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敷地を囲む有刺鉄線には、どうやら接触すれば感電死必至の高電流が流れているようだ。そうとは知らずにうっかり触れてしまった小動物が、無残な屍となって柵の周辺に転がっている。
「破れそうか?」
勝手に大剣で薙いで破壊するわけにもいかず、北方の樹林地帯に突如として現れた鉄線の壁をぐるりと一周する傍ら、ヴォイドはスグルの判断を待つより他はない。
およそ20分かけて柵の周囲を踏破した後、スグルが言った。
「ヴォイドさん、その皮袋を貸して。それから細い方の剣と、コーンビーフの缶も。あ、言い忘れていたけれど、鉄線の真下の地面にも電流は流れているから、むやみに近付かないで。今は靴底のゴムでなんとか助かっているだけだから」
何の気なしに歩いていた地面から、ヴォイドが一歩退いた。そういうことは予め言ってもらいたいものだ。
こんな時スグルはいたって冷静で、目の前の電流鉄線をどのようにして攻略するか、それしか頭にないようだった。ヴォイドから渡された皮袋をバスタードソードの柄に被せて握り、鉄線のすぐ手前の地面に慎重に、できるだけ深く突き刺す。地面と垂直ではなく少し柵側に傾けて、柄の部分と鉄線がほんの数cmばかり離れる程度に刺したのには、何か意図があるのだろうか。
更に使途不明なのはコーンビーフ。
「電熱でも加えて食べるつもりか」
という外野の冗談など耳に入らないようで、手元に残った唯一の食料である缶詰を片手に説明を始める。
「ここに3つの金属素材があって、まずはアースの役割を果たす鋼の剣。鋼というのはそもそも鉄だから、この中では最も電気伝導率が高いんだ。それからこの缶詰。鉄には及ばないけれどアルミ缶は一応電気を通す。これを鉄線にぶつけて電圧に変位を生じさせ、鋼のアースを経由して電流を一気に地面に逃がす。電流というのは伝導率が高い方へと流れるものだから、その間に最も電気伝導率が低いチタン合金の剣でフェンスを破ればいけるんじゃないかな。実際には、やってみないと確証は得られないけれど」
チタン合金は絶縁体とはいわないまでも、銅の100分の1程度しか電流を通さない極めて電気伝導率の低い金属だ。アースはあくまで予防線であって、あとはチタンの絶縁性を信じ、ヴォイドが感電しないことを祈るしかない。
「ヴォイドさん、大剣を構えて。それから僕が合図をしたら、剣でフェンスをぶち破って人が通れるくらいの穴を開けて」
テキパキと指示を出し、スグルは鉄線から放電を受けない位置まで下がって、コーンビーフの缶詰を構えた。
ヴォイドの腕が大剣を斜角に振りかぶった時、
バチバチバチッ!
スグルの投げつけたアルミの缶がバスタードソード付近で激しい火花を散らした。
「今だ」
その声と同時に、高強度チタンの重い斬撃が有刺鉄線を突き破り、ステンレス鋼のフェンスに巨大な穴を開けた。
「危険だから鋼の剣の方は抜かないで。主電源を切ってから回収するか、最悪また僕が作るから」
スグルはヴォイドの無事を確認して、鉄線の穴を潜り抜ける。
「コーンビーフも回収しなくていいのか」
「欲しかったら持ってっていいよ。中身はいい具合に焼けてるはず」
ヴォイドは地面に転がったアルミ缶を見て、
「こっちも回収は止めておくか。最悪スグルに料理を作ってもらえるかもしれないから」
また人の言葉尻を真似て茶化す。でもなんだか甘えたような言い方だった。こういうのは電流鉄線よりも対処がしにくい。
鉄線を破り敷地に侵入した2人は、やがてキャビテーションと思われる建物の前にたどり着いた。四角いコンクリート壁の、いかにも研究所らしい外観だ。
「ここでシンラって人が奇形種を作っているのかな」
山奥の僻地にポツリと建つ3階建ての箱物を、スグルは感慨もひとしおに見上げる。ここまで来たのは奇形種を根絶やしにしたいというミチカの思いを叶えるためでもあったが、なぜ奇形種などというものを作って世に出しているのか、先ずはそれをシンラに訊いてみたかった。
「どうやら住人はシンラだけじゃなさそうだ」
ヴォイドが指摘したのは、向こうから近付いてくる一体のロボットだ。
足元がキャタピラーになっている体長1mほどの巡回ロボットが、2名の不審者を察知した途端に、内臓スピーカーからけたたましい警報音を発した。
『第二エリアに侵入者2名! 第二エリアに侵入者2名!』
サイレンのような音とともに警告音声が反復される中、スグルはなぜか立ち止まってそれをじっと聞いていた。
「この音声......アシモの声とそっくりだ」




