信じた姫
元の世界への帰還
自分だけが帰れればそれで良い
クラスメイトは知らん
人を喰らうことを覚えた阿呆は絶対に帰さん
正直に言うなら隣の二人の女だってどうだっていい
クラスメイトと友情だ恋愛だと固い絆を築くには高校生活半ばでしかない今は時間が足りなかった
親愛の絆を結んだ家族や友人は遠い地球にしかいない
彼らに会うためにも必ず自分だけでも帰って見せる
『ねえねえ、三人とも何か凄い力実は持ってたんだよね! ……他の人を食べてる子は能力ないみたいだけど』
『ああ……そうだな。で、それがどうした? 連携はとうに打ち合わせは済んだはずだが」
『いや、ほら。漫画とかでさ。特殊能力とかあったらさ。名前あるじゃん。何々ができる能力とかいちいち言うのも長いし、私達の能力にも名前つけない?』
『あんまりそういうのは好きじゃないんだけど。どうせ日本に戻ったらそういう能力なくなるし、そもそも特殊能力とかあんまり好きじゃないし』
『う、うん。百里がいまの状況あんまり好きじゃないの知ってるけどさ。でもこういうのって私は結構好きなんだ。いや、この状況にワクワクしてるとかそういうのはないんだよ』
『言い訳が見え見えだぞ? まあ、俺としては木下の能力、日下部の能力、俺の能力、で別にいいが木下はそれでは面白くないというわけか』
『うん、だからね! 名前をつけようよ!』
『えー』
『ああ、それで満足するなら構わんぞ。木下の能力は相応しい名前を今思いついたんだ』
『なになに!? 格好良い? 万物制限、とか?』
『凡夫たれ、だ』
『ぼんぷたれ?』
『凡人であれ、ってことだよ』
『ひどっ!』
『で、日下部は幻想拒絶あたりか』
『何で百里の方は普通なの。ってか方城君はそれじゃどうなるの? まさか自分だけ格好良い』
『頭脳焼却か。格好悪いのがお望みなら頭がパーンあたりでも良いが?』
『いや、別にそんな名前じゃなくても良いけどさ。私の方をちょっとは格好よくしてよ! 凡夫たれって格好悪いよ!』
『格好良くな。ならお前が決めればいい。俺としては何と呼ぼうがどうでも良いしな。お前が納得するにはお前が決めた方が一番早いだろう?』
『え? 私。うーん。じゃあ』
『全ての者よ、我に力を合わせよ! で良いよ!』
『長い。凡夫たれで良いな』
『うん』
『酷いって!』
『姫様!』
後ろに倒れこもうとする首の無い主の体に執事は背に手を伸ばして支えた。あの骨の能力付与と思われる言葉から自分とミリアージュは姫の眷属のようなものになっているはず。主が滅びたらおそらくは自分達も滅びるだろう。
逆に言えば自分たちが滅んでいなければまだ姫はこの状態でも滅びてはいないということになるはず。執事は姫の体を支えながら正体不明の能力による再度の攻撃を警戒して方城達三人の姿を睥睨する。
『ふん……死霊に生きた人間の理屈は通じんか』
「ええ。危うく死ぬかと思いました」
急速に頭部を再生しているレイミリアが、鼻まで再生した顔の下半分のみの状態で口を開いて方城に答えていた。
『ひっ!』
『方城君! これ、化け物だよ! やばいんじゃない!?』
「お前達が言っては滑稽でしかないな」
目まで再生した状態でもう大丈夫です、と執事に囁き。背中に回された手を外したあと帝国皇女は方城を睨み付けた。
『どうするの!?』
『木下と日下部はそいつらに近づけ! その後頭を潰せばそれでおそらく問題ない!』
『ほんとに!?』
『おそらく間違いない!』
何らかの能力を持っている。おそらくは近づかれてはまずい類の。ひとまず退かなければ、と執事と姫と魔術師の少女が後ろへ下がろうとして。
再度頭が吹き飛んだ。今度は三人の首が。
『逃がさん。いや、俺としたことがさっきは大きなミスを犯してしまったよ。そこの馬鹿姫の伸びる剣で動揺していたとはいえ最大の好機を逃してしまったのは痛いな。二人とも早くそいつらに近づけ! 日下部の能力でおそらく問題ない。無限再生なんて言う特殊能力など削ぎ落してしまえ!』
『う、うん』
距離にしておよそ15メートル。少し走ればたどり着ける距離。いや、死霊としてなら一瞬。
女二人は結局人時代の癖は抜けきらなかった。走って近づかなくても亡霊になったのだからある程度の距離なら瞬間転移で問題なかったというのに生前の癖が抜け切れていなかった。
『爆ぜる炎精霊の火球』
