ただ一人のための英雄 前
誰よりも自分よりも私を信じるこの方のために
私は必ず勝利する姿を見せねばならない
―――狂信英雄エドワートの言葉
「行きましょう」
始まりは静かだった。
十三亡霊の能力予想をし。
戦い方自体は単純明快。
必ず固まって行動する。
ミチビキも棒立ちしていないできちんと移動すること。
唯一の殺傷力のあるレイミリアをミチビキが守護するのがいいのではないかというミチビキの意見に骨に抱かれたくないというただの我儘で拒否した帝国第一皇女は変わらず高慢なままだった。
「まあこれで良いんだろう」
とその様を見て小さく呟く骨の言葉は誰の耳にも入ることは無く。
以前と同じように鏡に十三亡霊を写し、静かに門は開かれた。
既に死体ばかりの壊滅状態に近い名も知らぬ街。そこに現れた巨大な門。開かれる門。
それを見た男子生徒の亡霊達は以前と異なる反応を示した。
数人の武器を捨てる者達。その様子から間違いなく初めから本来の能力を行使しようとしているのは間違いなかった。
ミチビキと呼ばれる骨に対して殺意を向けるものは無く、すなわちレイミリアとエドワートにのみ視線は向けられていた。
『どうやら初めから向こうは本気のようです』
「あれだけ圧倒的に叩きのめしたのだから少しくらい慢心してくれれば良かったのですけど」
動かない。むしろ攻撃せずに13の亡霊は後退していた。
『誘われてるな。門から引き離そうとしているように見える。案外あんなでもある程度の思考能力は残っているのか? お前達以外の相手にあんな考えるような行動はとっていなかったからてっきりそういうのは無いとばかり思っていたがまあ異能が発現する程度には思考能力が残っていたのか』
ミリアージュを最初から抱きかかえて攻撃に対してのミリアージュの完全防御盾をしながらミチビキが言う。
『前回お前が攻撃を物ともせず容易く回収していったからな。おそらくそれを警戒してだろう。少しずつ下がり気づけば門から離れ門への退避が出来ん、という状況に持ち込むつもりだろう』
姫を挟んでミチビキとは反対、姫を守るように最前列にいるエドワートがやはり動かずに敵を睨みながら返した。
「なら、乗ってあげましょう。今回は門に退避するなんてつもりはありませんから」
『門が開いていられるのは30分だぞ? 俺はそこでどうしたって退場だ』
「その時はミリアージュと一緒に退場してください。私達は今回は絶対退きません」
『姫、様』
「ミリアージュ、貴方には世話になりました。たとえ心の内がどうだろうと私に尽くしてくれたのは事実。ですが、まあ今回は私は貴方まで気を配ることは出来そうにありません。今までよくやってくれました」
『お前には感謝している。この戦いのあとは好きにするといい。と言ってももう死んでいるから出来ることは少ないがな』
三人とも割と薄情だよな、という誰かの呟きは二人に聞こえることは無かった。
右腕を黒く染めた男子生徒に主従の二人はまず視線を向けた。向けられたそれは右腕と右足を前に突き出し構えをとる。すぐそばには素手の男子生徒、棒を持った男子生徒。前回棒を持った生徒の後ろにいた剣を持った男子生徒が前回同様に棒の男子生徒の後ろへ。
『姫様。おそらく私は貴方が引き寄せられても向かうことは出来ません。まずはあの剣の男を優先してお願いします』
「その前に素手の男の能力をどうにかしなければなりません。剣が持てません。おそらく武装解除の特異能力もちです」
「武装解除、引き寄せ、弾き飛ばし、強力な攻撃能力。戦力を分断するのに長けた厄介な面子です」
『意地を張らずに俺がお前を抱えて近づけばいい話だろう。それだけで大半の問題は解決するはずだが』
「嫌です。エドワートならともかく貴方に抱かれるなどおぞましい。想像しただけで寒気がします。実際にされたらまともに動ける気が起きません」
『本当に我儘だよなぁ』
『姫様、私だろうと男相手に抱かれても良いなどはしたないですよ』
「貴方なら良いと言っているだけです。他の男がやれば縊り殺していますよ」
『のろけは結構。今この状況でお前よくそんな軽口が叩けるものだよ』
「すいません。確かに無駄話が過ぎました。では、まあ行きましょうか」
