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4話 騎士崩れのリンフォード

 自由都市ファロンから南へ数日ほど行くとブリントンの町がある。

 ここは元はブリントン子爵家の土地であったが、40年ほど前にカスケンという部下に乗っ取られ、子爵家は放逐された。

 今やブリントン子爵の名残は町の名に残すのみである。



 そのブリントンの酒場での事だった。


「なあっ、あんた冒険者だろう?」


 若い冒険者がクリフに声を掛けてきた。3人連れの様だ。

 冒険者は酒場で情報を交換し合うのが常であるので、これは珍しい事ではない。


 クリフが無言で頷くと、若い冒険者は「やっぱりそうだ」と自分の眼力を他の2人に誇るように振り向いた。

 クリフは剣と盾、道具袋にフード付きのマントと典型的な冒険者の風情ではあるのだが……この若者には気にもならないらしい。


「俺はギネス、こっちのノッポがトーマスで、肥えてるのがジョニーさ。冒険者だ。」

「……クリフ。」


 クリフがぼそりと名乗るとトーマスが驚いたように声を上げた。


「もしや猟犬クリフさんで……?」


 クリフが再度肯首すると、ギネスが「凄え」と声を上げた。


「それで、ご用件は?」


 クリフが3人組と向き合って先を促した。

 ギネスと名乗った若者が「実は」と勿体ぶって話はじめる。


「騎士崩れのリンフォードって知ってますか?」

「もちろん。大物賞金首ですからね。」



 騎士崩れのリンフォード、これは半ば伝説的な冒険者である。

 元々は先代のマンセル侯爵に仕える騎士であったが、素行が悪く、命令違反や横領などの罪を重ね出奔し、33才で冒険者となった。

 他の冒険者とは異なり、本格的な騎士の戦闘術を持つリンフォードは瞬く間に評判の腕利き冒険者となった。

 しかし、持ち前の素行の悪さから賞金首となり、一所に居られなくなり逃亡者として旅を重ねている。

 たしか60才は超えている筈だが、腕前はまだまだ健在のようで「どこそこで4人も殺した」だの「賞金稼ぎを返り討ちにした」だの噂が数年ごとに聞こえてくる。



「リンフォードが何か?」

「実はね、この辺りに出る山賊ヴィヴ一味の元に身を寄せてるらしいんですよ。」


 キラリ、とクリフの目に力が加わる。山賊ヴィヴとは現在クリフが追跡している賞金首なのだ。


「俺たち3人でリンフォードを殺って名を売ろうって魂胆なんでさ。なにせ相手はもう爺いだ。それで、加勢が欲しくて仲間を探してまして。」

「……年を重ねても、リンフォードは安い賞金首ではありませんよ。」


 クリフが言外に断ると、ギネスは「へえ」と意外そうな顔をした。


「猟犬クリフも怖がる相手なんですか? 命知らずって噂と随分違うみたいだ。」


 慌ててトーマスとジョニーがギネスを止めに入る。

 クリフはそれを「かまいませんよ」と制した。


「……噂なんて当てにはならないものですからね。面白い話でした。1杯奢らせてもらいますよ。」


 クリフは自らの酒代に加え、3人の酒代をかなり多目に店員に渡して店を出た。

 これは「情報代」と呼ばれる冒険者の流儀だ。

 クリフは3人組の情報に金を出す価値があると判断したのだ。



…………



 宿に戻ったクリフは先程の話を考える。

 彼ら3人がリンフォードに挑むのは自由だ。そこは勝手にすればいい。

 問題はヴィヴと共にいるという情報…ヴィヴ一味とて山賊として隊商を襲うのだ。3人や4人ということは有るまい。


……そこにリンフォードか……


 勿論、彼らの情報が正しいかは分からない。

 だが無視も出来ないだろう。相手を軽く見て死ぬのは御免だ。


……勝てるのか?俺に……


 場合によっては、この仕事から手を引くことも考えなくてはいけない。

 それは恥ではない。命あっての物種だ。


