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猟犬クリフ~とある冒険者の生涯  作者: 小倉ひろあき
1章 青年期

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10話 赤とんぼ

 馬糞街道を逸れ、宿場町アビントンを南へ数日、大きな山を2つばかり越えたあたりにナヴェロ男爵領は存在する。

 小なりとは言え、独立不羈(どくりつふき)を貫く……と言えば聞こえは良いが、田舎過ぎて戦乱からも忘れ去られた僻地だ。

 領地は僅かに山合の小村が4つばかり合計で……174戸、人口にして千人にも満たない別天地である。


 この忘れ去られた僻地の小村をクリフは初めて訪れた。

 仕事ではない。

 旧知の友人、ボリスを訪ねて来たのである。


「クリフじゃないか! 久しぶりだな!!」


 クリフを見るや、ボリスは大袈裟に喜んだ。

 ボリスを見つけるのは訳もなかった。

 単純に人が少ないからだ。


 ボリスは40を過ぎた元冒険者である。

 ナヴェロ男爵領の出身であるボリスは引退後、故郷に帰り、ナヴェロ男爵の従士となった。今は男爵の信任も厚く、ニーグル村の代官を務めている。


「聞いたぞ、クリフ! リンフォードを捕まえたんだってな。お前はいつかデカイ事をやると思ってたぞ!」

「いや、ボリスこそ……冒険者が代官になるなんて前代未聞だ。」


 ボリスは現役時代、石拳ボリスと呼ばれた格闘術の達人だ。

 世話好きで、若い冒険者に大いに慕われていた好漢である。若い頃のクリフもボリスには大いに世話になった。

 恩人であり、人付き合いの悪いクリフにとって数少ない友人の一人でもある。


「代官っても、僅か31戸の寒村だけどな。」


 ボリスが謙遜した。

 しかし、冒険者で終わりを全うできる者は少ない。

 その多くは野辺に骸を晒し、命があっても乞食同然になるものばかりだ。

 小なりとは言え、貴族に仕える従士になるとは大成功の部類なのだ。


「おーい、皆の衆!! 今日は凄い客人が来たぞっ! 歓迎の宴だ!」


 ボリスが野良仕事をする村民に大声で触れて回る。


「おいおい……止めてくれよ。」


 人付き合いが苦手なクリフがボリスを止めようとするが、もはや遅い。


「何日か泊まってくんだろ?」


 ニヤリとボリスが男臭く笑った。

 クリフも釣られて苦笑いをした。




………………




 宴会は大いに盛り上がった。


 日常に刺激の少ない村人にはクリフの話は驚きの連続で、話下手のクリフの話でも熱心に聞き入り、笑い、泣き、怒り……と様々な反応を見せた。

 酔いも回りクリフもつい、口が軽くなると言うものである。


「クリフさんが今まで会った中で一番めんこい娘は誰だ?」

「……一番、と言われると難しいが、ハンナ・クロフト様は美しかった。

彼女と出会ったのは……」


 特にクリフと貴族の娘との交流は、その物悲しい結末と共に村人に大いにウケた。


 子供たちはクリフの武勇譚に大いに興奮し「俺も冒険者になる」と息巻く子供も多かった。

 一生を村から出ることの無い者も多いのだ。

 彼らにとって、ボリスやクリフは英雄であった。




………………




クリフは久しぶりに仕事を忘れ、ニーグル村に3日も滞在した。


「お前さえ良ければ、男爵に推挙するぞ。今をときめく猟犬クリフなら大いに歓迎されるさ。」


 ボリスは定住や、男爵への推挙さえ勧めてくれたが、クリフは固持した。

 しかし、引退後はかくありたいと思い、大きな憧れを持ってボリスの話を聞いていた。


「じゃあ、行くよ。またな。」


 クリフが村を去るときは子供たちが総出で見送ってくれた。

 さすがに大人は野良仕事に精を出しているが、ボリスと子供の見送りにクリフは後ろ髪を引かれながら村を辞去した。


……俺も、こんな暮らしをしてみたいもんだ。貧しいが、穏やかな生活だ。


 クリフはエレンと村の生活をしている想像を巡らす。

 それは、例えようもない甘美な想像であった。




………………




 その日の夕刻、クリフは程よく風雨をしのげる地形を見つけ、早めの野営に入っていた。

 火をおこし、携帯食料を準備し始めた頃…クリフの耳は異変を察知した。


……馬だ、多いぞ。


 クリフは夜営の火を手早く消し、物陰に潜んだ。


……4騎だ。野盗か、落武者か……?


 クリフは通りすぎる騎馬の男たちを素早く観察した……すぐに碌でもない連中だと判断する。


……まずい、村に向かっていくぞ……!


