今日も明日もボールに大地は回って歌って ②
「監督にふさわしい人間とはどのような者だろう。
監督の大事な仕事に、やる気を上げるというものがある。戦術面は他のコーチに委せてもいい。なら、明るくて人を楽しませるような人はどうだろう。
いない。
ということはおそらく向いていないのだ。お笑い芸人気質の監督や会社のトップはまずお目にかかれない。サッカーでは手倉森誠がたまにダジャレを口にするぐらいだ。
例えば、都並敏史は戦術に明るく朗らかでコメンテーターとしては非常に重宝されるが監督としては冴えなかった。野球では古田敦也が好例。知性を褒めそやされ監督としても期待されたが現状、雌伏を余儀なくされている。
偉大な選手を束ねるには偉大な監督が必要だ。選手が監督を見下すようでは言うことを聞いてくれない。選手としては平凡だったモウリーニョが自身をスペシャル・ワンと称したのもこれと無関係ではないだろう。
2年目、選手は監督との付き合い方に慣れる。既視感に遭う。下手をするとマンネリになる。手の抜き方を覚える。
そんなとき、監督は支配力を発揮する必要がある。偉大な監督というものは厳格なものだ。その言葉は重く、妥協を許さない。選手を屈服させなければならない。軽佻浮薄な者は人の上に立つべきではない。
そして詰まるところ、監督は魅力的な人間でなければ務まらない。厳しいだけでも、優しいだけでも駄目だ。尊敬されるような人間だけが、優れた監督になれる。長期政権を築いたファーガソンやヴェンゲルはおそらくとてつもない人望を集める人格者だ。誰よりも戦術を説明できても、監督として優秀かどうかはわからない。そしてこれは監督に留まらない。勉強がすげえできてもいい先生になれるとは限らない。会社のトップも、一人の子の親も。
さて、我らがヴァッフェはどうだったか。
お前らは、俺に対してまるで敬意を示していない。俺が監督を続けていたらきっとひどいことになっただろう」
だってさ、敬語とか使ったらさ、なんか、距離が開いちゃうじゃん。マン・ゴーシュは口を尖らせた。
敬意より、もっと上だ。
好き……なんだ。
「優勝したチームはなおさら制御が難しい。メディアは賞賛の言葉を惜しまず、持ち上げて、選手は神のように崇められる。
すると、また今年も勝てるだろう。と、つい手を抜いたり私生活が乱れたりする選手が現れる。盛者必衰の理は避け難し」
モーニングスターが質問。
「日本もその傾向はある?」
「それなりに。祭り上げられて努力を怠る選手がいる。ただ、日本はそこまでサッカーの人気が高くないので神にはなれない。イニエスタが普通に銀座線に乗れる国だからな。神々が日本に来ると一般人気分を味わえる。
ましてなでしこリーグの選手で驕った選手はほとんどいないだろう。可愛いもんだ」
可愛い……あたしのことだな。手裏剣は口角を上げた。
「さて、以前俺が話した内容にまたも間違いがあった。3つもだ。
1つ目。俺は本田圭祐はもう無回転FKを決めることはないだろうと言った。誤りだった。ただ、弁解すると、パチューカの本拠地は標高2500m弱。
無回転シュートは空気抵抗があった方が不規則な動きをするため決まりやすい。だが、ホップするようなシュートは気圧が低い方が揚力が生じて、より伸びていいシュートになりやすい。
2つ目。俺は日本代表に酒井高徳が相応しいと言った。だが、現状成長が止まってしまっている。酒井宏樹の方がずっと成長している。これは完全に俺の見込み違いだった。
3つ目。俺はネイマールはPSGで玉座に着く、と言った。
いや、ネイマールは確かに腰を下ろそうとしたのだ。PSGとの契約条項に
『ネイマールに対して練習で削るの禁止』そして『守備のチーム練習を免除』を盛り込んだらしい。特別扱いだ。
そしてバルサでメッシがそうであったように自分がPKを蹴ろうとした。
しかしこれに反旗を翻す者がいた。エディンソン・カバーニだ。
カバーニは2015-2016シーズンまで息苦しさを感じていたはずだ。CFには王様イブラヒモビッチがデンと居座って、カバーニは右WGとして側仕え。イブラが移籍すると、ようやく本来のポジションに戻った。そしたら今度は見たこともない移籍金と月給4億円強の給料で25歳のネイマールがやってきた。カバーニからすればそう易々《やすやす》と王様待遇を認めるわけにはいかなかった。口論になる。
