21話 煙のシム 下
ロッコにとって、クリフとの道行きは酷いものであった。
支度が遅いと言っては殴られ
返事が無いと言っては殴られ
歩くのが遅いと言っては殴られ
夜の寒さに震えては身支度が悪いと殴られた。
…………
夜営中、切れた口で何とか食事を終えたロッコは火の番をしていた。
「おい」
「はいっ!」
クリフがロッコに声を掛けると、ロッコはまた殴られるのかと身を固くする。
その様子を見てクリフは苦笑した。
クリフからすれば特別に厳しくしたつもりは無い。
ジュードに教わったことをそのまま教えているだけだ。
彼にとってはこれが普通なのである。
「年はいくつだ?」
「はい、14才です。」
……俺がジュードに世話になったのは何歳だったかな……。
クリフはジュードと初めて出会った時を思い出していた。
……そういえば、あの時も焚き火をしていたっけ。
少しセンチな気持ちになりながら、クリフはロッコと向き合った……それだけでロッコを威圧しているのだが、本人は気づかない。
「そうか、人を殺したことは?」
「いえ……ありません。」
「武器は使えるのか?」
ロッコは腰から山刀を引き抜いてみせた。
山刀とは樵が草木を刈り払ったり、動物や魚の解体や果実の採取などに用いる刃物だが、戦闘用では無い。
「振ってみろ。」
ロッコは「はい」と答え、少し緊張した面持ちで振り始めた。
……素人だな。
クリフは直ぐにロッコに武術の心得が無いのを見てとった。鋭さが無いのだ。
「そいつを見せてみろ。」
ロッコがおずおずと山刀を差し出すと、クリフの拳が飛んだ。
いきなり頬を殴られたロッコは尻餅をつく。
「刃を人に向けるな。鞘ごとか、柄を渡せ。」
「は、はい。」
クリフは山刀を受け取り眺める。
……鍛えが良いが……問題は拵えだな。
「悪くはないが……戦闘に使うなら少し柄を長くして鍔をつけたいところだ……まあ、そこまでするなら違うのを買った方が良いだろう。」
クリフが山刀をロッコに向けると、ロッコはビクッと体をすくませた。
「この様に刃を向けると殺されても文句は言えん……覚えておけ。」
くるりと山刀の向きを変え、ロッコに柄を向ける。
ロッコはおずおずと受け取った。
「殴られて覚えたことは忘れないものだ……俺もそうだった。」
クリフは「もう寝ろ」とだけ言うと、後はむっつりと黙り込んだ。
しばらくするとロッコの寝息が聞こえてきた……疲れ果てていたのだろう。
……ジュードは、戦い方をどうやって教えてくれたかな……。
ぼんやりと火の番をしながらクリフは考える。
……そうだ、ハンナに頼もう。ハンナの余暇に刀を習わせるか、なんなら道場に突っ込めば良い。
クリフはハンナを思い出すとニヤリと笑った。
彼女の戦いぶりは凄まじい。
純粋な剣技であれば、ハンナはクリフよりも余程に強いであろう。
……壊れなきゃ、モノになるさ。
クリフはロッコをチラリと見ると、自分も少し眠ることにした。
シムがアビントンの町にいたのが事実だとして、今もいるとは限らない。
アビントンに着くのは早ければ早い方が良い。
情報には鮮度があるのだ。
…………
翌日、未明
「起きろ。」
クリフが声を掛けるとロッコは飛び起きた。
「足にマメは出来ているか?」
「はい。」
「マメは潰すな……潰れても皮は剥くな。洗って軟膏を塗り、サラシで固定しろ。」
クリフは軟膏とサラシを投げ与えた。ロッコは慌てて受け取り、水筒の水で足を洗う。
クリフはその間に手早く調理をし、スープを作る。干し肉と干し豆を煮て塩を加えただけだが体が温まる。
堅焼きのビスケットと共にロッコに多目に食べさせた。
……俺がこいつくらいの時は、いつも腹が減っていたな。
ぼんやりとクリフが考えている間に、ロッコは貪るように食事を終えた……やはり腹が減っていたらしい。
「行くぞ、今日中にアビントンまで行く……ベッドで寝たければ歩け。」
クリフは手早く片付けると歩き始めた。
ロッコは時に小走りになりながら必死で食らいつく……クリフの歩みは異常なほど早い。
また、ロッコは歩くのが遅いと殴られた。
………………
二日後
ロッコはアビントンの酒場にいた。
緊張した面持ちでカウンターに座る男に近づいていく。
「シムだな。」
シムと思わしき男は振り返り、ロッコの顔を確認する。
「なんだい坊主? 酒場に来る年じゃねえだろ。」
周囲の男たちが下品な笑いを漏らした。
「賞金稼ぎだ……シム、表に出ろ。」
「坊主、俺は煙のシムってんだ……人を殺しては煙のように逃げるからよ。」
ロッコを若造と見てシムは余裕の表情だ。事実、ロッコはシムに気圧されている。
「おいおい、困るよ! 店の外に出てくれ!」
酒場の店主が大声を上げる。
「大丈夫だ、すぐに終わるさ……すぐにな。」
シムが言い終えると、彼の仲間らしき男がロッコの背後に回り込んで剣を抜いた。
その瞬間、ナイフが飛んだ。
ロッコの背後に回り込んだ男が低い悲鳴を上げ、倒れる……首にはナイフが突き刺さっていた。
「なんだとっ!?」
シムが悲鳴に似た驚きの声を上げたが、次の瞬間には彼の足にもナイフが突き立った。
クリフだ。クリフは前もって酒場のテーブルに座り、ロッコを囮にして機を狙っていたのだ。
「ロッコ、殺れ!」
クリフが怒号を飛ばす……腹に響く凄まじい声だ。
ロッコが「はい!」と大声を上げながら山刀を構え、体当たりのようにシムの体にぶつかった。
「ぶふっ……ぐ、くそ……」
シムが足掻こうとしたが、ロッコが再度山刀を振りかぶり、深々と突き刺すと動かなくなった。
周囲にムアッとした濃密な血の匂いが立ち込める。
ロッコは何も言えず、山刀を持ったまま立ち竦んでいた。
クリフは店主に少なくない詫び料を渡し、衛兵を呼んで貰った。
「やったな、初仕事だ。」
クリフがロッコの背後に回り込み、ポンと背中を突く。
それが切っ掛けになったのか、ロッコが「おえぇ」と胃の中身をぶちまけた。
これが予想できたからクリフは背後に回り込んだのだ。
……上出来だ。
クリフはロッコの様子を見てほくそ笑んだ。
後はストレスの解消法を教えてやれば良い……酒と、女だ。
「後で女を抱かせてやろう、酒も飲ませてやる……ご褒美さ。」
クリフが声を掛けると同時に、ガチャガチャと衛兵が駆け付ける音が聞こえてきた。
……考えてみれば、俺も久々だな。
クリフは自身が久しく娼館に足を運んでいないことに気がついた。
思えばエレンが死んでから初めて女を抱くかも知れない。
……ハンナもいないしな。好都合だ。
クリフはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
マカスキル王国では、未成年者が酒を飲んだり娼館に行ったりするのは不道徳とされていますが、禁止されていません。
ちなみに成年は14~16才くらいです。




