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5話 辻斬りイーモン 下

 翌日



 荒野の雪原にクリフとギネスはいた。ミスリルの指輪はギネスに預けている。


「やつら……来ますかね?」

「来るよ。」


 クリフには確信があった。

 クリフが送ったのは果たし状だ。しかも指輪を使いバッセルの印章を捺したのだ。

 相手は貴族である。冒険者ごときに舐められる訳にはいかない。


 約束の刻限よりも早く、彼らは現れた。覆面はしていない。

 人影を数えてクリフは意外に思った。


……約束通りに2人か。数で攻めてくるかと思ったが……。


 クリフは果たし状に、立会人は1人のみと書いておいたのだ。


「クリフ殿、でよろしいか?」


 男がクリフに語りかけてきた。

 この男、年の頃はクリフよりやや上だろう。がっしりとした大男で、いかにも強そうだ。


「そちらはウィルフレッドさんじゃ無さそうですね、指がある。」


 クリフの言葉を聞いた男がピクリと眉を動かした。


「うむ、代理の者だ。名はイーモン、姓は……ご容赦願いたい。こちらは立会人だ。」


 立会人がイーモンと名乗った男の紹介を受けて頭を下げた。


「イーモンさん、ウィルフレッドさんの利き手の指が落ちたことで、辻斬りはもはや現れない……違いますか?」

「………………。」


 イーモンは無言で剣を抜いた。

 それに応じてクリフも剣を抜く。


「それが騎士の忠義ですか? 3男坊を好き放題させて、諌めもせず、責任も取らせず……恥を知りなさい。」

「ぐっ、さすがは猟犬クリフ、何もかもお見通しか……。」

「ええ、鼻が利くんですよ。」


 クリフの言葉にイーモンが苦し気に顔をしかめた。


「問答無用だ。」


 イーモンが構えをとる。盾で剣先を隠すような構えだ。

 クリフはイーモンから圧を感じ、じりじりと間合いを測る。


……これは凄い。勝てないかもしれん。


 クリフはイーモンの力量を感じ、焦りを覚えた。


 イーモンが動いた。

 間合いを詰め、盾に隠した剣を素早く突き出した。

 クリフは咄嗟に剣先を躱わすが、体勢を崩した。

 そしてイーモンの剣が再度突き出された。


「ぐうっ!」


 なんとか転がりながら身を躱わしたが、クリフの脇腹から鮮血が散り雪を染めた。


「今のを躱わすか、猟犬クリフ。」


 イーモンが再び構えをとる。


……これは、桁外れだ。


 クリフは傷の痛みと焦りで冷や汗を流した。

 じりじりと間合いを測る。


……なんとか、構えを崩さなくては……


 クリフは剣を地に刺し、バックラーに手を伸ばす。

 イーモンが飛び道具を警戒し、盾の角度を変えた。


……いくぜ、一か八かだ。


 クリフはナイフを投げた。

 速射だ。カッカッと音を立てて盾にナイフが刺さる。


 そしてふわり、とナイフの留め金を投げた。

 鉄の止め金は環状をしており、一見すると指輪に見えなくもない。


 カツンっと音を立てて留め金は盾に弾かれた。


イーモンは僅か一瞬ではあったがクリフから目を切り、弾かれた留め金に目をとられ盾を動かす。


……見えたぜ……!


 イーモンの隠れた剣先が露になった。

 それを避けながらクリフは地を這うように動き、剣でイーモンの足を払った。膝辺りから鮮血が舞う。

イーモンは「ぐおっ」と呻きつつも剣を突き出した。

 イーモンの剣はクリフの肩を掠めたが、クリフは止まらない。

 剣先で雪を跳ね上げてイーモンの虚を衝く。万全の状態ならば効果も無かった子供だましだが、足を切られたイーモンは雪に怯んだ。


……まだだっ!


 クリフは剣を投げつけた。イーモンは咄嗟に盾で防ぐ。

 しかし、イーモンの右肘にナイフが突き刺さった。クリフが意表を衝くために、転がりながらナイフを投げたのだ。

 形振り構わぬクリフの喧嘩闘法にイーモンは翻弄された。



…………



「そこまでっ!」


イーモンの立会人が声を上げた。


「お見事です。クリフ殿、貴殿の勝ちだ。」


 立会人はクリフとイーモンに剣を収めるように声をかけた。


「私の名はご容赦下さい。しかし、今後は貴方に迷惑をかけぬことを誓います。どうかウィルフレッドさまをお許しください。」


 クリフは納得がいかない。


「賞金首を見逃せと? 貴族だから見逃せと!? 俺は賞金稼ぎだ!!」


 クリフが叫んだのと、イーモンが剣に倒れ込むようにして自らの胸に剣を突き立てたのは同時だった。


「ぐふっ……クリフどの……辻斬りは、私だ……私の死体を、衛兵に……引き渡せ……。」

「な、バカなっ!? 何故!?」


 クリフが驚きの声を上げるが、イーモンは既に事切れていた。


……これほどの男が……こんな馬鹿な話があるのか。


 急激にクリフの熱が冷めていくのが分かる。


 クリフはただ、虚しかった。



…………



「ギネス、指輪を渡してやれ。」


 ギネスは無言で立会人にミスリルの指輪を手渡した。

 立会人は「かたじけない」と一言残して立ち去って行く。


 残ったのは、クリフたちとイーモンの死体だ。

 鮮血が雪を染めて花のようだ。


「なあ、ギネス……」

「はい。」


 クリフは何かを言おうとしたが、言葉が出ない。


 エレンに会いたい。

 優しい目をしたエレンに会いたい、と思った。


「……なあ、ギネス……衛兵の詰め所に行ったら、酒を飲んで女を抱こう。奢りだ。」

「ええ!? マジですか!」


 ギネスは「うひょー」と奇声を上げて飛び上がった。


……今回、俺が勝ったのは実力じゃない。相手が足枷の重みで自滅しただけだ。飼い犬なんて悲しいもんだ。野垂れ死んでも野良犬がましだ。


 クリフはイーモンの死体をいつまでも眺めていた。




………………




 数日後


クリフは酒場のマスターからウィルフレッド・バッセルが病死したことを聞いた。


 怪我が悪化して死んだか、それとも不祥事の発覚を怖れた暗殺か、それを知るすべは無い。

 また、クリフに興味も無かった。


 バッセルがクリフに復讐にくることは、もはや無いだろう。

 辻斬り事件はイーモンが泥を被って解決したのだ。バッセル家も藪をつつくような意味の無いことはしないはずだ。


「くだらねえ。」




 クリフがポツリと呟いた。

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