楽しいバスツアー
「週刊サッカーダイジェストです」
「あ、うちはサッカーマガジンです。よろしくお願いします」
「視線ください~」
俺は慌てて姿を隠した。
そして、物陰から様子をうかがう。練習場の片隅でフランを大人達が取り囲んでいる。彼らの持つコンデジがフランに次々と光を放つ。
どうやら、フランに取材が来ている模様。事務室に躍り込む。
「フランが何かやらかしたのか?」
「ええ、そうですよぉ! ほら!」
おっさんAが書面を突き出した。
「日本国籍、取得……」
「フランの父親はフランス人だったんですが既に日本に帰化していましてね。彼女も日本国籍を申請していたんです」
「何が変わる?」
「間違いなく世代別日本代表に選ばれるでしょうね! 知名度が全国区になって人気が出て……彼女にはうちの象徴になってもらわなくては!」
口には出さないものの間違いなくおっさんAの頭の中でそろばんの玉が躍っている。
……なるほど。そういうことか。
日本人選手のことを悪く言うと、奴がやけに嫌がるなと思ったら。そうか。心理面で微妙な時期だったのだ。
おそらく、これから日本人に成るに当たって、日本を好きになろうと努めていたのだろう。
これはからかい甲斐がある。まったく、思春期の女ってのはナイーブ
だからいじめると面白い。ビリビリに千切ってやろう。
十月九日。ヴァッフェ東京U-18を乗せたチームバスは横浜に到着した。
選手達と雲母せんせいは荷物を搬入する。俺はグラウンドに出た。曇りで暑くも寒くもない。観客席はそれなりに人が入っていた。うちとは大違いだ。芝の状態も素晴らしい。どこもかしこもピカピカだ。
「はいは~い。smile、smile~」
エレメントの監督だろうか。よく響く女性の声が聞こえる。何か冗談を言ったのだろう。エレメントの選手達はコロコロと笑った。俺はいらいらした。やがてうちの選手達が出てきてアップを始める。
「君、帰化したんだって?」
フランは振り返った。
「よろしく」
オー・ド・ヴィの差し出した手を握る。赤毛で比較的がっしりとしている。目はせわしなく動いて落ち着きがなかった。
「悪いが、わたくしは試合に出るかどうか判らない」
「怪我でもしてるのかい?」
「万全の状態だ。だがともかくスタメンじゃない」
清潔なドレッシングルーム。俺は声を張り上げた。
「前の試合で、セットプレーからやられたな。向こうに交代メンバーがあってそれでマークがつかない選手ができてしまった。で、マークの受け渡しを簡略化しようと思う。
うちの背の高い順に敵チームの背の高い奴を順次マークにつけていく。高い順から。ランス、錫杖、フラン、スタッフ、刀、弓、モーニングスター、ショーテル。さっき、相手の長身選手の背番号をメモってきた。これがそのコピーだ。それぞれ、マークにつくように。誰が誰のマークにつくか、点呼を忘れるな」
全員に紙を配る。
「守備はリトリートでいく。だが、横浜ディフェンスラインの誰かにボールが渡ったら、全力でプレスをかけろ。奴らはクリアしてこない。そこでボールを奪えれば一気にチャンスになる」
選手入場。観客の声援が暖かくエレメントを包む。
整列してみると、エレメントの選手は背が低いのが多かった。
まるでどっかで見たことのあるような思想だ。
「ああ! 監督さん、変わったんですね!」
「ええ、まあ」
エレメントの監督がうちのベンチにやってきた。
「少しは……歯ごたえのあるゲームにしてくださいね。前は練習になりませんでしたので。あれなら紅白戦やってたほうがよほどまし」
そうして歯を見せて屈託のない笑みを浮かべた。
おそらく、天然だ。ああぶん殴りてえ、と思う前に手が出ていた。しかし慣れているのかこのねえさん跳び退った。
「忌憚のないご意見ありがとう御座いますくそBBA」
「まあ怖い」
まあ、試合前だしオッケーだろ。ああ、予備動作が大きすぎたな。もっとこう、脇を締めて殴ろう。しゅっしゅっ。なんだろう。ちょっと本気で勝ちたい。




