拝啓。
「。」シリーズの第一作目。
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怨恨惑う闇市場。
その片隅に追いやられた商人が居った。
齢が十を数える頃には母上に棄てられたその少年は、いく日もいく日も鉄やらアルミやらの残骸を売って過ごして居た。
劣等奏でる偏見の目は何時しか憐れみへと変わり、彼の傷痕も増えて往くばかり。
焦燥見える夕楽の太陽系はぴりぴり焦げ付いて痛い痛い。
見えずとも刺さる粒状の砂煙は鼻を衝く。
「なぁ、坊主」
きらりと見える鏡みたいな眼鏡を掛けた五十程度の爺は腰を屈める。
口から吐き出す黒煙が目の前をもくもくと曇らせる。
「おぉ、悪ぃ悪ぃ。葉巻は駄目か」
そう言って爺は地面に葉巻を落とし、綺麗な革製の靴で踏み潰す。
にたぁとこちらを向き、ぎらぎらと前歯が光で目が眩む。
「なんだよ」
「どうもオイル臭くてたまりゃしねぇ。坊主は若ぇのにどうして商人なんかしてんだい?」
「葉巻屋はあっちだぞ」
爺の戯言を聞くまでも無く、少年はそっぽ向く。
アヴァリンの太陽系が丁度原動先の鉄塔のてっぺんに立つ。
十二時だ。
「わーったわーったよ………頭の回るガキだな。坊主、あの店主が頑固ジジイなこと知ってんだろ」
「50出せ」
一枚の紙っ切れを指で弾き、爺の困り果てた顔を死んだ目で見つめる。
少年はこれまで、人間の目を幾つも見てきた。
焦燥に眩んだ目、鎮魂が浮かんだ目。
だいたいぜんぶ、おんなじだから。
「ホレ、持ってけ。それで、さっきの話の続きだ」
「じゃ100出せ」
こういうジジイとかババアとか陰険な大人なんて程が知れてる。
宗埒列羽の教会の人間よりマシだ。
九龍の長上も煙る八階堂、風前の紫煙もだんだん薄れてくる。
無兆の輝きは月光死んで老人吠える。
合成樹脂の塊のメリーゴーランドが傾く。
いや、待て。
まだ間に合う。
「おい、坊主どこ行くんだよ」
「爺さんは待ってろー」
龍谷の階段をひたすらかけ走る。
次第に曇る出っ張りも無くなっていく。
寂れたちみっこい商店街に一際目立つ集団。
いやな奴ら、教団だ。
ここから見える風景は焦燥溢れる街影にぽつんと連なる電気の糸。
じぐざぐ広がる商店街と遥か彼方に見える峡谷が黄道を一閃する。
見える。
道行く人間が背を屈め、鎮座する下僕を従えながら悠々自適と崇められる神父。
王の御膳だと言うように頭を下げる民。
酩酊繰り返すきらきらの帽子やら目映い服やらを着飾った女を引き連れ歩くその爺に、終わりを告げる。
一発の凶弾が脳天に響く。
埒動に群がる民や側近が慌てふためく正午十二時。
黒鉛と黒煙が入り雑じる商店街に、一発の銀弾と鉄砲を投げ捨てさよならする。
砂利道を歩く足取りはどうも覚束なかった。
「おーい、話聞かせろよー」
「次の街でな」