 いざとなれば逃げよう、と考えながらクリフは眠った。




………………




 翌日


 クリフは追跡に取り掛かった。


……奴らは街道で強盗略奪を繰り返している。ならば街道を調べなくては……


 クリフは屈んで道を観察する。まだ轍は新しい。

 これなら、とクリフはほくそ笑んだ。


 クリフは暫く歩き、(わだち)を観察する。

 また屈んで観察し、しばらく歩けば轍を観察した。

 追跡は早朝から始まり、とうとう日が暮れる。


……ここだ。


 クリフは轍が不自然に乱れている場所を発見した。

 ここで争いが有った様だ……そして轍は薄く山中に続いている。


 クリフは陽の傾きを確認し、山に入る決意をした。

 街道を外れれば人を襲うモンスターが出る。まともに考えれば夜の山に入るなど、自殺行為に近いがクリフは問題ないと判断したようだ。


……陽の高い内に近づいては直ぐに見つかる。好都合だ。


 クリフはフードを被り、夜の気配に溶け込んでいった……。




………………




……見つけた。


 日付の変わる頃にクリフは山小屋を発見した。

 カンテラの火を消し、気配を殺して近づいていく。何か特別な歩法なのか、足音は殆ど無い。


 鳴子を見つけ、避ける。


 母屋が1軒、これに離れと馬小屋……物置もある。

 馬小屋は木材置き場を改装したようだ。略奪品であろう馬が3頭も繋がっている。

 元々は(きこり)の山小屋だろう。持ち主の運命は推して知るべしである。


 山小屋のサイズから、多くて12~13人、少なくて8人とクリフは見当を付けた。


 さらに調べる為に近づくと犬が吠えてかかって来た。


……しまった、犬か!


 クリフは内心で舌打ちした。もはや猶予は無い。

 駆け寄ってきた2匹の犬にナイフを投げつける。

 犬はキャインと悲鳴を上げて飛び上がった。


 山小屋に火が灯り、どやどやと数人が松明を手に飛び出してきた。

 クリフは身を低くし、馬小屋に素早く移動する。

 そして、縛られている馬の手綱を切り、馬の尻を切り付けた。


「うわっ!」

「馬が暴れているぞ!?」

「敵だっ!」


 馬の暴走に山賊どもが気をとられている内に、ヴィヴの気配を探る。


……あいつだ。


 クリフは走り寄って来た山賊の腹にナイフを投げつけながら走る。命中し、山賊がうずくまった。


「誰だテメエは!?」


 ヴィヴが驚きの声を上げた。

 それと同時にヴィヴの左側の男の腹にナイフが食い込んだ。


……とんだ素人だぜ。修羅場で誰だ、とはな。


 声もなく走り寄った勢いのまま、クリフのショートソードがヴィヴの腹に食い込んだ。

 ヴィヴは「ぶっ」と短い悲鳴を上げて絶命した。


「ヴィヴを討ち取った!! 者共(ものども)、懸かれ! 懸かれぇ!!」


 クリフは大声を上げながら山賊どもに突進した。

 暴れる馬の蹄の音や、傷ついた犬の鳴き声も相まって混乱が起きた。

 クリフも走り回り、声を張り上げて山賊を翻弄する。

 多数が争っていると勘違いした1人の山賊が「逃げろ」と叫ぶと、もう治まらない。山賊どもは算を乱して逃げ出した。


……7……いや、8人だ。


 クリフは逃げる山賊の数を判断し、長居すべきては無いと判断した。様子見に帰ってくる前に引き上げなくてはいけない。


 ヴィヴの首を切り、倒れている山賊に止めを刺してナイフを回収した。犬は1匹逃げたようでナイフを1本無くした。



…………



……ことり、と音がした。物置小屋からだ。


 僅かだが、物置小屋から気配がした。

 見逃して後ろから殺られては元も子も無い。

 クリフは用心深く小屋に近づき、戸を静かに開けた。


「後生だっ! 見逃してくれっ! 俺はただの飯炊きなんだっ!」


 そこには命乞いをする痩せた老人が両膝をついていた。

 クリフは素早く人相を確認する。左耳にまで達する刀痕は間違いようもない。


……まさか?


