終焉の十四亡霊
冥府屋敷の守護があったから狂わされずに済んだ
が、舞台から退場した自分だけ正常でも意味はない
洗脳とはこれほど怖いものだったのかと隣の後の長い付き合いになる少女を見て思ったのを覚えている
だが、まあそれでももっと怖いものだってあるとも同時に教えてくれた
――災厄の骨の回顧の一節
『ん?』
状況が分からない。4人が消えて1人が残った。おそらく1人に吸収されたんだろうと予想がついたがだが、おかしい。どうして残った1人に刃を向けていないのか。いや、というより二人の様子変じゃないか?
『敵、消えてしまいました』
『いやいや、1人残ってるだろう。あれに剣を刺せばそれで14亡霊は倒したといえるんじゃないか』
『え?』
『え?』
『味方を刺してどうするんですか?』
『ちょっ!? ちょっと待て』
皇女と執事も首を傾げ、明らかにさっきまで戦っていたはずの男子亡霊に敵意を向ける様子がない。そしてミリアージュの言葉。明らかにおかしいその言葉に疑いを持っていない様子。
『おそろしく強力な洗脳能力?』
『洗脳?』
『お前操られてるぞ? そこの鎧の男がさっきまで戦っていた敵じゃないか?』
『え? 何、言ってるん、ですか?』
『あ、うん』
鏡越しでもこうなる恐ろしいほど強力な洗脳能力だ。おそらくあの男子生徒の姿を見れば問答無用でこうなるのだと思われる。5人が融合したことでこの洗脳能力が発揮されたのだろう。
『あれは敵だ。俺は冥府屋敷の加護で能力が効いてないんだ。信じてくれないか?』
『あの人と、骨の人を比べたら。あの人の方が正しい、です』
『おおぃ!?』
全く信頼も信用も親愛もない。いや、まだ大してつきあいがあるわけでもなし、そこは当たり前なんだが。なんだが、さっきまで敵だった奴、いや今でも敵なのは間違いないだろう奴の方を信じるとか割と心に衝撃が来た。いや、それだけ洗脳能力が優れているってことだろうが。そのはずだ。
……まあ所詮コミュ障に信頼を短時間で築けというのは無理があった。魔導士の少女の言葉の刃を無理矢理消化して話は続ける。
『まあ、それで終わりならそれも良いんじゃないか?』
まあ、外野が納得いかなくても本人達が洗脳の結果とはいえ納得しているのなら受け入れるしかない。
敵は倒した。残ったのは姫と味方の男のみ。
「無我夢中で戦っていましたが戦闘はもう終わっていたようです。貴方に刃を向けてしまったことを詫びましょう」
気にするなと全身鎧に身を包んだ仲間の男が首を振る。
『何らかの置き土産を奴らが残していったのでしょう。同士討ちで危うくどちらかが滅びる結果になっていたかもしれません。滅びてなお厄介な奴らでした』
「ええ。敵だと誤認して危うく攻撃を加えてしまうところでした」
姫様の姿にもう戦いの痕は無い。何度傷つけられようが再生するその身体は見かけだけは完全に身体を癒しているのは間違いないだろう。だが、それでも戦いによる精神的な疲労だけは癒せないのだ。その表情は紛れもない疲労を表していた。
「終わりましたね」
『ええ、終わりです』
「どうしましょうか」
『私は姫様の御意志に従います』
「ええ。ありがとう。なら次は」
姫が言葉をつづけようとした瞬間仲間の男が手を振る。それがこちらに来いという意思表示だというのを仲間の私達は知っている。
「行きましょう。呼んでいます」
『ええ』
そう言って私は仲間の男の元へ向かう姫の後ろに続く。
「え?」
仲間の男の首を手に持っていた短刀で刺していた。
動きが止まる男。信じられないものを見るようにこちらを見る姫様。目を見開いたままこちらを見る姫様の姿に何か取り返しのつかないことをしてしまったような気が起きる。だが、刺してしまった。
『姫様に上から目線で指図をするな』
刺した理由を述べた。全身鎧の男は首をかしげる。
「え、エドワート! そんな細かいことは」
『細かくなどありません! こんな平民でもない男が姫様相手ににあれやこれやと指図をする。私にとって不快以外の何物でもありません』
「いえ……そうですか」
ふと刺した男を見る。
こいつは味方だっただろうか?
