表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/100

終話 新たな物語

クリフォード・クロフト、小クリフ視点です。

 6歳の時の、あの日のことは今でも覚えている。



 あの日、酷くうろたえた母に連れられて、俺と妹は馬車に乗った……幼い俺にはよくわからなかったが、何か大変な事が起きたのだとは理解できた。


 向かった先はクロフト村だ。


 そこで俺たちが見たのは、力無くベッドで横たわる祖父の姿だった。


 祖父の名はクリフォード・チェンバレン。

 猟犬クリフと呼ばれた伝説の冒険者だ。


 若い頃より数々の冒険を為し遂げ、世に知らぬ者とてない英雄だ……その英雄が、戦いで傷つき、倒れた。


 母は変わり果てた祖父にすがり付き、子供のように泣きじゃくった。


 厳しい母の泣いた姿を見たのは、あれが初めてだったかもしれない。


……母さんが泣くなんて……


 信じられない思いで妹たちと眺めていた母の姿は、今でもハッキリと思い出せる。



 幸いなことに、クロフト村で療養した祖父の容態は回復に向かった。


 しかし、長く幾多の戦いを勝ち抜いた祖父の体はボロボロだった。


 祖父は左手を失い、右膝を痛め、左の半身に麻痺もあった……自ら歩くことすら辛そうだった。




 俺は祖父が大好きだった。



 俺の父のトバイアスは公爵の実弟だ。

 伯父のファビウス公爵を補佐し、元帥として公爵領の軍事を担う実力者だ。家を空けることも多い。


 公爵ファビウス、宰相アマデウス、元帥トバイアスと言えば、ジンデルの三兄弟として有名だ。


 俺も公爵の一門としてジンデルの宮殿で幼い頃より社交を叩き込まれた……しかし、内向的で口下手な俺は社交会に馴染めず、社交的で明るい妹たちに劣等感を抱いていた。


 父も母も俺をよく叱責した「もっと努力しろ、何故できないんだ」と。


 俺は貴族としては落ちこぼれなのだろう……知らない人と話すのが嫌で嫌で仕方が無いのだ。

 残念ながら、これは今でもあまり変わりはない。



 そんな俺にも祖父は優しく、様々な話を聞かせてくれた。


 祖母である剣姫ハンナ、友であるヘクター、ギネス、スジラド……冒険者たちの話を聞くのが俺は大好きだった。


 自分も祖父の仲間となり、共に戦う空想に心を踊らせた。


 祖父は言う「お前はお前の人生を歩めば良いのだよ」と……クロフト家の嫡男として育てられた俺に、そんな事を言ってくれる大人は他に居なかった……



 その祖父が、今、ベッドの上で死を迎えようとしている……一月(ひとつき)ほど前から体調を崩し、風邪を(こじ)らせ、とうとう肺炎になったのだ。

 (すで)に医者も(さじ)を投げた。



 近しい親族と、祖父に仕えるバーニー、そして祖父の戦友であるハンクが祖父の枕元に集まっていた。


 祖父の意識はすでに無いのだろう……細くぜーぜーと(あえ)ぐのみだ。


 皆が心配げに祖父を見守っている。


 (かす)かに、祖父の唇が動いた気がした。


 母が祖父の手を握り、必死で祖父の言葉を聞き取っている……遺言なのか、うわ言なのかは判らない。


「クリフっ! 私もよ、幸せだった!」


 母が叫んだ……一瞬、自分の事を言われたのかと思い、身を固くしたが違ったらしい。



 その後、まもなく祖父は亡くなった。享年52……短くはないが、長くもない人生だと思う。



「父さんは、ハンナありがとうって……父さんは……幸せだったって……」


 母がしゃくりながら遺言を皆に披露した……祖父が遺した言葉は祖母への感謝だった。


 母が「わっ」と祖父にすがり付き泣きじゃくった。



 母の涙を見たのは、これで2度目だ。



 皆が、泣いていた。




………………




 4年後



 16才になった俺は戦に出た……初陣だ。


 地方の豪族がお家騒動を起こし、家督相続で揉めた。

 相続者を名乗る者が互いに支持者を募り、衝突する。


 これがそこそこの規模の内戦となった……稀にある話だ。


