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6話 なごり雪

 奇妙な男だった。


「親分は猟犬のクリフさんとお見受けしました。聞いて頂きたい話がございます。」


 いつも通りクリフが酒場で飲んでいると、見知らぬ男が語りかけてきた。

 病人だろうか、見るからに顔色が悪い。


「……左様ですが、どちら様ですか?」


 クリフがぼそぼそと答えると、男は「ここでは障りがあります」と場所を移そうと促した。


……明らかに面倒ごとだ。


 クリフは話も聞かずに断ることを決意した。

 知らない相手にふらふら付いていくほど馬鹿ではない。


「……申し訳ないですが、私は依頼を受けません。賞金稼ぎ専門でして。」


 クリフがにべもなく断ると、男は「存じております」と食い下がってきた。


「実は、賞金首の話でして……是非とも。」


 クリフの眼光が、力を得て細くなった。

 賞金首と聞いただけで男について行く気になったのである。

 これがクリフを誘い出す嘘だとしたなら大した効果だと言えよう。


「……わかりました。場所は?」

「ご案内いたします。」


 クリフは会計を済ますと男に付いて店を出る。

 そして先を歩く男を改めて観察した。

 顔色が悪く、やつれた雰囲気があるが老いは感じない。年の頃はクリフと同じくらいだろうか?

 丸腰だ。武器の類いは持っていないようだ。暗器の可能性も無くはないが、まともに立ち合えば隠しナイフなどより剣の方が明らかに強い。油断さえ無ければ、そこまで神経質になる必要は無いだろう。

 痩せているが、なかなかの足運びだ……恐らく冒険者だろう。旅から旅の冒険者は体を酷使するため、病を得ることも多い。ジュードもそうだった。


 クリフが注意深く観察する間も、男の歩みは止まらない。

 男は大通りを行く。刺客や罠への引き込みだとしても人目のある大通りで仕掛けることはまずは無い。



…………



 男の足が止まった。


「ここにしましょう。」


 そこは広場のベンチであった。


「ここなら、密談にぴったりです。」


 男がニヤリと笑った。

 なるほど、開けた広場のベンチならば聞き耳を立てる者がいても見逃すことは無い。


……随分、慣れたやつだな。


 クリフは男の態度から密談に慣れた者……つまり堅気では無いと踏んだ。


「私の名はロナルドです。……11000ダカットの賞金首になります。」


 これにはクリフも驚いた。

 賞金首から名乗り出てきたのはクリフも経験の無いことだった。


「実は親分さんにお願いしたいお話がありまして……。」

「伺いましょう、ロナルドさん。」


 珍しくクリフも話を聞く気になっている。

 何か目的があるにせよ、賞金首が猟犬クリフのような凄腕の賞金稼ぎの前で堂々と名乗ったのだ。クリフはロナルドの勇気に感じるところがあった。


「ありがたく存じます。実はお願いというのは、金を届けて頂きたいのです。報酬は11000ダカット、私の賞金です……もちろん先払いです。」


 これにはクリフも唖然とした。


 自らの賞金、すなわち命を報酬にして、届け物をする。まともな話では無いし、いかにも怪しい。

 しかも全額前払いである。普通、冒険者への依頼とは着手金と報酬が半々と言うのが常識だ。

 全額前払いとはクリフへの全面的な信頼を意味する。

 初対面の相手にはあり得ない話ではあった。


「ロナルドさん、届け物ならご自身でなされては?」

「……いえ、私は表街道を歩き辛い身の上です。そして、この病身に間道を歩く体力は残されていません。」


 ロナルドはポツリポツリと事情を話始めた。

 ロナルドの故郷はジンデル辺境伯領ウィロックの町……東の彼方である。

 貧しい家庭で育った彼は、19才の時に故郷を出た。金を稼ぐためだ。


 彼には故郷で恋人がいた。名をエノーラ、時に17才。彼女もまた、貧しかった。

 ロナルドは金を貯め、その金でエノーラと宿屋を営む約束を交わし、冒険者となった。

 以来11年、金は思うように貯まらず、無理を重ねた結果、賞金首となり病を得た。病は癒える様子もない。

 ならばせめて金だけでも、今ある44000ダカットだけでもエノーラに届けてやりたい……そう言う話だった。


 よくある、と言えばよくある話かもしれない。

 しかし、疑問が1つ残る。


「ロナルドさん、なぜ私なんですか?なぜ初対面の私をそれほど信頼されるのですか?」


 当然の疑問ではある。


「親分さんは先日、若い衆と辻斬りを捕まえましたね。その時の噂で、賞金を半分こにされたと聞きました。あり得ないことです。いかに働いたとはいえ、親分さんと若い衆では貫禄が違う。7割8割を持ってくのが普通です。それを半分とは……笑う者もいましたが私は感じ入りました。親分さんの人柄をです。この人だ、と思いました。」


 なるほど、道理である。

 冒険者は手癖の悪い者も多い。依頼人が死んだとなれば11000ダカットの報酬を持ち逃げしたり、44000ダカットを盗む者も多いだろう。金に汚い者には頼めない。


 賞金の分け方……実は辻斬りの結末から、賞金を受けとる気にならなかったクリフが適当に半分で割っただけではあったのだが……。

 事情を知らなければギネスとの賞金の分け方からクリフを清廉な人柄だと思っても不思議ではない。


……えらく見込まれたもんだ……


 実はクリフは「エノーラ」と言う名前を聞いた時から引き受けるつもりになっていた。

 エノーラとは、クリフが10年前にジュードから金を届けて欲しいと頼まれ、果たせなかった相手と同名である。まさか本人であるはずも無いが、何か因縁めいたものをクリフは感じていた。


