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恋愛短編集

桜色の道を二人で、

作者: 悠希 碧

卒業ムード一色なため卒業の甘い話を。


史奈と悠祐、奎太と來末は明日に向かってなかむつまじく歩いていく。

彼らの道には、桜色が舞い上がって、落ちている。


美しい、春の一時。

 窓の外には、無数の桜の花弁が舞っていた。

 そう言えば、余談だけど、桜の花びらが一秒間に落ちる速度は5センチメートル前後だと言う。



 日本は春を迎えた。いよいよ卒業の季節と言うことだ。

 僕も、その一人、三年間共にした仲間たちとももうすぐお別れだと思うとなんだか寂しさが溢れてくる。

 受験のシーズンも終えた学校では、毎日のように卒業式の練習が繰り広げられた。

 


「卒業するって大変だなぁ…。」


 となりで、奎太が項垂れている。小学校から通算すれば、今回で三回目の卒業だろうに、奎太はぐったりと机に突っ伏して呟いた。


「まぁ、大変なのは当たり前だけどな。高校の卒業式なんて今回で最後だし、晴れ舞台なんだしな。」


 卒業式本番を明日に控えた僕ら卒業生が、自分達の教室でたむろっていると、ガラガラっとスライド式のドアが開かれた。


「なんだ、お前らまだいたのか…。明日は本番なんだから早めに帰って休めよ。」


 三年間お世話になった村上先生が、低いドアをくぐって顔を出した。

 僕たちの声が聞こえて見に来たんだろう。最後の最後まで迷惑をかけてる気分でなんだか申し訳ない。


「今日が最後だからもうちょっと居させてくださいよー」


 荷物をまとめて、先生の言われた通り帰ろうとする僕とは裏腹に、奎太は気のぬけた声音で先生に言った。


「はぁ…まぁ、今日が最後だしなぁ…。あんまり遅くなるなよ。」


 そういって先生はスライドドアを閉めて出ていってしまった。

 帰る気満々だった僕の気持ちを返して欲しい。


「はぁ…、あれだなぁ、卒業したくねぇなぁ…」


 僕も前まではさっさと卒業したいなんて思ってはいたけど、実際、卒業間近になってしまうと卒業したくない思いが強くなってくる。やっぱり寂しいのだろうか。


「そうだなぁ、さっさと卒業したいって思ってたのになぁ。」


 僕は椅子を傾けながら追随する。

 自宅学習中ではあるものの、僕らは学校にいる。まぁ、卒業式のリハーサルやらなにやらでだ。

 僕は猛勉強をした末にギリギリで志望の大学に合格した。そこに史奈の力が大きく貢献していることは確かなのだけど。


「お前はいいだろー、史奈ちゃんと同じ大学なんだし…。」


 その通りだけど、史奈の志望校のレベルが高過ぎて、骨が折れたのは僕なのだけど。


「あーそうか、奎太は來末ちゃんと違うとこだっけ、残念だったな。」


 こいつの彼女は専門学校を受けたのだけど、当の奎太は将来の夢が有るとかで別の学校を選択していた。

 そんなに後悔するなら同じところを受ければ良かっただろうに、そんな夢を抱いた自分を恨むんだな。なんて心の中で付け足した。

 ホントの事を言うと、本気になれる夢を持つ奎太が心底羨ましいのだけれど。そんな事を言うと調子に乗るので口には出さない。

 そんな他愛のない話をしていると、時計の長針が6の数字を指していた。短針は5を指している。


「もう5時半か…」


僕が小さく言葉を切った。


「だなぁ…。なぁ、悠祐、部活回ってこねぇ?後輩の顔見ときたいし。」


なんて、奎太が切り出してきた。こいつは顔に似合わず後輩思いなんだった。


「そうだなぁ、最後だし、行ってくるか…」


 夕暮れの教室で男二人たむろしているよりいくらかましだろうから、僕はそれに乗った。