 公爵が内戦を鎮めるために鎮圧軍を派遣し、俺もその中に加わったのだ。


 初陣の俺はさしたる危険もない輸送任務を任された……筈だった。


 しかし、現実は残酷だ。


 俺の率いる輸送隊は敵の偵察隊と鉢合わせとなり、遭遇戦に突入した。


 偵察隊は精兵だ……対する輸送隊は弱卒や、兵ですらない人足の任務とされる。


 戦力は味方が人足を含めて300人ほど、敵は恐らく50人ほどだろう。


 だが、人足と偵察隊では練度がまるで違う。


 みるみる内に味方は突き崩され、敵の騎士が目前に迫る。


 騎士の槍が振るわれ、俺は馬から振り落とされた。


……俺は、こんなことで、初陣で死ぬのか!?


 凄まじい恐怖で体が(すく)む。


 俺は辛うじて立ち上がり、剣を抜き、身を固くした。


「小僧! ミスリルの剣を持つとは名のある騎士と見た!」


 先程の騎士が俺に名を尋ねた……敵の名が判らねば手柄にはならない。

 俺を殺して武勲とするつもりなのだ。


「く、クリフォード……」


 俺は名前を口にすると「ハッ」と気がついた。


 そう、俺の名は祖父から継いだのだ。


『……この剣は、負けを知らぬ剣だ……強くなれ、強くなれクリフ……』


 祖父の言葉だ……父ではなく、俺が祖父の剣を継いだのだ。


……そうだ、俺は猟犬クリフの孫なんだ! 誰よりも強い爺ちゃんの孫なんだ!


「うおおっ! あらしつるぎよ、俺に力を貸してくれっ!」


 俺は叫び、剣を構え、騎士に向き合う。


「俺は、俺はクリフォードっ! 猟犬クリフだっ!」


 俺が名乗ると明らかに騎士は怯んだ。


 そのまま俺は騎士の槍をくぐり抜け、馬の腹を切り裂いた。


 馬が棹立ちになり、騎士が落馬する……俺はそのまま騎士にとどめを刺した。


 信じられなかった……今まで恐怖で(すく)んでいた体には力が(みなぎ)り、俺は飛ぶように戦場を駆けた。




………………




 気がつけば俺は4人の敵を斬り倒していたらしい……正直、よく覚えていない。


 嵐の剣が血を求めたのか、祖父の魂が力を貸してくれたのか……それは分からない。

 だが、何かに乗り移られたと言われた方が納得できそうだ。

 それほどの力の(たぎ)りを感じた。



『クロフト家の嫡男、クリフォード・クロフトが初陣で目を見張る活躍をした』


 これはちょっとしたニュースとなり、俺の回りは騒がしくなった。


 初陣にて敵将を一騎討ちで討ち取り、単騎で敵陣を突き崩した。


 少し誇張もあるが、言葉にすればとても自分の行いとは信じられないほどだ。


 父も母も、俺を一人前の男として認め、頭ごなしに叱ることは無くなった。


 母などは「お爺様の若い頃にそっくりよ」と、にこやかに微笑むのだ。



 俺の人生は変わった。



 誰も俺を侮るものはいなくなり、口下手ですら「武人の風格」とか言われるようになったのには怒りを通り越して笑ってしまう。



 初陣で嵐の剣を抜いた時、俺は生まれ変わった。


 俺の中に流れる猟犬クリフの血は誇りだ……いつも祖父は、俺と共にいるのだ。




………………




 人の世は移ろう。


 誰が居なくなろうとも、次の日は昇り、新たな1日が始まる。



 猟犬クリフの物語は終わりを告げたが、どこかで次の物語が始まるだろう。



 しかし、本書は猟犬クリフの人生と共にあり、ここでひとまずの閉幕としたい。




 猟犬クリフ~とある冒険者の生涯


 ()ず、今日(こんにち)()()



お付き合いいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ面白かったです 無骨でリアリティがあって綺麗なだけじゃなくてドラマチックなだけでもなくて……等身大の人間が描かれていて、とても素敵でした
私はこの物語が一番好きになりました。 魅力あるキャラクターたちの生き様を描いてくれてありがとうございました。
面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