攻撃を仕掛けるために近づいても反応は無かった。大通りをレイミリア達に身体を向けながら後退。棒を持った男は構えもせずまだ攻撃を仕掛ける様子は無い。
レイミリアの動きが一瞬止まった。その後明らかに速度を落とし、四人に近づいていく。主に従うようにすぐ右隣にエドワートが、後ろにはミチビキと抱きかかえられたミリアージュ。
「エドワート! あの棒の男以外にも引き寄せる能力を持った者がいます!」
『なっ!』
速度を落としたのではない。あれは能力により引き寄せられているのを抵抗している状態だったのだ。主の異常に気付けなかった自分を責めながらエドワートが足を一歩踏み込もうとする。
押し返されるように動きを止める足。誰の能力か。
『バットを持った男は違うな。あれは構えをとって発動する類の能力だろう。素手の奴は格闘技か何かやってたのか? おそらく武装解除はあいつだとは思うが正しいかはわからん。黒い腕のやつはあの腕自体が能力で引き寄せではないだろうな。となると剣のやつだろう』
結局は他人事、ととばかりに一人呑気な骨。
『長々と呑気に話すな! 姫様がもう!』
『いや、そこはおそらく一応は対策を立てているはずだろう。成功するかはわからんらしいが』
『不確かなことで姫様に不必要な傷をつけてたまるか!』
剣を呼び出す。予想通り手が勝手に動き剣を地面に取り落す。
「ええ、そうでしょうね」
能力によりレイミリアのみを引き寄せ、分断するのが狙いだとレイミリアは気づいていた。
棒を持った男と黒く染まった右腕を持つ男が剣を持った男より更に後方へと下がる。エドワートを押し返しているのは剣を持った男の能力で間違いないとレイミリアは判断。
「え?」
だが、レイミリアの身体は剣を持った男に引き寄せられていた。
「これは……」
『おそらく男を弾いて女を引き寄せる能力だ!』
骨がエドワートの後ろから叫ぶ。いや、無駄に話していないでこっちに来い。前に出ろ。そう思うが偶に活躍するが大体においては抜けている骨だ。所詮一時的な共闘に過ぎないし期待しても仕方ない。諦めて首を振る。我儘を言わずに骨の防御を受けておけばよかったかと思うがやはり嫌悪でまともに動けなくなってろくに動けなくなったろうからやはりないと思い直す。よくミリアージュはあの体勢に耐えられるものだ。
鈍器を持った男が構える。剣の男の方の元にあと少しで完全にたどり着こうとしていた身体が今度は鈍器を持った男の方に引き寄せられる。
こちらの方がはるかに強い。抵抗するのはまず無理だ。まず片づけるべきなのは棒の男だろう。引き寄せられる身体に取り乱すことなく、されるがままに引き寄せられる。あと少し。
鈍器の射程圏内に入った。吹き飛ばそうと構える男。
その身体を伸びたレイミリアの刀身が貫いた。その武器は霊体に対し特攻。心臓を貫かれた鈍器の男は手に持っていたそれを落とし、膝をついた後その姿は崩れ落ちた。
「一人」
胸の中心から刃を生やしたレイミリアが呟く。方城にも使った手だ。肉体を持とうと既に死人なのだ。傷つく事を恐れる必要は無い。肉体を再生できるのならそれに合った方法で行けばいい。それがレイミリアの下した結論だった。初戦は身体を砕かれた混乱でまともに戦えなかった。今回は己の肉体をも武器にしてこの亡霊達を追い詰めるのだ。
一人が沈み、僅かな間全ての男子亡霊の動きが止まった。間髪入れずレイミリアは胸から剣を生やしたまま剣を持った男の方に疾走。その進路を阻もうと黒く染まった右腕を持った男がその進路を阻むように立つ。
「馬鹿が!」
これらに感情というものがまだ残っていたのなら戸惑っていたということなのだろう。接近に対してただ進路を塞ぐだけの単純な動作。伸縮する剣の射線上に立つという不用意な真似をしてしまった男は交差すると同時その心臓からレイミリアと同様剣を生やしていた。悪霊たる男にそれは致命傷で鈍器の男と同様にその身は崩れ落ちた。
幸運だった。鈍器の男の次はエドワードを弾く特異能力を持つであろう剣を持った男を沈めようと思っていたが運よく混乱の隙をついて再生阻害の攻撃を持った黒い腕の男を倒すことができた。今、目標としている剣を持った男の近くには素手の男しかいない。その素手の男が突進する自分から守るように剣の男の前に立ち塞がる。わざわざ射線上に重なってくれるとか馬鹿が! 両方とも剣の餌食になってしまえ!