仲間だった覚えがない
「エドワート」
何かに悪寒を感じて震える私に姫様が声をかけられた。
『はい』
「あなたの忠節は嬉しいです。ですが仲間に刃を向けるのは止めなさい。私は貴方に仲間殺しという汚名を被ってほしくないのです」
その言葉は私への慈悲に溢れていた。それ以上の凶行をとどめさせる力があった。私は短剣を下ろし、姫様に謝罪の言葉を述べる。
『はい……申し訳ございません』
「私のために怒ってくれてありがとう」
『いえ、私が軽率でした』
すまなかったなと仲間の男に頭を下げると男はしばらくこちらを眺めていたかと思うとすぐに踵を返して歩き始める。そして右手だけこちらに向けて手招きをする。行くぞということだろう。
「はい、そうですね。終わったことですしそろそろ行きましょう」
そう仰って姫様が男の後に続こう駆け寄って
それより早く私は男の背中に刃を突き立てた。
「え?」
信じられないものを見るような眼差しの姫様の姿。
『姫様に命令するなど何様だ。この一行で行動を決めるべきは姫様であってお前ではない。姫様に命令するなど死に値する』
それは私の本能に近い行動だった。姫様に何かを命じることが出来るのは父母である陛下夫妻のみ。それ以外の者が横柄に命令を下すのは許容できない。あのミチビキも言葉は横柄だったがあれは傷つけることが私には出来ないのだからどうしようもない。それにほんの僅かだが感謝もしているのだ。ほんの僅かだけだが。だが目の前のこれに姫様への命令をよしとするような要素は
そもそも私はこいつと行動を共にした記憶がない。
誰だこれは。
肩を並べてではなくむしろ刃を交えていなかったか。
「エドワート!」
『申し訳ありません』
「貴方が私を至上としていてくれていること。それは嬉しいのです。ですが刃を向けるなどやりすぎです。これでは味方同士の潰し合いの呪いを残して死んだあの亡霊達の思うままではないですか」
『申し訳ありません。姫様を従えるような行動を取ったのでつい』
すまなかったなと頭を下げる。それに仲間の男は反応せず。
「え?」
姫様が目を見開いて声を上げた。
「エドワートを殺すなど……」
『え?』
「危険ではありません! エドワートは私を思って!」
どうやら危険人物として私を排除しようという決断に男は至ったらしい。仲間を手にかけるような者は確かに危険だからな。
……仲間、だったか?
「エドワートを殺す」
姫様が剣を掲げる。ああ、殺すのか。それはいい。もし殺されるのだとしたらそれは他人ではなく姫様であってほしいと思っていたのだ。これも本望
「そんなこと出来る訳がありません。ならば主の私がその責を負いましょう」
その刃は私ではなく姫様に向けられていた。
姫様の剣は姫様自身の胸を貫き、後ろにいた仲間の男の貫く。
『姫様!』
突っ立っているだけなど何て間抜けな行動を! 死んで傷つく事に対して鈍感になっていたとしか言いようがない! 自分のことはともかく姫様の事で鈍感であってはならなかったというのに!
「あなたの罪は、私の罪です。私を想いしてくれた行動を、咎めることなど、出来ません」
自分の愚かさで姫様が傷を……後ろの男も同様に貫かれ
こいつは敵ではなかったか?
「姫様! 騙されております!」
「え?」
「後ろの男は味方でも何でもない敵です!」
なぜ今まで味方だと思っていたのか。つい先ほどまで刃を交えていた敵だったではないか。強力な洗脳能力か!
