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出された食事は、パンを一欠片かじっただけでそれ以上食べる気がしなかった。ゴムのように干からびた肉は匂いを嗅いだ段階で却下。
「口に合わない?」
「あまりお腹が空いてないので」
スグルはミチカから渡されたコーヒーカップに口を付けてみた。洗練された味ではないが、これならまだ辛うじて飲めそうだ。
「日本人はどんなものを食べていたの?」
「主食は米で、肉は主に牛と豚と鶏、それから魚、野菜などです」
さっきアシモに話した事を、そのまま繰り返した。
「米......そういえば、去年立ち寄った町の市場で売られていたわ。珍しいから買ってみようかと思ったけど、試食したらあまりに変な味だったから止めておいた。ふうん、あの米をねぇ」
『スグルの好物はスシ。炊いた米の上に生魚の切れ端を載せたもの』
横からロボットが会話に加わる。
「米の上に生魚?! なんて恐ろしい食文化だこと」
ゾッとしたように顔を歪めてみせた後、ミチカは硬い干し肉に白い歯を立て、犬歯で強引に引き裂き、そのまま味わうように噛み砕いている。こっちも相当な食文化のようだ。
「アシモ、この子から滅びる前の日本のことを聞いたの?」
『聞いたよ』
「後でわたしにもこっそり教えて頂戴ね」
興味津々な様子の彼女だが、果たして信じているのだろうか────スグルの話を。こんな内陸の乾燥帯で暮らしているなら、スシという料理さえ面白半分に考案された架空の料理に聞こえてしまいそうだ。
ふと、カップの中のコーヒーに不穏な小々波が立った。
────ズドドドドォ!
突如、外で大きな地響きがしたかと思うと、ファイが慌ただしく駆け込んできた。
「出たぞ」
それからの3人の動作は、驚くほど素早かった。
ファイは持っていた拳銃に手際よく弾を詰め込んだ。
ミチカは黒い鉄の塊を手に持って、早くもテントを飛び出した。
そしてヴォイドは、毛布の下から大剣を抜き出して肩に担ぐと、
「アシモを連れて安全な場所に逃げてろ」
と言って、テントを出ていった。
「だそうだ、そうしてくれ」
ファイが二丁拳銃を腰に差し、振り返らずに行ってしまった。
いったい何が起こったのか────?
スグルもテント小屋を出ると、外では村人たちが血相を変えて逃げ惑っていた。
「アシモ、これはいったい......」
『奇形種が暴れている。ミチカたちはその調査と退治に行った』
「奇形種? わあっ!」
テントの近くで地割れが起きた。
地震ではない。地面が点々と隆起している。何かが地下を移動しているようだ。
『スグルこっち』
ロボットの腕が、村人たちが走って行く方向を指し示す。
ヴォイドの言った安全な場所がそこなのかどうかは不明だが、スグルはとりあえず小脇にアシモを抱えてそっちに走り出そうとした。
ゴゴゴ.........…
マングローブの木が大きく揺れて、その数メートル先の地面にぽっかりと穴が開いた。そこから巨大な鉤爪が覗いたかと思うと、見たこともない動物がのそのそと這い出てきたではないか。
全身を茶色い毛に覆われたクマほどの大きさの生き物は、鼻先だけ見るとネズミかモグラのよう。だが口には猛獣のような牙が、そして手足にはそれで引っ掻かれるとひとたまりもないくらいに長く鋭利な爪が生えている。
────”奇形種”
スグルは、アシモが言った言葉の意味を理解した。この動物ならぬ異形の怪物は、おそらくどの時代のどの図鑑にも掲載されてはいないだろう。
グギャアアアア!
耳を劈く金切り声。それを放った怪物の口からは、牙を伝って大量の唾液が滴り落ちている。口の形状から肉食なのは推測できるが、もしかすると人間も、獲物の一部に入っているのかもしれない。
「オッケー。撮影完了」
こともあろうに悠然と正面に立ちはだかっている赤髪がいる。────ミチカだ。さっき持ち出した黒い鉄の塊はどうやらカメラだったようで、それでパシャリと怪物を写し終えると、ファイとヴォイドに手で合図をした。
パァン! パァン! パァン!
乾いた銃声の発射元は中年オヤジ。両手に構えた銃を、怪物の頭部に狙いを定めて撃ち放つ。
ウギャァオォォォ!
壮絶な鳴き声を上げながら、なおも奇形生物は四肢を振り乱して暴れ回る。
そこへヴォイドの大剣が薙ぎ払われた。真一文字に────頭部と胴体を真っ二つに切り裂いて。
「ヒュー」
口笛を吹いたファイは、慣れた動作で銃をクルクルと指で回し、ホルダーに差し込んだ。
アシモを抱えて立ち尽くすスグルにとって、その光景はまるで超ド迫力なRPGの戦闘画面のようだった。まさか現実に、生きた三次元の空間でこんな生々しい戦いが行われているなんて────
とんでもない時代に迷い込んでしまったのかもしれないと、ようやく今気がついた。