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謎の事故 謎の罠



 「ポーンと飛んできたそうだよ。それでね……衛兵人形の槍の上へ斜めに突き刺さったそうだ」


 鼠色の地味な作業服を着た初老の男はアイスコーヒーを啜りながら、凄惨な事件の詳細をボソボソと語り始めている。


 「飛んだのはさ。首からじゃ無くて頭だ。レールの途中に張ってあったワイヤーは首では無く、丁度、口の間にメリ込んで、乗客19人の頭を根こそぎ跳ね飛ばしたのさ」

 「そ、そのワイヤーは誰かが張ったんですかね? 大事件じゃないですか!」

 「それがさ……警察も捜査をしていたんだが、結局、何も掴めなかったそうだよ。それでそのままお蔵入りらしい。どうもあの辺にはそういう事件が多いみたいでね……」


 今、俺達は裏野ドリームランドの事件についてを取材するため、とあるファミリーレストランである男から話しを聞き出している。

 この男は当時の"裏ド"にあるジェットコースターを作った施工会社の関係者。

 設計部門の部長だったというのだが……男は少し落ち着きが無さそうだ。

 男は何かに怯えるように、小声で淡々と当時の事件の詳細を話し始めている。

 話しの聞き手は社員さんの(あずま)さん。

 今日も厳しい暑さのためか一段と薄着で……すばらしい。

 チューブトップだと!? た、谷間バンザイ。

 俺はといえばバイトなので、この会話に加わるほどの権限もないし、それに見合う賃金も貰ってはいない。

 なので沈黙は金なりを実践することにしている。


 「すごい話しですね。実は、あらかじめ当時の記事を調べていたんですが、事故があったという報道だけで、一般のニュースではどんな事故かも事件なのかも伝えられずにフェードアウトしてしまったんですよね。こりゃ、都市伝説にもなるわけだ〜」

 「……茶化さんでくださいよ。その事故のおかげで私は花形の建設部門を追い出され、未だに関連会社の現場監督をやってるんですから」


 男はそう言うと口元をへの字に曲げてアイスコーヒーを一気に飲み干した。

 ジェットコースターを施工できるほどの建設会社は日本でも数えるほどしかない大手企業。

 そういう会社で花形部署から左遷を食らって追い出されたら、こんな風に陰気にもなるのだろう。

 男はチラチラと辺りを気にしながら、さらに事件についてを話し続けている。


 「人によって事件の内容が食い違うのは、目撃者によって見た光景が違うからだと思うよ。跳ね飛ばされた19人分の頭は、ジェットコースターの上下左右に掛かる遠心力のせいで四方八方に飛び散ったんだ。さっき言ったように頭がキャッスルの人形の槍に刺さったり、地面に数人分転がって、地面から人が生えたように見えたという話しもある」

 「それは……グロいですね……」

 「ああ、そういえば数人分は腕も飛ばされてたって聞いたな。ほら……ジェットコースターは手を上げて乗ったりするだろ? 飛んでった腕は野外にあるアイス売りのカートに降り注いだんだと。ケースの中のアイスに刺さって、真っ赤なソース付きのトッピングになっていたそうだ」


