23話 雪の町
「鋭っ!」
「応!」
カツッ、カツッ
気合いの声と、木刀が打ち合う乾いた音が響き渡る。
ハンナがロッコに剣の稽古をつけているのだ。
ここはヘクターの事務所脇にある空地だ。
そこまで広くは無いが、ハンナとロッコが剣を振るうには十分以上のスペースがある。
そのすぐ側のベンチではクリフがエリーを構っていた。
エリーは、クリフとハンナが面倒を見ている幼子だ。エリーの両親は既に鬼籍に入っている。
「エリー、何でむくれてるんだ?」
「むくれてないよ!」
そのエリーはご機嫌が斜めらしく、先程からぷりぷりと怒っている……クリフからすれば怒っているエリーの様子も可愛らしいが、何かあったのなら聞いてやらなければと思っているのだ。
エリーは黙っていたが、しばらくするとポツリと呟いた。
「あのね、なんでエリーにはパパとママがいないの……」
「友達に何か言われたか?」
エリーはコクリと頷いた。
「なあエリー、パパとママってどんな人だ?」
「パパとママはいつもいっしょにいるひとだよ……」
クリフが「なーんだ」と大袈裟に答えた。
「エリー、それじゃ俺とハンナがパパとママじゃないか。いつも一緒にいるだろ?」
エリーが不思議そうな顔をした。
「ちがうよ! クリフとハンナはパパとママじゃないよ!」
「違わないさ。友達だって、知らない子が仲良しになって友達になるんだ。俺たちだって、仲良しだからパパとママになったのさ。」
エリーがキョトンとした。
クリフも自分の理屈は良く分からないが、エリーが納得してくれたら何でも良いのだ。
エリーは「うーん」と唸っている。3才児でも悩みはある。
「クリフはパパ?」
「嫌かい?」
エリーがぶんぶんと首を振った。
「ハンナは、ママ。」
「そうだよ。」
いつの間にかエリーは嬉しそうにニコニコと笑っている。
クリフも釣られて笑った。
エリーがぴとっとクリフに張り付いて頭をぐりぐりと擦り付けて来た……甘えたいのだろう。
クリフはそっと、エリーの茶色い髪を撫でた。
「あら、仲良しなのね?」
ロッコとの稽古を終えたハンナが二人の元へやって来た。
「おかえり、ママ。」
エリーの言葉にハンナが少し驚いた顔をする。
「ハンナ、俺たちはエリーのパパとママになるのさ。」
クリフが笑うと、ハンナが「嬉しいッ」と力強く二人を抱き締めた。
「くるしいよー。」
エリーが抗議の声を上げる。
「愛してるわ。二人とも。」
「俺も愛してるさ、二人ともな。」
エリーの頭上で、二人の唇が重なった……エリーがじっと見ているがお構い無しだ。
先程から降ってきた雪がムードを盛り上げ、何度も啄むように求め合う。
「今日、三人でエリーの誕生日パーティをしよう。」
「……うん。」
クリフとハンナは名残惜しそうに顔を離した。
「おい、お二人さん。」
突然、横から声を掛けられ、つい二人ともビクッと体を強ばらせた。
声を掛けてきたのはヘクターらしい。
「あのよ、邪魔して悪いんだが……その、ロッコ死にかけてるぜ。」
見れば、ハンナに失神させられたロッコの上に薄っすらと雪が積もっていた。
………………
「呼びつけといて、待たせて済まなかったな。」
ヘクターの事務所に入り、クリフたち三人はヘクターと向かい合うようにテーブルに着いた。
ロッコはヘクターの事務所の若い衆でもあるのでテーブルには着かず、茶の支度をしているようだ。
今日、クリフはヘクターから「相談がある」と言われ事務所に来たのだ。
ヘクターがたまたま留守であったので、同行していたハンナに先程までロッコに稽古をつけてもらっていた。
「最近、押し込み強盗が続いたのを知ってるか?」
「ああ、問屋や大きい商店が狙われている様だな。」
クリフの言葉にヘクターが「それだ」と頷いた。
最近、ファロンでは押し込み強盗などの荒っぽい犯罪が多発していた。
押し込み強盗とは商店などに押し入り、金品を奪う手口だ。
最近、多発している強盗は特に家人を皆殺しにして金品を奪う凶悪なもので、生き証人がいないため、衛兵たちも捕らえあぐねているらしい。
「そいつが今晩もあるらしい……うちの若いのが上手い具合に一味に潜り込んだのよ。」
