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ホモに恋するFOOTBALL - triumph or beauty -  作者: 幼卒DQN
妖精の羽が抜け落ちる前に
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スルーパス

「ここどこ?」

「ここがおっちゃんの仕事場」

 無垢の瞳が俺の胸を震わせる。

 俺はミーティングルームに入った。背後で足音がする。

「その子は誰ですか?」

 うるさいのが来た。


 うつむくと、俺は、知らない男の子の小さな手を握っていた。

 この子は誰だろう。

「うーん……」

 何も思い出せなかった。

「とりあえず警察に連絡しますね」

 止めようとするもとりあわずフランは部屋を出て行ってしまった。

 

 土曜の練習は午後三時に始まる。あと三十分ほどだ。

 俺はしゃがみ込んだ。男の子は五歳ぐらい。所在なさげに椅子に座っている。狂おしいぐらいきゃわいい。

「よし。何かお話をしてやろう。

 むかぁしむかし、ある日の夕方のこと。男が羅生門の下で雨のやむのを待っていました」

 すんごい勢いでフランが戻ってきた。

「何やってるんです」

 声が低い。目がざくざく俺を刺す。

「昔話」

「小さい子には楽しい話をして下さい! そんな話をしたら泣いちゃうでしょ!」

「いや違うんだよフラン。可愛い子には旅をさせよと言うだろう。俺はこの子に生き馬の目を抜く現実の厳しさを……」

「髪の毛を抜く老婆の話なんて一生もののトラウマになります」

「うるせえお前は星の王子様でも読んどけ!」

 フランは問答無用で男の子を没収すると出て行ってしまった。

「俺が拾ったのに……」


 エロスはひどい|Sentimentalismeサンチマンタリスムさいなまれた。のたうち回る。頭に指が食い込む。やがて。唐突に動きを止めた。嗚咽おえつの声を上げた。

 ああ、

 俺は本格的にやばい。


 そしてパトカーが来て、男の子を拉致って行ってしまった。

 とぼとぼ練習場に向かう。

「ねえ、最近フランよくコーチんとこ行ってるよね」

「うん」

 カットラスとククリが屈伸をしている。二人は顔を見合わせてニヤニヤした。ククリが尋ねる。

「フランさあ、コーチのことどう思う?」

「うん? 大っ嫌いだけど」

 カットラス、ククリ、それから手裏剣はほくそ笑む。

 俺はドアを開け、練習場に入った。

 フランと目が合う。フランは顔を伏せた。

 まあ、しゃーない。憎悪されても仕方がない仕打ちを俺はしている。それはそれで。


「刀。可能であればパスは受け手のいるところじゃなく、受け手の前方に出せ。前に走りながらボールを受けないと攻撃にスピードが出ない」

「刀ぁ! ボックスん中で突っ立ってんじゃねえ! フリーになる工夫をしろ!」

「刀……。いっぺん出ろ。鎖鎌、代わりに入れ」


 今日はなんだか金網の外が騒がしかった。なんだ練習まで観に来るファンが出来たのかとうきうきしながら目を遣ると、身に覚えのある面々が練習の応援に来ている。

 レイピアがボールを受けるたび、ボールを蹴るたびに、どっと応援団は沸き、楽器を吹き鳴らす。

「おいレイピア」

「何かしら?」


 彼女の金髪は傾きかけた陽の光を浴びてまばゆく輝き、風に遊ぶ。肉体痩躯で、蹴っ飛ばしたらぽきりと折れるだろう。そして俺は怒り狂った応援団が金網を昇ってきて俺がモグラたたきのように連中に正義の鉄槌を下す妄想を存分に楽しんだ。

「あいつらお前の身内か?」

 レイピアは背伸びして俺の頬を掴むと、ぐいっとそっぽを向かせる。

「意識されていると思わせないで。あの者達が喜ぶわ」

 

 一旦、選手達を集める。

「人間は走り出してから一瞬でトップスピードにはなれない。155cmの手裏剣は5歩で最高速に至るが182cmのランスは8歩は必要だろう。一般的に体の大きな選手は初速が遅い。助走を経てスピードに乗る」

 俺はDFを四人、ゴール前に並べた。

「人のいない空間にパスを出すことをスルーパスと呼ぶ。相手チームのDF(ディフェンダー)がこのようにラインを形成していたとする」

 俺はバイタルエリアにドリブルしながら進み、刀を右サイドからゴールに向かって走らせる。


DF(ディフェンス)ラインの裏にスルーパスを出す。あらかじめ走り出していた刀がDFの裏にトップスピードで走り込む。パスを出され、DFは刀を追いかけるが刀はトップスピードに至っているので追いつけず、刀はフリーでパスを受け取る。これがスルーパスの基本的な仕組みだ。また、類型にアーリークロスがある」

「アーリータイムズ?」

 俺はクリスを眺めた。こいつは変なことを知っている。

「earlyとfastの違いは何だ? レイピア」

「前者が時間の早さね。後者はスピードの速さ」

「ご名答。ということはアーリークロスは時間が早いクロスということになる」サイドのおはじきがクロスを蹴る。「アーリークロスはストライカーがゴール前に進出する前に、早めに出しておくクロスだ。ストライカーの前方のスペースにクロスを放つ。ボールが到達する時間とストライカーがボールに追いつく時間を一致させるのが望ましい。全力疾走する選手にDFがマークし続けるのは難しい。よってタイミングと精度が合えば決定機になる。


 ストライカーがゴール前で待機するところにクロスを放つとDFと競り合う羽目になる。アーリークロスはフリーでシュートするための効果的な手段だ。

 縦パスならスルーパスと呼ばれ、クロスならアーリークロスと呼ばれるが名前が違うだけで理屈は一緒だ」 


 俺からパスをもらった刀がお口あんぐりで驚いている。「そういうことだったのか!」とでも思っているのかもしれない。どうやらこんなことすら知らなかったようだ。


「フリーランニングがないと効果的な攻撃ができない。オフサイドを恐れるな。体力を惜しむな。ゴールを決めるために必要な投資だ。

 

 エレメントのパスワークを見ただろう。ボール保持者(ホルダー)がパスを出しやすいように周りの選手が動いてパスコースをつくる。今のヴァッフェに一番欠けていることだ。お前らは全然頭を使ってない。」

 レイピア応援団も立ちっぱなしで俺の話を聞いている。


「パスを出すときは、受け手に優しいパスを心がけろ。

 まず、受け手のことを理解すべきだ。一人一人の走力を考えろ。スルーパスもあまり前方に出し過ぎると届かない。自分のパスを受け手がどんなトラップをして、次にどんなプレーをするかまでイメージするのが理想的だ。ノートラップ(ボールを止めない)で繊細なプレーをして欲しいときはスピードの遅い規則的に転がるパスを、受け手の後ろに相手チームの選手が迫っているときは速いボールを。次にどちらの方向にターンしてプレーして欲しいかによってどちらの足に向かってパスするかも変わるだろう。もちろん利き足も考慮すべきだ」

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