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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
2章 壮年期

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閑話 北風に消えた二人

女性が乱暴を受ける描写があります。


ロッコ視点です。

 ビウと風が吹いた。


……うう、寒いな。


 そぞろ寒さを感じる季節、青年は風の冷たさに首をすくめた。


 この青年の名はロッコ、19才の冒険者である。

 顔の造形は平凡だが、焦げ茶色の髪を短く刈り込み、歯が白く爽やかな印象の青年だ。

 


 秋も深まってきたというのに、少し薄着をしてきたかもしれないとロッコは少し後悔した。


 今のロッコは仕事中だ。


 現在、冒険者ギルドと商人ギルドの取り決めで、商店街の警戒として冒険者が常時4人で巡回しており、ロッコもその内の1人として参加している。


 夏に起きた自由都市ファロンの浄化作戦により商店街の治安はかなり回復したとは言え、犯罪が無くなったわけではない。

 商人ギルドは商店街の警戒を続けることとなったのだ。


 若いロッコのキャリアは浅く、5年にも満たぬ程度でしかないが、師事したのはかの猟犬クリフであり、クリフの弟子として皆から一目を置かれている存在である。

 商店街の警戒にあたる冒険者は皆がそこそこのキャリアを持ち、中々に腕が立つ者ばかりである。若いロッコが入るのは抜擢とも言えるが、これも猟犬クリフとその妻ハンナから伝授された技術を評価されてのことである。


