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一家心中

「私が殺しました…」


綾子は、警察署の取調室で、魂が抜け落ちたようにうつむいたまま言った。

前で調書を取っている捜査一課課長の能田は、神妙な表情で綾子を見ている。


「本当に君が家族を皆殺したのかい?」

「はい。皆…」


綾子はそう言うと、涙をこぼした。


「…君の弟さんも?」

「弟も…」


綾子はそう言うと、泣きながら震えだした。

能田は、信じられないようにため息をついた。


……


「一家心中が一転。娘が殺したと供述を始める…か…」


圭一がテレビのニュースを見ながら、隣のソファーに座っている「浅野俊介」に、「はい、あーん」と言った。

浅野は新聞に目を落としたまま、口を開けた。

圭一はその浅野の口の中に、剥いたミカンを入れた。


「んっ…めちゃ甘っ!」


食べながら浅野が言った。


「でしょ?熟れ熟れですからね。」


圭一がそう言って、自分もみかんを口に入れた。


「…この子は殺ってないよ。」


浅野がいきなり言った。


「!?…え?…さっきの一家心中のことですか?」


浅野は新聞を開いたまま、前のテーブルに置いて言った。


「…この子は殺していない。本当に一家心中だったんだが、この子だけが何故か助かったんだ。…それで罪の意識から、自分が殺したと言ってる。」

「罪の意識って…この子は何も…」

「ん。はたから見てたらそうだけどね…。でも、この子は自分だけ生き残ってしまった事に罪の意識を感じてしまっているんだ。」

「これ、確か能田さんの管轄ですよ。…なんとか、この子が殺していないという証明ができないでしょうか…?もし、このまま実刑なんてなったら、可哀想ですよ。」

「ん~…しかしなぁ…。一家心中だから難しいよなぁ…」


浅野がそう言って、同じ一家心中のことを書いてある新聞の記事を凝視している。圭一も、その記事を見つめたまま、黙り込んだ。


……


留置所に戻された綾子は、膝を立てて座り、その膝に顔を伏せて泣いていた。

まだ、父親が襲いかかってきたことを、鮮明に記憶が残っている。


朝、突然だった。


母親の悲鳴がしたので、その声に飛び起きた綾子は、自室から飛び出し、階段を駆け降りた。



「お母さん!どうしたのっ!?」


見ると、恐ろしい光景が綾子の目に飛び込んできた。

母親の胸に包丁が刺さっていた。

そして母親の横で寝ていた、まだ産まれて9カ月にしかなっていない弟の首に痣のような痕が見えた。


「!!たっちゃん!」


思わず弟の身体を揺すったが、弟は口を開けたまま動かなかった。

綾子はいきなり背中に殺気を感じ、思わず振り返った。

鬼のような形相をした父親が、包丁を振りあげていた。


「お父さんっ!?」


綾子はその振り下ろされる包丁を、必死に受け止めた。


「死んでくれ…一緒に死んでくれ…綾子っ!」

「どうしてっ!?…どうしてこんなこと…!」

「もう…だめなんだ…家も何も取り上げられてしまう…。もう死ぬしかないんだっ!!」


父親のすごい力に、ソフトボール部で鍛えている綾子はなんとか耐えていた。


「やだぁっ!!」


綾子はそう叫ぶと、父親の包丁を咄嗟に奪い取り、傍に投げ捨てた。

父親がその包丁に飛びついた。


「お父さんっ!やめて…!」


その父親の背中にすがった途端、父親は綾子を振り払い、自分の胸に包丁を突き立てた。


「!!!…お父さんっ!!!」


綾子はその場に座り込んで、痙攣しながら絶命していく父親の姿を最後まで茫然と見ていた。


「お父さん…どうして…」


綾子は、部屋を見渡した。

そして口を開けたまま死んでいるまだ幼い弟に四つん這いになって近づいた。


「たっちゃん…嫌だ…たっちゃんっ!!」


可愛がっていた弟の身体を抱いて、綾子は泣いた。


……


留置所のベッドに寝転んだまま、綾子は天井をぼんやりと見つめていた。

