第四話 拳は我と共にあり
――風奉りの谷は、今や散々たる有様だ。
ジュエル達が家の外へと飛び出た時点で、村の大部分に火の手は上がっていた。
黒い鎧の不法侵入者をその拳で成敗したばかりであるサリナは、倒れたその男の胸倉を掴む。
「アンタ…誰に許可取って人ん家入ってきてんのよ…?」
「き、貴様…俺達を誰だと思ってやがぁるぶえぇッ!?」
「さっさと答えろゴミクズ!!」
威嚇しようとする鎧男を、問答無用で殴り付ける。
まさに鬼畜の所業。
「ば、馬鹿な…スタラプリズ鉱石製の鎧が餓鬼の拳に破壊される筈が…あぐぅッ!?」
「残念ながら本気の私の拳の強度はオリハルコン並よ」
反撃のスキも晒さずにただ殴り続けるサリナ。
これを悪魔と言わずになんと言おう。
「も、もう勘弁してくれ…」
「あら、ちゃんと話す気になったの?」
兵士がそう懇願すると、サリナはあっさりと殴るのを止め、馬乗り状態を解除する。
ようやくその拳の応酬――勿論拳と命乞いの応酬であるが――それから逃れ出る事の出来た兵士は、ガクブルと震える脚の代わりに地面に一本の長剣を突き刺して。
「…さて、なんでこんなふざけた真似仕出かしてるのか、説明――」
「――してやる訳ねぇだろうがボケがぁッ!!」
あろうことか、その地に突き刺した剣をサリナの頭部目掛けて突き出した。
「――……っ」
予想外の反撃に不意を突かれ、その不意打ちを甘んじて受けてしまうサリナ。
強い衝撃が、サリナの頭部を襲い。
気が付いた頃には、彼女は既に膝から崩れ落ちていた。
「…ヘッ、ざまぁみろってんだ。
殺すには惜しい上玉だったがこの際仕方ねぇだろうよ」
突き出した状態のまま行動を停止していた剣を鞘へ戻し、捨て台詞を吐いてサリナに背を向ける。
「そうよねぇ、仕方ないわよね」
だから、気がつかなかったらしい。
サリナが倒れる直前に、腕をバネにするように受け身を取り、
「んなまだ生きてやがったのかテメェ!?」
「…六十九の殺人技、其之ニ四……!!」
そのまま、奴の両肩に側面から着地して地面にぶっ倒す。
「――雷落し!!」
「ぐぶらっ!?」
そして倒れた男の顔面に、に強烈な踵落としを見舞わせたのだった。
「…うっわー、惨いなお前…」
後から到着したジュエルがその惨状を見て、思わず眉を潜める。
今の兵士の顔は、歯が折れ、鼻も折れ、先の踵落としによって輪郭も大きく捻れたように変格している。
…これは酷い。
しかし、その惨状を見てさえ、当の本人であるサリナは反省の色を垣間見せる事は無かった。
「良いじゃない、コイツ私殺そうとしたのよ?
それは重罪に値する、オラァ!!」
「ギャブゥッ!?」
むしろ、倒れている兵士に最後の追い打ちを加えたのだった。
「…まあ、ストレス発散はそれぐらいにして、な」
話が進みそうに無いので、そろそろジュエルがこの暴力の連鎖を止めようと画策する。
サリナが足を振り上げた一瞬の隙を狙い撃ち、風の下級魔法を一旦兵士にぶち込み、救出する。
それと同時に倒れた兵士の下からミニ竜巻を発生させ、兵士を遥か彼方へと吹っ飛ばしたのであった。
…この男も中々えげつない事をする。
「…む、そうね。
まずこの村に蔓延るクソ兵士どもを殲滅しに行くのが大事よね」
『…どうしてその娘は暴力的思想しか出来ないのだ』
「生まれながらにして患ってしまった思考障害なんだ。
触れずにやってくれ」
勿論口から出任せである。
「…んじゃ無くて、まずはあれだ、住人達の安否を確認するのが大事だろ。
…てかエメラルドは部屋に居たんじゃなかったのか」
『何分暇だったものでな』
「誰が思考障害ですってぇぇぇ!!!」
「今更かよ!?折角真面目な話題に踏み込んだのに蒸し返すなよ!?」
『……む』
エメラルドの宝石が、一つ不審な影を見つけて声をあげるが、それに反応する者はいない。
「私は場の空気等には囚われない!!