「ロッコ、あいつらやるぞ。」


 隣の背の高い冒険者がロッコに注意を促した。彼はトーマス、26才の中堅冒険者だ。


 ロッコは視線の先を確認する、若い、子供とすら言えそうな少女2人組が歩いている。


……スリだな。


 ロッコは若い二人がスリだと判じた……この辺は理屈でない部分もあるが、少女たちは店の商品でもなく行き交う人々を値踏みするように見定めている……不審な動きだ。


 ちなみにスリは単独で行う者ばかりでなく、スッた財布の受け取り手と(くみ)の場合も多い。

 万が一、スリが捕まっても財布が無ければ罪には問いづらいからである。


「トーマスさんは受け手を、俺はスリを。」

「良し。別れるぞ。」


 言うが早いかトーマスが離れていく……いくら財布を持っていなかろうが同時に捕まえてしまえば言い逃れはできない。


 しばらくマークしていると、目をつけていた少女が身なりの良い紳士にぶつかった。


……スッた。


 ロッコはすかさず少女の腕をじあげ拘束する。


「痛っ! 何すんだよ! アタシが何したって言うんだ!」

「スリさ。」


 ロッコの言葉を聞くや、黒髪の少女が勝ち誇ったような表情を見せた。


 このやりとりを見ていた紳士がようやく財布が無いことに気がつき「財布が無い、スられた」と騒ぎ出す。


「ふんっ! アタシが盗ったって証拠はどこにあんのよっ! 裸になったって構やしないわよ!」


 少女がわめき始める……これが彼女の手なのだろう。

 騒ぎを起こし注目を集め、裸にされても財布はなく「責任をとれ」などとゴネるのだ。


「証拠はここさ。」


 トーマスが片割れの少女を引き立ててきた。


「ぐっ、お姉ちゃん、ごめん……」

「コリーン!? 違うっ! 妹は何も知らないの!」


 ロッコは少し動揺したが、トーマスに肩を掴まれ気を引き締め直した。


「泣き落としか? 話は衛兵にするんだな。」


 トーマスは眉ひとつ動かさずに麻縄で少女たちを数珠繋ぎにして連行する。


 ロッコは少女たちの恨めしげな目が心に強く残った。




………………




 数日後



 非番のロッコが衛兵の詰め所に向かうと少女たちはすでに釈放されていた。

 これは年少者でもあり、被害者が大事にしたくないとの意向を伝えたかららしい。


 ロッコはほっとしたような、何だか残念なような複雑な気分で立ち去った。



…………



「惚れたな。」


 非番だからとて、することもないロッコはギルドに行き、支配人(ギルドマスター)のヘクターと世間話をしながら未受注の依頼のリストを眺めていた。

 すると唐突にヘクターは先程のセリフを口にしたのだ。


「何ですか? いきなり。」

「だからよ、その女スリに惚れたんだよ、お前さんは。」


 ヘクターはいきなり断定する。この男はいくつになってもこの手の下世話な話を好む。


「そんな訳ないでしょう? 俺はただ……」

「悲しげな顔が忘れられ無えんだろ? その娘さんは助けてくれって言ってるのよ、悲しい境遇の娘さんはお前しか頼れる人がいないのさ。」


 ロッコは「はあ」と気の無い返事をした。


「しかし難しいぜ、スリってのは、組織があるのよ。足抜けさせるのは並みの事じゃねえ。」

「そうなんですね。大変だなあ。」


 ロッコはすでに半ば無視をしている。

 これも師匠のクリフ譲りの技術(テクニック)である。


「ちっ、変なとこで図太くなりやがって……つまんねえんだよ。あっち行け、しっしっ」


 ヘクターが機嫌を損ねてロッコを追い払う。


 「はいはい」とロッコはヘクターの側から去った。


 しかし、ヘクターの言葉で気になる所が無いわけでもない。

 ファロンの浄化作戦により、治安が向上したとは言え、犯罪組織は撲滅したわけでは無い。古くからある犯罪組織は表の稼業があり、それを前面に押し出して浄化作戦を巧みに逃れたものも多い。