明日には少年院へ移送されるという。


「たっちゃん…たっちゃんだけは、生きて欲しかったのに…。私が何で生きてるの?」


綾子はそう呟いて、涙をこぼした。


突然、留置所が明るくなった。綾子はベッドの横の光の塊を見た。


「!!」


綾子は驚いて体を上げた。

光の塊は、人の姿になり、やがてその人の姿がはっきりしてきた。


背中に羽を持った銀髪の男だった。

切れ長の目元に、引き締まった薄い唇。


「天使?」


綾子は思わず呟いた。


「ご明察。…名はアルシェだ。よろしく。」


男が微笑みながら言い、綾子に手を差し出した。

綾子はじっとその手を見ていたが、やがてその手に自分の手を乗せた。

大きくて暖かい手だった。


「ちょっと一緒に来てくれるかな?」


天使がその綾子の手を握って言った。

綾子が驚いてその天使を見ると、天使が微笑み光り輝いた。その光に綾子も包まれた。


……


綾子が目を開くと、見渡す限り花畑が広がっていた。


「!!…ここ…もしかして…天国?」


隣に立っている天使「アルシェ」が微笑みながら、綾子に言った。


「正しくは「辺獄りんぼ」という「冥界めいかい」だがね。罪のない幼い魂がとどまる場所だ。」

「どうして私がここにいるの?」

「ちょっと着地に失敗したな…。…あそこ見て。」


綾子は天使が指さす先を見た。


小さな赤子がお座りをして、手を叩いて喜んでいる。

傍には、小学生くらいの男の子が、赤子と一緒に手を叩いていた。


「そうそう!上手上手!ぱちぱちぱち!」


男の子の声が聞こえる。


「…あの赤ちゃん…たっちゃんっ!?」

「そうだよ。一緒に遊んであげているのは、海斗君と言ってね。親に虐待されて殺された子だ。」

「!!」


綾子はアルシェを見上げて言った。


「…私…近づいて大丈夫?」

「大丈夫だよ。…行ってあげるといい。」


綾子はうなずいて、赤子の元へ走りだした。


「たっちゃんっ!!たっちゃんっ!」


赤子が手を叩くのをやめて、綾子を見た。

男の子が驚いて綾子を見ている。


「あーあー!!」


赤子は嬉しそうに声を上げた。


「たっちゃんっ!!」


綾子は赤子を抱きあげ、泣きながら弟を抱きしめた。

傍にいた「海斗」が微笑みながら立ち上がり、綾子と赤子を見上げている。


「お姉ちゃんってこの人なんだ!たっちゃん、よかったね!」


海斗がそう言った。傍に移動していたアルシェが、そんな海斗の肩を叩いた。

綾子は辺りを見渡した。


「…お母さんは?ここに来てないの?」

「幼い魂だけしか辺獄ここに入れないという事もあるが…実は…」


アルシェが表情を暗くして言った。


「弟さんを死なせたのは、母親なんだ。」

「!?…えっ!?」

「…父親だけで決めたんじゃない。…母親と相談して一家心中を決めた。一番に犠牲になったのが、弟さんだ。」

「…そんな…。ひどい…。」


綾子は綾子の頬に手を当て、キャッキャッと笑っている弟を見た。

そして、海斗を見降ろして言った。


「ずっと遊んでくれてたの?」

「うん!!いきなり僕の前に現れたんだ。最初はずっとお姉ちゃんを探して泣いてたけど、僕、がんばってあやしたんだ!」

「そう…ありがとう…」


綾子はまた新しい涙をこぼしながら、赤子を抱いたまましゃがんだ。


「…これからも、ずっとたっちゃんと遊んであげてくれる?…お姉ちゃん…ここには一緒にいられないんだ。」

「もちろんっ!!」


海斗が言った。天使アルシェが、海斗の頭を撫でた。


「たっちゃんが、生まれ変われるまで、僕も生まれ変わらないでいるよ!」

「…生まれ変わる?」


綾子が言った。


「うん!たっちゃんね!お姉ちゃんの子どもに生まれ変わりたいんだって!!ねったっちゃん!」


海斗が赤子にそう言うと、赤子は「あーあー」と言って、綾子の頬に手を這わせた。


「!!…私の…子に…?」