自分に突き刺していた剣を抜く。縮んで一般的な片手剣程の元の大きさに戻ると振り返り、動きを止めたままの仲間の男に向かって剣を向け、剣先を伸ばす。
目の前の男は混乱していたのだろうか。あるいは剣の能力で酷く傷ついたのか。それを避けることは出来なかった。
「今でも貴方が味方だという認識はあります。ですがエドワートが敵だと言っているので。間違えていたら申し訳ありません」
『姫様』
どこか嬉しそうな表情を浮かべるエドワートに笑みを。そして仲間の男には無表情を。
「エドワートと目の前の男。どちらを選ぶかなど考えるまでもありませんよ」
今も目の前の男を傷つけてはいけないという思いが湧き上がっている。だがエドワートが敵だというのなら私は自分自身よりその言葉を信じる。私はエドワートだけを信じている。死ぬ前にした狂乱はあれだけど。
今までの敵なら致命傷だった。だが、刃に突き刺されてなお目の前の男は崩れて塵になる気配がない。唐突に消えた4人。残った一人。計5人分の力が目の前の男にある可能性は高い。それこそ私達を容易く洗脳出来るほどの強力な力が。
『姫様』
「油断してはなりません。まだ私はあれを仲間だと」
唐突に目の前の男への根拠の分からない親近感が消えていた。なぜこれを私は仲間だと思っていたんだろうか。
本当に敵だった。そうだ。さっきまで戦っていた相手だった。
「今洗脳が解けました」
『それを聞いて安堵しました』
息をつき、安堵を示す隣に来ていた従者にそう告げる。だが、まだ勝ちには早い。
「いえ。能力が解除されたということは」
『ええ』
目の前の男の腕が膨れ上がる。いや、腕だけではなく脚。それだけではなく鎧の中が膨張しているのが見える。
「本気を出すということです」
狂人達の絆は度し難い。それもそれの端末たる異界の駒である男子生徒も両方がそれに嫌悪とわずかな恐怖を覚えていた。上手くいけば二つの駒が手に入るかと思ったが狂的ともいえるほど強力に結びついた主従の絆には能力でも勝てなかったらしい。
まあ良い。異界の成りたての神の力の欠片を奪えればいいと思ったがどうやら討つしかないようだ。
ならば純粋に破壊に特化した形態で打ち倒そう。管理人はもう今回の事態には介入できない。逃亡は無い。
それは二倍ほどに膨れ上がった体毛に覆われ、二足歩行の獣と言って差支えのない姿だった。顔立ちは狼
が一番近い。ウェアウルフと呼ばれる種族に似た全身。それをウェアウルフにはない白く艶のある毛が淡い光を放ちながら全身を覆っており、その姿は魔力を全身にまとっている事をレイミリアとその従者に知らせていた。
「身体能力はおそらく先ほどより高いはずです。どんな攻撃が来るかは分かりませんが気を付けて」
『了解しました』
短いやり取り。作戦も何もない。
「行きます」
動かないそれにまずはレイミリアが動いた。
一撃必殺の滅霊の剣それを正面から構えてまず伸ばす。慣れた攻撃。目の前の相手に当たることは無いだろう。まずは敏捷性を図るための一撃。
避けるとレイミリアは予想していた。
「え?」
滅霊の剣は。今まで必殺足りえたそれは容易く淡く発行する体毛に弾かれていた。
「弾かれ」
『姫様!』
一瞬レイミリアは無防備にただ立っているだけだった。警戒もなく、自身の剣が弾かれたことによる混乱。それを避けられたのは隣に立つ信頼する従者による突き飛ばされたおかげだった。
二人の間を高速で突進する白い獣の姿が見えた。明らかに早い。そして切り返しが速い。反転時足元を白い円形の光が覆い、それ自体が高速で回転することで上に立つ獣が容易く方向転換する事を可能にしていた。
姫様、と声をかける前に獣は動き出し、その標的たる姫に突進していく。ぎりぎり間に合うか!
