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Notorious Virgin - 奇形種に愛された少年 - (R-15ver)  作者: 樋口奏
BASE2 モーバル
10/69

 クモ男の消息は、それからぷっつり途絶えてしまった。

 やはり元は人間だけあって、奇形種ハンターがやって来たと知るや、巧みに身を潜めているようだ。

 毎晩重いカメラを抱えて町中を歩き回るミチカの表情も、日を追うに連れ疲労の色が濃くなる。


 モーバルの町にやって来て5日目────

 仮設のテント小屋で、4人は早い夕食をとっていた。

 スグルは空になりつつある蜂蜜の瓶から、底に張り付いた生姜の薄切りをすくって皿に載せた。700年前に食べていた馴染みのある食材であれば、こうして難なく食べられる。

 それを見たファイが、

「もう喉の調子もすっかり良いようだな。その薬、坊やのためにヴォイドが大金叩いて買ってきただけのことはある」

 と言ったので、

「こいつのためじゃない。俺たちの安眠のためだ」

 間髪入れず素っ気なく、ヴォイドが言い捨てた。


「あの......」

 滅多に人に話しかけないスグルが、突然口を開いた。

「役に立つかどうか分からないけれど......一応描いてみました。町の人にこれを見せて探すこともできるかなと思って」

 昨日マーケットで手に入れてきた紙と鉛筆で、4日前に見たクモ男の姿を克明に描写したものだった。

 山高帽に皺だらけのやつれた顔、黒いマント。それから怪物に変身した後の姿も。まるで写真さながらの緻密なデッサンは、それを見たミチカたちを驚かせると同時に勇気付けもした。


「こりゃまた、偉大なる日本が生んだスグルアカツキの特殊能力ってやつか? これならモーバルの連中もピンと来るんじゃねぇのか」

 3枚のうちの1枚を手に取り、ファイはしばらく感心したように眺めてからそれをポケットに突っ込んだ。

「スグル......」

 ミチカが目を潤ませている。

「何か......他にできることはないかな。身体の調子も良くなったし、僕だけタダ飯を食べているのもあまりいい気分じゃないので」

 明けない夜はない────潤んだ瞳が今見つめているのは、そんな瞬間なのかもしれない。

「それじゃ、ぽんこつジープを見て頂戴。あれは政府からの借り物だから、シャドウファントムより数百年遅れた造りで嫌になっちゃう。時々わけもなくエンジントラブルが起きるの。その辺りをお願いね」


 日が暮れる前に、3人は奇形種を探しに出た。

 スグルはアシモと共に、ジープの停めてあるテント小屋の裏手に回る。

 幌無しの茶色いおんぼろ4WDは、乗った時からサスペンションがガタガタなのが気になっていた。一周回って見ると、他にも残念な箇所がちらほらと。

 あらゆるメカの構造を見てきたスグルにとって、やはりこの時代のジープも一見しただけでこう思えた。


 ────無駄なパーツがありすぎる。






『黒っぽい帽子に黒っぽいマントの痩せた男』

 今まで、ヴォイドのそのあまりに大雑把な説明だけで探していたのがバカらしくなるくらいに、スグルの描いた似顔絵は即刻、効力を発揮した。

「この男だったらあの家に住んでるよ」と指摘された場所にあったのは、玄関付近が干からびたツタと蜘蛛の巣で陰気に装飾された、古めかしいレンガ造りの家だ。


「ヴォイド、お前も坊やから絵を教わったらどうだ? ちったあ表現力が養えるんじゃねぇのか」

 ファイが腰の銃に手を掛け慎重に庭に足を踏み入れながらも、口だけは余裕の様子でからかった。

「絵が描けなくても飯は食える」

 大剣を背に、相変わらず色男は表情を崩さない。

「フン。お前の場合、描くより描かれる方が食いっぱぐれがねぇかもな」

「シーッ。何か音がしたわ」


 ミチカの視線の先に、ゴソゴソと動くものがあった。

 玄関左横の割れた窓ガラスの隙間から、小さな蜘蛛が這い出ている。それは初め蟻の行列のようでもあったが、もはや一列ではなく扇状に広がって、レンガの壁を伝い地面に降りて3人へと迫ってくる。


「おやおや、家族総出でお出迎えとは、ありがてぇことだ」

 ファイは左のホルダーから銃を抜き出した。第三次世界大戦前に付けられていたその銃の名はコルト・トルーパー。この38口径からマグナム弾が火を噴けば、子蜘蛛の群れも3発で片がつく。