 クリフは4騎を追って、来た道を引き返す。

 山の夜道を歩くなど正気の沙汰ではないが、冒険者として旅慣れ、闇に慣れたクリフにとっては何でもないことだ。


……急がないと……ボリスがいるが敵は騎馬が4人だ。


 昼中と変わらぬ速度でクリフは村へ急行した……。




………………




 クリフが村に着いたのは翌日の早朝であった。

 村人が集まっているのが見てとれる。


……馬がいるな、4頭。


 昨晩見かけた騎馬の数と同じである。まず間違いない。


「おおっ、クリフさん!」


 村人がクリフを見つけ、喜びを見せた。


「昨夜、不審な騎馬を見て引き返してきた。状況は?」

「ボリスさんを呼んできますで……。」


 村人はボリスを迎えに行った。クリフも状況が分からないので待機するより仕方がない。


 

 しばらく後、ボリスがやって来た。


「クリフ、すまん……礼を言う。」

「いや、それよりも状況を。」



…………



 状況は最悪だ。


 少し整理しよう。

 昨晩遅くに野盗が現れ、略奪を働いた。

 しかし、この村の男衆はボリスの薫陶(くんとう)よろしく、武術の心得があるものも多く、馬から下りた野盗はたちまちの内に追い散らされた。

 ボリスも加勢し、実に半分の二人を捕まえたが、残る二人の野盗は子供と母親を人質に取り、今は農家に立て籠っている。


 大体がこんな具合だ。


「人質は? 無事なのか?」

「わからん。先程までは子供の鳴き声や野盗の怒鳴り声も聞こえたが……今は静かなもんだ。」


……静かなもの、か。


「彼らの要求は?」

「食い物、金、解放。」


……なるほど、わかりやすい。


 クリフは「なるほど」と頷いた。


「ボリス、彼らの注意を引いてくれ。俺が人質の安否を確認しよう。」

「うむ……助かる。お前の隠れ身は凄いからな。」


 クリフの追跡術の1つに気配を隠す技もある。この技術の冴えをボリスは知っているのだ。


「よし、今から200数えてくれ。ボリスが大声を出したら裏から動こう。」

「良し、分かった。」


 クリフもボリスも荒事に慣れた男たちである。決断は早い。


「人質が無事ならば報告に戻る。駄目なら突入する。」


 クリフが言い残し、素早く移動を始めた。



…………



 クリフは農家の裏手に到着した。

 間も無くボリスが野盗の注意を引くはずだ。


「おおい、飯を差し入れよう! 人質にも食わせてやってくれい!」

「ダメだ! 近寄るんじゃねえ!!」


 表でボリスが犯人に大声を掛けた……合図だ。


……良し、行くか。


 クリフは足音一つ立てずに農家に張り付き、中を伺う。


……窓は閉められている……床下だ。


 クリフは床下に進入した。

 慎重に中の気配を探る……二人しかない。


……駄目だったか……ならば遠慮は無しだ。


 クリフは人質の死を確信し、ドガッと裏口を蹴破り進入した。


「「ああー」」


 村人から溜め息か歓声か、その両方か……なんとも締まらない声が上がった。


 素早く状況を確認する。

 部屋の隅に死体が二つ、人質だ。


 手前の野盗が「うわっ」と驚きの声を上げた。

 クリフは素早くナイフを投げつけ、あっという間に鎮圧する。


「野郎っ!」


 ボリスとやり取りをしていた奴が振り向き、剣を構えた。

 同時にドガッと扉を蹴破りボリスが突入する。


 もはや決着は着いた。



…………



 野盗は一人残らず縛り上げられ、広場に連れていかれる。

 村人たちの凄惨な処刑(リンチ)が始まるのだ。


「……クリフ、ありがとう。」

「人質は、残念だった。」


 殺された母親と子供……宴会でクリフの話に聞き入り、冒険者になると騒いだ子供と、ハンナ・クロフトの話に涙した女だ。


 なんとも言えない、苦い味が口に広がるのをクリフは感じた。



…………



 村人の処刑(リンチ)は容赦がない。

 野盗は裸にされ、石を投げつけられて殺されるのだ。

 野盗はガタガタと震えている。


 処刑(リンチ)が、始まった。



…………



 処刑(リンチ)が終わり、片付けが済むと、夕方だった。

 村人はまだ広場に残っている。


「クリフ、出発には遅かろう、泊まっていけよ。」

「いや……止めておこう。」


 クリフは村人たちの自分に対する目つきが変わったのを敏感に感じていた。


 よそ者に対する怒り……クリフの突入で人質が死んだのではという疑惑……リンチへの興奮……。

 それらが絡みあった複雑な視線だ。


 ふと、固まっている子供たちに目を向けた。

 子供たちはクリフの視線を感じ、逃げ散る。

 中には「怖い」と泣き出す子もいた。


……怖い、か。



 クリフは背中に視線を感じながら、村を出る。

 クリフは文句を口にしない。理不尽だとか、失礼だとか、そういうモノではないとクリフも知っているのだ。

 ボリスがこの村に馴染んでいるのは村の出身だからだ……そういうモノなのだ。


「ありがとよ。」


 ボリスの礼が風にのって聞こえた。

 クリフは振り返らず、手をあげて応えた。




 赤トンボが飛んでいる。

 夏も終わりが近い。


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