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ホモに恋するFOOTBALL - triumph or beauty -  作者: 幼卒DQN
妖精の羽が抜け落ちる前に
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沙羅双樹の花の色 ⑤

 プランツは刀にも気を配る必要があった。

 じッとしているかと思えば不意に刀は急所に潜り込む。その奇妙なポジショニングにプランツは動揺した。


 たった一人、目を覚ましただけでこんなにヴァッフェが面倒な相手になるとは。

 山葵ワサビは荒い息をつく。加えて手裏剣も神出鬼没な動きでボックスをかき乱す。忍び足でファーサイドに現れては気配を殺す。プランツも交代枠を使って活性化を図るも沙羅双樹が大人しくなってしまった今、劣勢は避けられなかった。


 刀は奇妙な高揚感に戸惑った。

 それがしはこの藩の御荷物じゃ。陰口も散々叩かれた。ぱすも貰えのうこざった。


 今は違う。


 皆が試合中に某を見る。某にぱすを送る。敵が某の動向を伺う。敵が某の行く手を阻む。

 試合に初めて参加できた心地じゃ。

 これまで見えのうこざったものが見える。敵軍の脚使い、味方の意図、そして、次にぼおるがどこに動くかまで。

 刀はマークがきついと見るやバイタルエリアに降りてパスをもらった。背後に気配を感じて前を向くのは諦める。

 

「ぱすは味方の前に出せ」

 そうじゃ。指南役の金言の通りじゃ。

 左サイドを駆け上がってきたレイピアに、スルーパス。プランツ陣を縫うようにパスが通る。

 石像だと思っていたら、ガーゴイルだった。独活ウドの足が刀をかすめる。振り返った刀は独活を一瞥いちべつ。独活はわずかにのけぞった。

 レイピアは半身になって敵SBに向き合った。

 ここまで来たらもう私のものですわ!

 大胆にボールを前に出す。敵の足が伸びてくるところを敏捷にボールをつついて抜ききる。細い右足を振り上げ重心を後ろに下げた。敵CBがスライディング。


 ♪お馬鹿さん。


 疲労と負傷で相手の動きは鈍い。レイピアはボールに右足を乗せ、引いた。敵CBが目の前を通過する。

 あとは決めるだけ。

 全員の動きが止まる。観客席の一隅だけはティンパニが叫び、バリトンサックスが唸りを上げ大騒ぎ。

 

 止まった。

 動かねば。

 

 刀は一人、ゴール前に駆けた。

 ゴールまで5メートル。レイピアはボールが落ち着くのを待って、ゴール右隅に巻くようなシュート。

 キーパーはギャンブルで先に右に跳んでいた。読み通りシュートを止めた。

 

 まだ、終わってはござらぬ。

 

 弾いたボールに刀が飛び込む。足を伸ばす。独活より先にボールをプッシュ。



 以前、このチームにはフランベルジュがいた。プランツトップチームを易々と斬り裂いた魔女。

 自分はフランベルジュを屈服させて海外、もしくはせめてエレメントに移籍するつもりだった。

 なのに。

 フランベルジュはエレメントに移籍。そんでフランベルジュ抜きのヴァッフェに同点だと?


 ふざけんな、くそが! 誰かエリクサー飲ませてくれ!

 沙羅双樹は言うことを聞かない己の体を呪った。固く拳を握る。

 そしてモーニングスターが自分の疲労に気付かないことを祈った。

 残り少ない体力を賢く使い、どうにかして点を取る。

 


 こいつ、笑ってやがる。きめえ。

 モーニングスターは沙羅双樹がまだ動けるのかはかりかねていた。


 ようやく大人しくなりエロスの腕から解放された鎖鎌を見て、弓はゲームに集中する。ドリブルで上がってきたセリに挑んだ。

 芹は特に技をろうすることもなく弓を抜こうとした。ボールが足から離れないようにだけ注意して。弓の足と交錯する。


 気がつくと仰向けに倒れていた。

 弓ぐらいなら当たり負けすることはない、と、たかくくっていた。自分はただの芹ではなく毒芹だ。とも考えていた。なんだこれは。

 起き上がると劣勢に立たされるプランツの惨状があった。自分もすぐに加勢しなければ。

 アディショナルタイムに突入。こうなったらせめて引き分けに持ち込む。


 ボックスは息が詰まるほど選手が密集した。刀は動かずに呼吸を整える。手裏剣は細かくポジションを取り直し、衛星のように刀の周辺を動く。

 エロスは右WGクリスに中に入ってボールを受けるように指示を出した。

 クリスがパスを貰うとダイレクトではたく。ボールはニアサイドを抜けてゴールキックになった。


 ヴァッフェは前に出てGKにロングボールを強要する。降り積もった肉体的損傷はおびただしい。プランツにロングボールを競り合う力は残っていなかった。そしてまたボールはクリスのもとに。トラップしてからゴール方向にターン。一歩だけ前進してからマイナス方向にグラウンダークロス。ボールはするするとボックスを抜けていった。レイピアが振り返って時計を見る。