小さな頭部。ゆえに再生も早かった魔導師の少女が近づく女二人と少女達三人の間に赤い光球を生み出し、弾ける。
その爆発は女二人には効果はなく、しかし生身の姫を大きく、霊体の従者二人にもある程度の衝撃を以って後方に吹き飛ばした。一瞬動きが止まる女二人。
『しまった!』
再生能力にたけた死霊だから出来たと言えるそれは強引な退避方法だった。
女二人は火球で目が眩みすぐには状況が把握できなかった。そして戦闘での迅速な対応が出来るほどに戦闘の経験が圧倒的に足りていなかった。
結局はどれだけ強力な能力を身に着けようと、中身はただの平和な日本の高校生でしかなかった。
『誰から先に?』
「木下と名乗る短い髪の女から。長い方がおそらく魔術無効化です。頭を吹き飛ばすのはおそらくホウジョウでしょう。さっきの任せたぞなんていうのはただの騙りです」
『承知しました』
『ミリアージュ、さっきの爆発を!』
『ちっ!』
方城が走ってくる。
「やはり接近が必要か」と小さく呟いたレイミリアは
「エドワート!」
「承知!」
短く答えた執事が短い髪の女に直線的に、瞬時に距離を詰める。接近されて思わず眼をつぶった女に
『馬鹿! そいつはおと』
方城の言葉は手遅れだった。
『え?』
手前にまで迫っていたが自身の数メートル前にまで迫ると急速に動きの鈍っていた執事。それごと女は心臓を貫かれた。
『何これ?』
致命傷を負ったことに気づかないまま平凡を絵にかいたような木下伽奈という日本の女子高生はこの世から去った。
『ちっ!』
方城はそれに舌打ちして前に駆け寄ろうと足を一歩踏み出して、長く伸びたレイミリアの刃を見る。それが消えることなく女の心臓を貫いたこと。その後縮み、元の長さに戻るのを見て
『ちっ!』
もう一度舌打ちした後踵を返した。
『逃がすか!』
その様子を見て後を追おうとする執事を
『エドワート! 先に近くの女の方を!』
『っ! 承知!』
右手に持った短刀で首を掻き切るように、今度は執事本来の速度で振るわれたそれは容易く髪の長い女の首を髪ごと断ち切った。
『どう、して』
眼には涙を浮かべ、切り離された胴体は何かに手を伸ばすように。しかし何もつかむことはなく、主人の得物ほどではないにしろ生前から霊に効果のあった今となっては己の身の一部となった銀の短刀で首を刈られて致命傷を負ったその身体は溶けるように消え失せた。
「ホウジョウ」
呟きと共に自身が仇の一人たる骨から授けられた滅霊の剣は方城の胸に向かって伸び、違えることなく貫いた。
『勝手に呼び、勝手に殺して満足か』
「いえ。私が呼び寄せた災厄を私の手で刈り取る。満足なんかありませんよ。全てを刈った後、私も貴方達の後を追うでしょう」
『死んでもお断りだ』
お前達に―あらんことを
呪いの言葉は心の中でだけ呟き、方城東護は世界から去った。
『お疲れ様です、お怪我はございませんでしたか?』
方城の消滅を確認した後、真っ先に執事は主の方へと駆け寄った。
「怪我なんていくらでもしていたでしょう。まあ再生しますけど」
口元だけに笑みを浮かべて執事にそう返す。
『姫様……』
「私達、やはりもう死んだんですね」
答えは無かった。
家に帰りたい
ここは俺たちの家か?
違う
ここじゃない
どこに俺たちの家はある?
女を犯せ
殺せ
男を犯せ
人を嬲れ
単純な欲望。ばらばらの欲望。洗脳と呪いの多重干渉による精神の壊死を迎えた後にスライムによって溶かされ、悪霊となったそれらには欲望しか残らなかった。
ばらばらの欲望。だがそれは純粋でだからこそ強力な願望だった。バラバラにそれぞれに残された欲望に基づいて行動しようと動きはじめようとして、しかし全員が動きを止めた。
家族のいる家に帰りたい。
誰かがぽつりとこぼした願望だった。
生前の誰もが同意する願望だった。
生前の誰もが奥底で抱いていた強い願望だった。
帰りたい。帰りたい。帰る。帰ってやる。
14の悪霊全てに残っていたそれは共通の願望になった。
この町はそうか。
違う。
この街がそうか。
違う。
この街は?
違う。
人のいる場所に現れて自分の故郷か単純化した思考で判断する。自分達を攻撃してきた。違う。ここも違う。ここも違う。ここも違った。
自分達の町でないなら用はない。
この世界にはありもしない故郷を求めて放浪するそれらは望郷の、しかしこの世界の民にとっては紛れもなく災厄そのものだった。