 僕らはそそくさと教室をあとにし、運動部が活動している体育館へと向かっていった。

 体育館は、校舎と少しだけ離れたところにあるから、靴を履き変えなければ行けない。だから僕たちは昇降口へと向かい、靴を履き変えた。

 その途中で何人か後輩と鉢合わせして、挨拶したり、ちょっとだけ話したりと、少しばかり時間がかかった。

 昇降口からはそんなに時間もかからず体育館へと到着し、玄関から体育館へと上がっていく。

 言ってなかったはずだけど、僕らはバスケ部だ。もちろん元だけど。バスケ部では奎太は部長、僕はただの部員だった。


「よぉー!ちゃんとれんしゅうしてるかぁ!?」


 奎太がバスケ部を見るなり声を張り上げた。まったく、こう言うところが変わっていない。

 うちのバスケ部はなかなか忠義に篤く、先輩が呼べばすぐに集まってくる。この上下関係が強さの秘訣なのかもしれない。


「奎太センパイ、それに悠祐センパイ!どうしたんですか?」


 まぁ、当然の反応だろう。明日卒業する三年生が部活に顔出すのなんてそうそうないのだから。まぁ、あるところはあるようだけど。


「お前たちの顔を見ようと思ってね、最後だし、」


 僕が苦笑混じりにいうと、バカなこと言うなとでも言いたげな表情で後輩その1、高森が言ってきた。


「何いってんですか、卒業しても遊びに来てくださいよ!」


 かわいい後輩にそんなことを言われれば断ろうにも断れない僕だけど、卒業と同時に引っ越す僕には難しいことだった。


「僕は上京するから難しいかなぁ…、奎太は凝れるだろうけど。」


 さっさと女子部員のところへといったバカを横目で見ながら、高森にそう言った。


「悠祐センパイは上京するんですか…。」


 僕の勘違いかもしれないけど、少し寂しげな声音で、高森が呟いた。


「大学でも頑張ってください!」


 さっきとは打って代わった様子の高森が僕にそう言ってくれる。

 我が後輩ながらなかなか出来た後輩だと思う。


「あ、あと史奈センパイともお幸せに~」


 からかいの混じった声で高森が付け足した。前言撤回だ。出来てない。


「コート借りていいか?あとバッシュも。」


 僕は唐突に切り出した。コートとボールとバッシュの擦れる音を聞いたら無性にやりたくなった。


「全然いいですよ!」


 高森はそれを快く承諾してくれた。

 やっぱりこいつはいいやつだ。




◆◇◆◇





 奎太とone on oneをした。


「鈍ったんじゃない?奎太。」


 額に浮かぶ汗をシャツの袖で拭いながら、荒い息を調えつつ声をかけた。


「うるせぇ、ちくしょう…」


 悔しそうに唇を噛み締める奎太がまた面白い。


「ありがとなぁ、おまえら、練習邪魔して悪かったなぁ」

「いえいえ!かっこよかったです!センパイ方!」


 僕らにお世辞なんて言っても何も出せないのに、高森たちは嬉しい事を言ってくれる。

 さすがにこれ以上長居するのは気下引けるので、借りたバッシュを返して、僕らは帰ることにした。

 体育館の出入り口で、僕はスニーカーに履き替えて、奎太にも別れを告げた。

 外はもうなかなか暗くなってきている。

 そういえば時間を忘れていた。

 暗い体育館前で、僕は携帯端末のディスプレイに目を馳せた。

 17:58をさすデジタル時計の表記。6時きっかりに史奈と待ち合わせているからちょうどいいかもしれない。

 僕は史奈に早く会いたい一心に、足早に待ち合わせ場所に急いだ。


 僕がついた頃には、もう史奈は僕を待っていた。


「ごめん、待たせた?」


 苦笑ぎみに僕は史奈へと声をかけた。だけど彼女は、大丈夫だよ、とお決まりの文句を垂れた。

 

