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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
1章 青年期

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閑話 ギネスへの依頼 上

ギネス視点です。

「へっ、そんなことできっこねえよ!」


 後ろのテーブルで数名の男たちが騒いでいる。

 ギネスは後ろのテーブルの喧騒を苛立ちながら聞いていた。


「オメエ、そりゃ東部じゃ一番の腕っこきだぞ! そのぐらいしてのけるだろうよっ!」

「へっ、どうだかね!」


 後ろのテーブルの男たちはギネスの横で静かに飲む男……クリフという冒険者についてあれやこれやと噂話をしているのだ。

 彼は賞金稼ぎ専門の冒険者であり、猟犬クリフと渾名される凄腕だ。ギネスの兄貴分でもある。

 ギネスがどれだけ苛立とうが当の本人が知らぬ顔をしているのだから、ギネスは何も言うことは出来ない。


「おい、ギネス。仕事だぜ、回してやろうか。」


 苛立つギネスを見かねたのか、酒場のマスターがギネスに羊皮紙を差し出しながら声を掛けた。


 ギネスも釣られて紙を覗く。


……人探しか。


 ギネスはクリフと違って賞金稼ぎ専門と言うわけではない。

 ギネスは自由都市ファロンを拠点とし、働く冒険者だ。

 クリフのように旅から旅の冒険者を「本格(ほんかく)」、ギネスのように町に滞在し、依頼をこなす冒険者を「町付(まちつき)」と呼ぶ。

 町付は本格に比べて低く見られがちではあるが、町付には町付の難しさというものがある。


「人探しだ。7番通りに塩問屋があるだろ。そこの店主のブレアさんが娘を探してほしいんだとよ……とりあえずの期限は半月だな。」

「人探しか、良しっ! 引き受けたぜ!」


 ギネスはマスターの差し出した羊皮紙を畳んでポケットに仕舞い込んだ。



「おいっ! あんたが猟犬クリフか!? 面貸せよ!」


 後ろのテーブルで騒いでいた男が怒鳴りながらギネスたちに近づいてきた。

 最近、クリフの評判が高まるにつれ、この手合いが増えた。

 今をときめく猟犬クリフをやっつけたとなれば男が上がると思ってる馬鹿が多いのだ。


 「おい、やめろ」と同席していた男が止めるが「うるせえっ!」と怒鳴り、止めようとした男を突き飛ばした。大分と酔っ払っているようだ。


……野郎、調子に乗りやがって……!


 ギネスが腰を浮かしかけようとした、まさにその瞬間……クリフの右手が閃いた。


 ガツンと音を立ててナイフが壁に突き刺さる。

 絡んできた男が立ち止まる。


 次はガチーンと音がした。同じ所にナイフが1本……クリフの投げた2投目のナイフが、1本目のナイフと寸分違わず同じ所に突き刺さり、1本目のナイフを弾き飛ばしながら壁に突き刺さったのだ。


