弓もストーカー ②
この子を書くのは苦手です。ふわふわしてていらいらするんです…姿勢は好きだけどね
エロスはしゃくしゃく土を掘り始めた。暗がりで一心不乱にスコップを振るう姿は異様で弓は身が竦んだ。足音を立てないようにして看板の後ろに身を潜める。
夜になると急に冷えてきた。エロスに可愛いと思われたくてスカートを折って上げていたが静かに慎重にベルトを外して裾を下げる。風がぴしゃり、弓をいじめる。黒髪ゆるふわツインテールが獰猛に頬を殴った。足先まで冷たい。
「暴れんな……暴れんなよ……」
つまり、そういうことなんだぁ……。
やってしまったぁ。殺ってしまったんだぁ。
ざりざりと変な物音がする。警官を生き埋めにしようとしてるのかなぁ。
エロスは立ち上がると周囲の様子を窺い、静かに叢を出た。右手にスコップ、左手にきらり、街灯の光を受け輝くものがある。
弓は音を立てないようにぺたぺたとエロスを追っていった。エロスは時折用心深く周辺の人影を気にするものだから近づくわけにもいかず灯りを避けて歩かねばならず、尾行にはひどく骨を折った。こういうのは手裏剣が得意なんだよなぁ。エロスが長身でよく目立つのが救いだった。
やがて、エロスは茶色いレンガ風の外壁のマンションの階段を上っていった。
弓は決死の覚悟で乗り込み、目を凝らしてエロスがとある一室に入っていくのを見届けた。
任務、完了ぁ。
弓はため息をつくと塀にもたれた。じっとしているとなおのこと体が冷えた。
ああ、これはまずいぁ。
だから、しかたないよねぁ。
「あ、ママぁ? 今日ね、Jagabee教のミサがあるから、遅くなるぁ。……うんぁ。うんぁ。……もしかしたら朝帰るかもしれないぁ。……うんぁ」
スマホを眺める。午後七時。
弓はマンションの階段を上がっていった。
おずおずと手を出したり引っ込めたりしながら躊躇しながらインターホンを押す。
「はい」
ドアが開く。
「弓か……ああ、フランにここに住んでるって教わったんだろ。まったく、べらべらとしゃべりやがって……」
驚く顔が見たかったのにぁ。のにぁ。
エロスはさっき、人を殺した直後とは思えないぐらい恐ろしいほどに落ち着き払っていた。
さすが海千山千の戦いをくぐり抜けてきただけのことはあるぁ。
「あの……お花を摘みに……来ましたぁ!」
「……。ああ、そっち」
エロスは廊下を指さす。
最悪……かっこわるいぁ。
弓はどたどたと上がり込んだ。もうなんかギリギリだった。
猫だぁ!
色合いは灰白。猫は我が領土を侵す闖入者に驚き、逃げるのも忘れ今まさに世界の終わりを迎えたかのように目を真開いた。
おしっこもれるぁ! 構ってる余裕はなく弓はトイレに駆け込んだ。
ちょっと待ってぁ。
フランは弓より先にコーチの家に上がり込んでいるってことぁ?
フランも抜け目ないなあぁ。
それにしてもぁ。予想外だったぁ。
このおうち、掃除が行き届いてるぁ。
地獄のようなゴミ屋敷を大天使弓がピッカピカにぁ!
コーチが弓に恋に落ちるぁ! って、予定が台無しぁ。
キッチンからは魚の煮物の香りがした。弓は目を爛々とさせて女の気配を探る。でも見える限りにおいてそんなものは存在しなかった。
部屋は四つあったぁ。これは弓が一緒に住んでも大丈夫ぁ。
さあてぁ。
コーチを探して廊下を戻り、ドアを開ける。
モノトーンが支配する部屋にサッカー雑誌が塔を成し、居心地が悪そうに憮然と積み上がっている。プロジェクターが淡々と昨日の試合だろうCLを映し出して。
猫ちゃんはどこに行ったのだろうぁ。
「コーチぁ。手を見せてくださいぁ」
「お? 手相でもみるのか?」
弓はエロスの手を掴んで丹念に調べた。でかいぁ。血痕がないぁ。よく洗われてるぁ。
はっとした。弓はコーチの手に触ってるぁ。この手で撫でられたいぁ。胸がかしましく騒ぎ出す。
「コーチ、さっき外に出てたよねぁ?」
弓は立ち上がると肩を怒らせ詰問した。気分は名うての刑事だ。
「ああ」
「何をしていたのぁ?」
「ああ、そうだ。お前もやってみてくれ」
!?
「まだ……命を、奪わなきゃならないのぁ?」
「仕方がねえんだ」
恐ろしい、想像していた以上にコーチは怖いひとだったぁ。
「こっちだ」
エロスは部屋を出て行った。仕方なく、弓もついて行く。




