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良い人

作者: 小澤金秀
掲載日:2026/06/19

川瀬悠真は、誰からも嫌われないように生きてきた。

職場では頼まれごとを断らず、相手の機嫌を読み、怒られないように先回りする。周囲からは「優しい人」「真面目な人」と言われるが、実際の悠真はいつも疲れていた。


一方、同じ職場にいる先輩・黒崎は、自分の言動を一切疑わない。強い言葉で人を動かし、誰かを傷つけても「相手のため」と言い切る。なのに、黒崎の周りにはなぜか人が集まる。


悠真は思う。

どうして人を傷つけないように生きている自分の方が、嫌われるんだろう。

どうして人を傷つけても揺るがない人の方が、好かれるんだろう。


そんなある日、悠真は後輩から言われる。

「悠真さんって、優しいんじゃなくて、怒られたくないだけですよね」


その言葉をきっかけに、悠真は自分の“良い人”が、優しさではなく恐怖から作られていたことに気づいていく。



僕はずっと、良い人でいたかった。


いや、少し違う。

良い人だと、思われたかった。


誰かを傷つけたくなかった。

誰かに嫌われたくなかった。

誰かの中で、自分の評価が下がっていく音を聞きたくなかった。


だから僕は、いつも笑った。


本当は笑えるほど余裕がないときも、

納得していないときも、

疲れていて誰とも話したくないときも、

僕はとりあえず笑った。


「大丈夫です」

「やっておきます」

「全然いいですよ」

「すみません」


口癖みたいに出てくる言葉は、どれも自分を守るためのものだった。


相手を安心させるため。

場の空気を壊さないため。

面倒な人間だと思われないため。

そして何より、嫌われないため。


だけど、不思議なことに、僕はよく人を苛立たせた。


気を使っているはずなのに、間が悪かった。

ちゃんとやろうとしているはずなのに、抜けていた。

相手のために動いたつもりなのに、余計なことをしてしまった。


「そうじゃないんだよな」


上司のため息混じりの声が、今日も背中に刺さった。


僕は曖昧に笑って、頭を下げた。


「すみません。次から気をつけます」


次から。

僕は何度、その言葉を使ってきただろう。


次から気をつけます。

次はちゃんとします。

次は迷惑をかけません。


でも、次が来るたびに僕はまた何かを間違えた。


容量が足りないのだと思う。

人より少し、頭の中の机が狭い。

誰かの顔色を置いて、やるべきことを置いて、自分の感情を押し込んで、相手の期待を並べているうちに、どれかが床に落ちる。


そして落ちたものは、いつも僕の責任になった。


「川瀬くんって、悪い人じゃないんだけどね」


そう言われるたびに、僕は少しだけ死んだ。


悪い人じゃない。

それは褒め言葉の形をした、便利な見切りだった。


良い人ではない。

できる人でもない。

頼れる人でもない。


ただ、悪い人ではない。


僕の居場所は、いつもその程度だった。



同じ職場に、黒崎さんという人がいた。


黒崎さんは、僕とは正反対の人だった。


声が大きくて、迷いがなくて、自分の言葉に一切の疑いを持たない。誰かが傷ついても、黒崎さんは謝らなかった。


「俺は間違ったこと言ってないから」


それが口癖だった。


たしかに、黒崎さんの言うことは正しいことが多かった。

ただ、その正しさはいつも少し鋭すぎた。


包丁みたいに、必要なものだけじゃなく、誰かの自尊心まで一緒に切り落としていく。


新人がミスをすれば、黒崎さんはみんなの前で言った。


「なんでこんな簡単なことができないの?」

「考えれば分かるでしょ」

「やる気ある?」


言われた新人は、目を赤くして俯いた。


僕はその場にいるだけで胸が苦しくなった。

自分が言われているわけじゃないのに、喉の奥が詰まった。


でも周りは、黒崎さんを嫌っていなかった。


むしろ、頼りにしていた。


「黒崎さんってハッキリ言ってくれるから助かるよね」

