優等生の素顔
タイトルから分かるかもしれませんが、初恋のお話です。
「初恋は実らない」なんて、よく言いますよね。
そういう私も、初恋は実りませんでした。だから、初恋が実ったらいいな、そう思って書いています。
ある日の放課後。あたしは、長引いた掃除のせいで、廊下を走っていた。
もう遅い時間だから誰もいないと思って、走った勢いを殺さずに廊下を曲がったとき。
――ドンッ!――
「きゃぁっ!」「うわぁっ」
誰か……たぶん、男子にぶつかってしまった。
「うそ、立森?ごめん、あたし……」
あたし、吉崎美緒がぶつかってしまったのは、中学からの知り合いで、学校一秀才と言われる、立森宏翔。そして、立森は学校の王子様。ファンクラブもある、なんて聞いたことがある。その唯一にして最大のルールが、『抜け駆けはしない』。そんな人に故意じゃないとはいえ接触してしまったと知れたら、どんなことになるか分からない。
そう思ってアワアワしていると、はぁーっと溜息をついて立森が立つ気配がした。
「いってぇな。吉崎、お前どこ見て……」
途中で不自然に口を噤み、ハッとした顔をして。
あたしだって、たぶん……。すごく、間抜けな顔をしてるに違いない。
だって、立森は、こんな喋り方しないから。
中学のときから、立森は王子様で、それは性格もそうだった。みんなに優しくて、いつもふわって笑ってて。だから、にわかには信じられない。
「ちょっと、あんた、ほんとに立森?」
思わず、そんなことを聞いてしまった。
「そうだよ?何を言ってるのかな、吉崎さん」
「ま、待ってよ。さっきの、なに?」
どうしても納得できない。一瞬出して、また王子様に戻ったけど、どういうことなんだろう。
「そんなに知りたいなら教えてあげる。だけど、知ったら戻れねぇよ?」
言うが早いか、すぐ横にあった生物室に連れ込まれ、壁に押し付けられる。
「……っ」
一瞬で恐怖が頭を支配する。
「ゃ、やだっ、いいっ、知らなくてもいいから……っ」
「え?知りたいんでしょ?このままだと、明日にはたぶん制裁だね。俺、ぶつかられて快く許せるほどできてないよ?しかもそっちの不注意でしょ?」
立森がどんどんあたしの逃げ道を塞いでゆく。
「っ……。わ、わかった……。聞く、聞きます、聞かせて」
震える声でなんとかそれだけ言うと、立森はにっこり(悪魔みたいに)微笑み、言った。
「ん、いい子。俺はね、キャラ作ってんの。こっちが、素だから」
キャラ、を、作ってる……?
「なんで……?」
「それは、美緒にはカンケー無いだろ」
立森の口から飛び出したのは、そんな俺様な言葉。
今気づいたけど、さらっと名前も呼ばれてる。
「どうして?あたしが知ったらいけないことなの?」
「じゃぁ、逆に聞くけど美緒は俺のこと何でそんなに知りたいわけ」
途端に冷たい眼で見下ろされた。
なんでだろう。自分でもよく分からない。だけど、学校の王子様の素顔をもっと知りたいって言う自分も確かにいて。
そうやって悶々としているうちに、あたしは自分の世界にトリップしていた。立森のドアップと共に、互いの唇が重なるまで。
――ちゅっ――
軽いリップ音。それを残して、立森は離れていった。
離れてから、遅れてあたしの頭は認識を始めた。今、あたしはキスされた、って。さらに、カァっと頬が熱くなる。
「な、なに、してんの……」
「え?キスだけど」
さもこれは普通のことです、みたいに言われてちょっとムカついた。
「なんでよ……」
「口止め。ま、俺も本性バラされたくないし?美緒も制裁、受けたくないでしょ。ギブアンドテイクでよくね?」
はぁっ!?そんなことのためにあたしはファーストキスを奪われたのっ!?
「えぇ……どうしようかな……。もし、あたしがバラしたらどうするの」
「あぁ?そしたらさっきよりも過激なことしよっかな……。覚悟しとけよ」
ひっ!顔がマジだ……。こわいぃぃっ。
「わかったよ……。言いません!」
「ん、よかった。でも、やっぱいつバラすかわかんないし、これから毎日、昼休みにここ来て。来なかったらクラスに行くから」
え!昼休み……。まぁ……やることも無いしクラス来られたら困るし……。
「うん、わかった……。けど、クラス来るのだけはぜっったいやめてね!!」
「はいはい、しょうがないからやめてやるよ。じゃ、LINE教えて?」
さっきと一転、立森はにこっと微笑んで言った。もう、断れない状況が立森によって作られてしまっている。
しぶしぶながらLINEを交換して、やっと解放された。時計をみれば、既に一時間が経過していた。
家に帰ってケータイをみると、立森からLINEが来てて。
『また明日な。俺のことは宏翔って呼んでくれたらいいから。っていうか、呼んで。苗字で呼んだら問答無用でキスするから』
そんな文面だった。あたしはケータイを握り締めて、しばらく呆然と立ち尽くしていた……。