1
寂れた村の一角に、立ち寄った旅人が即席で設えたテント小屋があった。
ミチカが砂地の荒野で救助した「荷物」をそこへ運び込むと、中にいた2人と1体は三者三様の反応を見せる。
「まぁた厄介なもんを拾ってきやがって。お世話係はゴメンだぜ?」
そう言ったのは、ファイだ。無精髭を生やしたやさぐれ中年男だが、懐の深い性格からしてその言葉に嫌味な響きはない。
「……カ……リ。ミチカ」
体長47㎝質量3kgの小型ロボットが、いつものように母音を発することなく彼女を迎える。亡きエンジニアが残したもう一つの技巧品は、愛孫がこの世に生まれ出た瞬間の物質量値そのままに作られていた。
そしてもう1人────彼に快い反応を期待するのは、無駄というもの。
「どういうつもりだ」
非難めいた投げかけには、
「死にかけてる子どもの横を素通りするのは、わたしの趣味じゃないの」
当然この男、ヴォイドはそんな言い訳に納得などしないだろうが。
「何か必要なもんがあったら村で調達してくるぜ」
ファイが咥えタバコで横たえられた子どもを覗きこむ。
「......おや、随分とパーツのちっちぇ顔をしてやがるな。それに格好も奇妙だ。首に巻いてる紐みてぇなのは何だ?」
「あら知らないの? 確かそう......ネクタイだったかしら、500年前まで男性が着けてたものらしいけど、用途が無さすぎて廃れたアイテムね。今更復刻を目論んでいるのかどうかはいずれ本人から聞かせてもらうとして……ファイ、悪いけどこの子の着替えと毛布をお願い」
「ヘイヘイ。黒髪のファッションリーダーさんのために最先端の子ども服を探してくるとするか」
ミチカの原動力はいつも飽くなき好奇心であることを、長年そばで彼女を見守ってきたファイは熟知していた。心惹かれたものには警戒心ゼロで近づいてしまう。その奔放な性格は、容姿のみならず、死んだ母親ソックリだ。
だがそんなミチカが拾い上げた砂地の行倒れは、なかなかに厄介な荷物であった。
夕方。意識を取り戻したその子ども......いや少年は、ファッションというよりどうやら「奇人変人」分野に属していたようで、偏屈な喋り口調で時代錯誤な身の上話を次々と語り始めたのだ。
「気がついたみたいね。大丈夫?」
身じろぎ目を開けた少年にミチカが訊ねると、
「......僕は、死んだんですか?」
と虚ろな様子で口を開く。
「自分が生きてるか死んでるかくらいは自覚できるでしょ。それともわたしが天使か悪魔にでも見えるのかしら」
烈火のように赤い髪の毛と深海のように碧い瞳のミチカを見て、少年は別段表情を変えるでもなく、しばらく何かを思案しているようだ。
「どっちにしても言い辛ぇだろうから、間をとって女神にでも見えたんだろうよ」
ファイが合いの手を入れる。間になっていない気もするが。
「だったら光栄。それにしてもあなた、とても変わった格好をしてるわね。どこから来たの? 歳はいくつ? その髪の毛は地毛かしら?」
好奇心が早速顔を出す。矢継ぎ早な質問は、起きたらまず聞いてやろうと思っていた感が有り有りだ。
「どこからというのは......国ですか? 国なら日本ですけど。歳は17。この髪の毛は見ての通り地毛ですが」
少年がそう答えたのは、ここにいる者たちがあまりにも少年の容姿とかけ離れていて、外国人にしか見えなかったからだろう。
「ちょっと待って。さっき何て言ったの? 日本? 冗談でしょ」
ミチカだけではない。誰が聞いても驚くことだった。
「日本ですけど」
機械のように同じ調子で繰り返した少年に、
「吐くならもう少しマシな嘘を吐け」
ヴォイドの低い声が怒ったように言った。
「あなたたちに嘘を吐いて何の得があるのか分からないですが、信じてもらえないなら日本じゃないということでもいいです。それで、ここは一体どこですか?」
「かわいそうに、頭がイカレちまってるのか」
少年の血色の悪い顔を見ながら、ファイが肩を竦める。
「あのね、確かにこんな世の中だから、現実を語りたくない気持ちも分からなくもないわよ。それでも遠い昔に日本っていう国が海の底に沈んでしまったことくらい、誰でも知ってるわ。辛うじて生き残った東洋系の民族も第三次世界大戦後にきれいに淘汰されて、今じゃそんな黒髪を見ること自体が稀なの。ああ、やっぱり瞳まで真っ黒なのね......祖父の言ってた日本人って、本当にこんな感じだったのかもしれない」
少年の話を信じたわけではないが、その漆黒の瞳が妙な説得力となってミチカの心に訴えかけているようだ。
「で、本当の歳はいくつなんだい? 坊や」
ため息混じりにファイが訊ねる。それでも17だと答えたらこの子は頭に問題があるかどうしようもない嘘つきかのどちらかだろう、とでも言いたげに。
「17ですけど。僕の質問にも答えてください。日本じゃないなら、ここはどこですか?」
「”グローバル”だ。それじゃ、俺は村のネーチャンたちと遊んでくるか」
呆れたような、残念そうな様子で、中年男はテントを出て行った。
「グローバル......それがこの国の名称なんですか」
ぼんやりする少年に、ミチカが気を取り直して説明する。
「国ねぇ、昔はそういう区分けもあったようだけど、グローバルは即ち世界。ここがどこかと言われたら、この地球上に存在するのは”グローバル”だけよ。もっとも、この村の名ならハラユイだけどね。そうだ、一応こっちも自己紹介をしておくわ。わたしはミチカ。向こうにいるぶっきらぼうなのがヴォイド。さっき出て行ったオジサンがファイ。それからあっちで充電中のロボットがアシモ」
子ども向けアニメで見かけるような可愛い形のロボットが、テントの隅で背中にアダプターを差されたまま静止している。
「アシモ......形はちょっと違うけれど、日本で開発されたアシモっていうロボットなら知っています。すごい、こんなデザインのものは初めて見た」
ここで初めて、少年の乏しかった表情に変化が生まれ、声に抑揚がついた。
命の危機を救ってくれた人たちよりも、おもちゃのような壊れかけのロボットに興味を示す不思議な少年────
「あなたの名前は?」
ミチカの問いかけに、小さな顔がまたトーンをフラットにして答えた。
「僕はスグル────暁傑といいます」
「えっ......と」
ファイが呆れて行ってしまったのも肯ける。好奇心からとはいえ、なんとも奇想天外なものを拾ってきたことにミチカは脱力を覚えてしまった。
「あなたってホント、ユーモラスな人ね。スグルアカツキっていったら、第三次世界大戦の引き金となったアトミックブライトを開発した超有名人じゃない。それであなたは現在開発中の人類最終兵器をポケットの中にでも隠し持っていたりするの? もうわたし、あなたの口から何を聞いても驚かないわ」