20話 秋の広場 上
自由都市ファロンの広場。
クリフはベンチに座り、ぼんやりと子供達が遊んでいるのを眺めていた。
……どうしたもんかな。
クリフは広場をぐるりと見渡す。
夏の盛りも過ぎ、広場の人出もなかなかだ。
屋台も沢山出ている。
蕎麦、飴菓子、天ぷら、焼き鳥、焼き団子……。
クリフは屋台を眺めて「はあー」と大きな溜め息をついた。
……どれもピンとこないな。
クリフは周りを見ながら自分でもできそうな仕事を探しているのだ。
実は最近のクリフはハンナとエリーのために家を買ってやりたいと考えていた。家を買うとは、つまりそういうことである。
ハンナと一緒になり、エリーを養女にしようかと考えているのだ。
本格の冒険者にとって、結婚とは引退とほぼ同義だ。
旅から旅の冒険者のまま所帯を持つのは難しい。
となると、家族を養うには次の職を探さねばならない。
しかし、クリフはいざ自分が何が出来るか考えると何も思い付かず、頭を抱えてしまうのだ。
……俺は、何も出来ない……。
クリフは長年の賞金稼ぎの成果として、贅沢を言わなければ家を買うくらいの蓄えはできた。
しかし、家とは買ってお仕舞いとはいかない……税も払わねばならないし、維持費とて掛かる。
やはり職は必要である。
改めてクリフは、自分には賞金稼ぎしか出来ないと感じ、溜め息をつくのだった。
「クリフ、だいじょうぶ?」
ふと、視線を上げるとエリーが心配気に覗き込んでいた。
エリーは茶色い髪色の、パッチリした二重瞼が可愛らしい女の子だ。
クリフはハンナが働いている時は、なるべくエリーの相手をするようにしている。
始めはぎこちなかったエリーも、最近ではクリフに良くなついていた。
「ああ、考え事をしてたんだ。」
「なにをかんがえてるの?」
「いや、仕事を探していて……」
そこまで言ってクリフは我に返り恥ずかしくなった。
こんな子供に聞かせるようなことでは無い。
エリーは「ふーん」と分かったような顔をして走り去り、友達の輪の中に入っていった。
クリフはまた大きく溜め息をついた。
気がつけば、そろそろハンナの稽古が終わる時間だ。
エリーに声を掛け、道場に向かう。
クリフがひょいとエリーを肩車すると、エリーは「うわあ」と大袈裟に喜んだ。
さすがにエリーの歩く速度に合わせるほどクリフの気は長くない。肩車の方がお互いに気楽だ。
「たかい!」
「怖いか?」
「だいじょうぶ!」
クリフはエリーと道場に向かう。
エリーが肩の上で機嫌良く足をバタつかせた。
「なあエリー、ハンナは優しいか?」
「うん!」
「そうか。」
エリーがここまで明るくなったのはハンナのお陰だ。
両親を目の前で殺されたエリーは、夜中に飛び起きて泣き出したり、夜になると意味もなく震え出したものだ。それをハンナが優しく接し続けることで子供らしい明るさを取り戻した。
ハンナは貴族の出身らしく傲慢な面もあるが、明らかな弱者には優しい。
2人が道場に到着すると、ハンナが丁度出てくるところだった。
「あー、いいなあ、エリー!」
ハンナが肩車されているエリーに声をかける。
「何が見えるの?」
「さがしてる!」
ハンナが「ん?」と首をかしげる。
「しごと! クリフの!」
クリフが思わず「なっ」と驚きで声を漏らした。
ハンナにもまだ伝えていないのに、さすがにこんな形でバレたくは無い。
「んん?」とハンナが再び首をかしげた。
…………
3人は満腹亭で昼食をとる。満腹亭は安くて旨いと評判の食堂だ。
クリフは店主の働きぶりをみて、溜め息をつく。
……これも、俺には無理そうだ。
店員のパティがクリフの溜め息を目ざとく見つけ「お口に合いませんか」と不安げに尋ねた。
「いや、違うんだ。考え事をしていて……」
クリフは慌てて否定をする。
隣でエリーがパティに「しごと!」と声を掛けた。
パティは「え?」と首をかしげていた。
ふと目を向けると、ハンナが不安気にクリフを見つめている……いらぬ心配をかけたようだ。
「あのな、ハンナ……その、クロフト様に頼んだら、引退後にクロフト村で農家でもできるだろうか?」
