あるビデオ ある噂
ブィ〜〜〜ン。ガチャ。ガタガタガタ……。
とある雑居ビルの一室。
すでに夜中であるというのに旧世代の遺物を引っ張り出して映像の確認を延々と続けている。
VHSと言ったか。俺が生まれる前からあったビデオテープを使った映像機器。
今時、スマホをかざせば死亡事故でも異常気象でも、すぐさま撮れて再生することができるというのに。
大昔はこんな御大層な箱を使って"映像だけ"を再生していたんだな。
ガタガタと調子の悪そうな音を立てながら、旧式のブラウン管テレビに映し出されているのは、とあるお調子者達の廃墟散策。
真夜中に女連れの肝試しとは……うらやましい。
年の頃は俺と同じくらい。
まあ、ビデオの古さから察すれば今では立派なオッサンだろうが。
カップルであろうふたりと撮影者の3人で、不思議な地下施設に入り込んでいるようだ。
内部は暗めではあるが、所々にか細い電球が輝いており、完全な暗闇ではない。
廃墟……なのだろうか? それともどこかの会社の持ち物か?
こちらの心配をよそに画面に映っているほうの男は、荒れ放題の施設の備品を棒きれのようなもので小突きながらブラついている。
人類には一定数、この手の知性が体の隅々まで行き渡らない輩が存在する。
昔も今も、それはまったく変わらない。
男は数品の機材や調度品などを棒きれで叩きのめすと、奥へ奥へと向かっていく。
くそ。画質もひどいが、音声も途切れ途切れだな。
映像は終始、無音。ごく稀にしか音が拾えていない。
しばらくは男と女の痴話喧嘩や、くだらないストレス発散シーンが映し出され、まったく"それらしい"映像は見当たらない。
「これもハズレかな?」
思わず一人きりなのにつぶやいてしまう。
しかし、直後の映像には、奇妙な変化が現れ始めていた。
――廃墟の内部が異質になってきている。
謎めいた機械的な装置は変わらないのだが、所々に草や土などが盛られ、何か……人の手が加えられているような。
当時としては高価そうなパソコンのモニターに不器用に編まれた花輪がかけてあるのを発見し、散策している若者達も変化に気が付いたようだ。
突然、若者は花輪をつまみ上げ、撮影者に投げつける。
驚いた撮影者は、手元をすべらせハンディカムのファインダーが天井や地面へと、大きくブレる。
「あれ? なんか映ったな」
一瞬、何かの影が見えたが、次の瞬間に彼らは、奇妙な部屋を発見したようだ。
壁に今で言うMRIやCTスキャンのような機材と、中央に不気味な拘束具の付いた診療台のようなもの。
そしてその台は草花で何重にも飾られ、まるで祭壇のようになっていた。
なんだこれは……。
驚いて映像を見ていると、彼らは祭壇の中央にある物を見つけてしまう。
――頭蓋骨。
下顎はなく、上顎から上だけの髑髏が祭壇の神像であるかのように祀られている。
明らかに誰かの手によるもの。先客の探索者がイタズラでもしたのだろうか?
それにしては花は枯れていないし、飾りの編まれた草も瑞々しい。
それを見ていた若者達は、暫し呆然としていたが、突如、棒きれを持った若者が狂ったように祭壇を破壊し始めた。
これまでと少し様子が違う。何か……酷く怯えているような。
暴れる男は、制止する彼女をふりほどき、一層激しくこの祭壇を荒らし始めた。
そして、辺りを見回し、棒きれを構えて威嚇をしている。
その時。ふと、音声が入り込んでくる。
「……な。……せ…………っな」
何だ? 息を詰まらせるような音。いや、声……なのか?
男は叫んでいるようだが、音声は入らない。
……? あれっ? 何だこの違和感は。
俺が不思議に思っていると、突然、撮影者の手元がブレて、この部屋の入口の方へ向く。
足音! しかも、何人もの人間の……。まるで裸足でベタベタと廊下を歩くような騒々しい音が響いている。
撮影者の手元は何度も棒きれを持った若者と、何者かが近づく入口とを交互に映し替えている。
なんだ……一体? 何が起きている!?