「厳しいけど、間違ってはないし」

「ああいう人がいると締まるよね」


僕には、それが分からなかった。


どうして。

どうして、あんな言い方をしても許されるんだろう。


どうして、人を傷つけないように言葉を選んでいる僕の方が、面倒くさそうな目で見られるんだろう。


僕が一つミスをすれば、「またか」という顔をされる。

黒崎さんが誰かを泣かせても、「あの人はああいう人だから」で終わる。


世の中は、不思議なくらい、強い人に甘い。


優しくあろうとする人間には、もっと上手くやれと求めるくせに、

傷つける人間には、あの人はそういう人だからと名前をつけて許してしまう。


僕はそれが、悔しかった。


でも、その悔しさすら、誰にも言えなかった。


言えばきっと、嫉妬だと思われる。

被害者ぶっていると思われる。

自分ができないことを、他人のせいにしていると思われる。


だから僕は、今日も笑った。


「大丈夫です」


大丈夫じゃないのに。



ある日の昼休み、後輩の三島さんが僕に言った。


「川瀬さんって、優しいですよね」


僕は反射的に笑った。


「いや、そんなことないよ」


本当に、そんなことはなかった。

僕は優しいんじゃない。

ただ怖いだけだ。


でも、そう言う勇気はなかった。


三島さんはコンビニのサンドイッチを手にしたまま、少し考えるように首を傾げた。


「でも、たまに思うんです」


「何を?」


「川瀬さんって、優しいっていうより、怒られたくない人なのかなって」


その瞬間、胸の奥に、何か硬いものが落ちた。


音はしなかった。

でも、確かに落ちた。


僕は笑おうとした。

いつものように、冗談っぽく流そうとした。


「え、ひどいな」


そう言うつもりだった。


でも、声が出なかった。


三島さんは慌てたように手を振った。


「あ、すみません。悪い意味じゃなくて」


悪い意味じゃない。


その言葉は、たぶん本当だった。

でも、悪い意味じゃない言葉ほど、時々まっすぐ刺さる。


「なんか、川瀬さんって、誰かに優しくしたいっていうより、誰にも嫌われたくないって感じがするんです」


僕は何も言えなかった。


図星だったからだ。


僕が今まで優しさだと思っていたものは、

もしかしたら、全部ただの防御だったのかもしれない。


傷つけたくなかったんじゃない。

傷つけた人間だと思われたくなかった。


助けたかったんじゃない。

助けない人間だと思われたくなかった。


良い人でいたかったんじゃない。

良い人じゃない自分を、誰かに見られるのが怖かった。


そのことに気づいた瞬間、僕の中で何かが静かに崩れた。


良い人でいたかったんじゃない。

良い人じゃない自分を、誰かに見られるのが怖かった。


そのことに気づいた瞬間、僕の中で何かが静かに崩れた。


音を立てて壊れるのではなく、長い時間をかけて湿った紙箱が内側から潰れていくように、ゆっくりと形を失っていった。


三島さんはまだ何かを言っていた。


「川瀬さん?」


僕は返事をしなければと思った。

いつものように笑って、

「そんなことないよ」

と軽く流せばいい。


でも、頬が動かなかった。


笑うことにすら、体力が必要なのだと初めて知った。


「……ごめん」


やっと出た声は、自分でも驚くほど小さかった。


三島さんは目を丸くした。


「え、なんで謝るんですか」


なんで。


僕にも分からなかった。


責められていないのに謝る。

怒られていないのに謝る。

相手が困っていそうだから謝る。

場の空気が少しでも揺れたら、とりあえず自分を下げて地面を平らにしようとする。


謝ることは、僕にとって言葉ではなく反射だった。


「いや、なんか……」


続きが出てこなかった。


僕は、誰に謝っているんだろう。


三島さんに。

今まで自分を優しい人間だと思っていた自分に。

それとも、本当はずっと苦しかったのに、苦しくないふりをさせてきた自分自身に。


昼休みの休憩室には、電子レンジの低い音が鳴っていた。

誰かの弁当の匂い。