「騎士崩れのリンフォードか……?」

「そうだっ! だが、今の俺はただの爺いだ! 見逃してくれっ!」


クリフには意味が分からない。


「リンフォード……これが去年、賞金稼ぎを殺った男か?」

「違うっ俺じゃねえ、騙りだ! 俺のせいにしたい奴の仕業だ。この白髪を見てくれ、痩せた体を見てくれ、もう64才になる。憐れだと思えば見逃してくれっ!」


 ついにリンフォードは泣き出した。子供のように泣きじゃくり、許しを乞う。


 クリフは衝撃を受けた。


 ギネスたち3人の若者はこんな老人を殺して名を上げんとしていたのである。

 冒険者とはかくも業の深い生き方なのか。

 年を取り、力が衰えたのを良いことに若者につけ狙われ、殺される。


……これは己の姿なのだ。最近名が売れてきた俺の未来なのだ……!


 命乞いをするリンフォードをクリフは無言で縛り上げた。


「畜生っ! 畜生めっ!!」


 騎士崩れのリンフォードは子供のように暴れたが首に縄を巻き付け、引っ張ると「ケヒッ」と奇妙な声を出して大人しくなった。もはや自力で逃れることは不可能だろう。


 ぐすぐずしている時間はない。

 クリフは縛り上げたリンフォードを肩に担ぎ、大急ぎで山を駆け降りた。

 リンフォードはわらのように軽かった……。




………………




 あの騎士崩れのリンフォードが生け捕りにされた。


 このニュースは瞬く間に国中を駆け巡り、猟犬クリフの雷名は賞金首を震え上がらせた。



 反面、クリフの気持ちは沈んでいた。名が高まれば高まるほどに気分は沈んでいく。リンフォードの姿が頭から離れないのだ。

 そもそも、リンフォードの居場所が知れたのは、ヴィヴ達が自分らに箔を付けるために喧伝していたらしい。


……それが自らの首を締めると気づかないとは……つける薬も無いぜ。


 クリフは「ふうっ」と大きく溜め息をついた。




………………




「兄貴っ! 俺を弟子にしてください! この通りです!」


 あれ以来、ギネスがクリフに心酔し、この調子なのも溜め息の原因だ。

 ギネスの仲間のトーマスとジョニーは呆れ果て、荷馬車の護衛として他の町に去っていった。


「親分っ!! 子分でもいいんです! 俺を男にしてください!」


 いつの間にか親分にされてしまった。

 ちなみに冒険者は、親しい中で対等ならば「兄弟」と呼び合い、貫禄に差があれば「兄貴」と呼ぶ。それ以上ならば「親分」だ。


「……考えときますよ。」


 クリフは取り合うはずもない。


「親分、リンフォードを捕まえた話を教えてください! 是非! 修行のために!!」


 ギネスな熱心に語りかけてくる。…これは彼なりのおべんちゃらなのかも知れないが、クリフの心はますます冴えないものになる。

 クリフは「ふうっ」と溜め息をつき、ぼそぼそと語り始める。


「強かった……勝てたのは若さと……運の差だ。騎士崩れのリンフォードは老いてなお強かった……。」


 クリフの言葉をギネスは何度も頷きながら聞いている。



 ふと、空を見上げた。

 冬が近い。町を移動するならば早めに動かなくては。


……自由都市ファロンが良い。人ごみに紛れてひっそりと冬を越そう。


 クリフの足は北へと向かった。




 この男は猟犬クリフ……凄腕の賞金稼ぎだ。


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