椅子ガタガタレース
【椅子ガタガタレース】
椅子とは以下のものを指す。
・役職
・腰掛けるための家具であり、四足で食用ではないもの
小学生の頃から椅子をガタガタ言わせてきたこの俺、大鋸タクミが青春を賭けるのは当然二番目の意味を持つ椅子だ。
青い空、白い雲。校庭に並ぶ椅子ガタガタ走者たち。夏の風物詩である。
「去年は惜しくも私立穴沢高校に敗れた!しかし、伝統ある椅子レースの優勝旗は、今年こそ我が県立カーペンター高校が手にしよう!」
「先生!まだ3回目です!」
椅子ガタガタ部の後輩たちがいちいち突っ込む。玄翁院先生の話は長いのだ、口を挟んでいると練習の時間が無くなるという事を早く学んでもらわなければいけないな。タクミは頭の片隅にそっとメモした。
「全国高校椅子ガタガタ連盟ができ、公式の競技になってからは三年目というだけだ。椅子ガタガタ自体は先生が学生の頃からあった! 古くは平安時代に」
「先生、それは授業で聞きました!」
大工の棟梁あがりの社会科狂師、玄翁院アタルは成果主義だった。
勝つことが全て。勝てなければ椅子ではないと信じていた。
だからこそ、勝つための椅子にこだわる男だった。
「去年のエースの故障が無ければ勝てていた。しかし、あそこで四人がけのソファーが来たのは予想外だった。だから今年は対策を取る」
玄翁院先生はチームの皆を大きなグランドピアノの前に案内した。
「先生、これ、高かったんじゃ…」
「今年は優勝の狙えるチームだ。皆のためにボーナスの他に先生の消費者金融のお世話にもなったぞ」
「先生!」
感涙にむせぶ生徒達。しかし、俺は一人冷めていた。ピアノは椅子なのだろうか。
「先生、ピアノは椅子じゃありません!」
「脚があって、すわれるものは椅子だ。それに家具屋で売っているのだからレギュレーション上も問題ない」
ぴしゃりと否定される。反論は許さないと言わんばかりの態度。
しかし、俺はデカくて重い椅子は強いという、大型化への疑問を感じていた。
「タクミ、どうする」
熱気に当てられたようなチームの雰囲気に眉を顰める俺に気づいて声をかけて来たのは、十年来の親友である墨壺ケンイチ。去年の椅子ガタガタレースで回転技を繰り出し驚異的な速度を見せたエースだ。残念ながら回転のしすぎで目を回してしまい落椅子した。その時に怪我を負ってしまったが、雪辱を果たすためにしっかりと治して今年の試合に全力を傾けている。なにしろ、授業中もずっと椅子を斜めにしている程の猛者なのだ。
「去年のソファーの優勝はあまりにも影響が大きい。他の高校も大型化してくるだろうから、その流れに乗っちゃダメだ」
「俺もそう思う」
「後半の圧倒的な追い上げ……あれは悪夢だった。でもアレは下り坂だったからだ」
「ああ。大型はぶつかり合いで強いかもしれないが、登り坂が登れなければ意味が無い。軽量型の椅子で先行逃げ切り。基本に忠実なのが一番だと思う」
俺たちは玄翁院先生を胴上げして既に勝った気の部員たちを眺めながら、腕を組んで作戦を練る。
「幸い、いくらピアノが大きくてもチーム全員は座れない」
「そうだな。一年をピアノに回して貰って、俺たちは随伴する形で走ろう」
胴上げを落としてドジャーンと大きな音を響かせるピアノから目をそらして、俺たちは二人で勝つ事を決める。
「シンイチは回転で行くのか?」
「いや、今更だがずっと回り続けるのは無理だ。そもそも俺は乗り物酔いするタイプだし」
「なら、一つ案があるんだが……」
そもそも、第一回の大会で優勝した似鳥高校の作戦が、パイプ椅子を二個使って片足に一つずつの椅子を履く事で歩くという大技だった。
第二回には、この椅子歩きに椅子をぶつけて転倒させる事で早期に全滅させた。丸太を担いで序盤に振り回した走者もいるが、猛威を振るったのは揺り椅子やソファなどの重量型だ。これらのラフプレイを勝ち抜くために、重量と安定感のある椅子に流れるのは納得のできる事ではあった。
しかし、それではダメなのだ。それは椅子ガタガタではない。椅子ガタガタレースは椅子をガタガタ言わせてこその物だ。キャスター付きも邪道だ。
俺たちは基本に立ち返ろう。
俺はスクワットをしながら、シンイチにそう語りかけた。
「そうだな。重さよりもスピードだ。だが実際、後半のソファーをどうかわす?」