「だから、お姉ちゃん、絶対に子ども産まなくちゃだめだよ!たっちゃん、生まれ変われなくなっちゃう。」

「…うん…うん!…私…たっちゃんを大事にしてくれるいい人探して…たっちゃんを産むわ。」


そういう綾子に、アルシェが言った。


「…じゃぁ…自分が家族を殺したなんて、もう言わないね?」


綾子は、目を見張ってアルシェを見た。


「…殺してもいないのに殺したなんて言っちゃいけない。…元の世界に戻ったら、ちゃんと刑事さんに本当のことを言うんだ。」


綾子は下を向いた。


「でも…でも…一旦殺したって言っちゃったのを、やっぱり殺してません…なんて…信じてくれるかしら。」

「大丈夫。そこは任せてくれ。」

「!」


綾子はアルシェを見て、うなずいた。


……


綾子はアルシェに横抱きにされ、空を飛んだ。

弟を抱き上げた海斗が、手を振って見送っている。


「たっちゃん!元気でね!絶対にたっちゃん産むからね!海斗君よろしくね!」


綾子はそう言いながら、海斗と弟に手を振った。


「任せて、お姉ちゃん!ばいばいっ!」


海斗が弟の手を取って、手を振らせた。

弟が「あーあー」と叫んでいる。綾子はまた涙が溢れ、アルシェの首にしがみついて泣いた。


「…絶対に…絶対に産むからね。」


綾子は何度も言った。


……


綾子ははっと目を覚ました。

そして飛び起きた。


「…夢…?」


そう呟いて、ふと自分が寝ていたベッドを見た。

枕の横に、大きな白い羽が1本落ちていた。

綾子はその羽をそっと手に取り、見つめた。


天使「アルシェ」のことを思い出した。


……


「ここ引っ張って…」


冥界から留置所に戻った綾子に、アルシェが羽を自分に向けて言った。


「1本抜いて。」

「え?大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。」


綾子はアルシェに言われるまま、羽を1本だけ引っ張った。


「いててててて!」


アルシェが言った。綾子は慌てて手を引っ込めた。


「大丈夫!大丈夫だから、早く抜いてっ!!」


アルシェが涙目になりながらそう言うので、綾子は「ごめんね」と言いながら、羽を1本抜き取った。

アルシェは抜き取られたところを手でさすりながら「これでよし」と言った。


「その羽を服の中に入れて、隠しといて。…で、明日、能田刑事さんに正直に言うんだよ。その羽の力できっと信じてもらえるから。」

「うん!…ありがとう…アルシェ。」

「どういたまして!」


その砕けた答えに、綾子は思わず吹き出した。


…翌日、綾子は能田に本当のことを言った。そしてアルシェの言葉どおり、無罪放免となった。


「…この羽…宝物にしよう…」


綾子は、家に帰ってから羽を胸元から取り出し、アルシェのことを思い出しながら呟いた。


……


「地獄へようこそ」


大悪魔アークデビル「ザリアベル」が、綾子の両親に言った。目は燃えるように紅く、両頬には長短2本ずつ傷がある。

両親は、お互いの手を握り合いながら震えている。父親が言った。


「どうしてこんなところに…」

「子殺しの罪だ。まさか天国に行けるとは思うまい?」

「こ、殺したのは、こいつだ!俺は」

「指示したのは、お前だろう!」


ザリアベルが父親に怒鳴り付けた。


「手にかけなくても同罪だ。…抵抗できない赤ん坊を殺すなんて、お前達は悪魔以下だ!」


両親は震えて何も言えなかった。


「だからお前達には…抵抗できない状態で責め苦を受けてもらう。」


ザリアベルが指をならした。

両親の後ろに柱が地下から出現し、その柱から太いつるが伸びた。そして、逃げようとした両親の身体に絡り、両親はそれぞれ柱にくくりつけられた。

両親は悲鳴を上げて、もがいている。


「先ずは火責めから。」


ザリアベルが指を鳴らすと、炎が2本の柱を取り囲んだ。


「やめてくれ!助けてくれ!」


