を返して立ち去ろうとする。

 俺は、その背に向けて最後の質問を投げかけてみた。


 「最後にひとつ聞かせて下さい。この廃遊園地で何か怪異な事件に遭いませんでしたか? 例えば霊に会ったとか行方不明者が出ているとか……」

 「……あまり、深入りしないほうがいい。私はそういった経験はないが、いろいろ良くない噂は耳にする。昔もそういった事件で……いや、なんでもない」

 「待って下さい。その事件とは、この遊園地で起きた誘拐事件のことでは?」

 「若い女性ばかりが誘拐されたのは開園当時の話。もうかなり昔の事だ。事件は解決しておるよ」

 「何かその事件とここの噂は関連があるんじゃないですか? 例えば……おとなしさんの噂とか……」


 食い下がる東さんの発言に、苑田さんの顔が強張っていく。

 背後からなのと深く被った帽子のせいで表情は読み取れないが、先程とは異質の緊張感を漂わせている。


 「いいかね。ここでは、その名を口にしないほうがいい。くれぐれも騒がしくしないでくれ。でないと……気付かれてしまうよ」


 そして彼は背を向けたまま、そう一言呟いて去っていた。

 俺達はその背中から目を離せない。

 いや、厳密に言えばその後ろ。そこには――



 背の高い検査衣を着た女。



 厨房の扉を開けて出て行く苑田さんの後ろに、いつの間にか……。

 目が離せない理由はそれだけではない。

 彼女には、"あるべきもの"が無いから。

 下顎から上が奇妙な形で消え失せ、耳とうなじの部分にだけ靴べらのような皮膚がせり上がっている。

 そして、おそらく後頭部であろう部分にだけ、長い髪の毛が垂れ下がっていた。

 不思議な事に傷口であるはずの場所には、のっぺりとした皮膚が張られており、そういう生き物であるかのような印象を受けてしまう。


 女は両腕を激しく痙攣させながら、男の後ろを追うように消えて行く。

 一瞬の出来事ではあったが、俺と東さんは身を震わせて、その光景に見入っていた。


 ――思えばこの時に、撤退という選択肢を撰んでいれば最善だったのかも知れない。




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