9話 双子鬼のエラリーとエルマー
宿場町アビントン。
自由都市ファロンの東に位置する宿場町である。治めるのはアビントンと言う爵位もない地方豪族だ。
しかし、アビントンの町は「馬糞街道」の重要な中継点として大いに賑わう大邑であった。
アビントンの酒場のカウンターで、クリフは見知らぬ冒険者と隣り合っていた。
「頼む、この通りだっ。」
冒険者がカウンターに片手を突きながらクリフに頭を下げた。
この冒険者の名はコネリー、年の頃は30代半ばと言ったところだ。
顔に残る細かな傷痕が彼の戦歴を物語っている。角兜のコネリーと言えば、そこそこ名の通った冒険者だ。
「……お断りします。」
しかし、クリフの返事はにべもない。
「猟犬クリフともあろうものが、双子鬼ごときに背を見せるのかっ!?」
コネリーはクリフを挑発するが、クリフには全く通用しない。顔色一つ変えず知らんふりをしている。
コネリーは「糞がっ」と一言残して店を出た。
コネリーの頼みとは助っ人であった。
このアビントンの町を根城にする傭兵、エラリーとエルマー兄弟に遺恨があり、決闘を挑まんとしているのだ。
エラリーとエルマーは双子であり、双子鬼という異名を持つ凄腕の傭兵だ。そして賞金首でもある。
小戦の絶えぬ戦乱の世では、賞金首と知りつつも傭兵を雇う領主などいくらでもいるのだ。
実のところ、クリフはクリフでこの双子鬼を狙っている。ならば協力しても良さそうなものではあるが、旨い話だからと飛びつくような冒険者は長生きはできない。
クリフが断るのも当たり前ではある。
クリフは会計を済ますと、そっと店を出てコネリーを尾行した。見つからないように、かなり距離を開けている。
コネリーは仲間2人と合流し、とある酒場に向かった。この酒場は宿屋も兼ねる大きなものだ。
…………
しばらくすると、コネリーたちと双子、合計5人が出てきた。全員武装している。
……やる気か、こいつは運が良かった。
クリフは内心でほくそ笑んだ。
コネリーが勝てばそれはそれで構わない。双子鬼が勝てば敵の手の内を見ることができる。
どう転んでもクリフに損はない……引き分けるようなら疲れた双子鬼を襲っても良いのだ。
戦いが、始まった。
集まってきた野次馬が「わあっ」と歓声を上げた。
無関係の人々にとっては、冒険者や傭兵の喧嘩騒ぎはスリルに満ちた娯楽にすぎない。
二言三言、言葉を交わした後に両者武器を構える。
双子鬼はどちらがどちらかの区別はつかないが、片方が鎖分銅を振り回し、残る片方が短槍とバックラーを構えている。
コネリーたちはコネリーが大薙刀を持ち、残る2人は剣だ。コネリーの異名の由来である角兜が特に目立っている。
ビウービウーと鎖分銅が弧を描く。
コネリー達が一斉に仕掛けた。コネリーが短槍を構える方に迫り、残る2人が鎖分銅に懸かって行った。
双子鬼は互いを庇う様に動き、コネリーたちを防ぐ。
短槍が牽制し、鎖分銅が唸りを挙げて飛ぶ。
一人、頭を砕かれた。
コネリーが「うおおっ」と雄叫びを上げながら短槍に鋭く切りつける。見事な一撃だが、短槍は防御に徹し、コネリーを寄せ付けない。
そして、鎖分銅が飛んだ。
コネリーは薙刀で鎖分銅を防ぐが、薙刀に鎖が絡み付き動きが止まる。
そして、短槍がコネリーの腹を突いた。
コネリーは「がはっ」と呻きを上げ、動かなくなった。
残る一人では勝負にもならない。逃げ腰になりながらも戦うが、あっという間に鎖に足をとられ、槍で突かれた。
野次馬が「うおーっ」とひときわ高い歓声を上げた。
…………
戦いが終わり、駆けつけてきた衛兵たちがコネリーたち3人を片付け始めた。