 反社会組織は1度入れば抜けることは容易ではない。

 犯罪の情報を漏らされれば全体の壊滅に繋がるからだ。


 ちなみにファロンのスリ組織の表の稼業は都市の糞尿を集め、農村へ販売する事業だ。

 キチンと税金も納めているが業務内容から人には好まれず、スラムの住民で構成されている。


……どうしたもんかな……


 ロッコはぼんやりと捕まえたスリの事を考え、馬鹿馬鹿しいと打ち消した。

 何も関わりの無い自分が悩む必要は全く無いのである。


……親分(ヘクター)のせいだな、全く……


 ロッコは苦笑してギルドから出た。




………………




 数日後



 今日もロッコはトーマスと共に商店街の巡回をしていた。

 別に相方が固定されている訳ではないのだが、ローテーションの関係でトーマスと組むことが多いのだ。


「おいロッコ、見てみろ。あそこだ。」


 トーマスは商店街の一角を示す、そこには先日のスリがいた。


……あ、また会えた。


 ロッコはぼんやりとスリを見る……が様子が先日と違うのを感じる。


「何か変ですね?」

「ああ、多分だが俺たちへの囮じゃないかな?」


 トーマスの言葉にロッコは警戒を強める。


「おい、あれだ。反対側だ。」


 早くもトーマスが何かを見つけた。

 背が高いせいだろうか? トーマスは目標を見つけるのが凄まじく早い。


 見れば3人組の男女が怪しげな動きを見せている。


「3人組ですね……どうしますか?」

「受け取り手を2人抑えるか……それともスリを捕まえるか?」


 2人は怪しい3人組を警戒してポジションをとる……すると3人組は走りだし、老夫から荷物を引ったくった。


「引ったくりだ!」

「任せてください!」


 ロッコが駆ける……素早く引ったくり犯の後ろを追いかけ棒手裏剣を投擲する。そして手裏剣は見事に犯人の腰に命中した。

 クリフ程の精度は無いが、体のどこでも良いから当てろというなら、7~8メートル先でも問題は無い。


 引ったくり犯はあえなく御用となり、この早業に驚いた受け取り手の2人は諦めて去ったようだ。


「やるな、さすがだ。」

「はは、まぐれですよ。」


 トーマスの賛辞を軽く受け流し、慎重に犯人に近づく。世の中には死んだふりをするやつもいるので危険な瞬間である。


……どうやら抵抗する気は無いようだ。


 踞る(うずくまる)犯人を拘束し、被害者の老夫に声を掛ける……老夫は転び怪我をしたので衛兵の詰め所に案内し、手当てを受けさせることにした。

 犯人は傷害罪も加算されるので、まず釈放されることは無いだろう。


 ロッコとトーマスが商店街に戻るとスリの少女は姿を消していた。


……まあ、そりゃそうだ。


 ロッコは僅かに気落ちしたが、すぐに気を引き締め巡回に戻っていった。




………………




 2日後



 ロッコは非番だと言うのに商店街へやって来ていた。

 目的は買い物ではない。


 ゆっくり時間をかけて2度ほど往復すると、目当ての少女はいた。まだ、こちらには気づいていないようだ。


「ねえ、ちょっといいかな?」


 ロッコの言葉にビクッと少女が飛び上がって驚いた。


「ヒャッ!? なによ!」

「いや、ゴメン、驚かせるつもりじゃなかったんだ。」


 少女はロッコを(いぶか)しそうに見つめる。


「何もしてないわよ。」

「うん、知ってる。今日は非番だから……顔見知りを見かけたから声を掛けただけなんだ。驚かせてゴメン。」


 ロッコの言葉に「はあ?」と少女は警戒心を強めたようだ。


「何よ! バカにしないでよ!」

「俺はロッコだ。キミは?」


 ナンパのコツはとにかく相手の足を止めることだ(と筆者は思っている)。

 相手が足を止めて話を聞いてくれなくては口説きようも無い。

 そういう意味ではロッコの状況はかなり恵まれていた。


「はあ? 何よアンタ。」

「ロッコだ。キミは?」


 ロッコは割りと女性慣れをしている。この程度では物怖じをしない。


「何よ? ナンパのつもり?」

「そうだ。キミと話したい、名前を教えてくれ。」


 少女は「ふん、バカじゃないの」と背を向けて去って行く。


……失敗か、焦りすぎたな。


 ロッコが少し反省すると、数歩先で少女が振り返った。


「コレット。」


 そして、コレットはまた背を向けて歩き出した。


「またな! コレット!」


 この日から、ロッコとコレットの交流は始まる。


 巡回中に、非番の時に、ロッコはコレットを目で追い、暇があれば話しかけた。


 始めは邪険にしていたコレットも徐々にだが打ち解け、たまにはロッコの奢りでお茶を飲むくらいの関係にはなった。


 コレットは15才、スラムに住んでいてスリの組織に入っている。

 肩まで伸びた黒い髪は癖毛なのだろう、所々でくるっと巻いていて中々可愛らしい。

 経済的な理由であろう薄汚れた格好をしているが、素材は悪くない……とロッコは感じた。


「ロッコは冒険者なんでしょ?」

「うん、14からやってるよ。」


 などと他愛もない世間話ばかりであったが、たまには妹のコリーンも交えて会話を楽しんだ。ちなみにコリーンは13才らしい。


「ねえ、ロッコはお姉ちゃん好きなの?」

「ああ、実はそうなんだよ。どうしたら振り向いて貰えるかな?」


 などと軽口を叩くとコレットは面白いように狼狽(うろた)えた。コレットもいつの間にかロッコの事を憎からず思うようになっていた。

 ロッコは姉妹がスリを働かなくても良いように、少しだけだが金を渡すこともしたが、たまに商店街に現れる所を見るとあまり効果は無かったのかも知れない。


 そして、1(ひとつき)と1週間ほどが経った。




………………




 今日もロッコは商店街の巡回をしていた。


……今日は、来ないのかな?


 ロッコの交替時間になるとコレットは顔を出してくれるのだが、毎日と言うわけでは無い。


 相方のトーマスと別れ、ぶらりと帰りかけた……その瞬間だった。


……コリーン? 怪我をしているのか!?