 男は前よりもいっそう凄惨でグロテスクな話しを、さらに落ち着きなく体を揺らしながら話している。


 「いいですよ〜これは! いやぁ、あなたに話しを聞けてよかった!!」

 「……しっ。お静かに。あまり聞かれるとまずい」

 「そ、そうでした。大丈夫です。情報源を守るのは取材の大基本ですから」

 「ああ、"それも"お願いします。絶対、私が話したって公開せんでくださいよ?」


 そう言うと、男はタバコに火を付けようとしている。

 ……のだが、禁煙席であることに気が付いて、すぐさまライターごとタバコをポケットにねじ込んでしまった。

 いくらなんでも落ち着きが無さすぎるな。

 見た目通りなら、年相応な落ち着きを持っていてもおかしくはないんだが。

 やはり何かに怯えているような……。


 「いやいや……私も少し入り用ですから。ゴシップ番組程度ならバレないだろうと……」

 「あははは、その点はご心配なく。うちはホラー専門の番組でして。今回も裏野ドリームランドにまつわる噂についてを……」

 「……噂? 過去の事件の真相を探るとか、そういうのではないんですか?」

 「ほら、関係者なら聞いたことがありません? 正体不明なんですが、名前だけは知られている"おとなしさん"ですとか……」

 「……!!!?」


 男はいきなり顔を紅潮させて、徐々に汗だくになりながら微動だにしない。

 数十秒の沈黙の後、彼は慌ただしく荷物をまとめ始めた。

 今回の報酬として渡した謝礼の入った茶封筒を無造作に握ってカバンに入れると無言で席を立つ。

 驚いた東さんは、まだ、話しが聞けていないと引き留めようとするが、その腕を振り払って立ち去ろうとしていた。


 「ちょ、ちょっと待って下さい! いきなりどうしたんですか!?」

 「くそっ。だから……来ていたのか。あんたらもう、この件に関わらんでくれ。気付かれたらまずいんだよ!!」

 「何を……言ってるんです!?」


 男はそう言い放つと駆け出しながらファミレスの入口へ向かい、そのまま消えてしまった。

 一体、何があったというのか……。

 俺と東さんは呆気に取られてしばらく無言のままだったが、気を取り直した東さんが手に入った情報を整理し始める。


 「ふう。まあ、ジェットコースターの事件は真相が知れたからよしとするか。首切りジェットコースターか。まあ、少しありがちな展開だよね」

 「あんなにはしゃいで聞いていたじゃないですか……」

 「それはさ、話し相手を乗せないと。インタビューの基本だよチミィ〜?」


 東さんはそう言いながら、俺のおでこを人差し指で押す。

 うう。なかなかそそられるシュチュエーション。

 ひと夏の思い出は、まだまだこれからかなのもしれん。もう少し頑張ろう。


 「噂と違って実際に起きた事件なら話しは別だ。関係者をほじくればもっと情報が出て来るはず。それに、"これ"も手に入ったしね」

 「あの人から受け取った被害者のリストですか? 遺族に謝罪行脚をしたときに使ったっていう……」

 「そう、それそれ。あの茶封筒には結構な金額を入れておいたんだ〜。これくらいの見返りがないとね。次の取材に繋げられないじゃないの」


 ふ〜ん、そんなものなのか。

 まあ、遺族に話しを聞けたら、もう少し込み入った事情を聞けるかも知れない。

 そんなことを考えながら、俺は男が激昂したさっきの話しを蒸し返してみる。


 「おとなしさんか。どんな霊なんでしょうね。噂じゃ首なしの女の霊の話しもあるみたいですし。この事故の被害者なんじゃないですか?」

 「共通しているのは女の霊だってくらいかな。でも、そんなに簡単な話しなら苦労は……」


 東さんは、リストを読みながら、そう言いかけて言葉を詰まらせる。

 そして、なんともいえない笑みを浮かべながら、こちらにリストを向けてきた。


 「あっ……それ」

 「ビンゴだ。音無(おとなし)和子(かずこ)か。いたんだねぇ。犠牲者にオトナシさんが!」


 なんと……リストの中におとなしさんと同名の犠牲者がいたとは。

 なんだか、わりとあっけない結末だな。


 「それじゃあ、そこの遺族に話しを聞きに行けば、いろいろわかるんじゃないですか?」

 「そうだなぁ。住所を調べたら東京の郊外……裏ドの近くだ。もしかしたら、あの地にまつわる"呪い"についてもわかるかもしれない」

 「……呪い? ですか?」

 「この事件……明らかに人為的な事件なのに、警察があっさりと手を引いたのはおかしいと思わない?」

 「ああ、そういえば。あの人も"お蔵入りの事件が多い"って言ってましたね」


 東さんは俺の話しを聞くと、頷きながら話しを続ける。


 「実はあの辺って、大昔から土着の宗教があった地域でね。山岳信仰とかそういうのに近いみたいなんだけど……。どっちかって言うと邪宗だとか奇習とか、そういうのに近いらしいんだ」

 「まさか、それが原因で事故が起きたとか? さすがにそれは……」

 「そう思うだろ? でも、そいつらは誉響(ほっきょう)神代(くましろ)とかいうヤツでねぇ。なんだか神の代理を作り上げるだの、けっこうヤバげな連中だったらしいんだわ」

 「話しだけでは胡散臭いとしか……」

 「まあ、そっちは別口で調べて貰ってる。私らは明日からこのリストの線で洗ってみようじゃないの」


 うはぁ。この真夏の日差しの中、外回りをするのか!

 くっそぉ〜。しかし、これもおぱ……いや、夏休みの遊行資金のためだ。



 ――しかし……なんだか少し引っ掛かるんだよな。

 さっきからあの男の話に違和感を感じている。

 いやに何かを気にしていたような。

 "聞かれたら"……いや、それよりもその後。


 "だから来ていた"?


 一体、誰が?

 何の事を言っていたのだろうか。

 俺は気になって男がチラチラ見ていたファミレスの通路に目を移す。

 一瞬で肌が凍り付くほどの戦慄が走る。

 廊下の丁字路になぜか椅子があり、そこに……。



 白い女が座っている。



 検査衣を着て、ただただそこに座っている。

 それだけなのに全身を駆け巡る悪寒が止まらない。

 何故か髪の毛は土砂降りの雨にあったかのようにずぶ濡れ……。

 しかし、着ている検査衣は乾いたまま。

 そして不思議な事に、この異常な光景を誰も気に止めていない。

 うつむき加減と髪の毛で顔は見えないが、チラチラと頬が見え、横に真一文字の赤いラインが走っている。

 こ、これは……あのビデオの!? いや、まさか!?


 「どうした? 顔色が悪いぞバイトくん?」

 「えっ?」


 東さんの一言で我に返る。

 心配そうに見つめる東さん。

 あ……ちょっとかわい……いやいや。今はそれどころでは!

 視線を廊下に戻すと、丁字路には何もない。

 女どころか椅子すらも消えてしまっている。

 なんだ……どういうことなのか……。



 後になって思えば、これは……。

 彼女からの警告……あるいは最後通告だったのかもしれない。



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