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ソーラーパネルが3割方形を成した頃、湖畔の静寂をバイクの爆音が切り裂いた。
日は暮れていたが、真上にある鉄塔から電線が引かれていたので、照明器具のおかげで洞穴内部とその周辺は十分明るい。その明かりを頼りに黒い車体は迷うことなく直進し、最後は半円を描きながらキャンプの入り口横で停止した。
「お待たせ。時間はかかったけど、2種類の奇形種がカメラに収まったわ」
奇形種の群れから逃げるついでに、ちゃっかり仕事をこなしていだようだ。
「あの2体か?」
ヴォイドが訊くと、
「いいえ。あれは途中で撒くのに精一杯だった。撮れたのは別新種」
疲れ切った表情でキャンプに腰を落ち着けたミチカは、少し休んでからでないと報告書を作る気にもなれないといった様子だ。
「それにしてもここは奇形種の宝庫ね。一昨年3チーム合同で半年もかけて駆逐したはずなのに、どこから湧き出てくるのやら」
「どこかに奇形種を製造してる工場でもあるんじゃねぇのか? そこをぶっ壊さねぇ限り、この先イタチごっこな気もするぜ」
ファイは半分冗談で言ったつもりだろうが、少なくともニュートラルの履歴を知っている者たちには、この発言はやけに真実味を帯びて聞こえた。
ソーラーパネルの作業をやめて、スグルは食料袋からパンと缶詰を取り出して4等分する。体力を消耗したミチカを気遣うことも、いつの間にか自然にできるようになっていた。
「悪いわね、スグル」
向けられた微笑みにくすぐったさを覚えながら、分けた食料を皿にのせ皆に配る。
「ヨークには報告書と一緒に掃討要請も出しておくわ。どの道わたしたちだけじゃ、ここは無理そうだから。でもあのイボイボ2匹の撮影と鳥の巣の駆逐だけは、絶対に自分でやってやる」
どんなに疲れていても、奇形種に対するミチカの執念は燻ることを知らず、むしろ勢いよく燃え盛っている。
「奇形種も憐れなもんだぜ。こんな手強い女を敵に回しちゃ勝ち目はねぇだろ」
と中年オヤジも舌を巻くくらいに。
「ミチカさんはどうしてこの仕事をしているの? 今日改めて実感したけれど、半端なく危険な仕事だよね」
純粋に言ったまでだった。だがスグルの発した何気ない問いに、ファイの表情が妙に曇る。
「いや、危険な仕事だからその分報酬もガッポリだ。俺への小遣いはスズメの涙だがな」
と無理におどけてみせようとしたのを、
「いいの、ファイ。スグルに隠し事は何も無いわ」
疲労の色をどこかへ投げ捨てて、ミチカが毅然と背筋を伸ばした。
「わたしが奇形種を追いかける理由はね、世界の平和と......復讐のため」
「復讐?」
「ええ。父が目の前で食い殺されるのを見た時から心に決めていたの。この世から邪悪な奇形種を抹殺するってね」
ミチカの赤毛が業火の炎を思わせるように、照明の光に揺らめいている。その瞳にも、固い決意が青い灯火となって宿っている。
出会った時には何ら興味のなかった彼らの人物像が、このところ急激にスグルの心に入り込んでいた。彼らの背負った過去は、あまりに重くて辛いものだった。何となく生きるのが嫌になった────そんなおぼろげな感情ひとつで自殺を図った者にとっては、あの時の浅はかな決断が無性に愚かしく感じられるほどに。
「きっと......」
スグルは自戒の念を込めて言った。
「きっとそんな過酷な境遇を生き抜いてきたから、皆が大人に見えるのかもしれない。逆に争いの無い平和な社会で育った僕は......毎日ただ好きなことだけして気楽に生きていればよかった。他人と助け合うことも知らず、なんでも自分基準で考えて、当然思いやりや愛情なんかは育たなくて......。子どもだと言われても仕方ない。......だけどこんな僕でも、今はミチカさんの復讐に付き合いたいと思ってる。それは僕の本心です」
「スグル......」
ギュッと抱きしめられるのは、これが二度目だった。ミチカが湧き上がる感情を言葉ではなく行動で示したのだ。
嬉しい時も悲しい時も、この体温の接触を彼女はまだ幼かった時に家族としていたに違いなかった。その家族がいない今、代わりにはなれないにしても少しでもこの温もりを分かち合える存在になりたい、彼女の支えになりたい────心からスグルはそう思った。ただ案の定......顔面が肉感に富んだ胸の谷間に埋もれてしまって長く受け止めるのは至難の技だ。
「ミチカ。お前はいつもスグルだけ特別待遇だな。俺にはねぇのか? そういうの」
ファイが細目で見ている。明らかに羨ましいと髭面に書いてある。
「あなたもスグルみたいにちょっとは気の利いたセリフを言ってみたらどうなのよ。オヤジギャグにばかり磨きをかけてる人には、だぁれも振り向かないわよ」
「ちぇっ。俺のイカしたギャグを理解してくれるのは結局ヴォイドだけか」
年甲斐もなく拗ねた顔でコーヒーを飲み干す。
「理解するというよりいつも渋々付き合っているというのが、俺の本心だ」
誰かさんの言葉尻を真似てヴォイドが言った。
「やべぇ、ナゾの男が本心を語りやがった。ウケる」
気を悪くするどころか、ファイは膝を叩いて笑い転げた。「ウケる」が28世紀で40過ぎの男に使われたことにウケて、スグルは釣られて笑ってしまった。
「ったく、オヤジを筆頭にバカやってるわね」
呆れながらも、ミチカは楽しそうだ。復讐を口にした気負いも、父を失った悲しみも、彼らの笑いがたちまちどこかへ吹き飛ばす。
いつ終わるとも知れない奇形種との過酷な戦いにも、こんな仲間がいてこそ挑めるというもの。
空気を変えるファイの一言のありがた味を感じつつ、しばし和んだ気分で仕事の疲れもほぐれていった。




