プロローグ
冒険者、という職業がある。
その起源は古く、もともとは人の踏み込まぬ未踏の地を切り開き、彼方の地より見たこともない産物を持ち帰り、辺境の地で人々を襲う怪物を退治する者の総称であった。
しかし、人の世界が拡がり、統一王朝が開かれ、怪物が人里から姿を消したことによって冒険者も変わっていく。
いつの間にか、冒険者とは依頼を受けこなすフリーランスの傭兵に近い存在となった。
冒険者は手紙の配達や、隊商の護衛、町のトラブルの解決に活躍する便利屋に近い存在となり、1つの職業として人の世に溶け込んでいく。
そして後の世に「冒険者」と言えば必ず名前が上がる英雄が現れる。
彼の名は「猟犬クリフ」。
その伝説的な冒険譚は誰しも耳にし、男子ならば憧れ、後の世の冒険者の指標となった存在である。
彼の英雄譚は枚挙に暇が無く、数限りなく残されている。
曰く、故郷を失った貴種であり、冒険の果てに自らのルーツと巡りあった流浪の貴公子。
曰く、若かりしころより、数多くの賞金首や盗賊から民を守り抜いた英雄。
曰く、伝説の宝剣を振るい、後の世に流儀を残した百戦して不敗の豪傑。
曰く、公爵領の内乱に暗躍し、武略を縦横に振るい終結に導いた軍略家。
曰く、冒険者ギルドの創始者であり「冒険者」という生き方を確立させた先駆者。
妻であった剣姫ハンナを始め、隻眼ヘクター、雲竜ギネス、鬼姫ドーラ、荒鷲のハンク、黒騎士リンフォードなど同時代に生きた綺羅星の如き冒険者たちと共に生き、時に激突した彼のドラマチックな人生は多くの物語を生んだ。
彼の生き方は感動を呼び、歌劇となり、吟遊詩人が謳い、伝承となって各地に残る。
しかし、彼の真実の姿は誰も知らない。
あまりにも有名になった「猟犬クリフ」の物語は、虚実入り交じり、原型は誰にも分からなくなったのだ。
皆が知りつつ、謎に包まれた市井の英雄……それが「猟犬クリフ」である。
英雄の人生とはいかなるものであったのか。
本書では彼の等身大の姿を語っていきたい。