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ホモに恋するFOOTBALL - triumph or beauty -  作者: 幼卒DQN
妖精の羽が抜け落ちる前に
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カンプ・ノウは夢を見る②

「2014年8月。ルイス・エンリケがバルサの指揮を執ることになった。

 エンリケは戦いながらバルサを軌道修正していった。

 カウンター時に縦にロングボールを送る、速攻を増やした。ペップが芸術の域にまで高めたポゼッションサッカーは次第に影を潜め、エンリケバルサはニュートラルな、悪く言えば没個性的なサッカーに収斂しゅうれんしていった。


 それがエンリケのやりたかったサッカーなのか、必要に迫られたから仕方なくなのか、は現状黒魔術でも使わない限り知りようがない。

 幾多の戦いを繰り広げ傷つき2014年時点で34歳だったシャビは第一線で戦える状態ではなく、ペップ時代のように華麗なサッカーは結果として成せなかった。代わりに機能し始めたのはエンリケと同時期に8100万ユーロでやってきたルイス・スアレスの攻撃力を活かすカウンターだ。


 スアレスはパスの技術に秀でているわけではなく、とりわけ高い知性を見せるわけでもないが、純粋な狩人で、ボックスの中で息をする魚だ。バルサの両翼にはメッシとネイマール。世界一、二を争うドリブラーが構える。世界一強力な攻撃陣だ。一方でMFに時間を操作する魔法使いはいない。昔はイニエスタがそうだったが度重なる怪我でかつての輝きはなくなっている。

 だから……中盤を省略しがちな今のサッカーは仕方がないのかもしれない。


 ライバル(R・マドリー)が監督の選択に誤り二年に渡ってつまづいたという幸運も味方し、バルサはリーガを連覇。CLも一度獲得した。

 だが今シーズンはぴりっとしない。

 新戦力はウムティティ以外は使い物にならず、レギュラーは衰えと倦怠けんたいを見せ始めている。……もしかしたら、エンリケに対しての。


 4月12日、ユベントススタジアム。CL。ユーベVSバルサが行われた。

 ユーベにとってはPSGの戦いは教師にも反面教師にもなっただろう。

 今のバルサは後方からのビルドアップ能力に欠ける。プレスを掛けられると困ってしまう。かつて攻撃面で大きな貢献をした偉大な右SB(ダニエウ・アウヴェス)はまさにこの試合でバルサの攻撃を封じ、また噛みつく好機をうかがっている。


 ユーベは精力的に走って、バルサのボール保持の余裕を無くす。

 一方でユーベは攻め込まれると見切りをつけ、おとなしくリトリートにまわった。戦術の国イタリアを代表するユーベのポジショニングは完璧でM(メッシ)S(スアレス)N(ネイマール)を持ってしてもなかなか崩せない。


 バルサに先制の大チャンス。メッシのスルーパスから抜け出したイニエスタがキーパーとの1対1の機会を得た。

 キーパーはブッフォン。ブッフォンはゴール左に寄ってゴール右隅を開けておく。イニエスタにはフェイントする精神的余裕はなくシュートを放つ。はい待ってましたとブッフォンは右に向かって手を伸ばし、ボールを弾いた。

 

 守備の弱さはバルサの伝統だ。しかし守備力が低い代わりにパスワークに秀でていた。ペップの時代にはボール保持率を高め、守備の時間を減らすことでDF陣に余裕を与えていた。


 遅い、という言葉は悪い意味で使われることが多い。しかしサッカーにいてはそうとは限らない。相手が守備ブロックをガッチリ整えたら、いったんほぐすためにバックパスをしたり、相手に食いつかせる罠を張ったり工夫を凝らすべきだ。速攻はボールを大事にしない攻撃で相手にボールを奪うチャンスを与えるものだ。

 真摯しんしに攻め込んでボールをくれてやることはない。そんな判断も、マリーシアと呼べるだろう。

 

 エンリケはPSGに4点取られたのは根本的な問題があったわけではないと考えた。

もしかしたら単に運が悪かったからだと考えたかもしれない。反省が足りなかった。

 確かにバルサは攻撃的なチーム、という伝統と精神を持つ。すべての試合で圧倒し、観客を魅了する。しなければならない。

 ブロックを築くユーベに対し、MSNの個人能力でこじ開けにかかる。しかし老獪な守備に跳ね返され、カウンターを食らう。ユーベは効率的に守り、効率的に攻める。


 アウェーだ。必ず点を取らなくてもいい。この試合を終えれば次は本拠地カンプ・ノウで試合ができる。それが普通のチームの考え方だ。

 バルサがパス回しだけしていれば困るのはユーベだ。リトリートするユーベにも打ち勝てるだろうと考えていたなら相手の力を見誤っている。

 

 ユーベはホームでは点を取っておきたいはずだから、そうしていたら後半あたりでDFラインを上げてボールを取りに来たかもしれない。そうなればDFラインの裏が空く。MSNの攻撃力が活きる。

 エンリケはバルサの因襲にとらわれた。

 3-0。



 バルサはもう一度、夢を見なくてはいけなくなった。

 PSGには4-0から逆転した。今度も──。

 少しは、希望が持てた。だが、イタリアはDFやGKが他のポジションに劣らないほど敬意を受ける国だ。

 

 2nd leg。バルサの前にブッフォンが立つ。

 この試合、ブッフォンは特に難しいセーブを要求されなかった。

 シュートがことごとく枠をれる。

 存在感のあるキーパーは、そこに立っているだけで威圧感がある。シュートする時、無駄な力が入る。


 この日のブッフォンは本人ではなくそっくりさんで全く問題なかった。ただそのユニホームを着て背中にブッフォンの名がプリントされていればそれでよかった」


 マン・ゴーシュは国語の授業で菊池寛の『形』という短編を読んだのを思い出した。

「この試合、メッシは自分も一個の人間であることを世界中にアピールした。

 メッシですら、シュートが枠に飛ばない。

 テニスでも、すげえ選手とやると、どこに打っても強烈な球が返されるような錯覚に陥ることがある。

 ユーベの分厚い守備網をくぐり抜けても、まだブッフォンが待ち構えている。3点取らなきゃ負け。時間はどんどん減る。重圧がバルサを縛って、括る。


 ドラマは起こらなかった。19本のシュートを放つが枠内は1本のみ。それも相手DFに当たったものだ。

 0-0。

 

 まだ、バルサにはリーガとスペイン国王杯が残っている。

 茫然自失している時間はない。

 すぐに、クラシコだ」

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