唐突に視界が黒く染まった。何が起こった? これは闇……じゃない。石畳? 地面に叩き付けられた?
続けて来る腰への衝撃。あ、これは折れたなと鈍くなった感覚が僅かに伝えて来る痛みに状況を理解する。能力、ではない。一瞬襟に手をかけられた感覚があった。その後地面に叩き落とされたのだ。投げられた。その後腰を足で踏み砕かれたのだ。刺さった剣も相まって鈍った感覚でもつらい。
『姫様!』
エドワートの叫ぶ声がする。剣の男を倒していないのでこちらに来ることができないのだろう。一歩を前に踏み出そうとしても叶わずその場に佇んだままだ。
というより言いたい。前もそうだったが三人を抱えるだけの腕力だけはあるのだから遅くとも移動はできるのだ。だからミチビキはこっちに来い。完全無効化能力はいったい何のためにあるのか。戦闘前に棒立ちしないで動けといったというのに骨に記憶能力を期待したのが間違いだったのか。
いや、結局は他人事なのだろう。復讐に協力してはくれるがそれもただの気まぐれだ。今の今まで見てきたが手助けはしてくれても今自分が戦場に立っていてすら、絶対防御で死の危険がないからか自分は傍観者だという気持ちしかないのだろうと思う。この復讐だって他人事に過ぎないので仕方がない。というよりよく考えれば私たちが仇と言えるので協力してくれるだけ運がいい方だ。
「ミチビキ! 前に!」
叫ぶ。動くのは厳しいが声を上げることはできる。
『あ、ああそうか』
観戦気分でいたのがまるわかりの骨は口に出して伝えることでようやく動き始めた。警戒し始める男達は一歩ずつ下がっていく。門への帰還を阻止しようとする意図は明白だ。4人以外の他の死霊はこちらを伺いながらも近づいてくる様子はない。明らかに誘われている。既に二人が沈められてなお加勢に来ないのは一斉に襲い掛かることでまた逃げられるのを危惧してか。それを考えるだけの頭が残っているのかは疑問だがそれ以外の意図は自分にはわからない。
ミチビキがこちらに近づいてくる。攻撃が全くの無駄だと悟っている男たちはミチビキが一歩踏み出すごとに一歩下がっている。
私の足をつかみながら。つまり私も後ろに引きずられているのだ。
「っ!」
「姫様!」
剣の男に手足を切り落とされた。高速で再生し始めているがその都度切り落とされ再生が追い付かない。痛みは少ないが切り離された自分の手足が視界に3、4組転がっているのを見るのは精神的につらい。
『近づいても距離を取られるんじゃまずいんじゃないか?』
『なら足を止めれば問題ないです。氷結女王の茨』
私を中心に一定の範囲が凍った。学習能力が無い。いくら強力な特殊能力と身体能力があろうと学ばなければ意味がない。死霊は自分の損傷を気にしない戦い方が一番の持ち味だろうとさっきから実践しているというのに!