紙コップのコーヒー。

椅子を引く音。

笑い声。


世界は何も変わっていない。


僕の中だけが、少しずつ崩れていた。


「……悪い意味で言ったわけじゃないんです」


三島さんは不安そうに言った。


「分かってる」


僕は頷いた。


分かっている。

彼女は僕を傷つけようとしたわけじゃない。


ただ、僕が何年も見ないようにしてきた場所に、偶然手が触れてしまっただけだ。


「でも、たぶん……合ってる」


僕がそう言うと、三島さんは黙った。


自分で認めた瞬間、胸の奥がさらに重くなった。

だけど、不思議と涙は出なかった。


泣けるほど、きれいな感情ではなかった。


そこにあったのは、悲しみというより、恥ずかしさだった。


自分が思っていたよりずっと小さくて、ずるくて、臆病な人間だったことを、突然明るい場所に引っ張り出されたような恥ずかしさ。


優しい人間でいたつもりだった。

でも本当は、嫌われないように先回りしていただけだった。


助けたかったんじゃない。

助けない人間だと思われたくなかった。


怒らなかったんじゃない。

怒った自分を見られるのが怖かった。


許していたんじゃない。

許さないことで相手に嫌われるのが怖かった。


僕の優しさは、いつも誰かの目を見ていた。


自分の心なんて、一度も見ていなかった。



午後の仕事は、ほとんど記憶がなかった。


体は勝手に動いた。

書類を確認し、電話を取り、必要なものを運び、誰かに呼ばれれば返事をした。


「川瀬くん、これお願いできる?」


「はい」


「さっきの件、確認しといて」


「分かりました」


「これ、今日中ね」


「はい」


口はいつも通りだった。


でも、頭の中ではずっと三島さんの言葉が回っていた。


優しいっていうより、怒られたくない人。


その通りだった。


僕は怒られたくなかった。


大きな声を出されたくなかった。

呆れられたくなかった。

「使えない」と思われたくなかった。

「面倒くさい」と思われたくなかった。


だから、嫌なことを嫌だと言えなかった。


自分の限界が近づいていても、まだ大丈夫なふりをした。

本当は分からないのに、分かったふりをした。

本当は苦しいのに、笑った。


その結果、何度も失敗した。


無理を引き受けて、手が回らなくなって、ミスをして、結局誰かを困らせた。


それでまた、僕は謝った。


すみません。

次から気をつけます。


次なんて、いつも同じ場所に戻ってくるだけなのに。


夕方、黒崎さんが新人に何かを言っていた。


「だからさ、分からないなら分からないって最初に言えばいいんだよ。後からできませんでしたって言われる方が迷惑だから」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が嫌な形に歪んだ。


正しい。


黒崎さんの言っていることは、正しい。


それが余計に苦しかった。


あの人はいつも正しいことを言う。

でも、正しいことを言うときの顔で、人を傷つける。


新人は小さく頷いていた。


「すみません」


「謝ればいいってもんじゃないから」


その言葉が、自分に向けられたもののように聞こえた。


謝ればいいってもんじゃない。


分かっている。


僕だって本当は分かっている。


謝罪は、万能じゃない。

謝ったからといって、迷惑をかけた事実が消えるわけじゃない。

相手の苛立ちが消えるわけでもない。


それでも僕は謝るしかできなかった。


それ以外の方法を知らなかった。


「大丈夫ですか」


ふいに三島さんが隣に立っていた。


僕は反射的に笑おうとした。


「大丈夫」


そう言いかけて、口を閉じた。


大丈夫じゃない。


でも、大丈夫じゃないと言ったらどうなるんだろう。


三島さんを困らせる。

気を使わせる。

面倒な人だと思われる。

さっきの話を引きずっていると思われる。


いつもの考えが、一瞬で頭の中に並んだ。


でも、その列の最後に、別の言葉が小さく置かれた。


本当に?