 ────2秒後、引き金が引かれた。

 同時に、ヴォイドが玄関扉を蹴破って屋内に侵入した。


 正面に大きな暖炉があった。右側には小さなキッチン。二階へ続く階段は、老朽化が激しすぎて板が抜け落ちている。

「......いないわ」

 ミチカは辺りを見回したが、何の気配もない。

「二階かしら」

「いや、階段上は古い蜘蛛の巣で完全に塞がれている。何かが通った形跡も見当たらない」

 ヴォイドは二階を諦めて、注意深く天井を見た。天板も灰色に朽ちていて、所々に黄ばんだ糸が垂れ下がっている。


「ミチカ。子どもっていうのはな、大概は親の所へ帰るもんだぜ」

 ファイが顎をしゃくって床を示した。マグナム弾の衝撃を逃れた子蜘蛛が数匹、床板の隙間に逃げ込んだ。

「なるほど、入り口はここか」

 ヴォイドが暖炉に近づいた。何かを燃やされた跡は無く、炉の床面に把手のついた扉らしきものがある。それを開けて薄暗い床下を見てみると、通路のような空洞が広がっているようだ。

「ミチカ、ランプを貸してくれ」

 ヴォイドを先頭に、3人は床下の通路に足を踏み入れた。


 電気ランプの仄かな光が照らし出す不気味な空間には、張り巡らされた蜘蛛の糸の他に、小動物の死骸や人の眼球らしきもの、孵化しきれずに腐った卵などがゴロゴロと転がっていた。

「もうちょっと趣味の良い家に住みゃいいものを。これじゃ、嫁さんも来ねぇぞ」

 ファイの戯言は、場所を選ばず周囲を退屈させない程度に随時発せられる。同様に独身を気取っている自分のことはお構い無しに。


 しばらく行くと、ランプの明かりが一際大きな空間を浮かび上がらせた。少し前から聞こえていた奇怪な断続音の出どころは、ここのようだ。


 シュルルル......シュルルル......


「ミチカ、寝起きを激写してやれ」

「了解」

 その瞬間、空間のど真ん中で無数の糸に吊られて眠っていたクモ男の目が、カッと見開かれた。そこをパシャリ。

 カメラの眩いフラッシュを浴びて男が怯んだ隙に、


 パァン! パァン!


 ファイがもう一丁のマカロフPMMを発射した。こっちは1994年ロシア製の人気モデル……などと説明できるほど、使用している本人は、実はその銃の肩書きについてあまり詳しくない。


「チッ、一発掠っただけか」

 クモ男の動きは素早い上に、部屋に張り巡らされた糸が迷彩となり、通常の肉眼で捉えるのは困難であった。男は蜘蛛の糸を伝って巧みに移動し、3人の肉眼が追いついた時には、細長い四肢を広げた格好で天井から不遜な視線を投げかけていた。


 ヴォイドが大剣で辺りの巣を薙ぎ払う。敵の移動手段を封じるためだ。だが大剣に絡みついた粘着質な糸は、そのままチタンの鋭い刃先を覆い、逆に剣の切れ味を封じ込めてしまった。

「さすが、趣味の行き届いた家だな」

 と、これには小言をこぼすしかない。


 ────さて、どうするか。

 通路に逃げ込まれたら追跡が困難になるだろう。それを見越して、彼らは三方向の出口を塞ぐように立っていた。

 クモ男の顔が徐々に変形し、口に鋏角が生えた。目はまだ人間のままだが、その目玉をどこか愉しげに剥き出して、

「あの子ドモ......もう死んダのか......まだ生キテるのか......かわいイ声デ泣イて......またヤリタイ」


 ファイが正面に銃を構えた。

「テメェは死んでも逃さねぇぞ!」


 パン! パン! パン!


 男めがけて雨のように銃弾が飛び散った。

 数発に手応えがあった。が、当たったのは瞬時に飛び出た触手の方で、本体はまだ元気そうだ。


 畳み掛けるように大剣が投げつけられた。扱いに慣れない者なら持つのがやっとの高強度チタン合金の塊が、猛スピードで回転しながら男の身体に突き刺さった────かに思われたが、間一髪のところで避けたようだ。だが2本の触肢とマントの端が剣と壁面の間に挟まれ、まさに蜘蛛の巣に捕らわれた獲物のように、男は身動きが取れなくなっていた。


 ヴォイドが腰に差していたもう一本の細身のバスタードソードを抜く。

 この奇形種に、何も言うことは無かった。


「ギャアああア────!」


 朽ち果てた一軒家に響き渡る断末魔。

 8本の触肢は無情にも根元から根こそぎ切断され、眼も口も、首も胴体も切り刻まれた。そして下腹部にある、最も忌まわしい突起物をも────


「ヴォイド、もう止めて、ヴォイド! これでも元は人間だったのよ」

 ミチカが悲痛な声で訴えた。


 男はとっくにこと切れていた。

 辺り一面、血の海だった。男の全身から流れ出ていた血は、昆虫が持つヘモシアニンの緑ではなく、人間が有するヘモグロビンの赤色であった。

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