マンゴープリンはマンゴーには敵わない。なぜならマンゴー自体が十分美味だからだ。はい。いいマンゴーは生臭くなんてないですよ。
一月十四日。
俺が指導者役になって受講者を教える番になった。
「剣さん上手いね。どこかで教えたことあるでしょ」
と、インストラクターに指摘される。まあ悪い気はしないが。
生徒役に回ったインストラクターはわざとプレーの選択を間違い、受講者の指導力を試している。ミスを咎め、お手本となるプレーをして見せるときは緊張した。必死に声を出し続け練習を進める。
突然、小学生役のインストラクターが笛を吹いた。
「剣さん、悪いプレーをした後にプレーが改善した子はきちんと褒めないと駄目だ」
褒める?
俺だって褒めないことはない。でも意識して褒めようと心がけたことはない。
「褒めたら、そこで満足してしまうだろ? もっと上を目指すためにここで満足されても困るんだよ」
「褒められた子はうれしくなるんだよ。うれしいとやる気が出る。サッカーが楽しくなる。剣さんが褒めなかったばかりに、サッカーがつまらなくなってやめてしまう子が出たら?」
俺は、どうだっただろう。
コーチはそうだ。俺のことを頻繁に褒めてくれた。
褒められるのなんて当然だと思っていた。練習でいいプレーができるなんて当たり前。本番は、いろいろと違うから。
大体さ、俺なんかに褒められてうれしいのだろうか。
とりあえず俺はコーチのご期待に沿うことにした。「おーうまいうまい」「いいプレーだー」
俺は飽くまで資格を取りに来てるわけですよ。指導員と殴り合いをしたくて来てるんじゃない。
一月十五日。
外での講習の次は必ず座学。これを繰り返している。
中学生んときみたいにモノポリーや麻雀で熱い駆け引きを演じるわけにもいかない。一応、話を聞く。
中坊んとき、何が嫌だったか。
教師に、いや社会に、学業を強要されることだ。Green Dayの歌にあった通りさ。俺はマイノリティでいたいんだ。みんながやってることはやりたくない。他に何か素敵なものはないのかい?
まあ、俺はテニスで食ってくこと以外考えていなかったけど、そうじゃなかったとしても勉学なんて勘弁だったと思う。
でも今こうして机に向かってみると、困ったことに案外悪くない。まあ、久しぶりだから新鮮だったってーのも多分にあると思うが。思うがままに質問をして思うがままに講師の話を聞いた。
サッカーだから、いいのかなあ。
弓は靴紐を結び直す。シュート練習の順番待ちだった。前にククリがいた。こっそり話しかける。
「ククリぁ。今期何観てるぁ?」
「今期は飢饉だね。あいまいみー3、にゃんこデイズ、神々の記ぐらい」
「ショートアニメばっかぁ」
ククリはため息をついた。
……言えない。まさかタイガーマスクみたいな低予算アニメ観てるなんて言えない。
「コーチ」
鎖鎌が声を掛けてくる。真っ正面から俺の顔を見つめる。目力があり頭をがっちり鷲掴みされているような錯覚に陥る。
「フランがいなくなった今、私を使うべきだ」
確かにそうかもしれない。居残り練習をする刀を目の端で追う。クロスをきれいにインパクトし、ゴールマウスに収める。
そうだ。刀は技術はある。線は細いが速さも持久力もあり体幹はしっかりしており背筋はいつもぴんと伸びている。
だが試合になるとテンパる。戦術眼も乏しく何をすればいいか理解していない。ピッチ上でまごつく姿ははじめてのおつかいでむせび泣く幼児に見える。
五分だな。
「昇格おめでと」
三つ葉はぽつりとつぶやいた。街灯に照らされて小さな体から長い影が伸びる。
「いや、全然、まったくうれしくないよ」
沙羅双樹はこともなげに言った。スマホをタップし曲を選んでいる。
「そ~う?」
三つ葉の口から白い息が漏れた。
たぶんだけど、沙羅双樹は口とは裏腹に大喜びしているに違いない。だって踊ってるもの。
「ヴァッフェとの試合ぃ~、今週だねぇ沙羅双樹ちゃ~ん!」
「そっすね」
沙羅双樹は体をくねらせ、駆けてきた独活を見遣る。独活も負けじと落ち着きなく大きな体を持て余すようにばたばた動かしている。スマホからシタールが響き出すとダンスバトルが始まった。
「土曜は遅刻しないでね」
聞いているのかいないのか。浮かれる沙羅双樹を三つ葉はふんぞり返って眺める。独活のダンスはあまりに前衛的で不動明王像がご覧になってもこりゃ敵わん慌てて逃げ出すだろう。
「心配しなくてもいいよ」急に沙羅双樹はぴたりと制止した。「せっかく上がれたと思ったら2部に落とされてる。この恨みは絶対に晴らす。土曜は遅刻しないよ」