最後に入口を映した瞬間、何か柔らかそうな細長い肌が映り込むが、そこでブツリとビデオは切れてしまった……。
「お〜、怖ぇなぁ。これいいんじゃない? バイトくん、それデジタル化してコピーしといてよ」
突然に背後から女性の声が聞こえるが、これは……ここの社員さんだ。
ここはネットの映像配信やケーブルTVの番組制作なんかで食いつないでいる小さな映像制作会社。
俺は大学の先輩のツテで、夏休み前のバイトに勤しんでいる。
遊び歩くにも、元手が必要。
なので、誰もやりたがらないという"心霊動画"の選別係を率先してやっている最中だったのだ。
少々退屈だが、体を動かす訳でも無く、社員さん達が集めた動画映像を見るだけなので、けっこう気に入っている。
「脅かさないでくださいよ。いつからいたんです?」
「なんだよ。ぜんぜん驚いてないじゃん。キミ、キモが座ってるねぇ。卒業したら、ウチに来てみない?」
「残念ですけど、これは一生の仕事じゃ無いなぁ……」
「だはははっ。はっきり言うねぇ〜。ところでさ、このビデオなんか変な所あった?」
そう言うと社員さんは垂れ目気味の眼差しで、俺を見つめている。
ん……けっこう美人だな。
俺は見ていて気になった部分を社員さんに説明する。
奇妙な地下施設は廃墟ではあるが通電していること。
何者かがこの施設を"飾って"いるような痕跡がある事。
そして、何度か映像に"何か"が映り込んでいること。
それらを社員さんに話して、確認をしてもらう。
「ふーん。確かに施設に何者かがいるっていうのはそそられるねぇ。まあ、世捨て人の皆さんじゃないかな? 彼らって一日中暇そうだし。ちょいとおかしくなってる人も多いだろうしね。診察台の上の頭蓋骨も本物だかよくわからん。通電しているのも、彼らが違法で盗電しているなんてのはよくある話しだし」
「でも、映像に映り込んだものは……」
「最後の画面のは"指"だよ。撮影者が焦って手を滑らせて映り込んだんだ。ただ、途中のは……ちょっと興味深いね」
俺が途中に気付いた、あるポイントでの映像。
花輪を投げ付けられて大きくぶれた画面をスロー再生してみると、一瞬、隣の部屋が映し出される。
そこには……白い着物。
精密検査を受ける患者が着せられるような薄手の肌着を着けた、背の高い女性のように見える影がボヤけて映っていた。
そして……特筆すべきは、この女性らしき影には頭が映っていない。
胸の膨らみで女性であるだろうと推測できるのみ。
「ん〜。おしいなぁ。これ、古いビデオにありがちな光の映り込みかもなぁ。まあ、一応、解析にかけてみるよ。でも、よく女だって気付いたね」
「……胸。ありますから」
「ああ、言われてみれば。でも、かなりの貧乳じゃない? つーか、あんた結構エロいのな。このムッツリ!」
そう言うと社員さんは俺の頭をペチンと叩く。
その動作の影響で社員さんの大きな胸の膨らみがブルンと震えている。
こ、これは……でかい。
「さて……これだけかな? だとすると特集のネタにするのには弱いかなぁ……」
「そうですね……後はこれといって。……あっ。そういえば!?」
俺はビデオを巻き戻し、あるシーンを再生する。
最後の祭壇の部屋で男が棒きれを振り回して、何かを叫んでいるようなシーン。
呼吸音のような音と、足音が聞こえたシーンだ。
「だからこれは浮浪者の声や足音じゃ……」
「いえ。違うんです。問題はそこじゃない。ここって全員が叫んだり慌てているんですよ。だから、その音も入っていなきゃおかしいんです。それなのに得体の知れない呼吸音や足音だけが入っているのって変じゃないですか?」
俺がそう指摘すると、社員さんは何度も最後のシーンを巻き戻して確認し始める。
彼女は一頻りビデオを凝視し続けると、今度は目を輝かせて俺に語り始めた。
「確かに。女の子も絶叫しているように見える。それなのに吐息のような音と足音しか入っていない。う〜ん。まさかと思ったが、これが"当たり"だったのかもしれないなぁ」
「当たり……ですか?」
「ああ、このビデオのタイトル見た?」
社員さんはそう言うと、ビデオを取り出して、俺にタイトルを見せつける。
そこには……。
『おとなしさん』
そうシンプルな筆跡で書かれていた。
「バイトくんはさ、廃遊園地の都市伝説とか知ってる?」
「いえ……ここに来るまでは、あまりそういうのは。というか、都市伝説とか心霊とか、あんまり信じて無くて……」
「だろうねー。こんなバイトを時給につられてやってるくらいだもん。まあ、その廃遊園地の都市伝説の中に、【おとなしさん】っていうのがあってね。女の幽霊らしいんだけど詳細が不明でさ。ただ、その遊園地にまつわる事件の噂がね……なんだか実話っぽいんだよ」
都市伝説が実話? そんな馬鹿な話しが……。
そんな思いは顔には出さず、興味がある風に取り繕って話しに耳を傾ける。
「結構前からある都市伝説だったんだけどね。いろいろなバージョンの話しがあるんで、どこの廃遊園地のことなのか、誰もわからなかったんだ。でも、最近になってある候補が現れた。それが……裏野ドリームランドだって噂なんだ」
「……噂なんですね」
俺はつい、がっかりした口調であくまで噂でしか無いことを指摘してしまう。
おっと、これは社会勉強なんだ。
もう少し、人当たりを考えなくては。
「ふふん。もうすでにひとつは調べをつけてるんだな。ここで連続誘拐事件が起きていたのは立件されている事件なんだよ、ピエロに扮した老人が犯人で、最後はとんでもない捕まり方をしたとか……」
「したとか……?」
「これともう一つ、ジェットコースターの酷い事故が原因で潰れたらしいんだが……」
「なんですか。したとか、らしいとか……やっぱり噂なんですね」
「だから、今、調べてる最中なんだよ~。このビデオもそのひとつかもしれない。うちの制作会社がやってるホラー系の番組に送られてきたものなんだけどさ。益々、疑惑が深まってきたって訳よ」
社員さんは機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらビデオや動画のディスクを整理している。
そして暑さを紛らわすように薄着の胸元をパタパタしながらしながら、徐にこう言い放った。
「そうだ。キミ、洞察力も鋭いし取材を手伝ってみない? バイト料も弾むわよ?」
「え……そ、そうですか。まあ、お給料が良いならやりますよ」
このクソ暑いのに取材同行?
普段なら断りそうな話しだが……あの胸で誘われたら断れな……。
いや。学術的な好奇心がくすぐられたのでやってみよう。
これは自分磨きです。嘘偽りなく!
――軽はずみな了承をし、俺は明日からバイトのシフトを取材同行に変えられてしまう。
これが……俺とおとなしさんとの因縁の始まりだった。