レギオン
レギオン
複数の悪霊が融合して生まれる強力な悪霊の一種
基本的に光の属性に弱く魔法に弱く、何の対策も施していないただの金属の剣には強い
ただ、銀製の武器には弱い
だが例外がある
ベルベオン帝国廃城がまだ人のいた時代
そこに現れたレギオンは驚異的な力を持っていたという
帝国城の広大な中庭の息を切らして歩く集団がいた。疲労を隠しきれない表情は全身に浮いた汗から長時間の訓練をしたことを如実に表していた。
「早く水浴びがしたい」
「お風呂くらい入らせなさいよ」
「我がまま言わずに黙れよ、ブス」
「は?」
女の集団と男の集団の間には明らか溝があり、険悪な関係を隠せていない。その様子を見て数日前までは同じ学び舎で共に学んでいたクラスメートだとは気づけないだろう。
姫様、姫様。浮かれたように連呼する男の集団。その姿は一種狂的で、女の集団はそれを気味悪そうに眺めていた。
「よし、水浴びしてもよし。男と女で時間を区切る。男の汗が嫌だと文句を言うのは目に見えているからな。まずは女から先に浴びて来い」
「はーい」
「返事は短くと言っただろう!」
「はい!」
口を尖らせながら不服そうにそれでも言われたとおりに返す女の一人。女の一人がまるで軍隊じゃない、と小さく悪態をついた。
「隊長!」
だが水浴びの時間は苦しい一日の唯一の癒しだ。頼りない布の壁に仕切られた向こうの水浴び場に入り服を脱ごうとしていた女達。そんな休息が明らかになくなるであろうその切羽詰った兵士の声に女は皆顔をゆがめた。
「どうした!?」
「大変です! 悪霊が、悪霊が城内で発生しました!」
「何だと!」
これ、絶対私ら引きずり出されるわ。女のうちの一人がうんざりした口調で吐き捨てた。
「皆さん。訓練が終了直後で疲れているところ申し訳ありません」
まるで心のこもっていないその声に顔をゆがめるも話をきるつもりはないようで早く用をいえよと水浴びが中断され殺気立った目で見る女達。その臭いに顔を露骨にしかめ、さらに女達を激怒させながら帝国の第一皇女シルフィアスは淡々と言葉を続ける。
「レギオンと呼ばれる強力な悪霊がこの城に出現したようです。発生元は特定中ですがそう時間はかからないでしょう。悪霊は女性の前に現れ命を喰らって干からびさせているようです。皆さん。討伐よろしくお願いします」
「は? 私らまだ訓練二日目よ? ここに来る前は戦った経験すらないってちゃんといったはずだけど!? 行ったって普通に死んじゃうに決まってんじゃない!」
「黙れよ。このブス! 姫様の言うことに逆らいやがって!」
「ったく不細工が美人に嫉妬しやがって。不細工らしく黙って言うこと聞けよ!」
「お前らが死ねよ! 姫様姫様持ち上げたってお前らみたいなブサキモがまともに相手してもらえるわけ無いでしょ?」
「エドワート。そこの方をご案内を」
「かしこまりました」
「ちょっあんた! やめ」
腕をつかまれ、引きずられる女。同じような流れで三人の男子クラスメートが帰ってこなかったことから少女は自分にどんな未来が待ち受けているのかきちんと理解できていた。
「放しなさいよ!」
抵抗しようにもびくともしない手。もうお前が戦えよ、と小さく悪態を吐きながら全力で引きずられないように抵抗しようとしたとき。
女の目の前に何かが振ってきた。
「ひ、な、こ、何これ!?」
それは赤黒い液体を地面に流していた。ドラマでは見たことはある。現実では見た事が無い。女にとって見ないでいたかったものだった。
「これは!? ミフィアス! ミレリア!? 何故!?」
女は断定できないがそれは良く似た双子の姉妹のように見えた。
断定できない理由はただ一つ。
