国府津海岸
江の島神社から下ってくると、時間は14時を少し回ったところだった。
もう少し遊んでいたいところだが、あまり遅くなるとみんなが心配する。
僕らは江の島を出ると、江の島大橋を左に曲がり、134号線を西に向かった。
行きと違って然程渋滞はしていない。
辻堂海浜公園前の海岸は、太陽の光に照らされて綺麗な光を放っている。
僕らはそれを横目に、風になる。
花水川橋で右に折れ、62号線を北上すると、花水橋東で国道一号線に合流する。
そこからまた西に向かって走る。
大磯をすぎ、二宮をすぎ、国府津駅を通り過ぎたところで僕は左に曲がる。
どうしても彼女を連れてきたかったところ。
国府津海岸。
バイクを停めると、西湘バイパスの下をくぐり、僕らは砂浜へ出る。
西湘バイパス沿いに海を見ると、どこまでも遠くまで並行して続いているように見えた。
流石に少し疲れた僕は、ヘルメットを枕に砂浜に寝転がる。
灯は地元じゃお目にかかれないスペシャルビューと、その海の美しさに感動しているようだった。
ここの海は本当に美しい。
遮るもののない景色を眺めていると、心穏やかになっていく。
そんな事を考えながら、南から吹く風に、少し黄昏ていた僕を現実に巻き戻したのは彼女だった。
「ねぇ!海気持ちいいよ!ほら!」
灯は海の水を両手で掬うと、それを辺り一面にばら撒いた。
解き放たれたその海水の雫は、日の光に反射しキラキラと輝いて見える。
でも、輝いて見えたのは水の雫だけじゃないんだ。
小学生以来見た事がないんじゃないか?って位無邪気に笑う彼女。
その横顔に、不覚にも見惚れてしまっていた僕の腕を掴み海岸へと誘う。
ズボンのまま海に連れ込まれると、僕は彼女から水かけの洗礼を受ける。
それを見てまた楽しそうに笑う彼女。
僕はそんな彼女を見て少し腹立たしくもあったが、結局いつもの様につられて笑ってしまう。
一瞬だけど彼女が綺麗に見えたんだ。
今日一日で、僕は新しい彼女を沢山発見した。
灯の事なら何だって知っている気でいた。
けど、違ったんだ。
僕が知っている灯はまだほんの一部でしかないんだ。
ひょっとしたら彼女自身もそれに気が付いていないかもしれない。
僕がこんなにも灯の事を考えているのに、彼女は楽しそうに笑顔で僕を見つめるんだ。
僕だけこんな気持ちになってるなんてなんか悔しい。
僕は海水を掬うと、それを彼女に向けてばら撒いた。
待ってましたと応戦する灯。
気が付けば僕らは無邪気だった子供の頃に戻っていたんだ。
ひとしきり遊ぶと僕らは海岸に並んで座った。
「素敵な海岸だね。よくこんなトコ知ってたね。誰かと、、、来た事がある、とか?」
灯は少しだけ寂しそうに遠くを見て言った。
「免許取りたての時、原付に乗っていつもの三馬鹿トリオでツーリングにきた時偶然見つけたんだ。」
そう答えると、灯の表情が明るくなった。
「だよね!ここまで意外と遠いし、私以外に一緒に来てくれる子なんていないもんね!」
灯は少しだけ意地悪そうに舌を出して笑った。
「男には異常にモテるんだけどね!残念な事に、女の子にはからっきし。だからバイクの後ろに乗せたのも、江の島に連れてったのも、この海岸に連れてきたのも、女の子じゃ灯が初めて。」
そう言って灯を見ると、どこか嬉しそうで、でも少し照れくさそうにして目を逸らした。
「さて、そろそろ帰りますか?」
僕はその場に立ち上がり、灯に自分の手を差し伸べる。
灯はその手を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。
夕暮れがとても綺麗で、帰るのを少しだけ戸惑わせるけど、僕らは西日に向かって走り出す。
家に着くと、時計は18時半を過ぎていた。
灯をバイクから降ろすと、僕はバイクをしまう。
「今日はとっても楽しかった。最近バイトばっかで構ってくれなかったから、私の事忘れちゃったんじゃないかって、少しだけ寂しかったんだ。でもそんな事なかった!連れてってくれてありがとう!」
そう言うと灯は僕にヘルメットを返すと少し恥ずかしそうに笑った。
僕は少し胸が痛くなった。
確かにこのところの僕は、単車欲しさにバイトに夢中で、灯の事を全然構っていなかった。
僕は灯を一人ぼっちにしていたんだ。
「ゴメン灯。僕は自分の事ばかりに夢中になって、灯を一人にさせてしまった。でもこれからは大丈夫だから。灯の事忘れたりなんてしないよ。」
そう言うと僕は灯から返してもらったジェットヘルメットをもう一度灯に手渡す。
「これ、お古で悪いけどさ。また今日みたいに灯と一緒に出掛けたいしさ。だからそれは灯が持っていてくれ!」
そう言うと灯は嬉しそうにヘルメットを胸に抱いた。
「嬉しい!このヘルメット可愛いから好き!ゴーグルもついてるし!とってもお洒落!」
はしゃいでいると、星野家のドアが開いた。
「ちょっと!なに家の前でラブラブしてるのよ!羨ましいから止めなさい!」
光さんだ。
「こんばんは!」
僕は光さんに挨拶する。
「こんばんは。ありがとうね、灯の事構ってもらっちゃって。この子ったら最近君が構ってくれないって、毎日拗ねてたのよ~。私の事嫌いなのかしら~ってもう大騒ぎ!あ、そうそう今度はお姉さんもバイクの後ろに乗せてね。」
相変わらず人を揶揄うのが好きな人だ。
「ちょ、お姉ちゃん!私そんなこと言ってないでしょ!止めてよそう言う誤解を生む発言!それと、バイクの後ろにお姉ちゃんなんか乗せません。タイヤがパンクしたら大変でしょ!?」
光さんの顔が急に変わる。
「なんですって!?私はアンタと違って胸は大きいけど、太ってはいないわ!アンタみたいな貧相な体の女の子より、私みたいな完成された大人の身体の女性の方が彼だって嬉しいはずよ!ね?」
いやいや姉妹喧嘩に僕を巻き込まないでくれ。
しかもご近所さんに丸聞こえだし。
「それじゃ、僕はお風呂に入りたいんで、この辺でお暇致します。灯、また明日な!」
ちょっと待て!!って声が聞こえてきたが、僕は構わず家に逃げ込んだ。
あぶないあぶない。
あの姉妹の喧嘩に巻き込まれたら大変だ。
僕は着ていた洋服を洗濯機にほおり投げると、お風呂に入った。
人を乗せて走ったなんて初めてだったから、身体の至る所が凝ってしまったみたいに痛い。
僕は湯船にゆっくり浸かると、今日一日の疲れを汗と共に流す。
お風呂から出ると夕飯が出来ていて、それを食べ終えると早々と布団に入った。
部屋の明かりを消すと、急に眠気が襲ってきて、僕は深い眠りに落ちた。




