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ホモに恋するFOOTBALL - triumph or beauty -  作者: 幼卒DQN
妖精の羽が抜け落ちる前に
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S波 ④

「わたくしのアパートを貴方に見られて、わたくしがどんなにみじめだったか、わかる?」

「どうでもいい」

 子供ってのはそういうもんだ。殴られ慣れてないからちょっとしたことで深く傷つく。そうやって子供はだんだん大人になる。鈍感タフになる。

あのときの俺は、まだ準備が出来ていなかった。

 まあ……フランはちょっとレベルじゃないかもだが。


 俺はフランから離れようとした。しかしフランは俺にしがみついて抵抗する。力を込めて引きはがそうとしたがなかなか難しい。なるほど。その辺に転がってる男よか余程、力がある。骨折でもさせないとうまくいきそうにない。今まで抱いた女は皆、抜け殻のように軽く、希薄だった。

 

 フランはちょっと違った。が、胸だけは柔和にエロスと接していた。俺は犬を、中でも大型犬を飼う人間を狂人としか思わないが、なるほど、こういう抱きしめ甲斐がいの良さは、あるかもしれない。


「お前と結婚する男は大変だな」

 どうしてこんなことを言うのだろう。フランは考えた。

『こんなじゃじゃ馬は他の男では手に負えない。俺が貰ってやろう』

 喉が渇く。

「お前の素性すじょうに興味はない」エロスは諦めて座り込んだ。「お前の両親は何をしてるんだ」


 フランは暗黒の中でエロスの顔を見つめた。息がかかるほど近いのにどんな顔をしているかわからない。

「貴方に同情されるために昔話をする気はないわ」

 ほう。エロスはわずかに首を上げた。もしかしたら同じ種類の人間かもしれない。

「日本に来て早々、わたくしの父はたくさんの人に迷惑を掛けたわ。おととい、糸魚川市で大規模火災があったでしょ。あんな感じ」

 慰めの言葉は要らないようだ。


 長針が真上を向いた。

 部屋の片隅に置かれた照明に薄明かりが灯る。ランプシェードを透して微光が部屋を染める。

 エロスは目を見張った。

「なんかすごい服だな。ティアラまで付けて、お姫様みたいだ」

 コートも持たずタクシーを飛ばし寒い思いをしてドレスのままでここまで来た。フランは報われたように思った。


 たぶん、エロスは自分がその言葉でどんなに有頂天になっているか知らない。それが寂しく、愉快だ。そして、どうして自分だけこんなに恋い焦がれて、この男が平然としているのか腹立たしくて仕方がなかった。

 わたくしに夢中になって、身悶えし哀願する剣が見たい。 

「お前が欲しい」

 耳を、疑った。

 息ができなくなる。

 でもそうか違う。剣は、わたくしを欲していない。

 わたくしのフットボーラーとしての能力を、求めている。


「もう、道が違うのよ」

 泣いてはいけないと解っているのに。

「でも、これからはネットを介して貴方の講義を受けるわ」

 そんなムシのいい話があるかい。とは思ったものの。

 俺は電話番号やらskype名やらメアドやらを教えてやった。俺もどうかしている。


「もう遅い。帰れ」

「わたくしを心配する人なんて誰も居ないわ」

「今はどこに住んでる」

「どうでもいいことだわ」

 フランは持参のバッグから箱と瓶を取り出す。箱からは形の崩れたケーキが出てきた。

「今日はクリスマスイヴ。お祝いしましょう」

「俺はクリスチャンじゃない。ケーキ屋のプロモーションなぞに乗ってたまるか」

「ワインオープナーはあるかしら」


 俺は黙って猫缶を開ける。

「三浦」

 ネコは警戒心が強い。なかなか姿を現さなかった。フランは瓶をバンドン叩いてコルクを抜いてしまった。器用な奴だ。勝手に台所に入ってグラスと皿、フォークを取ってきた。人の家を何だと思っているのだろう。


「お前は飲まないのか」

「わたくしは飲んできたわ」

 シャンメリーだけどね。


 確かに腹は減っている。今日は肉体も精神も酷使した。三浦と一緒に猫缶をこっそり食ってみようか。それともクジャの気持ちを理解するためにコオロギをがじがじんでやろうか。ああ、俺は甘いものが好きだ。疲れた体に生クリームの誘惑は抵抗不可能だった。フォークを手にがっつく。糞が! フランめ勝ち誇ったように微笑みやがって。こんなもんで籠絡ろうらくしねえからな。勢いに任せてシャンパンも飲み干す。普段、アルコールなんて摂らない。思考を鈍らせるから。


 久しぶりの酒に意識が遠くなる。

「わたくしのように背が高いと、男子の方が小さくてね。結構困りものなの」

 おおそうかじゃあ背の高い彼氏でも見つければいい。

 ケーキを半分平らげて思った。俺全部食べていいものかな。

 フランは這うように俺に近づくと、俺の体に身を滑り込ませた。

「邪魔だ」

「わたくしの新しい家はね、たくさんの仲間がいるの。楽しいわ。足りないものなんて何一つない」フランは俺の膝の上でくるんと回り、俺に向き直った。


「でも、貴方が足りない」

 強欲だ。

「もっと酔いなさいよ」

 シャンパンを注いで俺に差し出す。

 もう深夜。


 ああ、女が怖い。

 最初、この仕事に就いたときは辛かった。考えないようにしてたけど。

 女には、嫌悪感しかなくなっていた。でもこのままだと犯罪を犯しかねない。ようやく、少しずつ少しずつ慣れてきたところだ。

 フランの目は三浦みたいに光る。

 ごめんな。

 俺、ホモ。

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