秘密の昼休み
「美緒!一緒にご飯食べよっ」
中学からの親友、風間梨子が、いつもみたいに声をかけてくれる。だけど、あたしには立森……じゃないや、宏翔との『密会』が待っている。
「ごめん、梨子!あたし、これからしばらくお昼いないの!ほんと、ごめん」
そう言うと、梨子はにこりと笑って。
「そっか、わかった。いってらっしゃい」
そう言って、送り出してくれた。やっぱり梨子といると落ち着くなぁ。
「うん、ありがと。食べられるときは一緒に食べようね」
こうやって、何も言わなくてもわかってくれる梨子の優しさが好き。
階段や廊下に人が居ないことを確認しながら、生物室に向かう。だって、今はお昼休み。生物室に用がある人なんか、いないでしょ。
--パタパタッ。
生物室に続く廊下には、あたしの足音だけが響く。
--ガラガラッ。
ドアを開ける音も、一人だと大きく感じる。
「なによ、いないじゃん」
「誰がいないって?」
え。いいい今、どこから聞こえた?
恐る恐る首を向けると、あたしからはちょうど死角になる位置に、立森……ちがう、宏翔はいた。
「ちゃんと来たんだ、えらいえらい」
そう言いながら歩み寄ってきて、あたまをポンポンってされる。
--トク……
え、なに!?なんでちょっとキュンとかしてるのあたし!!
ちがう、絶対ちがう。これは、そう、予想外の行動にびっくりしたから、そうに決まってる!!
「だって、来いって言ったの、たて……宏翔じゃん」
あっぶな。危うく苗字で呼びそうになった。
「ん?今、美緒なんて言いかけた?」
「っえ?なんにも」
こ、これは……ばれてる?
「俺のこと、苗字で呼びかけただろ」
「は?」
内心めっちゃ焦ってます、あたし。
だけどその動揺を押し隠して、平然とする。
「ふふ。バレバレだよ、美緒ちゃん?あ、そっか、俺、お仕置きはキスにするって言ったんだっけ。わざわざ苗字言わなくてもしてやるから安心しろよ」
言いながらこっちに近づいてきて、もともと壁際にいたあたしは、簡単に押し付けられる。
金縛りにでもあったみたいに、近づいてくる顔から目が離せない。せめて、目くらいは瞑りたいのに。
「っや……っ。んんっ」
ついに、宏翔との距離はゼロ。ようやく金縛りが解けて、あたしは目を閉じた。
もっと早く解けてよ。
ヤダ、息できない。
「んーーっ!!っは、んぅっ」
苦しくて宏翔の制服の裾を掴むと、わずかに離れる唇。だけどすぐにまた塞がれた。今度はもっと深く。
あたしが抵抗をやめると、宏翔の舌は待っていたかのように口内を犯す。
「んふっ、やぁ……」
唇が離れるときには、あたしはすっかりキスに酔っていて。
崩れそうになる身体を宏翔の腕にすくいあげられる。
「気持ちよかった?」
「なっ、なに言ってんの……」
そう言いながらも、顔が熱くなるのを止められない。
「ハハッ、美緒は可愛いな」
えぇっ!?そんなこと男子に初めて言われた。…まぁ、お世辞だろうけど。
それでも、あたしの胸は期待をやめられない。本気で言ってるんじゃないって分かってるのに。なんでだろう。
「ほら、そんなに紅くなっちゃって。そんな顔で教室戻れないだろ。俺はもう行くから。美緒は落ち着いてから来な。それと……これからは放課後にしよっか。そのほうが人目もないし、今みたいな紅い顔も落ち着くまで待てるしさ」
その提案に、あたしは頷くことしかできなかった。声を出したら、震えていそうで怖かった。胸のドキドキが、宏翔に聞こえそうで。
あたしが教室に戻れたのは、お昼休みが終わる、直前だった……。