慣れているのだろう。双子鬼は衛兵に事情を説明し、酒場に戻っていった。
恐らく傭兵として領主にも顔が利くのだ。咎められもしない。
クリフは唸った。
双子鬼の実力は本物だ。一人一人ならば何とでもなるが、両方と戦えば勝ち目は見えない。
……何とか、二人を引き離せれば……
クリフは必死で頭を捻るが良案は浮かばない。
いつの間にか、野次馬は散り散りになり、片付けを終えた衛兵も立ち去った。
血溜まりには砂がかけられ、清められている。
……別に無理をすることも無いか。
クリフはもう、半ば諦めた。双子鬼に固執することは無いのだ。この辺の思いきりの良さがクリフにはある。
取り合えず、様子でも見ておくかと、たっぷりと時間を潰してからクリフは双子鬼の入った酒場へ向かった。
………………
クリフが酒場に入ると、双子鬼が奥で将棋を指していた。これは日本の将棋よりもかなり単純で、庶民に親しまれているボードゲームだ。酒場などで稀に賭け事の対象にもなる。
双子鬼はクリフをチラリと見たが、すぐに将棋に向かう。盤面は白熱しているようで、片方が唸り声を上げている。
先程の勝利の祝杯だろうか、酒も十分に入っているようだ。
その様子を見たクリフが、ニタリと邪悪な笑みを浮かべた。
「おっ、将棋ですか。やってますなあ。」
クリフは普段の彼を知っている者からすれば、目を剥いて驚くであろう愛想の良さでニコニコと双子鬼に声を掛けた。
「なんだテメエは?」
双子鬼の片割れがクリフに誰何した。
「ああ、いえお構い無く。そのまま、そのまま。」
クリフは剣帯ごと剣を外し、バックラーと共に店員に預けた。
その様子を見て双子鬼は明らかに警戒を緩めた。
クリフは盤面に近づき「ふーむ」と覗き込む。自然な動作で両手を胸の前で組んだ。
「おっ、こいつは簡単……」
クリフがぐっと身を乗り出すと、「むっ」と双子鬼も釣られて身を近づける。
瞬間、クリフの手が閃いた。
「「ぐおっ」」と双子鬼が同じような呻き声を立てて踞った。
二人の腹にはナイフが突き立っている。
「ぐっ、テメエは……!」
双子鬼の片割れが短槍に手を伸ばそうと動く。やはり左手で投げたナイフでは狙いが甘かったようだ。
クリフは短槍を蹴飛ばし、片割れの頭を掴みテーブルに叩きつけた。将棋盤と駒が宙に舞う。
ガンッガンッガンッと何度も繰り返し打ち付けると、片割れはついに動かなくなった。
「……悪いね、将棋なんて知らねえよ。」
ニタァ、とクリフが邪悪な笑みを浮かべながら双子鬼を二人とも拘束した。
まだ息がある。賞金首は生け捕ると報酬に色がつくのだ。
クリフは怯える酒場の店員から剣とバックラーを受けとるとチップを渡し、衛兵を呼んできてもらう。
……ふん、こいつらは領主に顔が利きそうだったな。放免になると面倒だ。
クリフは先程の双子鬼と衛兵の様子を思いだし、双子鬼の両手の親指を順番に切断した。
双子鬼は「ぎゃああ」と悲鳴を上げるが、クリフは眉一つ動かさない。
傭兵としての価値が無くなれば誰も双子鬼を庇わないだろうと判断したのだ。
クリフは店主に非礼を詫び、掃除料として2000ダカットを支払った。
店主は青い顔をしながら何度も頷いていた。
…………
衛兵が到着し、双子鬼を連行する。クリフも衛兵の詰め所まで同行し、手続きを済ませた。
「双子鬼がやられるとはな……しかも一人に。」
クリフを見送りながら、衛兵がポツリと呟いた。
これ以後、アビントンの町では「猟犬クリフは鬼より怖い、双子の鬼を手でひしぐ」と童歌が作られたという。
まさに泣く子も黙る猟犬クリフと謳われたのだが、本人は知る由もない。
この男は猟犬クリフ……凄腕の賞金稼ぎだ。