「宜しい。引き受けました。」


 あっさりとクリフが引き受けたのでロナルドは少々面食らったようだ。


「あ、ありがとうございます。では、出発の日が決まりましたら……」

「明日、ファロンを立ちましょう。」


 ぴしり、と言い切るクリフに、今度はロナルドが言葉を無くした……。


「……これが、一流の冒険者か……」


 ロナルドの呟きが印象的であった。




………………




 翌日


 ロナルドから金を預かり、衛兵の詰め所まで同行した後、直ぐにクリフはファロンを立った。

 雪解けにはまだ早いが、クリフは気にもならない。


 クリフの足は早い。

 ジンデル辺境伯領と言えば東の果てだ。常人であれば2ヵ月はかかる道程だ。

 しかし、旅慣れたクリフであれば雪があろうが1ヵ月もかかるまい。


 クリフはエレンと離れることに未練はあったが、それよりも早く自由都市ファロンを離れたかった。

 辻斬りを捕まえたことで注目を集め、またギネスが大いに吹いて回ったために嫌気が差したのだ。ギネスに声も掛けずに出立したのはクリフの子供じみた意趣返しでもある。


 ファロンからジンデル辺境伯領までは街道が整備されている。

 幾つかの豪族や小領主の土地を越え、ジンデル辺境伯領まで達する街道は、山がちではあるが、大きな河川はなく多くの馬や馬車が往来する。この街道を口の悪い者は「馬糞街道」と呼んだりもするのだ。

 ウィロックと言えば辺境伯領でも端の方だ、先は長い。


 クリフはいつの間にか、ジュードへの供養の様な気持ちになってきていた。


……エノーラに金を渡す……今度こそ、やり遂げる。


 クリフの足はいよいよ速さを加えていった。




………………




 驚異的な早さでウィロックに着いた。

 クリフはその日の内に、ロナルドから聞いた住所を訪ねた。


 そこは、空き屋であった。


 まさか、と思い近所に尋ねて回ると「エノーラは嫁いでここにはいない、両親は亡くなった」とのことだった。


……嫁いだ?ロナルドがいたのに……いや、11年も経っているのだ……。


 クリフは一抹の寂しさを抱えながら宿を探した。

 嫁ぎ先の住所は聞いたが、もう日が暮れる。さすがに夜間の訪問は非常識である。


 ロナルドはもう首を吊られただろう。

 クリフはロナルドの気持ちを改めて想像した。


……ひょっとしたら、ロナルドは予想していたのかも知れない。だから、自分で来れなかったのか…


 クリフは、複雑な思いで宿に向かった。




………………




 翌日


 クリフはエノーラの家を訪ねた。


「ごめんください、こちらはエノーラさんのお宅でしょうか?」


 中から「どなた」と返事が聞こえた。


「私はロナルドさんの使いです。クリフと申します。」


 クリフが名乗ると中から緊張した雰囲気が伝わってきた。


「ロナルドなんて方は知りません。お引き取り下さい。」


 やや間があり、エノーラは拒絶した。……無理もないのかも知れないが、クリフはやるせなさを感じた。


「いえ、そうも参りません。実はロナルドさんは亡くなりました……私は彼の遺品を届けに参ったのです。エノーラさんが……以前、ロナルドさんと親しくしていたと伺いまして。」


 クリフは、かなり控えめな表現でエノーラに用件を伝えた。

 中から「死んだ」と呟きが聞こえ、ガチャリとドアが開いた。

 この女性がエノーラだろうか。


「ロナルドが、何を?」

「こちらです……確かに、お渡ししましたよ。」


 クリフはロナルドの遺産をエノーラに渡した。


「お金……こんなに!?」


 エノーラは驚きの声を上げた。無理もない、44000ダカットとは大金だ。

 何を基準にするかで変わるが、およそ400万円弱~550万円程度の価値がある。

 贅沢を言わなければ、田舎ならば家も買えるのだ。


「ロナルドは死んだのね?」

「はい。自由都市ファロンで病みました。」

「……ふん、死んで良かったのよ……私の亭主は衛兵よ。お尋ね者の賞金首が帰ってきたらタダじゃすまなかったわ。」


 エノーラはロナルドが賞金首になっていたのを知っていたのだ。

 衛兵だという亭主が伝えたのかもしれない。


「甘いこと言って、何年も放ったらかして、挙げ句の果てが賞金首よ! 誰が待ってるってのよ!」


 クリフには言葉もない。エノーラの方が正しいのだ。


「お金は貰うわ。ありがとう。あなたも変わってるわね、わざわざこんなことするなんて。」

「いえ……失礼します。」


 クリフは足早にその場を離れた。なんとなく、早くこの町を離れたかった。




………………




 再び、旅の空のクリフは思う。


……俺は、何を期待していたんだろう?


 わからない。

 エノーラがロナルドを待っていなかったことに腹が立つのか……いや、そんなことは無い。エノーラの対応はごく当たり前のものだった。

 では、ロナルドが悪いのか……まあ、そうなのだろう。何せ10年以上も恋人を放っておいて、待ってると思う方がおかしい。しかも賞金首だ。


 理屈で考えれば考えるほど、クリフの中で何かがわだかまった。


「だから、面倒ごとは嫌なんだ……。」


 クリフがポツリと呟いた。


 ビュウーと風が吹き、僅かに残った枝の雪をバサリと落とした。




 もう、街道には雪は無い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想は最後まで読んでからと思っていましたが 『6話なごり雪』この話はなんというか心に染みますねぇ
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