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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
1章 青年期

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26話 友きたる 下

 クリフが股旅亭に着くと、迎えの騎士と数名の供が来ていた。クリフは剣を見せ、身元を証明する。


 そしてクリフと迎えの者は1番通りの貴賓館(きひんかん)に向かう。

 貴賓館は身分の高い賓客をもてなす公邸であり、今は王国の使節団が滞在している。


 当然、クリフは貴賓館に足を踏み入れたことなどは無い。


 貴賓館に着くと、話が通っていたのだろう、すぐにロビーに案内された。


 しばらく待つと、大柄な老人が現れた。サイラスである。


「久しぶりだな、クリフ。」

「サイラス、この度は私のために、ありがとうございます。」


 クリフがサイラスを呼び捨てにすると、迎えの騎士が顔をしかめた。無礼だと言いたいのであろう。


「ふっふっふ、貴族の姫君を(さら)ったそうじゃないか。」

「ええ、お恥ずかしながら……。」


 クリフが恥ずかしげに頭を掻くと、サイラスは豪快に体を揺すって大笑いをした。


「だがな、良くぞ私を頼ってくれた。嬉しいぞ。」


 サイラスは迎えの騎士を「ご苦労だった」と(ねぎら)い、クリフを奥に案内する。

 迎えの騎士は少し不満気ではあったが、素直に下がった。


……俺みたいな怪しいやつを警戒するのは当たり前だよな。すまん。


 クリフは騎士に無言で頭を下げた。




…………




「ようこそ、猟犬クリフ殿。」


 奥の会議室風の部屋に通されたクリフは、立派な身なりの貴族に迎えられた。

 年の頃は30代の前半であろう、整えた(ひげ)に威厳がある。黒い(かみ)の紳士だ。


「こいつは息子のアイザックだ。仲良くしてやってくれ。」

「アイザックです。王国の外務大臣をしています。」


 アイザックの名乗りを聞いて、クリフは慌てて(ひざまづ)く。


「止めてください、父の友人にその様な……」

「そうだクリフ、水臭いことをするな。」


 二人に(うなが)され、クリフは立ち上がった。


「弟の……イザドルの件ではお世話になりました。」

「いえ、何と申してよいか……」


 クリフは以前サイラスと共に、アイザックの弟のイザドルと戦い討ち取った過去がある。


「おいおい、辛気臭い話はやめだ。先ずは座れ、酒を用意させよう。」


 サイラスがニヤリと笑った。




…………




 しばらく3人で世間話をしながら酒を飲んだ。


 程よく酔いも回り、クリフとアイザックも打ち解けた雰囲気となった。間を取り持つサイラスのお陰でもある。


「で、クリフよ……どうやって姫君を拐ったんだ?」

「いや、拐ったと言うか……」


 クリフはハンナとの馴れ初めを語る。


「ほう、それは面白い!」

「ああ、とんだじゃじゃ馬だな! ガッハッハ」


 アイザックとサイラスは大笑いをする……やはりハンナは貴族の常識では測れない怪人のようだ。


「ふむ……両想いというのは良いな。拐った姫より駆け落ちの方が話は進めやすかろう。」

「ええ、クロフト卿の娘や妹では無く姪ですから、少しは条件も甘くなるでしょう。」


 サイラスとアイザックは頷き合う。


「だが……やはり庶士と貴族の姫が公式に認められるのは少し難しい。」


 サイラスが尖った(あご)を撫でながら考え込む。


「1番現実的なのはクロフト家を無視することです。駆け落ちし、完全に縁を切る。」

「いえ、それは……」


 アイザックの提案にクリフが躊躇(ためら)いを見せると、サイラスが「わかっている」と頷いた。


「アイザック、それではクリフが我らを頼る意味が無い。」

「ええ、次はクリフ殿が戦などで功績を立て、騎士となること……騎士ならば貴族の姫が嫁ぐことも十分にある。」


 クリフは黙って聞いていた。


「しかし、これでは早くとも5年は掛かってしまう。」

「5年で騎士など普通は無理だが、我らが引き立てればクリフならばなんとかなるだろう……が」


 サイラスがニヤニヤしながらクリフを見る。


「そんなに待たせては姫の腹が膨らむぞ。」

「ふふふ、承知していますとも。」


 アイザックもサイラスと同じニヤニヤとした笑いを見せた。


……似てないようで、やっぱり親子だな。


 クリフは妙なことで感心をした。

 サイラスは典型的な武官、アイザックは文官肌のようだが、表情が気持ち悪いほど良く似ている。


「そこで、こんなのはどうでしょうか……」


 アイザックが何やら声を潜め策を披露した。


「いや、まさか、それは……」


 クリフが絶句した。


「ふふ、面白い。さすがは我が息子。わかっておるわ。」


 サイラスが悪戯(いたずら)っぽい表情を見せる。


「そうなるとクリフ殿、しばらくは家に帰れませんよ。覚えることは山ほどある……愛しの姫君には恋文でも届けられよ。」

「ふふふ、あの文では不味いな。書いたら添削してやろう。」


 アイザックとサイラスが楽しげに笑う。


……仲の良い親子だな。


 クリフは眩しそうに目を細め、親子を眺めた。




………………




 その後



「おい、クリフよ……本当にこれで良いのか?」


 本当に添削する気であったサイラスがクリフの手紙を見て苦笑する。


『ハンナへ、しばらく帰れません。あまり散らかさないように。エリーと掃除をするように。洗濯物はクリーニングにだしましょう。食べすぎてはいけません。愛していますクリフ。』


「これは……その、失礼ですが……」


 アイザックも絶句した。彼ら親子の想像する恋文とは、恋人を想った自作の詩などのことである。


「クリフ殿、姫君を花に例えられて……」

「いや、愛を讃えるのだ……」



 チェンバレン親子の恋文講座は終わりそうも無い。



……ハンナ、驚くだろうな……ごめんよ。




 クリフはアイザックの作戦を思い出し、心のハンナに謝った。

 心のハンナは「もー、ひどいよっ」と笑ってくれた気がした。

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