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第三次世界大戦────それは今からおよそ700年前に勃発した、人類史上最悪の全面戦争であった。
切っ掛けとなったのが、日本が開発した”アトミックブライト”────長年に及ぶ近隣諸国との衝突で孤立を極めた日本政府が、ある天才物理学者の理論をもとに独自開発した超高速中性子照射システムである。
宇宙に打ち上げた人工衛星を経由させ、世界各地の主要都市や原子力発電所に中性子ビームを誘導照射するというあまりに非常識な兵器の噂は、瞬く間に世界に広まり非難の嵐を生んだ。
日本はますます孤立した。各国が保有する核弾頭は、いつでも日本列島に向けて発射できる態勢となった。
度重なる交渉決裂の末、とりわけ強く反発していた中東諸国の一つが業を煮やして核のボタンを押してしまった。その瞬間────アトミックブライトも開発を担当した者の手によって容赦なく発射されたのである。
これにより世界の主要都市はことごとく破壊され、地球上の実に10分の9.99の人間が数年内に死に絶えたと言われている。
運良く地下で生き延びた者も、放射能に汚染された地上での生活には困難を極め、絶望的な環境から700年かけてようやくここまで復旧してきたのだ。それまでの人類の歴史書も、英知を極めた科学技術書も、多くは焼け野原の塵となりもはや閲覧叶わなかったが、僅かに残った記録と人々の記憶を頼りに、復興は着々と進んでいた。
「────そこで、わたしはある軍部の首領から依頼を受けて各地の調査をしているの。任務は主に3つ。残留放射能値の測定と、奇形種の調査、それから人間に危害を及ぼす奇形種の駆除」
ミチカは話す傍ら、スグルから見ればかなりレトロな大ぶりのカメラをパソコンに接続し、データを送信している。
「放射能汚染の酷かった地域では、こんなふうに動物の奇形が頻発しているの。時には人間さえもね......。一人でこなすにはあまりに危険な任務だから、ファイとヴォイドの手を借りて遂行してるってわけ。費用はグローバルの中枢機関から首領経由で頂いてるわ。これで優秀なエンジニアがいてくれれば、最強のチームが出来上がりそうな気がしてるところよ」
キーボードを素早く打って報告書を作成し、メール送信をして完了だ。
さっきのモグラのような生き物が、新種として奇形種図鑑にでも載るのだろうか。
だがミチカの話はそこそこに、スグルはカメラに気を取られていた。明治時代じゃあるまいし、こんな大型のカメラはさぞや重くて扱いにくいだろう。
「無駄なパーツがありすぎる」
話の流れを無視してつぶやくと、
「カメラのこと? それでも最新式なのよ」
「あり得ない。21世紀のカメラはこの50分の1以下のサイズだよ。胸ポケットに収まるくらいの」
「それこそあり得ないわ。そんなに小さな規格で鮮明な映像なんて撮れっこない」
「それが撮れるんだ」
スグルはカメラを手放した。重すぎて持っている手が疲れた。
「骨格に合わせて何でも小さいのが好みなんだろう」
ヴォイドが皮肉った。だが何かにつけて最小化を図ってきた日本人からしてみれば、それは実に的を射た真実であった。
「それじゃあ俺の銃もデカすぎるのか? 日本製の銃は親指くらいの大きさだったのかもしれねぇな」
ファイが鼻を鳴らして笑う。
「パソコンと銃は見たところそんなに変わりはないから、戦後もきっと現物がたくさん残っていたのだと思います。ただ進化は遂げていない。つまり、開発に携わる研究機関や技術者の数が圧倒的に不足しているのだと思います」
「へぇ」
中年オヤジは器用に片方の眉を吊り上げた。信じる信じないは別として、この少年の頭脳は単にイカれているわけではなさそうだ。