「へえ、不良傭兵団かと思ったが違ったのか。」
その時、ロッコが熱い麦湯を運んできた。お茶請けは茹で玉子らしい。マカスキル地方ではお茶の葉は高級品なので、庶民が飲むものではなく、麦湯が一般的だ。
「お、玉子か。ちょうど腹がペコッとしてきた所よ。」
ヘクターが玉子の殻を器用に剥いてムシャムシャと茹で玉子に食らいつく。
「良し良し、ちゃんと固茹でにしてあるじゃねえか。」
ヘクターは玉子の茹で加減にもうるさい男のようだ。
ハンナとエリーはモタモタしている……この二人、どうも不器用である。クリフが殻を剥いてやり、エリーに渡した。
「なかなか娘に甘い父っつぁんだぜ。」
「まあな。」
ヘクターがクリフをからかうが、クリフが悪びれもせずにハンナにも剥いた玉子を渡した。
「で、どこまで話したかな……?」
「若い衆が入り込んだ所さ。」
ヘクターが「そうだった」と相槌を打つ。
「それで、よ。衛兵を出し抜いて俺たちが強盗をやっつけようって相談だ。」
ヘクターがニヤリと笑う。
いつぞやの市民の人気を取る作戦は継続中らしい。
「強盗の人数は?」
「潜り込んだうちの若いのを入れて17人だ……クリフよ、助っ人を頼みてえ。こちらも増やしすぎると感づかれるからな、少数精鋭で行きたいのさ。」
クリフは「うーん」と唸った。
今晩は不味い。エリーの誕生日パーティの約束をしたばかりだ。
「クリフ、良いじゃない? 助けてあげなよ。」
意外にもハンナがヘクターに助け船を出した。
「パーティは明日でもいいんだし、悪者を放っておくのは良くないよ。ね、エリー。」
「うん、パパとママがわるものをやっつける。」
ヘクターが「パパとママねえ」とニヤついているが、クリフは相手にしない。
確かにエリーの本来の誕生日は不明だ。1日ずれる位は構わないだろう。
……しかし、ハンナも来ることが前提なのか?
クリフは難しい顔をした。
「駄目かい?」
「いや、俺は良いんだが……ハンナに危ないことはして欲しくない。」
クリフはハンナをチラリと見た。
ハンナは「もうっ、クリフったら」と満更でも無いようだ。
「そうかい、その辺はお互いで話し合ってくれよ……後な、一つ聞きてえんだが……」
ヘクターがスッと真剣な顔をして、クリフとハンナを交互に見つめる。
クリフもヘクターの雰囲気が変わったので少し身構えた。
「お前さんたちは、いつもあんなに甘い睦事をするのかい? 愛してるよー、チュッチュッってよ。」
クリフが「んなっ」と絶句した。ハンナが「いやん」と顔を隠す。
「エリー嬢ちゃん、弟か妹が欲しかったら早く寝んねするんだぜ! がーっはっは!」
いつまでもヘクターの下品な笑い声が響き渡っていた。
………………
その夜
ヘクター指揮する冒険者たちは身を潜め、押し込み強盗が来るのを今か今かと待ちわびていた。
その総勢は21名、7人ずつの3チーム編成だ。
クリフ、ヘクター、ハンナなどの突撃隊が1隊、残りの2隊は逃げる強盗を仕留める包囲網だ。
突撃隊は各々で商家の側で巧みに身を隠している。
クリフはハンナやヘクターと共に狙われている商家の屋根に潜み、残りの者たちも空き樽やゴミ箱などに潜んだ。
この突撃隊はヘクターの手下でも腕利きの者が集まっている。
残りの2隊は左右に別れ、少し離れた所で潜んでいる。
騒ぎが起これば道の両端から包囲するのだ。
こちらにはギネスやロッコが参加している。先日ギネスを助けたレイトンの姿もあるようだ。
ちなみにこの計画は狙われている商家には告げられてはいない。
見つかれば押し込み強盗と間違われて通報されても文句は言えない。
屋根の上でハンナが「くちゅん」と可愛らしいくしゃみをした。
「鼻が出てるぞ」とクリフがマントの端で拭ってやる。
「本当に世話好きだねえ。さすがに甘やかしすぎだぜ。」
ヘクターが呆れた様子でクリフたちを見る。
「いいんだよ。ハンナには俺がいないと駄目なのさ。」
クリフが悪びれずにしれっと答えると、ハンナが「でへへ」とだらしなく笑った。
先日の浮気騒動からクリフは露骨にハンナに甘くなった……ご機嫌取りなのは否めない。