ミリアージュの追撃の無詠唱火球で私の氷だけが溶かされる。少しの間だけ動きが止まれば十分だった。
まだ手足は生えきっていないが、二体の男に胴体を使って剣を向ける事に問題はなかった。
剣の男を守るように前に立っていた、重なった二体の男の身体から剣が生えた。
「ふう」
これで楽になった。素手の男の武装解除能力が消えたことで胸で剣を支える必要が無くなったのだ。手足も再生が終わろうとしている。完全に再生しきったら胸から剣を引き抜こう。
『姫様!』
「エドワート」
剣の男の能力が無くなったことで私の傍に駆けつけてきたエドワートが心配するようにこちらを伺う。背に手を差し込んで私を抱えたエドワートは強く私の身体を抱いていた。
「大丈夫です。もうすぐ再生も終わりますから」
『ですが』
「死ぬ心配なんていりませんよ。もう死んでいるんですから」
そう言うと顔を歪めてこちらを見る。意地の悪いことを言ってしまった。狂ってしまったためとはいえエドワートが私の命を終わらせたというのにそのエドワートにいう言葉ではなかった。まあ私も狂乱状態でエドワートとミリアージュを殺してしまったわけだけど。
『おかしいな』
エドワートとの何とも言えない雰囲気はいつの間にやらミリアージュとともにすぐ後ろに来ていたミチビキの言葉で終わりを告げた。
『どうして4人もやられているのにこっちに来ない? さっきのだって加勢に何人か来てもおかしくないはずなのに来ないで様子を見ているだけ。何を考えているんだ、あいつら?』
確かにおかしい。そもそも、この状態でどうして何もしようとしないのか。13人のうちの4人を既に沈めている。仲間の危機に加勢もしないで様子を見るだけ。
何かを準備している? いや、数えて9人。店の屋根、民家の屋根などにもいるそれらをすべてを確認できるが何かをしている様子はない。ただ皆こちらを観察しているだけだ。そもそもなぜ13人で同時に攻撃を仕掛けてこなかったのか。いや、4人もやられるつもりはなかったに違いない。ただ、少人数でなぜ来たのか。
何を待っている?
近づくべきか。ミチビキを前に出す? いや、手を出さずに後退するだけだろう。やはり私かエドワートが、両方が行くべきだろう。
「エドワート」
「御意」
私の言葉に了解の返事を返した後再生した手足を足からゆっくりと降ろしてくれる。手を放す時に名残惜しそうだったのは気のせいだろうか。気のせいだろう。
ミチビキとは違って短い言葉でも意図が通じる。嬉しいことだ。
「行きます!」
地を足で蹴って私は様子を伺う9体の男たちに向かって突進した。
後ろに後退する9人。前回を考えると4人減ったとはいえ明らかに戦力は圧倒的に向こうが上。だというのに後退するのは明らかに門から引き離そうという意図あってのことだろう。一定の距離を取ると一瞬立ち止まる、曲がり角などで姿を隠さず自分の姿をこちらに常に見せたまま。誘っているのは明らかだ。
問題ない。どうせ今回は逃げるつもりなどない。誘いに乗ってやるとしよう。
立ち止まったのは町の外に出てしばらくしてからだった。一まとめに倒されるのを警戒しているのか固まることはなくこちらを中心に半円状にそれらは佇んでいた。辺りは街道として整備されていたらしく石畳で続く道を除いて移動するのに邪魔であろう木などは見晴らしの良い場所だった。つまり、戦闘の妨害となるものもない。
「とまりましたね」
『門から十分離れたと判断したのでしょうか』
「確かに、見る限りかなりの距離がありますね」
ここからでも視認できる巨大な門を見る。どんなに急いでも数分はかかるだろう距離だ。
『まあ今から戻るのはつらいよ、おおお!?』
言葉をつづけようとしたミチビキが。最後までその言葉をつづけることはなかった。
「は?」
一瞬放心してしまう。
まるで何かに引きずられているようだった。抱えたミリアージュと共に後ろに倒れこんだミチビキが目を疑う速度で町の方に引きずられていく。
「ミチビキ!?」
『まさか!」
待っていた! そういうことか! どういう手段で知ったのか知らないがあれらはミチビキの制限時間が訪れるのを待っていたのだ。あの速度だとおそらくもう門の向こうに引き込まれていてもおかしくない!
明らかに全戦力ではないたった4人で戦闘をしたのは時間稼ぎか。前回同様圧倒することでまた逃げられることを警戒していたのだ。
そう思った数秒後に
門は姿を消していた。
振り返ると9人の男達はそれぞれの得物を構えていた。もう逃げる必要は無いと言わんばかりに。
『姫様』
「ええ」
どうやらミチビキとミリアージュは一足早く退場したようだ。ミリアージュはともかくミチビキは絶対防御以外大して活躍はしていなかったように思うが力をくれたことに感謝を。そして力をくれなかったことに感謝を。ミリアージュも今までよく尽くしてくれた。結局互いの距離は思っていたより埋まらなかった気がするが仕方ないだろう。あっちでミチビキとでも仲良くやってほしい。
「お前たち、無駄なことを」
『姫様と私は元々逃げる気などない』
逃がさないつもりだったのだろう。
逆だ。
私たちはお前たちを逃がすつもりはない。