「前半の上り坂はどうしても遅くなる。その間に逃げ切るのではダメか?」
「逃げ切れればいいが、勢いのついたソファは止められない。ピアノもだ」
「ホントにそうだな」
心の底からそう思う。バイトで引っ越し屋などをしていると坂道のソファは凶悪の一言に尽きる。
「それに、他のチームがなにか重い物を持ってこないとも限らない」
「冷蔵庫とか、かな?」
「冷蔵庫は脚が無いからレギュレーション違反だ。だが、キャスターが付いていれば良いらしいから、業務用の冷蔵庫はくるかもしれん」
「コンビニのアイスとか居れてるやつ? さすがにあんなデカいのは」
「無いとは言い切れん」
真夏の炎天下だ。もし中にアイスが入っていたら溶けてしまうかもしれない。溶けたアイスを満載したキャスター付きの箱。そんな物を椅子と認めたくはない。
「重量系がどれくらいの速さで登ってくるか、それまでにどれくらい距離が稼げるかは試した方がいいな」
「よし、ピアノで試そう」
チーム全員で輪番押し上げ方式を試した所、ピアノを一人で運ぶ事は困難な事がわかった。
「これだとピアノ以上の重さで来るチームはなさそうだな」
「前半の坂さえ制する事ができれば勝てるぞ!」
盛り上がるチームメンバーたち。
そう簡単に行くだろうか。
そもそも、椅子を二脚使って歩く作戦を潰すために考案されたのがソファを含む重量椅子作戦だ。チーム皆で交代でソファを押してゆき、後半の坂で乗り換えることで他チームを蹴散らした。
しかし、上り坂でバックしないように先頭の一人が支え、後ろから押しながら自分の椅子を前進させていき、下り坂に差し掛かったら乗り換えるという、「椅子を二つ使う」という技の延長線上にある。
「皆はイケるつもりのようだが……そもそも、坂を登り切れない可能性もあるし……」
「ああ。全員で押さないとピアノが動かないなら、今度は自分たちが前に進まない」
そう。誰もが知る椅子ガタガタの掟『足を地面につけてはいけない』という唯一のルールと重量椅子作戦は相性が悪いのだ。
「でも、チームのみんなも玄翁院先生も重さに目が眩んでる」
「タクミ、そろそろ教えてくれないか。お前の考えた作戦を」
俺はシンイチにプロテインを渡すと、こう言った。
「人間椅子作戦だ」
人間は四本足で歩く事ができる。そして食用ではない。それならば人間は椅子であるとも言える。
「そうか、俺がお前を背に乗せて走れば!」
「ああ、どんな椅子よりも速い。俺がお前をガタガタ言わせてやるぜ! だからお前は今日から四つん這いで生活しろ!」
「え……わかった。ならばせめてお前は体重を出来る限り落としてくれ」
「今日からキュウリしか食わないよ」
それからは特訓の日々だった。もともと小柄な俺は、毎日シンイチの背中の上で授業を受け、キュウリを齧る。そして空手部やラグビー部にスカウトされた事もある大柄なシンイチは、安定感を増すために下半身の強化に努めながら、朝起きてから寝るまで四つん這いで生活した。
ニンジン食わせたり角砂糖上げたりして、何の訓練なのとかおまえら本当に親友なのかとか問い詰められたりしながらの辛い訓練。
「基本ってどこ行ったんだろうな」
「数年後には人間椅子が基本になるさ」
「そうか、その時には俺は女子に座って貰いたいな」
心まで椅子になりかけているシンイチを俺は心強く思った。
そして大会当日、前回大会のソファを受けてほぼすべてのチームが大型化を志向していた。授業用椅子をガタガタさせて走る古き良き姿は失われたと涙する村の古老達。
「警戒したいのは門後琉高校の、馬か」
「騎馬民族は食事する時も馬上で行うので、実質的に馬は椅子でもあるという理屈が椅ガ連で認められたらしい」
「それにあっちの……パジェロ?」
「革張りの見事なシート。まごうことなき、椅子だ」
「エンジン付きはさすがにアウトなのでは?」
「エンジンを掛けないうちは違反ではないらしい」
「なんにせよ運転席にいるのは富加高校の二年だろ。年齢的に考えて無免許だ。今のうちに通報して置こう」
「そうだな。椅子ガタガタレースのレギュレーション上は問題なくても、普通に道路交通法違反だ」
波乱の匂いの立ち込めるコースのスタート地点。俺たちは今までの努力の成果を椅子の神に問う為、スタートの合図と共にシンイチの尻に鞭を当てた。