背番号10を付けたネイマールは玉座に半分空気椅子で座っている。半ケツ状態。
ネイマールの不遜な態度は反感を呼んだ。サポーターからヤジを受ける。ネイマールは移籍を望むようになった。バルサに立ち寄って気持ちを吐露。しかしバルサはもう後釜を獲っている。バルサは首位を快走中。
ピッチを出ればその態度はプロとは言いがたい。
まるで子供だ。しかしその実力ゆえに、彼は容赦される。現在最も高い値札が貼られる選手だ。PSGもリーグ優勝は揺るぎない。ネイマールを引き留めようと躍起だ。出て行くにしても、レアルマドリーに弱みを見せてはいけない。彼の口から移籍という言葉が飛び出す度に回収できる移籍金は安くなっていく。
ブンデスもライバル不在。バイエルンは監督を替えた瞬間に生まれ変わった。アンチェロッティは悪い監督ではない。どこを指揮しようが80点の仕事をする優れた監督だ。しかし2年目になるとプライド高い一流の選手達を統率しきれなくなった。
ライバルになるべきドルトムントはデンベレの穴を埋められず、オーバメヤンを引き留められず後退。
イタリアは、さすが戦術の国だけあって優秀な監督を多数輩出している。中でもナポリの指揮官サッリは俺の憧れの監督だ。今年はついにユーベと競り合うまでになった。
サッリにプロサッカー選手の経験はない。銀行員をしながら下積みを重ね、檜舞台に躍り出た。ハイラインハイプレスのショートカウンターが主な戦術だが、イタリアの守備のエッセンスをふんだんに盛り込んで守備力も堅持、スペクタクルなゲームを見せてくれる。
190cmのマンジュキッチはポストに適正のある選手だがユーベで左WGとして使われている。
マンジュキッチをCFとして、イグアインをSTとして使う。ディバラと併用、ツーシャドーもいい。普通の監督ならそれが普通の使い方だ。でもそうするとイグアインの決定力が半減する。
アッレグリはいつでも相手チームの喉元に匕首を突きつけておきたかったのだ。そしてマンジュキッチの運動量を守備にも活用している。
大体のチームはサイドにスピードがある選手を置く。サイドは比較的スペースがあるため、スピードがある選手の力が活きる。
ここでも件のエレメント戦のテーマ、ミスマッチが鍵になる。
攻撃時にはミスマッチをつくり、守備時にはミスマッチを埋める。これが鉄則だ。故にFWは高さであれ、スピードであれ、尖った能力を持った選手が有用になる。だからJリーグでは外国人ストライカーが重宝される。実際、得点力は日本人より高い。
サイドアタッカーに対抗するため、SBはスピードのある選手が多い。しかしそこにフィジカルコンタクトの強い選手を置いたらどうなるか。
ミスマッチが生じる。抜かれることはなくても、起点を作られてしまう。
昔、サッカーは今よりは少し牧歌的だった。1試合に12kmも走る選手はおらず、DFが体を寄せてくるまである程度の猶予があった。
プラティニ、ジーコ、ルイコスタ……。身体能力は平凡でもテクニックと知性を武器に活躍できる時代があった。
今は違う。バイタルエリアは混み合い、封鎖されている。バイタルエリアから悠々とラストパスを送る司令塔は過去のものだ。
しかしユーベ時代のジダンは巌のようなフィジカルでボールを守って前を向き、ゲームメークした。レアルマドリーに移籍すると左サイドからゲームメイクするようになった。そこでもやはり、ミスマッチをうまく活かした。
プレミアリーグが今シーズン一番のトピックだ。
プレミアはリーグ戦と平行して国内カップ戦を2つ行う。日程がタイトになり、おかげで冬休みがない。当然勝てば勝つほど過酷になる。すべてに勝っていくと冬休みの方がむしろ日程が厳しくなる。
下位のチームも高額の分配金を受け取れるおかげでどのチームも強く、手が抜けない。クラブ収入ランキングトップ20のうち半数はプレミア勢だ。疲弊し、CLやELで戦うための余力が残せず、ここ数年プレミア勢は苦杯を舐めてきた。
今年、潮流が変わった。マンU、シティ、リヴァプール、チェルシー、トッテナム。5チームともに強さを見せて決勝トーナメントに名乗り。
ついに、決壊した。不利をはねのけてものともしない強さをプレミア勢が手にした。