ハンナは「んん~」と口をへの字にしながら考え込み「無理だと思うよ」と答えた。
「クリフは強いし、私のお婿さんだから……クロフト村に入ったら従士長にでもなるんじゃないかな?」
クリフは「そうか」と答え、考え込む。
クリフはバッセル伯爵家の為に汚名を被ったまま処刑されたイーモンを思い出す。
あれを見たらさすがに仕官する気にはならない。
それにしてもハンナはクリフと結婚することを一毫も疑っていないのであろうか……クリフは得体の知れない重圧を感じ、さらに気が重くなった。
…………
翌日もクリフはエリーを連れて広場に来ていた。
結局、いい思案は浮かばない。
商売をすることも考えたが、商人とは商家に10代の半ばまでには奉公し、みっちりと商売の基礎を学ぶ。
いきなり商売を始めて成功する者もいないでは無いが、やはり希なことである。
なんにせよ、いまさら愛想笑いもできないクリフが、気軽に商売ができるほど簡単な話では無いのである。
クリフは「はあっ」と大きな溜め息をついた。
…………
「こちら、宜しいですか?」
いつの間に近づいたのか、見知らぬ男がクリフに話し掛けて来た。
40才前後であろうか、白髪混じりのくたびれた印象の男だ。
「ええ、どうぞ」とクリフが少し端に寄る……ふと辺りを見渡すと、他のベンチは空いている。
クリフは少し警戒をした。
「失礼ですが、いつもお見かけするので、気になっておりまして。」
男がベンチに腰掛け、クリフに話し掛けてきた。
……そういえば……。
クリフも男を見かけた記憶がある。
いつも離れたベンチで座っている男だ。
「いつも溜め息をつかれていますね……何か心配事でも?」
「いえ、大したことでは無いのですが……」
クリフは見知らぬ男に事情を話始めた。
結婚を考えていること。
自分が賞金稼ぎであること。
引退後の職を探していること。
自分が何もできないと悩んでいること。
クリフは不思議であった。ギネスやハンナにすら相談できないことを、見知らぬ他人に聞いてもらっているのだ。
人の心とは不思議である。
心を許した人にこそ人生の相談はできない時もあるのだ……その逆も然りである。
「新たな職ですか……難しいものですな。」
男がじっと目をつぶり、考え込んでいる。
「実は私も、仕事をしくじった事がありましてね。」
男はポツリポツリと自分の人生を語り始めた。
12才で商家に奉公に出たこと。
26才で独立したこと。
結婚し、子供が産まれたこと。
商売が傾き、借金をしたこと。
借金が原因で妻子と離縁したこと。
「それ以来、店も家も手放し、がむしゃらに借金を返しました……お陰さまで先月、返済は終わりましたが……」
男は「ふうーっ」と深い溜め息をついた。
「借金が無くなると、何もする気にならないんですな。おかしな話ですが、借金の返済が生き甲斐になっていたようです……私にとって借金の額を減らすことが生きる目標でした……それが無くなってしまった。」
男は寂しげに「はは」と笑った。
…………
なんとなく、クリフと男は黙り込んでしまった。
「おーいっ! クリフっ!」
遠くからハンナの声が聞こえてきた。
ハンナが大声を出すとかなり注目を集めるのだが、本人はお構いなしである。
「クリフっ、ハンナ。」
エリーが近づいてきてハンナの存在を教えてくれる。
「お子さんですかな? いい子だ。」
「ええ……養女にしようと思っています。」
「そうですか」と男が立ち上がる。
「申し遅れました、私はクリフです。」
「私はアーサーです……では、これで。」
アーサーはクリフに会釈をすると去って行く。歩き方もどこか弱々しい。
「お邪魔しちゃったかな、知り合いだった?」
「ああ、ちょっとな……それより遅くなってすまなかった。」
クリフが謝ると、ハンナは「いいよ」と邪気の無い笑みをクリフに向けた。
「ようじょに……おもってます。」
エリーがハンナに先程のやり取りを伝えようとしているが、いまいち要領を得ない。
ハンナは「ん?」と首をかしげた。