 ガチーン……3投目も全く同じだ。床に2本のナイフが落ちた。


「なあ、ナイフを取ってくれないか?」


 クリフが男に話しかけた。

 男は青くなり、ナイフを拾い上げ、震える手でクリフに渡した。


「何か用かい?」


 ゆっくりと、クリフが男に語りかけた。

 テーブルの男たちが「すいません、ご迷惑をかけました」と詫び、会計を済ますと足早に店から出ていく。


「……壁に穴を開けるなよ。」


 マスターがクリフに話しかけるがクリフは無言だ。


……兄貴らしくもねえ。


 ギネスは思う。普段のクリフなら、あの手合いは無視するに決まっているのだ。

 実力で黙らせるなんて……らしくない。


 クリフの様子がおかしい理由をギネスは知っていた。


 クリフと恋仲だった娼婦が今日、絞首刑となったのだ……そして彼女を捕らえたのはクリフ本人だ。

 それがクリフの心をささくれ立たせているのだろう。

 クリフは荒れているのだ。


「兄貴、どうやったらあんな風に投げれるんですかい?」


 なんとも言えない嫌な空気を変えれればと、ギネスはつとめて明るくクリフに尋ねてみた。


「……よく狙え。」


 ギネスの問いに、クリフが答えたのはこれだけだった…。




………………




 翌日、7番通りの塩問屋を訪ねるギネスの姿があった。

 塩問屋の店構えは立派なものだ。

 塩という必要不可欠な商品を扱うため、また内陸部に位置するマカスキル王国では塩の値段が高いため、儲けも大きいのだろう。


 店の小僧に用件を伝え、待つことしばし…ギネスは応接間に通された。


「あなたが依頼を引き受けて下さったのですか?」


 挨拶も無くブレアと思わしき50絡みの紳士がギネスに尋ねた。

 じろじろと値踏みをするような嫌らしい目付きをしている。


……なんか、いやな親父だね。


 ギネスは内心不快であったが、おくびにも出さず問いを返した。


「失礼ですが……ブレアさんで?」


 紳士は不快げに「ふん」と鼻を鳴らした。


「そうだ、私が依頼人のブレアだ。」

「依頼を引き受けたギネスと申しやす。娘さんをお探しだとか……幾つか確認させて頂きやす。」


 さらにブレアは不快げな顔をした。


「なぜだね? 私は依頼人だ。君はただ、娘のドリスを探してくれれば良い。私が話すことなどは無い。」


 ギネスはわざとらしく「はあーっ」と溜め息をついた。


「申し訳ありやせんが、何も手がかりが無くては探せませんぜ。第一、今聞くまでドリスさんの名前すら知らなかったんでさ。探しようがねえ。」


 ブレアが「ふむ」と頷いた。


「君は今までに来た冒険者よりも大分とましなようだ……何が聞きたいのかね?」


 探し人というのは比較的簡単な依頼だ。それゆえベテランが引き受けることは先ずは無い。

 今までブレアの元に来た冒険者というのは素人に毛が生えたような奴か、適当に調査したふりをして「死んでました」とか報告するような手合いだったのだろう。その様な冒険者は多い。


「まず、いなくなった時期、いなくなった心当たりがあれば。何しろ手がかりは少しでも欲しいところで。」


 ブレアは思い出したくもないといった風情だが、ギネスの質問に答えていった……。



…………



 娘のドリスがいなくなったのは6年前。ドリスは当時17才だった。


 心当たりは十分にある。

 当時ブレアはドリスが年頃になったので縁談を纏めようとした。何しろドリスは一人娘だ、立派な婿を探してやらねば店が人手に渡ってしまう。


 しかし、ドリスはこの縁談に猛反発した。

 ドリスには恋人がすでにいたのだ。

 相手はチャスという冒険者だった。当然、ブレアは冒険者と娘がどうにかなるなど許すわけがない。

 縁談がいよいよ纏まろうかという時期になり、チャスとドリスは姿を消した。


 駆け落ちしたのだ。


 以来6年、全く音信はない。



…………



「なるほど、有難うございやす。見つけて、場所を報告すればいいんですね?」

「そうだ。様子などが分かれば、なお良い。」


……ふうん、連れ戻さなくてもいいのか。


 ギネスは少し疑問に思いつつも店を辞去した。

 先ずは冒険者のチャスから当たろう。

 冒険者の情報となれば酒場のマスターだ。


 ギネスはいつもの酒場に向かっていった。




………………




「チャスか、知ってるぜ。デールって兄貴と兄弟で冒険者やってたのさ。兄貴のデールは引退して17番通りで野ネズミ亭って酒場をやってるはずだ。」


 マスターに尋ねるや、予想以上に成果があった。

 マスターに自分のことはどれだけ知られているのかと想像すると、ギネスは少しだけ薄寒くなった。


「ありがとよ。17番通りだな。」


 ギネスは注文した代金よりもかなり多目に酒代を支払った。

 これは情報料も含まれている。この手のことを渋ると冒険者としての世渡りはできなくなる。

 「あいつはケチなやつだ」と評判が立とうモノなら仲間(パーティ)は組めなくなるし、噂話も回ってこなくなる、自然と爪弾きにされ廃業だ。


 ギネスは17番通りに向かう。

 もう夕方になる。酒場に向かうには丁度良いだろう。


……へへっ、こいつは早いとこカタがつきそうだぜ。




 まだ依頼も終えぬうちから皮算用を始め、ギネスはほくそ笑んだ。

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