 ロッコはコリーンを見つけ、抱き抱えるようにして様子を見た。

 数ヶ所に殴られたような跡がある。


「コリーン、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「ロッコ! お姉ちゃんを、お姉ちゃんを助けてっ!」


 コリーンの取り乱した様子から、コレットが何か差し迫った状況にあるらしい。

 ロッコは逸る気持ちを無理矢理に抑えつけ、コリーンを落ち着かせる。


「コリーン、落ち着いて。どこで、何があった?」

「ロッコ、お姉ちゃん……酷いことされて、私を逃がして……」


 コリーンは泣き出してしまった。


「お姉ちゃん、仲間を抜けるって言って……私を逃がしてくれて、でも許してくれなくて……」


 ロッコの目が見開いた。

 どうやらコレットはスリ組織を抜け出したかったが許されず見せしめの私刑(リンチ)を受けているようだ。

 

『足抜けさせるのは並みのことじゃねえ』


 ロッコの脳裏に、いつか聞いたヘクターの言葉が響き渡った。


「わかった。必ず助ける。コリーンは冒険者ギルドに行ってクリフって人か、ヘクターって人を頼れ。事情を話せば助けてくれる。」


 そう言い残すとロッコは走り出した。


……コレット、コレット、無事でいてくれっ!


 心臓が爆発しそうだ。

 全速力で走るロッコを見て、周りの人が振り返るが知ったことではない。


 ロッコは駆け続けた。



…………



 約40分後



……あそこだ……


 コリーンから聞いたスラム街で、そのアジトを見つけた。

 

 息を整え、見張りの男を問い質す。


「コレットがいるはずだな? 返してもらうぞ!」

「なんだ? てめ」


 言うが早いか、ロッコはいきなり見張りを切りつけた。


「うわっ! 殴り込みだっ! 殴り込みだ!」


 手首を失った見張りは転がるようにアジトへ飛び込む。


 ロッコは見張りを追う、この間抜まぬけは勝手に仲間の所へ案内をしてくれるだろう。


「この野郎!」

 

 メイスで殴りかかってきた男とすれ違い、膝を切りつける。

 膝を割られ、男が悲鳴を上げた。


「ぎゃ!? 手強いぞ!」


 (うずくま)りながら男は周囲に警戒を促す。


「コレット! コレット! どこだ!? 返事をしてくれ!」


 何人かが抵抗したが、ロッコには通用しない。

 鍛え抜かれたロッコの剣は素人しろうとでは太刀打ちできぬ高みに達していた。


 ロッコが進むと、突き当たりの部屋で下半身を出した男が数人いた。

 男たちは何か騒いでいるがロッコの耳には届かなかった。


 ロッコの目に映ったのは、テーブルに縛りつけられ、輪姦されていたコレットだった。




 ここで、ロッコの記憶は途絶える。




 気絶したのでは無い。

 あまりの怒りに、我を失ったのだ。



…………



「はあ……はあ……」


 ロッコが我に返った時にはアジトに死体が9つほど転がっていた。


 無論、ロッコとて無傷では無い。

 3ヶ所に刃を受け、打撲や擦り傷は数えられないほどだ。

 左手の人差し指と中指も失った。


 ロッコはコレットに近づく。


 コレットは全身にあざをつくり、強く握られたであろう小振りの乳房に手跡がくっきりと青痣になっている。

 顔面は2ヶ所、赤黒く腫れ上がり、幼さの残る体では耐えきれなかったのだろう、男たちに凌辱された女性器は裂け、止まらぬ血が流れ続けている。


「お願い……見ないで……」


 コレットは助けられた喜びよりも、男たちに汚された我が身を恥じて涙を流した。


「すまない……すまないっ、コレット……」


 ロッコはコレットの拘束を解き、涙を流しながら抱き締めた。



 もはや、ロッコはお尋ね者になるのは免れない。


 悪事を働くとはいえ、スリ組織は表向きには税金も納める市民である。

 そこに白昼堂々と殴り込み、10人近く殺したのだ。

 目撃者も多数おり、罪を免れることは不可能である。



 この日、ロッコとコレットは自由都市ファロンから姿を消した。



 その行方は、ようとして知れない。



スリ組織が屎尿を扱うのは完全なフィクションです。

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