目をくりぬかれ、鼻は削られ、耳はちぎられ、舌は引き抜かれ。双子の両方がそんな有様だったから似ている事を断定までは出来なかったからだ。
両手足はちぎられ、腸ははみ出している。明らかに死んでいるのは明白だった。
『死ね、女は皆死んでしまえ』
『痛いのはお前も受けろ』
『俺らの痛みを思い知れ!』
それは3つの顔だった。顔に既視感はあった。それは先ほどの双子の死体。その顔の惨状は明らかに悪霊になった原因は苦しんだ末の死であるとこの場の半数は理解できた。思考能力が低下した半数は理解できなかったが。
「これは……ほんとに死んでからも不快な思いをさせて! エドワート!」
「かしこりました」
まるで動じた様子も泣く初老の執事は女の目には瞬時に悪霊の前に瞬間移動したように見えた。
3つの顔の中心にまるで高速で差し込まれたナイフ。女はため息をついた。これは私じゃ勝てそうに無いな。と言う言葉は大きくもう聞こえたってどうでも良いとばかり執事をにらみつけていた。
『痛い!』
『死ね!』
『お前から死ね!』
「姫様! 普通のレギオンなら消滅するはずですが何故か効き目が薄いようです!」
効果が薄いと悟ったのか瞬きする間に皇女の横に出現すると皇女を守るように前に出て、庇うように立つ。
「ミリアージュ!」
「は、い」
つたない返事の後どこにいたのか急に皇女の横に出現していた首輪をつけた少女が小さな腕を振ると巨大な炎の球がレギオンの前に。それはいつか醜い男を焼き尽くしたそれと同じ大きさのものだった。
「やった!?」
「姫様!」
「こ、れは」
炎が消えて姿を現したそれは明らかに巨大化していた。
「吸収してる? たかがレギオンが魔法を吸収する能力を? なんで!? 元が異世界人の魂だから!?」
やはりか……その呟きを皇女は拾うことは無かった。
「まだです! 魔法を吸収するとはいっても元は悪霊! 銀製の魔道武器でも効果が薄いのが気になりますが光での攻撃は絶対的な効果を発揮するはず!」
「ええ! 尊き血、神代の天の使いの末裔たる我が裁く、我が敵を討ち滅ぼしたまえ!」
「聖光の裁き!」
『良く考えたら大丈夫だろうか。厳しいだろうな。女に酷い目に合わされたんだろうに何も出来ず、か』
『女に特攻だと良いんだがな。生前の仕打ちに対する呪い的な意味で』
3つの顔は姿は哀れなほどに小さくなっていた。後一押し。きっと光に照らされてしまえばそのまま消えてしまいそうな小さなそれ。歪んだ笑みを浮かべつつ止めを刺そうと皇女が足を踏み出したとたん。
「え?」
唐突に力が抜けたようにバランスを崩して地面に座り込んだ。その横で同様に魔術師の少女も崩れ落ちそうになっている姿が見えた。
「姫様!」
何をしてるんだ、と小さく吐き捨てながら元高校生の集団を見る。ふと気づく。女は姫様と同様力が抜けて座り込んでいる様子。そして男にはなんとも無い。
「っ! エドワート!」
レギオンの大きさが元に戻っていた。
「力が……」
「何をしている! そこでいつまでつったっているつもりだ! 姫様が動けない以上お前達が動くしかないんだぞ」
「う、うぉぉ!」
恐怖の表情を浮かべながらも大事な姫を助けたい、あるいはここで動かないと自分たちは死ぬと気づいたのか。恐怖を振り払うように雄たけびを上げながら次々に手に持った武器を巨大化したレギオンに差し込んでいく。
『可愛そうにな』
『騙されてやがる』
『ここで終わりか』
悪霊は満足していた。もうこれで良い。後の役目は自分たちのものではない。あれの役目だと。
一人目の魔族は、とうに果たしていた目的に満足し、かつてのクラスメートに憐憫の情を抱き、この世から去った。
三人称を書いたつもりが大して一人称と変わらないものに。