 仕方なく、モーニングスターはエロスの指示通りクリスにもう一度ボールを渡した。クリスはボサボサの髪を振り乱し、切り込む。角度のあるところから右足を振り上げた。山葵が懸命に足を伸ばし止めにいく。クリスは切り返し、今度は左足を振り上げた。


 ゴール前が静止する。

 そして刀が動き出す。


 山葵はまだクリスに食らいつく。山葵の膝が笑っている。クリスは手詰まりになって、静止した。山葵からボールを守るため右足でボールを踏む。

 ボールが出てこなかったのを見て、プランツのディフェンスラインが上がった。


 動いておる。

 刀は逆に静止した。一人、GKの目の前に立っている。


 クリスは不意にヒールキックで真後ろにボールを転がす。そこにショーテルが走り込んでいた。丁寧にボールを止める。山葵と芹が迫る。

 得意の、アーリークロス。

 GKが跳躍し腕を伸ばした。届かない。ボールは鋭く曲がり落ちる。


 オフサイドだよぉ!


 独活ウドは振り返って刀を見る。刀は棒立ちで、サッカーに興味がないように見えた。

 手裏剣がファーサイドを駆ける。ダイビング、ヘッド。

 主審がゴールを認めた。


「え? どぉゆうことなのぉ? オフサイドでしょぉ?」

「刀はボールに関わってねえ。オフサイドじゃねえよバカ」

 山葵は顔を歪ませ、震えながらつぶやいた。


 試合終了の笛が鳴った。

 突然、沙羅双樹が泣き出した。ひどく大声で。


「わざわざ甲府まで、ありがとうございました」

 いやホントだよ。公式戦プリンセスリーグだから仕方ないけどね。

 名残惜しそうにエロスはおっさんCの手を離す。

「あの……社会の窓、開いてますよ」

「開けてるんだ」

 俺は毅然と答えた。

「あの……せめてブリーフはやめたほうが……目立つんで」

「えっと……そうですね。伸縮性のある、ボクサー型のって感じですかね。ちょっとスパッ……ツに近い感じ」

「いや、それはブリーフですよね?」

「うーん……ブリーフも多いんですけど、ふたいたいはボクサー型の……」

 しどろもどろになるエロスを見て、おっさんCは不思議そうな顔をした。ブリーフは恥ずかしい。トランクスやボクサーパンツは恥ずかしくない。そんな繊細な男心を、不幸なことにおっさんCは持ち合わせていなかった。


「あの……沙羅双樹は、いつもああなのか?」

「ええ。あの子は異常なほど勝ちたいという気持ちが強いんです」

 ああ、いいハゲ具合だ。エロスはおっさんCの頭を見下ろして、頬ずりしたくなる衝動と死闘を繰り広げた。

「よく鍛え上げられてますね。後半になっても運動量が落ちない。当たりにも強い」

 この前の授業で習った。十七歳ぐらいになると筋力が飛躍的に向上する。

 まあ、少しはトレーニングの効果が現れているのか。


 面白いので号泣する沙羅双樹に話しかける。

「お前さ、出身はどこだ」

「……インド」


 そしてようやく合点がいった。

 こいつのドリブルはバングラだ。

 インドの映画を観るとすげえキレキレのダンスシーンに出くわす。宗教的戒律の厳しいインドは直接的な恋愛描写が困難だ。だから心情をバングラに託して吐露する。

 沙羅双樹は短髪で、小柄な男の子のように見える。恋愛なんかにゃ無縁に見えた。

 おっさんCがやってきた。

「沙羅。お前、後半動けなくなったろ。いつも遅刻してウォーミングアップや持久力の練習サボってるからだぞ。その積み重ねがお前になっているんだ」

「……はい。……はい」

 ヴァッフェとプランツは対照的な表情で整理運動クールダウンを始めた。ようやく沙羅双樹が起き上がる。


「サラは純粋にサッカーが好きなんです。でもインドじゃ女子サッカーの環境がなくて……それで日本に来たんです。大したものだと思いますよ」

 矛盾してるな。

 本当にサッカーが好きなら練習だって頑張れるはずだ。でもサッカーが好きなのは本当だろう。乖離かいりしてる。

 まだまだガキなのだ。見た目も幼いが。

 現代のガキは努力を美徳としない。でもラノベみたいに無双したい。


 沙羅双樹のバングラはサッカーへの恋なのかもしれない。

 こいつには才能めいたものがある。でも、花は咲かないかもしれない。好きなのに、努力しない、とか……。

 美味しいとこだけ食べたい。でもそれはそれ、これはこれか。もったいない。でもまあ、好きにしろ。


 純粋。

 背中をすすきの穂で撫でられるような感覚。

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