「おー、おー、駄目にしてるのはお前さんじゃないのかい……っと、来たぜ。」
見れば、20人ほどの集団がヒタヒタと足音を殺しながら近づいてくる。
……木槌を持つ者が2人、戸をぶち破るためだろうな……本当に荒っぽい奴らだ。
クリフは素早く強盗を観察する、情報通りに17人……白色の鉢巻きを着けている2人が潜入しているヘクターの手下だ。
強盗たちが木槌を構えた、その瞬間。
「そこまでよ!!」
屋根の上でハンナが立ち上がり、強盗どもを睨み付ける。月明かりに照らされた女武芸者の姿は、まるで一幅の絵のようだ。
ヘクターが「あちゃー」と顔をしかめる……これでは何のために潜んだのか分からない。ハンナは不意打ちの機会を自ら捨てたのだ。
「だれだ! てめえは!?」
強盗の頭が厳しく誰何する。
「お前たちに名乗る名は無い!!」
ハンナが刀を抜き、屋根から飛びかかった。
「バカな!? ヘクター、行くぞ!!」
「おうとも!」
クリフとヘクターも1拍遅れて飛び降りた。
次々と突撃隊のメンバーも姿を現し、強盗に襲いかかる。
凄まじい乱闘が始まった。
怒号と金属音がけたたましく鳴り響く。
ハンナが刀を振るう、鋭い剣先は敵の喉を裂き、血が吹き出した。
ヘクターがくるくると敵の間をすり抜ける様に数名と切り結ぶ。双剣が閃く度に敵が呻き声を上げる。
クリフは他の突撃隊の様子を見ながら投げナイフで援護をした。前衛はハンナとヘクターが務めるのだ、全員が同じ動きをする必要は無い。
「畜生! 待ち伏せだ! バラけて逃げろ!」
こちらを手強いと見た強盗の頭が退却を指示した。
その頭に白い鉢巻きをつけた仲間が飛び掛かり地面に押さえつける。
「畜生っ! 何を……くそおっ!」
潜入していたヘクターの手下だ。強盗の頭は拘束され、完全に無力化した。
……勝負ありだな。
クリフは逃げる強盗たちが包囲網に捕らえられるのを確認した。逃げ得た者は1人もいまい。
「成敗っ!!」
ハンナがチーンと鍔鳴りの音を立てて刀を納めた。
……やれやれ、これがママかね。
得意気なハンナの様子を見てクリフが苦笑した。
「さすがだな、クリフ。」
ヘクターが近づき、クリフの肩をポンと叩いた。
「1人も倒してないぞ。」
「いや、2人助けてくれたろ……ありがとよ。」
ヘクターがニヤリと笑った。男臭い笑顔だ。
「クリフ、お前さん変わったぜ……こいつは褒め言葉さ。」
ヘクターの言葉にクリフは「そりゃどうも」と素っ気なく答えた。
「私は3人よ!」
ハンナが鼻息も荒く勝ち誇る。得意気に顎を上げて腕を組み、仁王立ちだ。
「そりゃ凄えな。愛しの旦那さまにベッドで3回はご褒美を貰えるぜ。がーっはっは!」
ヘクターの下卑た笑い声が夜の町に響き渡った。
………………
この夜の冒険者たちの活躍は、瞬く間に評判となった。
顔を潰された形の衛兵たちは良い顔をしなかったが、概ねは好意的に受け止められ、股旅亭には用心棒の依頼が殺到した。
ヘクターの作戦は当たったのだ。
………………
数日後
「なあ、ヘクター……頼みがあるんだ。」
クリフは事務所でヘクターと向かい合っていた。
今日は酒も用意され寛いだ雰囲気だ。
「なんでえ?」
「あのな、家が欲しいんだ。30万くらいで何とかしたいんだけど。」
30万ダカットは大金であるが、ファロン市内で家を買うには心許ない。
「へっへっへ……猟犬の旦那も、ついに年貢の納め時かい。」
ヘクターがニヤニヤと笑う。
「まあな、でも迷ってる。ハンナの実家に挨拶に行く前に腹が膨らんだら……さすがに、ちょっとな。」
「へっへっへ、抱いてやれ。そん時はそん時よ……いいぜ、足りない分はベルタに貸してもらえば良いさ……鴉金だけどよ。」
クリフが「手加減してくれよ」と言うと、顔を見合わせて大笑いした。
「あのな、クリフ……。」
「なんだよ。」
ヘクターが少し言い辛そうに頬を掻いた。いつものヘクターらしくない態度だ。
「その、よ。」
「うん。」
ヘクターが「この年で何だが」と前置きをした。
「ベルタが孕んだ……俺の子だよ。」
窓の外では雪がしんしんと降り積もる。
男たちは静かに祝杯をあげた。