本当に、それだけ?


大丈夫じゃないと言ったら、世界は終わるのか。

誰かに嫌われたら、僕はその瞬間に消えてしまうのか。


僕は喉の奥に引っかかった言葉を、無理やり押し出した。


「……大丈夫では、ないかもしれない」


言った瞬間、心臓が跳ねた。


大げさなくらい、怖かった。


たったそれだけの言葉なのに、まるで高い場所から足を踏み出したみたいだった。


三島さんは少し驚いた顔をしたあと、小さく頷いた。


「そっか」


それだけだった。


追及もされなかった。

慰められもしなかった。

説教もされなかった。


ただ、そっか、と受け止められた。


僕は拍子抜けした。


大丈夫じゃないと言っても、世界は終わらなかった。


三島さんは少しだけ声を落とした。


「無理してるときの川瀬さん、分かりやすいです」


「そう?」


「はい。笑い方が、なんか薄いです」


薄い。


僕は自分の顔を触りたくなった。


「そんなに?」


「はい」


三島さんは少し笑った。


「でも、今の方がいいです」


「今の方?」


「大丈夫じゃないって言った今の方が、なんか信用できます」


信用。


その言葉は、僕の中に変なふうに残った。


良い人だと思われることと、信用されることは、同じだと思っていた。


でも、違うのかもしれない。


何でも引き受ける人が信用されるわけじゃない。

いつも笑っている人が安心されるわけじゃない。

大丈夫じゃないときに、大丈夫じゃないと言えることも、もしかしたら信用の一部なのかもしれない。


僕は小さく息を吐いた。


息をしていたことを、そこで思い出した。



その日の帰り道、僕は駅まで歩いた。


いつもならイヤホンをつける。

何か音を流していないと、頭の中の声がうるさいからだ。


でもその日は、なぜか何も聞く気になれなかった。


六月の夕方は、まだ少し明るかった。

道路沿いの植え込みから、湿った土の匂いがした。

遠くで救急車の音が鳴って、すぐに街の音に混ざって消えた。


僕は歩きながら、今日一日を何度も思い返した。


三島さんの言葉。

黒崎さんの声。

新人の俯いた顔。

自分の「大丈夫ではないかもしれない」という声。


情けなかった。


でも、少しだけ変な感じがした。


いつもなら、帰り道は反省会だった。


あの返事はまずかった。

あそこで笑うべきじゃなかった。

もっと早く動けばよかった。

また迷惑をかけた。

また嫌われたかもしれない。


頭の中で、自分を裁く声が延々と続く。


でも今日は、その声の奥に、もう一人の自分がいた。


そいつは小さな声で、こう言っていた。


疲れた。


ただ、それだけだった。


反省でも言い訳でもなく、ただの事実だった。


疲れた。


人の顔色を見るのに疲れた。

嫌われないように言葉を選ぶのに疲れた。

良い人の形を保つのに疲れた。

自分を責めれば少しはまともな人間になれる気がして、責め続けるのに疲れた。


駅のホームに着くと、電車はまだ来ていなかった。


僕はベンチに座った。


向かいのホームで、高校生たちが笑っていた。

何が面白いのか分からないくらい大きな声で笑っていた。


僕はそれを眺めながら、ふと思った。


あの頃から、僕はずっとこうだったのかもしれない。


嫌われないようにしてきた。

空気を読んで、相手に合わせて、怒られない答えを探してきた。


自分が何をしたいかより、

相手が何を望んでいるかを先に考えてきた。


その方が安全だったから。


でも、安全な場所にいるはずなのに、僕はいつも苦しかった。


電車が来た。


風がホームに流れ込んで、髪が揺れた。


乗り込む人たちの背中を見ながら、僕はなぜかその場から動けなかった。


一本、電車を見送った。


別に急いで帰る理由はなかった。


誰かが待っているわけでもない。