ジュエル、アンタを今この場で成敗してやる!!
喰らえ!!」
ジュエルの背後にその黒い影が忍び寄った、その瞬間。
サリナの渾身の一撃が、爆発した。
「危ねぇぇぇぇぇぇ!?」
「ぐはぁっ!?」
後ろの黒い影――いかにもリーダーっぽい、豪華な黒い鎧を装着した兵士に。
オリハルコン並の強度を誇るサリナの鉄拳に、勿論只の鉱石で作られた鎧が敵うはずが無い。
そしてこの黒い鎧の男…
実はニ話の冒頭で『お前達が生まれる前から剣を振って』居た男である。
いかにもボスっぽい台詞を吐いていた彼だが、瞬く間に瞬殺されてしまった。
これほどまで酷な事があるだろうか。
「…アレ?コイツ誰?」
思う存分拳を振り切り、満足したサリナは目標とは違う顔が足元に倒れていて、怪訝に思う。
「お前が俺に不意打ちしようとした奴をぶっ飛ばしたんだよ…」
「え、本当に?
じゃあもう一回アンタをぶん殴る必要がありそうね」
「お前もうホント自重しろよ」
そうジュエルが必死にサリナを宥めているのを尻目に、エメラルドが倒れている男に近づき、確認する。
『…闇の帝国の尖兵隊隊長の意識を、たった一撃で殴り飛ばすなぞどんな握力をしてるのだ娘』
もし宝石に表情がついていたのなら、恐らく愕然とした表情をしていただろう。
エメラルドの発した声音の中には、驚愕の色が見て取れた。
…いや、この場合は聞いて取れた、の方が正しいのだろうか?
「…握力×体重×スピード=破壊力。
也乃ち、宇宙の法則である」
「その方程式どっかで聞いたことあるぞ…
なんだったかな。
確か最強の男の息子が――」
『待て待て。それ以上言ったら世界規模的な理由でマズイ。
後もうちょっと驚くべきところがあるだろう?』
しかしサリナはどうでもよさ気に髪を凪ぎる。
「いいじゃない別に。漫画ではかなりの頻度で起こり得る、お約束の展開よ」
『現実と空想を混じるな』
どうやら彼女には、世間一般の常識なぞ通用しないらしい。
それを痛感したエメラルドは、矛先をまだ辛うじて話の通じそうなジュエルに転換する。
…冷静に考えると、この場で一番常識的で無いのは、ただの無機物である筈のエメラルドなのだが。
『…闇の帝国の尖兵隊の実力は異常だ。
君達のような一般人とは思えない程の強さを誇る猛者は別だが、一般市民が敵うような相手じゃない』
「念の為言っておくと、一応俺もお前のいう一般市民だからな?」
そこのところ、履き違えないように覚えておけよとジュエルは釘を刺す。
そして、後に続ける。
「…それに、尖兵程度の連中なら問題ない。
この村には、完全無欠の村長様々がいるからな」
『程度………貴様、闇の尖兵団一師団だけで、街一つ軽く征服出来る実力者が揃っているんだぞ?
とても一人間、それも老人が敵うような相手では――』
「おっ、早速一人打ち上げたみたいだな」
そのジュエルの言葉に、エメラルドの宝石は言葉を区切り、空を視る。
成るほど、確かに打ち上げられている。
黒い鋼鉄の鎧を身に纏った男が一人。
空で鎧バラバラに崩れさせて、ソレは徐々に重力に引かれて墜落してゆく。
ドッガァァァァァァン!!!
「…今日は厄日か」
「…………」
サリナは目の前の惨事を見て、絶句する。
アンドレイク家屋敷は、大きなクレーターと瓦礫をそこに残して、消滅していた。




