ゾーン
守備になるとカットラス、ククリがプレスバックして、横浜のボール保持者をつつく。余裕がなくなったところを後ろからプレスしてボールを奪い、ハイボールをハルバードに。
これが前半のパターンでそれなりにボールを奪えていた。
ククリがまたもボールを追いかけ回す。
CH辰砂はつま先にボールを引っかける。CHクラウンエーテルへ浮き球パス。
いらっしゃい。
クラウンエーテルは腿でトラップ、そのままリフティングを始めた。
「舐めてんのこの腐れボケナス!」
カットラスがクラウンエーテルに詰める。クラウンエーテルは微塵も表情を変えず。いや、もともと破顔して。浮き球で銀将にパス。金閣寺がささやく。
「まあまあ。下品な言葉遣いやなぁ。女の子がそんなこと言いなや~。……あかんえ?」
ピッチの状態が悪いなら浮かせてしまえばいい。
横浜は時折、ボールを浮かせてパス回しをした。
剣の目から見て、自分達とはテクニックのレベルが違うと感じさせられた。カットラスは持ち場を離れてどこまでも追いかけていく。
横浜はできたスペースを起点に右サイドから攻める。辰砂はカットラスを引きつけておいて右WGヴェンティラトゥールにふんわりパス。
チャンスだ。
しかしヴェンティラトゥールの前にはマン・ゴーシュが立ち塞がった。この子、見た目は中学生にしか見えないがなかなかどうして難敵。フェイントしてもぶれず正対し、抜き所を作らせない。
「ご機嫌よう!」
右SBシロガネーゼが後ろから駆け上がり援軍に来てくれた。彼女をマークするはずのカットラスはいない。仕方なくDH独鈷杵がカバーに向かう。独鈷杵が近づく前にヴェンティラトゥールはパスを選択。シロガネーゼはかちっとボールを止め、クロスを放った。
フランはバイタルエリアにいた。アクセルを踏みこみゴールに向かう。薙刀が食らい付いていく。しかし走力の差でわずかに引き離された。ゴール前のスタッフと競り合いながら頭一つ抜け出しヘディング。ゴール右上隅に飛んだシュートにティンベーは右手を伸ばしまたもボールを弾いた。着地したフランの右足に薙刀は膝を突き立てる。弾いたボールをマン・ゴーシュがクリアー。
「フラン?」
ヴェンティラトゥールが呼びかける。
フランはわずかに顔を上げたのみで動かなかった。
「……どうして倒れないんだ」
剣は首をひねる。そこで倒れたらPKがもらえるだろう。着地時に蹴られたからフランは抵抗できなかった。薙刀は調子に乗って右足を削りまくっている。
思い出せ。
お前の右足には古傷がある。
そろそろ限界だろう?
剣は横浜ベンチを見やる。ピッチサイドで原子時計が正岡子規かと思うほど左を、ピッチの方を見ている。おそらく、フランの様子を注視している。
もう交代してくれよ。
フランは歩き始めた。風に薄紫のシュシュから伸びる白髪が舞う。
「ノッちゃったね」
漂白剤は笑顔でつぶやいた。
「まあ、勝ってはいるけど」
鐵はあきれ顔だった。
2人の視線はティンベーに注がれている。
後半のティンベーはなにか威圧感めいたものがあった。これはさすがに入っただろと思われたシュートにぐわっと飛びついてくる。恐ろしいまでの反応速度で手が伸びる。
オー・ド・ヴィは口をとがらせた。
以前、ヴァッフェと試合したことがある。そのときもあのキーパーは突然変身した。だが、それも長くはもたなかった。一点決めたらまた元に戻るはず。
ボール保持率は横浜が8割方支配。しかし最後の壁が突破できない。
フランは水を飲みにピッチを出た。しかし忠義に篤い薙刀はフランのお供。
51分。
自分はまだできる! フランは後ろにスプリントしてボールを受けると痛みをこらえドリブル。ランスを抜き去る。独鈷杵はフランの右足を引っかけファールで止めた。
「フランを片時も離すな!」
剣は叫ぶ。
ゴール正面。だが30mはある。
「わたくしが蹴ります」
フランは躊躇せずボールを拾い上げる。
薙刀はフリーキックまではさすがに関与できない。
助走。何気なく、振り抜く。
ボールは高く浮いた。しかし急激に落ちる。
「枯れ葉!」
剣は初めて見る。
冬、木は水分を奪われないよう、葉を落として春を待つ。ボールはティンベーにadidasの6文字をしっかと見せつけたまま。無回転なのでボールの後ろの空気が渦巻き、ボールは奇妙に揺れる。ジュニーニョ・ペルナンブカーノやマルコス・アスンソン、日本人では本田圭佑などがその使い手だった。
ティンベーは大きく息を吐いて。体の力を抜く。
マジュンヤサ。
魚を素手で捕まえる時に似ていると思った。水中で急激に曲がる。その動きはなかなか予想がつかない。ボールは枯れ葉が舞い落ちるようにゆらゆらと。
ティンベーは両手を突き出しボールを弾いた。バーを叩いてボールは真上に、ゴールラインを越えた。ティンベーが必死に掻き出すももう遅い。