帰ったところで、部屋は暗い。

冷蔵庫の中には、昨日買った水と、食べ忘れたヨーグルトくらいしかない。


僕はベンチに座ったまま、スマホを開いた。


通知はなかった。


ないのに、画面を見てしまう。

誰かからの連絡を待っているわけじゃない。

でも、誰からも必要とされていないことを確認して、勝手に傷つく。


馬鹿みたいだと思った。


本当に、馬鹿みたいだ。


スマホを閉じようとしたとき、黒崎さんからメッセージが来た。


『明日の資料、今日中に修正して送って。細かいところだけだから』


細かいところだけ。


僕はその文面を見つめた。


明日の資料。

たしかに僕が担当していた。

でも今日中に修正となると、家に帰ってから一時間、いや二時間はかかる。


いつもの僕なら、すぐに返した。


『分かりました。対応します』


たったそれだけ。

そして家に帰って、食事も適当に済ませて、眠気を我慢しながら作業する。

翌朝、少し頭が重いまま出勤する。

ミスをする。

また謝る。


いつもの流れだった。


親指が、いつもの言葉を打とうとした。


分かりました。


そこまで打って、止まった。


画面の中の文字が、やけに冷たく見えた。


本当に?


本当に、今の僕がやるべきことなのか。


もちろん、仕事だ。

責任もある。

迷惑をかけたくない。

黒崎さんに不機嫌になられたくない。


でも。


今日はもう、無理だった。


無理だと分かっているのに引き受けることは、優しさなのか。

それとも、また同じ失敗を繰り返すための入口なのか。


僕は打ちかけた文字を消した。


手が震えた。


大げさだと思う。

ただの返信だ。

世界を変えるわけじゃない。

誰かに殴られるわけでもない。


それでも、怖かった。


僕は何度も文章を打ち直した。


『すみません、今日は難しいです』

冷たい気がした。


『申し訳ありません、明日の朝一で対応でもよろしいでしょうか』

長い気がした。


『今からだと精度が落ちそうなので、明日の朝確認します』

言い訳っぽい気がした。


結局、僕はこう送った。


『すみません。今日は体力的に厳しいので、明日の朝一で確認します。急ぎの部分があれば、そこだけ教えてください』


送信ボタンを押した瞬間、心臓がうるさくなった。


やってしまった。


そう思った。


黒崎さんはきっと不機嫌になる。

「体力的に厳しいって何?」と思う。

甘えていると思う。

責任感がないと思う。


画面を見つめたまま、返信を待った。


一分。

二分。

三分。


既読がついた。


それだけで胃が縮んだ。


返信が来るまでの時間が、やけに長く感じた。


五分後、スマホが震えた。


『了解。朝一で』


僕はしばらく、その四文字を見つめていた。


了解。

朝一で。


それだけだった。


怒られなかった。

責められなかった。

長文も来なかった。


僕があれほど怖がっていたものは、少なくとも今回は起きなかった。


肩の力が抜けた。


同時に、少しだけ泣きそうになった。


嬉しいからではない。


こんな小さなことを、僕は今までどれだけ大きな恐怖にしていたんだろうと思ったからだ。


たった一回断っただけ。

たった一回、無理だと言っただけ。


それでも僕の中では、革命みたいだった。


次の電車が来た。


僕は立ち上がって、今度は乗った。


窓に映る自分の顔は、疲れていた。

情けないくらい疲れていた。


でも、少しだけ知らない顔をしていた。


良い人の顔ではなかった。


誰かに褒められるような顔でも、頼られるような顔でもなかった。


ただ、今日はこれ以上自分を捨てなかった人間の顔だった。


僕は窓に映った自分を見ながら、小さく思った。


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