「じゃ、行こ?」


 史奈が僕の手を引く。

 僕はそれに追随して歩き出した。

 暗い夜道を二人で歩く僕らは、他愛もない話に勤しんだ。

 引退した部活であったことや、明日のこと。

 そんな話をしているうちに彼女の家の近くについてしまった。


「もう着いちゃった…」


 史奈が寂しそうに口を尖らせた。

 そんな史奈も僕にとってはいとおしい。


「明日も会えるだろ、」


 史奈を宥めるように頭を撫でた。彼女の頭はふんわりしていて触ってて気持ちいい。

 そんな史奈は上目遣いで僕を見上げる。

 破壊力がすごい…。


「キスして。」


 史奈が短く完結に言った。

 なんだか今日はいつにもまして甘えてくれる。

 それはそれで僕には嬉しい。

 僕は頷いて了承する。

 僕が了承したのを見ると、史奈は目を閉じて顎をあげた。

 僕はそれに苦笑して、彼女のその桜色の唇に自分の唇を重ねた。

 少したって離れると、史奈はバイバイと僕に手を振って家に入っていった。

 僕は彼女が家にはいるのを確認すると、帰路についた。

 そう離れてはいない僕の自宅だけど、夜道だと、なぜか遠く感じる。

 歩き出して少しすると、ポケットに入れてあった携帯端末が振動した。

 ディスプレイを見ると、メールが一件届いていた。

 史奈からだった。


『気を付けてかえってね。』


 あまり絵文字を使わない彼女らしい淡白なメールがそこにはあった。

 苦笑して、わかったと返信すると、僕はそれをブレザーのポケットにしまった。





♂♀



 僕たちはとうとう、卒業した。

 3年で、クラス担任だった先生に、一人一人点呼され、僕らは卒業証書を受け取った。

 そのなかには、涙ながら卒業していくやつ、笑って卒業していくやつ、まちまちだった。

 僕は、笑って卒業するはずだったけど、知らず知らずに、涙が頬を伝っていた。

 今までさっさと卒業したいなんて思っていたけど、今さらもう卒業かと思うとなかなか感慨深いものがある。

 いい高校生活だったって思えるような三年間だったって、僕は自負する。



 記念撮影のために僕らは桜が満開に咲く校門の前にいる。

 僕のとなりには史奈がいて、数枚一緒に写真を撮った。

 僕はもう泣き止んだけど、史奈はいまだに涙をこぼしている。


「卒業、しちゃったね。」


 不意に、史奈が声をかけてきた。

 やっと涙が収まってきたのか、ハンカチて目尻を脱ぐって笑いかけてくれる。

 僕は苦笑しながら頷いた。


「なんか、ちょっと寂しいよ。」


 素直な気持ちを吐露した。

 史奈は笑って僕の手に自分の手を絡めてくる。


「次は大学生だね。」

「そうだね。楽しみだ。」


 僕は史奈の言葉に微笑んだ。

 僕らは東京にある大学に進学する。

 史奈の学力の高さと自分の学力の無さに辟易してしまった。

 閑話休題。

 僕は史奈の頭を空いた手で撫でてみた。すると彼女は嬉しそうにはにかむ。そんなしぐさもいとおしい。


「おいおい、イチャイチャしてんなよ~」

「そうだよー、フミちゃんも悠祐くんもー」


 僕たちが微笑みあってると、それを遮るように声が聞こえた。

 目を向けると、奎太と來末が二人ならんでイタズラな笑顔を浮かべてみていた。


「べつにイチャイ「良いじゃない。ミクだって冴島くんとイチャイチャしてるじゃない。」


 僕の抗議は史奈の抗議に遮られた。

 まぁ、いいけど。

 かくゆう奎太と來末も二人で手を繋いでいる。


「ほっとけ」

「それはおいといて4人で写真とろう!」


 僕らの抗議は明後日の方向に飛ばされた。

 奎太に続いて、天真爛漫な來末が元気な声でそう言った。僕らは二つ返事で頷いた。

 桜の前、校門の前、計4枚の写真を撮った僕らは、校門前で別れた。

 奎太と來末はこれからデートだそうだ。たしかに、制服デートとやらができるのも今日で最後だ。

 

「僕らはどうする?」


 二人を見送った僕らは、このあとどうするか全く決めてなかった。

 史奈に意見を求めてみると、「なんでもいいよ。」となんというか無責任な答えが帰ってきた。

 

「じゃ、僕らもデートする?」

「んー、ゆうと二人きりになれるとこがいい。」


 さっきといっていることが違うじゃないか。まぁ、そんな提案はすごく嬉しいんだけれど。

 二人きりになれるところと言えばここから近い僕の自宅辺りだろう。


「じゃあ、僕の部屋いく?」

「うん!」


 史奈は嬉しそうに頷いて、僕の手を握ってくれる。

 僕はそれに微笑んで歩き出した。

 史奈は少し小柄だから歩幅が小さい。彼女に歩幅を合わせるように僕は彼女のとなりを歩いた。


 僕たちが歩く道は、桜色が舞っている。

 それはまるで僕たちを祝福してくれてるようで、なんだか暖かい気持ちになる。


 こんな日がいつまでも続けと、僕は願う。 

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