「なら訊くが、その技術者気取りのお前に何ができる? ミチカはお前をこの任務に同行させたいようだが、足手纏いになるだけなら遠慮してもらいたい。帰る家があるならさっさと帰ってくれ」
「ヴォイド」
ミチカが鋭くたしなめる。彼はいつからこんな無神経な言葉を乱発するようになったのか。
だがスグルの方は一向に気にしてなどいなかった。この中で最も無神経なのは誰かといえば、間違いなくスグルだろう。
「日本が海の底に沈没してしまったのなら帰る家は無いけれど、僕は別にあなたたちに同行したいとも思っていません」
今度は分厚いノート型パソコンを観察しながら淡々と言う。
「この先どこでどうやって生きてくつもり? この村に残って畑でも耕して暮らしてくつもりなのかしら。言っておくけど、こんな辺境の村は一見ほのぼのとしていそうで、大抵は偏屈な村長が作った掟っていうのがあってね、わたしたちもさっきの奇形種退治の確約と一日100ドルの滞在費を払ってなんとか入村許可が得られたのよ。金の無い部外者なんて相手にしないのがここのルール。逆に、大金を積み上げればどんな接待でもしてくれそうだけど......さて、あなたはどのくらいのお金持ちなのかしら?」
「────」
「悪いことは言わないわ。せめて安全な......そうね、パドルスク辺りまで一緒に行きましょう。大きな都市なら人種も雑多で規則も比較的緩いから。それまであなたにしてもらうことは......バイクやアシモのメンテナンス。そのくらい楽勝でしょ?」
ミチカの物言いは嫌いじゃないとスグルは思う。流れるような、そして柔軟性と機知に富んだ彼女の話術は、どんな場も丸く収めてしまう。
「あなたもそれでいい?」
もう一方にも確認をとる。
ヴォイドは何も言わなかったが、反論する意思は無さそうだ。
ファイがよっこらしょと立ち上がって伸びをした。
「さあて坊や、移動開始だ。まずはテントの片付けを手伝ってくれ」
ハラユイの村を出る時、村中の女が去り行く旅人を見送りにやってきて、幾らかの物資を贈呈してくれた。渡す相手はもちろんヴォイドに限られた。
それをグローバル政府機関保有のおんぼろジープの荷台に詰め込んで出発する。
ミチカは一人、シャドウファントムに跨って数m先を行く。
「これを着けてろ」
とファイから渡されたゴーグルを着けたところ、スグルの視界は極端に狭まった。だがこれを着けずして、砂塵吹き荒ぶ乾いた荒野を渡ることはできない。
ジープの後部座席に丸まるような格好で、スグルは時々遥か向こうに見える地平線を眺めては、激変してしまった世界の姿を、矮小化した視界に焼き付け考えていた。
────そうか、10分の9.99の人間が死に絶えたのか。
どうせなら残りの0.01の人間も滅んでしまえばよかったのに。
シビれるような爆音を轟かせながら前方を行くシャドウファントム。700年の時を経て復刻されたその精巧優美な造りは、人間が持つ底無しの生命力の結晶のようだ。生きる上で「作ること」を諦めない人間は、どんなどん底からでも這い上がり、こうして滅亡の危機を乗り越えていくものなのか。
「ごほっ、ごほっ」
砂埃が喉にくる。
アシモはケースの中に入れられて荷台でスリープ中。話し相手がいたところで、こんな砂埃の中じゃまともに口も開けられそうにないが。
助手席からヴォイドが振り返った。
「後ろから適当な布でも探して顔に巻いてろ」
走行中に手を伸ばして布を探せというのか。160cmそこらの体格では荷台に伸ばす腕の長さも足りないし、ただでさえ丸まっていないと風圧で身体ごと吹き飛ばされそうなのに。
スグルは彼の言葉を無視して座席に横たわり、身体を縮こめた。
次の村までどのくらい時間がかかるのか知らないが、アシモ同様に、目を閉じてスリープ状態に入ることにした。