エロスの… 後編
「日本のネット上、俺はボッKINGと呼ばれ嘲笑の的になった。ランキングは自己最高の24位にまで上がった。
俺は逃げるようにシンシナティに飛んだ。WSファイナンシャル・グループ・マスターズに出場。
ゲームは優勢に進んだ。ボールガールが目の前を走って行く。俺はそのたびに身がすくんだ。休憩に入り椅子に座る。
誰か。観客が『Take a seat』と呟いた。
我を忘れた。俺は、振り返るとラケットを観客席に投げつけた。
直ちに退場を言い渡された。それだけじゃない。一年間の出場停止。
あとで解ったことだが、観客はそんなことは言ってなかったそうだ。
観客にも怯えなければならない。
俺は、引退した」
エロスは無表情だった。カットラスは笑いすぎて「おなか痛い」とずっと言っている。
「北海道に戻り、俺は今までできなかったことを全部やった。コートとジムと学校しか知らなかった俺はどっぷりとゲームとアニメを貪った。日焼けがとれて肌は白くなり、筋肉も落ちた。
ゲームにも飽きて、何か面白いものはないかと動画を漁っていた。
そんなとき、俺はとある人に恋をした。
昔は普通に女の子に欲情しまくりだった俺だが、あのときから三次元の、生身の女がトラウマになった。俺はもうまともな恋は出来ない。
俺は、ホモビデオに登場したある男にときめいた。
お前ら知らないだろう? 男ってな、可愛いんだぞ!」
選手達は極めて無反応だった。
はて、この大発見に驚かないなんて! つまらない奴らだ。
「その男は、実に楽しそうにノリノリで生き生きとホモビデオに出演していた。滑舌が悪すぎて何を言ってるのか解らないところがまた可愛い。時折、羞恥に泳ぐ目がたまらない。自己犠牲の精神篤くどんなプレイも厭わない。まあ、なんというか……一目惚れだった。
そこから裾野を広げ、様々な種類の男を好むようになった。俺は、男に目覚めた」
エロスは白い頬を紅潮させる。目がキラキラしている。
「どうやら本当だ」
ああ……。フランには思い当たる節がたくさんあった。
「やっぱりさ、男の方がこう……すっきり解り合えていいんだよな。女の考えてることはようわからん。そんなの考えるの面倒だしさ。気を遣わなくていい男の方が楽なんだよ。言いたいこと、本音で話せるし」
この男はこれでも自分たちに何か遠慮してたというのか? モーニングスターはあきれかえった。この男が本音でしゃべったら確実にチーム崩壊、何の罪状か知らんが警察にお呼ばれだ。
突然、声を上げて弓がむせび泣く。なだめても泣き止まない。
「あーもうめちゃくちゃだよ」
ずっとスタッフの表情を気にしていた手裏剣は突然ニコニコしながら嘆いたスタッフにぎょっとする。
「俺はその男を捜しに下北沢に降り立った。でも。今日に至っても、彼は見つからない」
エロスの声は湿り気を帯びていた。一同を見回す。
「お前らが俺を辞めさせたければ、俺のことをマスコミにでも告げるがいい。さ、グラウンドに出るぞ」
そして部屋を出て行った。
「まあ、ホモなら仕方ないわね」
とスタッフは言うけれど、手裏剣だっていつスタメンを下ろされるかわからない。
エロスは、いつだってあたし達を狙っていると思ってた。無神経に無遠慮に、奴はあたし達に近づいてきた。でも、これはどういうことだ。
「ホモにとって、あたし達は異性として意識されてないってこと?」
「そりゃそうだろうよ」
とモーニングスターはつぶやき、立ち上がる。
弓がまたギアを上げて泣き出した。
「何それ。ああ! それはそれでムカつくんだけど!」
手裏剣は面倒くせー女だな。と、カットラスはため息をついた。
「なんかどや顔で言ってたけどさ、男が可愛いなんて当たり前じゃんね」
「そだな」
男目線から見ると違うものなのだろうか。ククリが腕組みをする。
「まあぶっちゃけさ~、あの背丈はちょっといいよね~」
と言ってしまってから、ちょっと後悔した。
「え、何、お前コーチいけんの?」
とカットラスはからかった。
「いあ、そういう~……わけじゃないけどさ~」
ククリは振り返った。カットラスは真顔に戻りストレッチを始める。
紅白戦、CBはランスと錫杖が並んだ。
「ランス。お前は潔癖すぎる。時にサッカーは手を使って相手を掴んだり引っ張ったりすることも必要だ」
「総長。我が輩はルールに背くことを許されぬ。倫理規範、誠実、無私の勇気、寛大さ、優しさ、慈悲、正直さ、高潔さ。騎士は何一つ欠けてはならぬのだ」
おそらくこの女は生涯に渡って一度もカードを提示されることはないだろう。