そう安堵した従者は瞬間吹き飛ばされていた。
獣は姫に当たる直前に従者に向けて急激な方向転換。激突。霊体の身を軽々と吹き飛ばした獣は転倒したエドワートに覆い被さりその太い右腕を顔面に打ち下ろし。容易く弾ける頭。
「エドワート!」
レイミリアが悲鳴を上げる。不安があったのだ。あれの攻撃に再生能力は働くのか。ミチビキから与えられた剣が容易く弾かれた以上、同じように与えられた再生能力もまたあの獣の前には意味をなさないのではないか。
大丈夫、と腕だけ横に数度姫に見えるように振りまだ意識があることをエドワートは伝え、だが、乗りかかっている獣からは逃げられないでいた。
獣の右腕が黒く染まり始める。
あれは。思い出すのは腕が黒く染まった以前倒した男。あれはまずい。あれを喰らったらおそらく死ぬ。
レイミリアが出来たのは駆けだすことだけだった。
『エドワート?』
『はい。そうでございます』
『エドワート!』
『はい』
『エドワート!』
『はい』
『エドワート! エドワート!』
『はい』
初めて名前を憶え、呼ばれた幼い姫とのやり取りが唐突に思い出された。若くしてなった騎士団の副団長から第一皇女の従者へ。強さを至上とし、他の騎士団院との間で溝のあったことから起こった第一皇女の従者という栄誉ではあるが騎士団における出世の道は絶たれ、エドワートの一番の持ち味である戦闘能力とはそぐわない栄転とは呼び難い実質の左遷。
一番初めの赤子だった姫と対面した時帝国随一の強さを持つ自分が御守りかとため息をついたのを覚えている。
『なぜ親衛隊を組まないので? 安全を期すなら後10人は』
『良いの。だってエドワート一人いれば十分じゃない。エドワートは10人くらいかかってこられたってすぐ倒せるでしょう?』
十五年ずっと傍に仕え、そろそろ自分一人では厳しいと判断し隊を組もうとしたとき。そう言って姫は首を横に振った。
『エドワートは私が今まで見てきた中で一番強いんだから!』
その信頼に命を懸けて応えようと私は誓ったのだ。
胸を抉られた姫様の姿が見えた。貫くように飛び出た黒い腕。それを左右に動かし、胸から上と下が両断され、転がる姫様。
『姫様!』
顔がないはずなのに見えてしまう。その明らかに死に近いと分かる姿が見える。獣があざけるようにこちらを見ていた。攻撃すらする様子がなく、まるで私と姫様のやりとりを楽しんでいるように見えた。追撃をしない。完全にこちらを侮っていることは明白だった。
「エドワート」
『姫様、私が不甲斐ないばかりに貴方にこんな』
愚かどころではない。守るべき主君に庇われて主君が死に瀕しているのだ。今すぐ自分の首を掻っ切ってやりたいがまだ顎から先は無い。
「攻撃しないのか。私達は侮られているようです。無理もない。肝心な時に役に立たない剣を持った私など何の意味もないのですから」
『そんなことは』
力なく横たわる姫様の身体が再生する様子はない。あの腕だ。あの腕は再生能力を封じる効果があるのだ。
「エドワート」
『姫様』
「後は任せました」
『え?』
「剣が役にたたない上こうやって動けない以上私はもう戦えません、ここまでです。ですから後は任せました」
『いえそれは』
何を言って……姫様の剣が通じなかった以上私の短剣など通じるはずが
「私はこんなどこの馬の骨が寄越した剣などより貴方の方を信じているんです」
『姫さ』
「私は貴方が一番強いといつだって信じています。だから」
「後は任せました」
どうしてあんなに信じられるのか。自分自身よりずっと姫様の方が私の事を信頼している。主君に庇われるなんて愚行を犯してすら信じている。いつだって姫様は私の事だけを信じていた。生まれてからずっと傍にいた私の事だけを信じていた。どうしてなのか。
もう私にはあれを倒す以外道は無いようだ。
明らかに詰んだ状況だったはずだった。だというのに駒である獣に理由の分からない寒気が走った。姿だけでなく本能も獣に近くなったのか。
『姫様の前ではな。私は強くあらねばならんのだ。誰よりも。お前よりも、な』
脅威になるとしたら帝国皇女の持つ管理人が与えた剣だけのはずだった。
諦めろ。神は駒に囁いた。私にもお前にも落ち度があった。あれに目覚めさせる猶予は与えるべきでなかったのだ。慢心をしてはいけなかったのだ。冥府の管理人から与えられた能力を抜けば姫などよりむしろ本人自身の資質は圧倒的にその従者の初老の男の方が高かったのだ。もうあれはお前を殺す力を手に入れた。諦めろ。私も悪かった。すまないな。
何を他人事のように。恐怖を覚えた獣が神に毒づき同時に自分を害する敵を滅ぼさんと直進する。
まず武器を落とせ。能力により構えたナイフが手から離れた。
再生させるな。黒く腕が染まった。
魔術は発動させるな。目が赤く染まった。
引き寄せろ。腕を引いて拳を放つ構えを取ると体勢を崩してこちらに引きつけられるように歩かせた。
力を。更なる腕力を。
相手を怒りに染めろ。
人に特攻効果を。
拳を後は放ち、その身体のすべてを砕
獣の心臓に姫だけの英雄の腕が突き刺さった。
剣を弾いたその圧倒的な防御を誇る毛皮の鎧は何の障害にもならなかった。
再生することも出来ず、それはまるで大した相手ではなかったといわんばかりに呆気なく霧散した。