プレミアの試合はチケットが高い。なのに観客はスタジアムを埋める。ブランド力がある。アジアから高額の放映権料が入る。
金にはどうしても負のイメージがつきまとう。額に汗して働いても、対価に見合わぬ絵を売りつけても、得られるものは同じだ。サッカーに於いても金より強い物などない。
プレミア勢は高い人件費が払える。世界各地から優秀な人材を吸い寄せる。海外のサッカーが輸入され、融合を果たす。強い相手と戦うからこそ、より成長する。
ただし、冬休みがない不利はここからCLELで効いてくる。ともかく。
イングランドの時代だ。
現在、ペップより選手管理能力が上の監督はいないかもしれない。2年目になると却って勢いを増している。自分好みの選手を買い漁ってプレミアでテクニカルなサッカーを展開、バイエルン時代よりも羽振りがいい。積極的に補強している。
2月3日のバーンリー戦、怪我人多く、ベンチに7人座れるにも関わらず遠征に連れて行ったのは17名。下部組織から連れて行くこともなく1人空席のまま試合に臨んだ。ペップ流のジョークなのだろうが、若手なんか使えるかまだまだ足りねえよと言うアピールなのだろう。
マンUは……モウリーニョは牙を抜かれた。
レアルマドリー時代にひどいダメージを受けたのだろう。なにせ息子にまで中傷は及んだらしい。
もう選手に格闘を強要することはなくなった。ファンハール時代のパス回しが目的のパス回しから、少し有機的になったとはいえいまいちなパスサッカーを展開。優秀なアタッカーを抱えるが、シティに遠く及ばない。
スペインは年々、放映権料分配金の傾斜配分をなだらかになるよう務めている。下位の収入が増えてきた。おそらくRFEFの念頭にあるのはプレミアリーグの人気だ。
今年のリーガは見応えがある。格上に対してもハイプレスで対抗するチームが増えた。猫に真っ向勝負する凶暴なネズミ。
恩恵に浴したのはレアルマドリー。幾度か噛み殺されている。
今シーズン、ジダンは自分のやりたいサッカーに着手した。もともとジダンはゲームメーカーだ。テクニックを活かすサッカーをしたい。昨シーズンまでのやり方は本意ではなかった。
スペイン流の遅いサッカーだ。
遅い、と言葉はネガティヴなイメージを多分に含む。なら、慎重に、と言い換えてもいい。これならかなりポジティヴなイメージになる。まあ言葉遊びはどうでもいい。
曲線的で、技巧的でたくさん寄り道する、頭脳的なサッカー。日本人が大好きな奴だ。スペイン人もこれが大好物だ。
リーガでプレーする選手はみんな遅いサッカーに慣れている。ということは、遅いサッカーへの対処も知っているということだ。よってレアルは昨シーズンの爆発的な得点力を失った。
このサッカーでプラスに働く選手はモドリッチとイスコ。後は大体マイナスだ。
Cロナとベイルでパスサッカーをするなんて、巨人にお裁縫をさせるようなものだ。この2人の武器はトップスピードとパワーだ。つまりカウンター、縦に速い攻撃だ。
幸い、今シーズンのCWCはUAEで行われた。スペインから日本に行くよりよほど負担が少ない。
時差に因る影響というのは地味に大きい。首尾良く優勝。だがこの2試合のためにレアルのスケジュールは厳しいものになった。
俺はボールを使う競技であればなんでも好きで、野球もよく観る。去年のWBCでアメリカに負けた直後、小久保監督が正直な胸の内をキレ気味に吐露した。
『日程は決められたものなんでどうのこうの言えないですから。アメリカに来ての準決勝一発勝負がこの雰囲気でやらなくてはいけないんで、今後もWBCが続く限り日程がこうであればこういうことになると思います』
日本で戦ってすぐにアメリカに乗り込んで、4日間の調整で決勝ラウンド。アメリカに有利なレギュレーションで戦わされている。改善しろと言っている。これが続くなら次のWBCも負けるだろうと言っているのだ。
まだまだジダンを解任しろと言う声は聞こえてこない。
それは彼がジダンだからだ。
サッカーにまったく興味のない日本人でさえ、日清カップヌードルのCMで地団駄踏むジダンを記憶している人がいるかもしれない。
偉大な選手は、監督になっても人気。
ゲームとしての出来はともかく世間ではFGOが人気だ。
人は英雄に夢を見る。
https://www.youtube.com/watch?v=pYWk-l-FNRw