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ホモに恋するFOOTBALL - triumph or beauty -  作者: 幼卒DQN
妖精の羽が抜け落ちる前に
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誤算

 そして前半終了の笛が吹かれた。


 スタッフはこうべを垂れて、引き上げる。

 先程、オー・ド・ヴィはわらわがパスを出すのを知っていたかのように、走り込んでいましたわ。

 おそらくあの空間パスコースは、罠。

 なんて卑劣な! 妾に足下の技術がないのも察知され、その上で彼奴等きゃつらは妾にさきのパスを誘導し……なんたる屈辱!


 横浜が入った隣のドレッシングルームから、どっと笑い声が響いた。

 先取点は、重い。

 サッカーは先取点から動き出す。『点を取りに攻めなければならない』というカセを負うとゲームが動き出し、攻めた側が更に失点する確率が増す。先取点を喫したくないからスコアレスの状態では両チームともリスクを負わない試合運びになりがちだ。チームの地力じりきに差がない限りは。


 主導権を握る強豪チームの監督はどれだけリスクを負って攻めるか、決定する権利を持つ。ディフェンスラインの深さ、どこからプレッシングを仕掛けるか。相手の戦略と相対的な関係もあるが、基本的に弱者は相手が定めたルールに則って戦う。


「日本人的な美的感覚のチームだな。何より知性とトラップとパス技術を重んじ、繊細な攻撃を仕掛ける。身体能力は二の次。そりゃあ観客も入るってもんだ」

 みんな口数が少ない。スポーツドリンクを啜る音だけが響く。

「マン・ゴーシュ。右サイドバックはできるか?」

「でぎなくは、な゛い」

 マン・ゴーシュは目をそむけたままで答える。

「ショーテルと左右を入れ替える。後半、ショーテルは上がりを控えろ」

 ショーテルの点で合わせる右足クロスは、左サイドバックでは活かしにくい。

「そのほかは?」

 フランベルジュは催促する。

「このままでいい。このまま、戦うぞ」

 選手達はひそかに嘆息したかもしれなかった。

 でも仕方がない。どうシミュレーションしてみても、横浜にスペースを与えたらその瞬間にズタズタに引き裂かれる。

 何かが起きるまで、待つんだ。

 あの女の顔が歪むのが見たい。

 でも何も起きなかったら、そのときは。



「ああ、左右が入れ替わったのか。よろしく、チビちゃん」

 マン・ゴーシュは無視した。ヴェンティラトゥールは首をかしげ、左手で焦げ茶色のマッシュボブを掻き上げる。微笑の泉はこんこんと湧き続ける。

 笛が吹かれた。


 そうだ。スポーツは楽しんでやるものなんだ。

 あのくそBBAは正しい。練習だって楽しくやれるはずだ。

 楽しんでやれば上達も早いだろう。


 笑顔が東京の選手達に突き刺さる。彼我の立場の差を克明にする。

 あの顔を引き裂くには、うちがリードするしかないだろう。

「……それができりゃあな」

 ポツリと漏らした言葉に、フランがちらりと俺を見遣る。


「パヌパヌ! パヌパヌパヌ!」

 そして手裏剣は競り合いに負け、再三にわたってボールを取られた。そもそも前が向けない。そしてベルベッドの床を滑るような、横浜のロンド(パス回し)が始まる。


 カットラスがチェックに行き、伸ばした足が相手に引っかかり、もつれて転ぶ。主審が笛を吹きカットラスの反則を示した。

「ちゃんと見てました? 故意じゃないですよ? 雰囲気で吹いてません?」

 主審がイエローカードを提示する。カットラスは手裏剣と弓になだめられてようやく引き下がった。


 サイドチェンジのボールを引き取り、SH(サイドハーフ)ヴェンティラトゥールが左サイドを駆け上がる。

 マッチアップするのはSB(サイドバック)マン・ゴーシュ。ヴェンティラトゥールはマン・ゴーシュにボールを差し出し、つま先でゆらゆらと転がした。次に足を上げ、ボールの上で足首の運動をするようにぶらぶらさせる。ボールはマン・ゴーシュの目と鼻の先だ。マン・ゴーシュはじりじりと間合いを詰める。

 残念。食いつかないか。

 ヴェンティラトゥールはボールを足下に収め、ゴールラインに向かってドリブルを開始。マン・ゴーシュもついてくる。

 スピードだけじゃ、抜ききれない。

 ヴェンティラトゥールは急停止。マン・ゴーシュも止まった。

 静止。

 誰も二人の一対一デュエルの邪魔はしない。固唾をのんで見守っていた。うちが勝つはずと二十人が信じて疑わなかった。


 なら、やっぱり、これだ。

 ヴェンティラトゥールはマン・ゴーシュに向かってしずしずとボールを進める。マン・ゴーシュは無造作に立っている。


 来い!


 来ない。

 来てくれなきゃ、得意のルーレットができない。

 あ。

 ひゅっと足が伸びてマン・ゴーシュはボールをかっさらう。クリアー。


 おチビちゃんの間合いに入っていたようだ。しかし東京は完全に包囲されている。ボールを確保。

 クリアーされる度に、東京は全員が前線までプレッシングに来る。そういう決め事があるようだ。だが、どれだけボールを強請ねだっても無意味。結局、横浜の攻撃は再開される。


 クリアボールを受け取るとヴェンティラトゥールはまたおチビちゃんに挑んだ。

「かわいくない」

 は? 何を言っているんだい?

 シンプルに。上半身を揺する。おチビちゃんは反応しない。どこまでも動かない。スピードと切り返し、でッ!

 何気なく伸ばしたマン・ゴーシュの足が、事も無げにボールを盗む。そしてクリアー。


 マン・ゴーシュはまともにボールが蹴れない。味方となずむ能力もない。味方との連携が苦手だ。

 だが目がいい。対峙する相手の筋肉の動き、視線を見逃さない。意図を汲み取る。洞察力がある。ドリブラーを封鎖する。

 これで当座はしのげそうだ。

 さあて。

「全員、アップしとけ。誰が足をるか判らん」

 ベンチから、選手達が飛び出していく。

 参ったね。

 東京の動きが鈍い。


 どうやら。俺はまたもミスを犯してしまったようだ。


 守備はリトリート。深く守っている状態から、相手がボールを下げたときにプレッシングしろと俺は指示を出した。すると、移動距離が長くなる。ボールを奪うことなく相手が攻めてきたらまた守備に戻るためまた長い距離を移動する。しかも、今日はボール保持(ポゼッション)率は完全に横浜のものだ。うちはボールを追いかけ回し、エレメントはひたすらパス回しをしているだけ。ヨハン・クライフの言葉にある。『ボールを動かせ、ボールは疲れない』


 そう。もうこのゲームはうちのものだ。

 ヴェンティラトゥールはポジションを変えた。

 スタミナのご利用は計画的にね。

 あのおチビちゃんを避ければ敵はいない。

 チャンス。ゴール前が手薄だ。ヴェンティラトゥールは弓に挑んだ。

 右足で弾いたボールを突き出した左足に当て、弓の足をかわす。

 抜いた。

 FWが左右に開いてDFを引きつけ、ボックス内にスペースを作る。カバーできる者はもういない。しかしランスが慌てて詰めに来た。ヴェンティラトゥールは右足を振り抜く。

 ゴールに突き刺す。

 ティンベーにかかった魔法はとっくに解けていた。

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