父親の声もむなしく火は柱を覆った。両親の悲鳴が上がった。


「…まだまだはじまったばかりだぞ。後に水責め、針責め…ゴマンと責め苦はある。…死ぬまでな…。…あ、そうか…お前達はこれ以上死ねないんだったな。」


ザリアベルはそう言って笑いながら、姿を消した。


…後には、両親の悲鳴が響いていた。


……


大天使アークエンジェル様がびっくりしてたよ。大悪魔アークデビルのザリアベルが赤ちゃん抱いて、いきなり目の前に現れたもんだから…。」


天使「アルシェ」の人間形「浅野俊介」が、自分の前で、圭一の作った麻婆豆腐を美味しそうに食べているザリアベルを見ながら言った。圭一もアルシェの横でザリアベルを見ながら言った。


「母親が、赤ちゃんを一緒に地獄へ連れていこうとしたんだそうですね。」


浅野がうなずいて言った。


「あの母親は、子どもは自分と一緒にいた方が幸せだと思い込んでたんだ。それは単なる母親のエゴなんだが…」

「だから自分の子を殺すなんてことできたんだ…。」


圭一が悲しそうに言った。


「ザリアベルがあんなに怒ったのは、海斗君の時以来じゃないか?」


浅野がそう言ったが、ザリアベルはなんの反応も見せず、圭一に「おかわり」と空の皿を差し出した。


「はい!」


圭一は嬉しそうに皿を受け取り、立ち上がった。


「ザリアベル、辛いのもOKなんだ。圭一君のは結構辛めなのに…。」


辛いのが苦手なアルシェが感心したように言った。


「美味い。」


ザリアベルはそう言いながら、バケットをかじった。


「麻婆豆腐とバケットが合うなんて、思いつかなかったなぁ…」


アルシェが更に感心している。


「はい、ザリアベルさん」


圭一がザリアベルの前に皿を置いて言った。


「ありがとう。」


ザリアベルはそう言うと、また食べ始めた。


「あ、そうだ。ザリアベル。」


浅野がザリアベルに言った。


「今度、イリュージョンショーをするんですが、一緒に出演してもらえませんか?」

「!?」


ザリアベルの動きが固まった。浅野が続けた。


「日本公演だけでいいので。」

「…どうして俺が…」

「うちと提携して欲しいんですよ。それで「ノイツ・クロイツ」という名前で日本国籍を取って欲しいんです。」

「!…だから、どうして俺がそんなことまで…!」

「その悪魔のままでは、いろいろと不便が出るからですよ。車も運転できないし、外を歩いたら、職務質問受けるし。」

「…国籍があっても、職質は受けるだろう。」

「…ねぇ…ザリアベルさん…」


圭一が体をザリアベルの方に乗り出して言った。


「…ザリアベルさん…人間形になれないんですか?クロイツさんだった頃のお姿とかに…」


ザリアベルはスプーンを持ち上げたまま、圭一を見つめた。だが、その目は青い。怒っているわけではないようである。


「俺はアルシェと違って、姿を変える事はできないんだ。」

「!!」


圭一が目を見張った。浅野も驚いて言った。


「…それは、大悪魔アークデビルのザリアベルでも…ですか?」

「俺だから許されないんだ。背負った罪が重すぎてね。変わりたくても変われないんだ。」

「ごめんなさい。」


圭一がうつむいて言った。浅野はその圭一の隣で、神妙な表情をしてザリアベルを見ている。

ザリアベルは、皿の中の麻婆豆腐をすべて食べ終わると、そばにあった布巾で口を拭いた。


「ごちそうさま。」


そう言って、立ち上がった。


「!…ザリアベルさん…」


圭一も立ち上がり、玄関に向かうザリアベルを追った。浅野も圭一と一緒に玄関に向かう。

ザリアベルは、ドアに手を掛け玄関を出ようとしたが、ふと動きを止めて言った。


「イリュージョンショーの方は考えておく。」


ザリアベルはそう言うと、玄関を出て行った。

圭一と浅野は目を見張り、笑顔を見合わせた。


(終)

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