一斉に椅子をガタガタと鳴らして走り出す選手たち。
そしてソファーを蹴散らして重さの力を振るうピアノ。しかし、上り坂で圧倒的に不利になる。当然だ。そんな後輩たちを尻目に、俺は友人に鞭をあてて手綱を引っ張るとスイスイと坂を登ってゆく。
そんな俺たちを追い抜く、馬。
「馬上民族に取って馬の上こそ生活の場。馬は椅子だぁー!」
「確かにな、それならば確かに馬は椅子だ。しかし!」
その馬と人間椅子を弾き飛ばすパジェロ。
「ヒャッハァァァッ!それならば、車上生活者にとって、車こそ椅子なのだ!」
少し先に居た警察官が試合中の選手を逮捕する姿が見えた。
「さっき、電話で警察に連絡をいれておいた」
これは彼らが年齢的に無免許である点をついた鬼手。
これでコースからは大ゴマが除去された形となった。しかし、暴走した車両は多くの椅子と選手たちも跳ね飛ばしていた。
「道路交通法だけじゃなくて他の罪にも問われそうだな、あいつら」
「でもな、コースの中では魔物が住んでいるっていうだろ。車も魔物の一種だ」
車に跳ね飛ばされ、フェンスに引っかかった姿のままシンイチが呟く。
大きな怪我はしていないようだが、流石にこのまま競技を続ける事は難しそうだ。
「すまない。俺が車を回避できていれば……今年こそ優勝したかった」
「いや、悪いのは道路交通法を守らない選手だ。お前は悪くないよ」
「ありがとう。俺はお前の椅子であり続ける事はできないようだ。お前ひとりで進んでくれ」
「しかし、椅子が無ければ」
「お前は訓練していただろう。審判がどう判断するかはわからないが、やれることは全部やろう」
見ていたのか。俺の筋トレを。
小さく頷くと、死屍累々の中、俺は中腰になって歩き出す。
空気椅子だ。どんなときにも失うことは無く、けれど腰掛けるという大前提を大きく無視した、そこに無い椅子。
それをみた顧問達がそれがあったかと膝を打ち感動の涙を流す。
「来年の大会は荒れそうだな」
嵐を予感を感じるのであった。
空気椅子では這うように進むうち、轟音をあげて暴走したグランドピアノが坂道を下っていく。あの勢いのまま進めれば優勝はできるだろう。
しかし、シンイチの懸念した通り、絶望的な音を立ててグランドピアノは壁にぶつかり大破した。曲がれなかったのだ。
ゆっくりと近づくと、ピアノから落ちた一年生たちと部長が倒れている。
「ブレーキ、なにか策はかったのか」
「ああ。体重移動では曲がれなかった。俺たちの重量戦術は間違っていたんだな」
「あたりまえだ。グランドピアノを弾く時、どこに腰かける?」
「どこって、ピアノの椅子……」
「そうだ、そっちが椅子だ。ピアノは椅子じゃない。椅子か椅子じゃないかでいうなら、人間よりもピアノの方が椅子から遠いんだ」
「もっと早くそれを聞きたかった。いや、今言っても仕方ないな。あとはお前だけだ」
「いや、ゴールまで持ちそうにない」
太腿は既にプルプルしている。空気椅子のまま坂を下り、歩き続けた。もう膝がガタガタだ。
「でも、部長がここにいてくれてよかった。今すぐこの紙にサインをくれ」
「……こんな手が?!」
部長の手に小さな紙をわたし、拇印をおさせた。
シンイチは空気椅子をやめて、そのまま走り始める。
重いソファーを押す他校の選手を追い抜き、事務椅子で進む選手を蹴飛ばし、小川を飛び越え、来賓席で昼間っから酒宴に興じる教師たちのど真ん中をわざと駆け抜けて仰天させ、無意味に全裸になりつつ、風邪をひきそうになりながら走った。
彼が握りしめている紙は、部長交代の申請書。つまり部長の椅子。これを背負った以上、物理的に重い椅子とか不要だった。
「来年からは、椅子無し椅子ガタガタになっちまう……」
監督は呆然と呟く。
それは椅子ガタ界の夜明けなのかもしれない。
元は、前半を自分が書き、後半を他の人に書いて頂くというお遊び的な企画で書かれたものです。
いかに頭のおかしい設定を後半担当者に押し付けるか、を考えて椅子レーススタートまでを書いて渡したものが以下に記載されています。
https://novelup.plus/story/559216657
責任を取って自分でも後半を書いたものが本作となっています。
平行世界の椅子ガタレースの様子もよろしかったら見ていってください。




